茶へのこだわりについて 〜中国と日本の茶文化の比較から〜

竹中ゆき奈

茶へのこだわりについて 〜中国と日本の茶文化の比較から〜

1.はじめに
本稿では、地域の文化遺産に関わるものとして、中国と日本の茶文化に着目し、それぞれの国の茶文化を構成する要素や茶に対する捉え方、精神面の特徴ついて評価をした。以下に、比較し明らかとなった二つの茶文化について述べていく。

2.中国の茶文化の特徴
中国において「茶」は、古来から今日に至るまで、宮廷の儀礼や民間の風習、文人の茶会、寺院の茶道などいたるところに存在してきた。年月を経ながら茶は徐々に中国人の日常生活に溶け込み、生活の中で欠かすことのできないものとなっていった。本稿では、中国の茶文化を構成している要素について、次の2点に着目した。以下にその特徴を述べる。
(1)茶館
誰もが気軽にお茶を楽しむことのできる場所に「茶館」がある。茶館とは、日本における喫茶店にあたり、人々の交流や娯楽の場として街のいたるところにある。
茶館では、提供されるものは茶だけであり、それ以外の飲み物はなく、日本の喫茶店のように音楽が流れているということもない。そこで人々は、お茶を飲みながら、談話をしたり、景色を眺めたりしながら、素朴で簡単であるが安らぎのある環境で静かな時間を過ごす。茶館の中には、客自ら飼っている鳥や虫を籠に入れて店に持ち寄り、その鳴き声を聞きながらお茶を味わうことのできる茶館がある。(註1)

(2)中国の茶道
中国に古くから茶道があったが、日本の茶道とは異なり、中国の茶道は茶を入れたり飲んだりするときの精神のあり方そのものを茶道と呼ぶ。また、中国の茶道は、日本の茶道のような一定の宗教からの影響はなく、儒教や道教、仏教の思想を全て一体化し、様々な階層の人々が各方面から自分の要求と愛好によって違う形と思想を選んで展開していった。
中国茶道の基本精神について以下の4つを挙げることができる。
a.清
廉潔で心身が清らかで衣服や身体が清潔になること。
b.静
生活環境に汚された人間本来の善を、茶を通して身体と精神を清め取り戻すこと。
c.和
礼儀を重んじ誠意をもって人と付き合い、和やかな関係を築くこと。
d.美
良い茶器、美味しい茶で相手をもてなし、友と一緒に美味しい茶を味わいながら、友情を深め、また健康で長寿になること。
以上の4点から、中国茶道では茶を飲むことを通し、和をもって人との交流を深めることや、身や心を清らかにすることに重きを置いているということがいえる。

3.歴史的背景について
(1)中国の飲茶の歴史
中国における茶のはじまりについて明確な起源はない。茶聖と呼ばれる唐時代の茶人・陸羽(?〜804年)によって書かれた『茶経』によると、茶は紀元前2700年頃にはすでに飲まれていたとされる。古代では、野生の樹木からとった茶葉を湯で煮たものを飲んでいた。徐々に茶を飲む風習が人々に伝わっていき、時代が経つにつれ、庶民だけでなく貴族も好んでお茶を飲むようになる。唐の時代になると、茶を飲む風習が全国的に普及した。宋の時代には、「点茶法」が流行し、茶の品質の良し悪しを判定する「闘茶」も行われるようになった。唐代との大きな違いは、鍋で茶を煮ることをやめ、茶碗に直接湯を注ぎ、茶筅で泡が出るようかき混ぜるようになった点にある。この点茶法は宋代に日本に伝わり、現在でも日本の茶道ではこの方法が用いられている。明・清代に、宮廷で散茶を飲むようになると、民間でもすぐこれに従った。さらにこの時代には、それまで塊の状態であった茶(団茶や餅茶)を煎じて飲んでいたのが、茶葉に湯を入れて飲む方法に変わり、急須を使うようになった。この飲み方は、茶葉の色や香り、湯の音、味を楽しみながら飲むことにもつながる。また、お茶を手軽に入れることができる。この飲茶法が現代にまで続き、主流となっている。

