松戸の万作踊り
1.はじめに
千葉県松戸市には、県指定無形民俗文化財「松戸の万作踊り」があり、「万作踊り松戸保存会」によって伝承されている。筆者は昨年2019年3月に知り、9月28日松戸市民劇場において第49回「万作踊りおさらい会」を初めて鑑賞した。後継者不足等により県指定無形民俗文化財を返上する保存会もある中で、49年目を迎えた現在の活動や今後の展望を考察する。(1)【資1】
2.基本データ
万作踊り松戸保存会は、千葉県松戸市を所在地とし、会員は15人、理事の下總艶子さん(女性、72歳)が、練習の指導にもあたっている。保存会創立当時からの会員は1名、ご年齢は70歳代が中心であるが芝居好きな20歳、30歳代の女性の参加により若返りを図っている。練習は原則毎週火曜日、主に松戸市民会館の一室で行われ、使用する楽器は三味線、太鼓、鉦で以前は笛もあった。踊りも含めて9曲が伝承され、なかでも「越後評判」は浅草で流行っていたものを初代「坂東守之助」が取り込み始めたもので、伝承者は家方=親方が「坂東守之助」を継いでいる。保存会を結成した安蒜中さんは5代目であり、現在は7代目石井ナミさんである。活動状況、会員の募集は松戸市ホームページで確認でき、披露の場は9月下旬松戸市民劇場での「万作踊りおさらい会」を主に、八柱の桜祭り、10月上旬「松戸まつり」への参加、老人施設への慰問等である。会員に男性も含まれるが踊りに参加する方がほぼいない状況である。(2)
3.評価、他の事例と比べての特筆
3-1.万作踊りは9曲
『松戸の無形文化財 万作踊り 文化ホール紀要2』に、①高砂、②木更津、③新川、④白枡、⑤飴屋、⑥浮島、⑦細田(以下略として一部のみ)、⑧越後評判の8曲の歌詞が記載されている。(3)
一人で踊るものや数人で踊るもの、「木更津」に代表される手踊り、「高砂」や「木更津」は祝儀曲、「越後評判」等に代表される段物と呼ばれる芝居仕立てのものに万作踊り本来の姿が残されているといわれる。現在⑥浮島、⑦細田の2曲は除外され6曲となるが、①高砂には手踊り、団七、相おどり、吉田の4つの踊り方があり、1曲と数えると9曲伝えられていることになる。(2)(4)
2018年1月21日に浦安市文化会館での「房総の郷土芸能」にて、高砂、白枡、越後評判を披露している。三味線は男性と女性の2人、男性が唄方もされ、踊り手は女性のみでご年配が7人、若手が2人。高砂から始まり、踊りは「相おどり」が2人1組で当日は3組、次に飴屋が入って、団七で終わる。白枡は、一のきりには手ぬぐい、二のきりには扇子、三のきりでは、たすき掛けと四つ竹を使用し、四つ竹の音が響く。越後評判は、若手2人による芝居とご年配の踊りとの分業であった。(5)
昨年のおさらい会では9曲の他に、踊りソーラン節も披露され、他の保存会や賛助出演により交歓の場ともなっていた。
曲は楽譜として残っておらず伝承によっているが、曲目と歌詞が残っているのである。活動に際し、練習日と拠点を明確にしており、越後評判の芝居仕立ても含めた曲目、高砂に見られる4つの踊り方と多様な内容であり、稽古の見学も可能とし、49年間伝承続けていることを評価する。
柴山町「白枡粉屋踊り」(1968年4月9日指定、白舛粉屋踊り保存会)、浦安市「浦安のお洒落踊り」(1974年3月19日指定、浦安お洒落保存会)も同じ系統の踊りである。これらに比べて踊り方や芝居仕立て等、多様な内容が見られ、②木更津、③新川、④白枡は県内名所を背景としていることもあって、貴重な芸能であり、特筆される。
3-2.寺院が活動を支援
記録映画「万作を語る」を松戸市博物館で視聴できる。旗を立て男性も一緒に手踊りである木更津を踊っている。お寺さんが100畳付きの道場をつくり、夕飯を食べた後に農家の人が集まって皆でやることが楽しみだったと芸達者で知られた安蒜サダさんは述べている。余暇の過ごし方が踊りであったのだ。このお寺が、博物館の方にお聞きし松戸新田の證誠院であることが明らかになった。(6)
また、市内唯一の時宗寺院である上本郷の本福寺において、念仏踊りと万作踊りが合わせて行われてきたことが、古い形を伝承されてきた要因でもあった。本福寺の武藤彰子さん(女性、70歳)によれば、ご本人が小学生頃の60年前ごろまでは毎月21日に踊っていたとのことである。(7)【資2】
伝承に寺院が大きな役割を果たしていたことが特筆される。
4. 歴史的背景
13世紀鎌倉時代の仏僧で時宗を開祖した一遍上人の「念仏踊り」を、遊行僧が諸国をめぐり流布させたものに原型があると言われている。太鼓・鉦・瓢などを打ち鳴らし、念仏・和讃を唱えながら踊るものに、飴売りの調子のよい歌と踊りが取り入れられ、農民生活の中で変化発展し収穫の豊穣を祝うものとして作り出された。宗教を広めるための「念仏踊り」が住民の生活に取り入れられ民俗芸能となったのである。その範囲は、広く関東一帯から東北地方にかけて分布している。(8)
万作踊りの名は、曲目の一つである「木更津」の歌詞に「はまがたいりょで 岡 万作だよ」とあることからつけられたとされている。江戸時代から流行し大正から昭和へかけての頃が最も盛んで、終戦直後までは祝儀、祭りや縁日の演芸として歌い踊られてきた。(8)
千葉県は「松戸の万作踊り」を、1970年4月17日に無形民俗文化財に指定した。伝承するために日暮、上本郷、松戸新田、二ツ木、紙敷、中和倉の6地区に伝わる踊りを、親方であった来葉・安蒜中さん、日暮・深野三次郎さん、五香・石井昇さん達が中心になって、県指定を受けた後の1970年7月9日に6地区が合同して「万作踊り松戸保存会」を結成し現在の活動に至っている。(9)
5.今後の展望について
ご年配の方々が多く後継者不足と会員数が多いとは言えない中で、今後も踊りを広め伝承していくためには、広報の拡充と楽しみながら興味を持たせる必要がある。
5-1.広報の拡充
活動は、市ホームページ、広報を通じて確認できるが、保存会独自の広報的なものが無い状況である。おさらい会当日には、活動内容や会員の募集を呼び掛けていたが、保存会のホームページを開設し目的、経緯や活動、会員の募集、今後の予定等を公開することが望ましい。廻りに保存会の存在を知らせる努力が必要である。下總さんに提案したところ、即答は得られなかったが頷いておられた。
将来の担い手づくりとして、幼稚園や小学校等に出向いて披露することが出会いのきっかけとなる。さらに踊りの動作や四つ竹を鳴らす等を一緒に行うことで興味を持たせられるのではないか。既に教育委員会に働きかけているとのことで、行政の協力を得て是非実現させるべきである。
芝居好きな人達がいるはずである。越後評判の若手2人が台詞を交える場面は、若手や芝居好きな方の参加に繋げていく改善策とも見られ、アピールに使える。
5-2.踊り
踊り方について下總さんは、手首の返し方等で安易にやってしまいがちな動作に注意を払い、きちんと指導し、伝承を守っている。おさらい会でも拝見したが、見栄を切るなど、きれいにきまる踊りは見ていて美しい。今後も正しい動作は、伝承すべき重要な点である。
伝承する踊りと歌詞(曲)は、一体と考える。しかし、披露する場によっては、その場を盛り上げるために、原型を尊重しながら踊りは変えず馴染み深い歌詞に変えることや、万作踊り以外を含めることも良いのではないか。今後会員や指導者が変わっていく中で会員が楽しみながら踊り、広め継承していくための一つの手段といえる。高知市「よさこい祭り」は、自由な創作を公認したことで若者を含め参加者が増えた。万作踊りも一部をハイテンポ等にアレンジしたものをレパートリーに含めることで、古いイメージから脱却し、若者等が参加するきっかけを作ることの可能性はある。(10)