(2)茶館の歴史
唐代に旅人の喉の渇きを癒すために、道端でお茶を煎れる人が現れたことが茶館の原型と言われる。宋代に入るとお茶が盛んになるとともに茶館も発展する。店の中に、テーブルや腰掛け、茶壺、茶碗を備えたり、「茶」の看板を置いたりした。また、都市の商業の発展に伴い、室内に鑑賞用の草花や骨董品、書画を飾る店も出てきた。さらに、茶以外に菓子なども提供するようになり、後の茶館で茶菓子が提供される先駆けとなった。明・清代には、茶館が都市農村にも広がり、皇室や貴族の茶文化の衰退に対して一般人の茶を飲む習慣が主流になり、茶館文化はこの時期に飛躍的な発展を遂げる。廉価な消費、気軽な雰囲気、時間の制限や身分の別もなく、誰もが自由に出入りができた。この要素は現在の茶館にも受け継がれている。

4.事例の比較
中国の茶文化は日本にも伝わり、現在までその文化は受け継がれている。以下に、日本における茶文化の特徴と、日本の茶文化と中国の茶文化との比較によって明らかとなった共通点及び相違点について述べていく。
(1)日本の茶文化について
①茶の伝来
奈良時代に記された『賜茶百僧』によると、飲茶の習慣は遣唐使によって、中国の唐から日本に伝えられたとされる。そして、この茶を飲むことが民間にも広く知れ渡るようになったのは、鎌倉初期の禅僧・栄西(1141〜1215)が著書『飲茶養生記』の中で飲茶を提唱したからだと言われている。やがて、室町時代になると、茶人・村田珠光(1423〜1502)が「茶道」を創始し、その後、茶人・千利休(1522〜91)によって茶道芸術が形成され現在に至っている。

②茶道の精神
茶道の精神として代表的であるのが、簡素で閑寂なものの中に美しさを見出す「わび・さびの美意識」である。「侘び」とは、簡素で粗末な様子を意味しているといわれる。一方「寂び」とは、静かである様子を意味するといわれる。無駄を削ぎ落とし、奥深さや美しさを見出そうとする日本ならではの美の意識であると言える。

(2)比較
①共通点
中国と日本の茶文化について共通している点は、茶に対する「こだわり」が強くある点にあると考える。中国では、茶館に見られるように、景色や音を聞きながら茶を味わったり湯の中の茶葉を目で見て楽しんだりするといった、五感をつかった茶の楽しみ方があるといえる。
また、日本では、茶道に見られるように、作法、庭、空間の作り、茶道具といった形式や演出をこだわることで、茶を芸術の域まで深め、わび・さびの精神を体得しようとしたといえる。

②相違点
中国と日本の茶文化の相違点について、本稿では「日常性」に着目した。
中国では、誰もが茶は生活に欠かせないものであるという意識をもち、ありがたみを持って日常的に飲んでいる。また、婚礼や祭を行う際にも茶を用いることがある。
茶館の意義や中国茶道における精神性は、誰もが自由に茶を味わい楽しむ「気軽さ」につながっているといえる。
一方、日本では、緑茶や麦茶、烏龍茶など日常的に茶を飲むが、紅茶やコーヒー、水や酒も同じように飲む。日頃、お茶をありがたみをもって味わって飲むというよりは、喉の渇きを潤すために飲むことが多い。また、茶を飲むことに限った店は少ない。例えば喫茶店では、コーヒーや紅茶が一般的な飲み物であり、茶を味わいながら景色や音、目で楽しむとった習慣はあまりない。さらに、日本の茶文化の代表的な「茶道」は、気軽さは少なく日常的ではない。また、熟練した者にならないと茶道の真の楽しみを味わうことができない。形式へのこだわりが「非日常性」につながっているといえる。

6.終わりに
以上、本稿では中国と日本の茶文化の特徴及び共通点と相違点につい述べてきた。日本においても、茶道のような一部の者のための茶ではなく、誰でも気軽に茶を味わい、五感を楽しませながら静かで安らぎのある時間を過ごすことのできる中国茶文化を取り入れていくことは、多忙で慌ただしい日々を過ごす日本人にとって意義深いと考える。

参考文献

棚橋篁峰(2003)『中国茶文化』(紫翠会出版)株式会社京都総合研究所
孔祥林(2001)『快楽!中国茶』(ふらばらいふ新書)株式会社双葉社
孔令敬(2002)『中国茶・五感の世界』(NHKブックス957)日本放送出版協会
平野久美子 布目潮渢 他(1996)『中国茶と茶館の旅』(とんぼの本)株式会社新潮社