5-3.観客を引き込む
演じる前に簡単な紹介がある。さらに手ぬぐい、扇子、たすき掛け、四つ竹等の使用するものや、動作や音を鳴らす等の紹介をすることで、観客が期待感を持ち、踊りへの理解を深めることが可能だと思える。
6.終わりに
昨年のおさらい会には、市長が見えて祝辞を述べた。本年50年目を迎えるにあたり、娯楽が多様となっている現在、活動の活性化へ後継者を育成するためには、保存会独自で改善しながらも行政とさらに連携する好機である。また全ての演舞状況を録画することにより、いつでも原型を確認できるようにしておくべきである。
参考文献
【参考文献一覧】
・(1)「無形民俗文化財 返上するしか」『朝日新聞』、朝刊、2019年5月17日、27ページ。
:千葉県は2019年2月、県指定無形民俗文化財の「三ツ堀のどろ祭り」(野田市)を指定解除した。
・(2)2019年7月23日松戸市民会館、2019年9月28日松戸市民劇場にて保存会理事下總艶子さんにインタビュー。
・(3) 松戸市文化ホール編『松戸の無形文化財 万作踊り 文化ホール紀要2』松戸市文化ホール、1975年、3ページから18ページ。
・(4)千葉県教育委員会「松戸の万作踊り 平成23年(2011年)2月15日調査」『文化財調査報告書』。https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/shingikai/bunkazai/documents/shiryou23-1-2.pdf(2019年6月26日閲覧)
:2曲の除外について下總さんからお聞きしたが、具体的に「浮島、細田の2曲は歌詞が子供達に教えるにはふさわしくない内容なので、レパートリーから除外している」との記載があり、保存会が2曲を除外した理由が報告書からも確認できる。
・(5) 上記(2)7月23日に保存会保有DVDにて説明を受けながら視聴したが、youtubeでも視聴できる。
YUZU-ENTERTAINMENT、youtube「2018年平成30年1月21日 房総の郷土芸能2017 松戸の万作踊り」。https://www.youtube.com/watch?v=3l3GYRYqWeM(2019年7月23日閲覧、視聴)
・(6)松戸市博物館企画、乃村工藝社制作「記録映画 万作を語る」 松戸市博物館、1991年。
:2019年7月15日、松戸市博物館にて学芸員青木俊也氏(男性、58歳)から説明を受けた後に視聴。8月3日このお寺は、青木氏が当時安蒜中さんからお聞きしており、松戸新田「證誠院」で、今は100畳の道場がないとのことである。
・(7)2019年8月25日、9月21日に本福寺にて武藤彰子さんにインタビュー。
:本福寺の関わりについては、以下(8)『ふさの国の文化財総覧 第3巻』、『千葉県文化財総覧』に記載があり、文献からも確認できる。
・(8) 千葉県教育庁教育振興部文化財課編「松戸の万作踊り」『ふさの国の文化財総覧 第3巻』 千葉県教育庁教育振興部文化財課、2004年、39ページ。
・(8) 千葉県教育委員会編「万作踊り」『千葉県文化財総覧』第一法規出版、1973年、302ページ。
・(8)松戸市文化ホール編『松戸の無形文化財 万作踊り 文化ホール紀要2』松戸市文化ホール、1975年、1ページ。
・(9)松戸市文化ホール編『松戸の無形文化財 万作踊り 文化ホール紀要2』松戸市文化ホール、1975年、2ページ。
・(10)阿南透「伝統的祭りの変貌と新たな祭りの創造」小松和彦編『現代の世相 5 祭りとイベント』小学館、1997年、96ページ。
:高知市のよさこい祭りは、1981年に「曲に『よさこい鳴子踊り』の一節を含み、両手に鳴子を持ってさえいれば、後は自由に」と変えたことで、若者たちの参加も増えた。