英国における広告のジェンダー表現と変化
広告は商品やサービスの情報を提供するだけではなく、消費者の願望や欲望を映し出して来た。広告に描かれるシーンや人々は時代により変化する。ソーシャルメディアが普及した近代、広告表現を巡った批判が表層化した。この研究では2000年以降の英米の研究調査から近代の広告表現の問題点を抽出、それらに対抗する過去5年の優れた広告を、英国で展開されたものを主に取り上げる。
1.歴史
英国における1950年以降の広告の歴史を見ると、女性の、特に性的な表現は刺激的で注意を引き、ブランドの印象を強くすることから、直接関連の無い商品にも使用されていた。フェミニズムなどの社会運動、女性の社会進出などの影響を受けて、女性表現にも変化が見られた。90年代にはインターネットの普及に伴ってポルノグラフィへのアクセスが容易になり、性の商品化が進んだことから、性的表現が過激化した。これらの影響を最も受けるのが子どもたちである。彼らは低年齢のうちから偏った事柄を「常識」として見せられる。2000年以降は現実味のある女性像が広告で描かれるようになってきたが、偏った表現が問題視されてきた。 *1.2.3
図1
2.広告表現の問題点
近代の製作者と閲覧者の間にある理解の齟齬は、社会的性別(ジェンダー)に関わることが多い。
図2
2−1.多様性に乏しい役割の描写
広告において男性は女性の倍登場し、全体の25%の広告が男性のみで女性のみが登場する広告は5%である。広告上の女性がほぼ20代であるのに対し男性は20代から40代まで幅広い。ほとんどが白人であり、健康で魅力的な人物が採用され、多様性に欠けた理想的な状況が描かれる傾向にある。*4,5
2−2.タブー
女性の更年期、出産後、生理や性的欲求などはタブーとして扱われる。男性の悩みや弱さ、孤独も広告では描かれない。女性の友情や自立は競争や男性の取り合いなどに矮小化されて描かれることが多く、無理解や誤解を招く。*6
2−3.オブジェクティフィケーション(客体化)
オブジェクティフィケーションとは、人間の身体の一部の形状のみに注目し、モデルの顔は不明瞭にして人格や能力が無いものとして取り扱う、個人の自尊心を傷つける行為である。人を物のように眺めて触り、消費し、購入し、持ち帰り、飽きたら捨てたり、若い対象と置き換える。広告で常態化した表現は、日常での女性への差別やセクシャルハラスメント、暴力を引き起こす要因となる。*7
2−4.自己客体化を招く、理想化された体型の描写
痩せすぎていたり体の一部が過剰に強調されているモデルが魅力的な対象として広告に起用されるとき、若い閲覧者は自己を客体化する傾向にある。彼らは自分の身体を他人の欲望に合わせて扱い、主体性を失ってしまう。自己客体化はアイデンティティを不安定なものにし、自己や他人の身体を部分的、批判的に見てしまう。男性視点の広告が多いことから女性のほうが男性よりも自己客体化する傾向がある。認知機能、身体・精神的健康、性的能力、生活能力及び対人関係に悪影響を与える。*8
2−5.性的な対象として描写する(性的客体化)
製品との関連がないにも関わらず、露出の高い服装の男女を採用した広告が見られる。特に18歳以下のモデルに対する性的客体化は問題で、性的なことを理解できる年齢になる以前から「身体的魅力がすべて」という思い込みを与えてしまうおそれがある。性的客体化は男性から女性への暴力との相関関係がある。*8,9
2−6.ステレオタイプ化
固定概念は子どもから大人まであらゆる人の選択肢や目標、機会を狭めるもので、性別に基づく不平等を助長する。女性的・男性的であることへの社会的圧力を与え、人生における選択に制限を加える。*8
3.対抗する広告表現
3−1.ステレオタイプを可視化
図3 Like A Girl
「女の子のように○○してみて」と思春期と、12歳以下の男女に問いかける。思春期の男女は大げさなジェスチャーを交えた行動をし、12歳以下は全力で行動した。固定概念がどれだけ女性を低く評価するかということに気付かされる。思春期を迎えてもありのままの自分であることを応援する姿勢を見せた。
図4 Dream Crazier
女性アスリートの評価がネガティブな言葉で語られることに注目する。しかし不平等な評価は今日の女性アスリートの活躍を止めなかった。評価を気にせず、ただ行動すればいいと語りかける。
図5 Is it ok for guys…
若い男性が抱える悩みである、同性パートナーシップ、体型批判、鬱などをハッシュタグを通じて共有した。「男らしい」という価値観が若い世代で大きく変化していることを示した。
3−2.あらゆる身体・体型の肯定
図6 Beach Body Ready
水着姿の女性の横に「ビーチに行く準備はできてる?」と問いかける地下鉄広告は、通勤者から直書きでの批判を受けた。非現実的な身体基準を押し付けているという意見が寄せられ、広告はまもなく取り下げられた。同社は3年後に同じキャッチコピーで、女性たちが肩を組んで笑い合っている広告を「正しくない体型など存在しない」というコメントと共に発表し、好意的に受け入れられた。*10
3−3.タブーへの挑戦
図7 #BloodNormal
Bodyformは生理用品の広告で初めて赤い液体を使用した。2017年までTVで経血を流すことは、世界的に規制されていた。経血、生理痛や、生理中の性行為、男性が生理用品を購入する光景などで生理が当たり前であることを描写した。短編映画コンペ、12歳の女子が書いた生理コント、ナプキン型フローターなどがメディアに露出し「共感は恥ずかしさを凌ぐ」というコメントが寄せられた。
4.日本の例
日本の広告を見ると、70-90年代には先進的な広告表現がいくつも見られた。これは英国と類似してウーマンリブ運動、バブル景気、男女雇用機会均等法等によって女性の生き方が多様化した影響と見られる。しかし近年は製作者側と消費者の意識の違いがソーシャルメディア上で可視化されて「炎上」するケースが多い。日本国内において、ジェンダー表現に対する法規制はまだ存在しない。
図8
5.展望、改善点
英政府は、2011年に発表した「子供らしくいられる為に」という社会における商業化と性的客体化の実態のレポートを受け、メディアから子供を守る対策を翌年発表。レーティング、音楽業界、広告業界での規制強化などを指示した。*11.12
広告制作者の男女バランスの不均衡も問題である。英キャンペーンの調査によると業界全体はほぼ男女半々であっても経営陣は男性が多く、ジュニアレベルほど女性が多い。重要な決定が男性によって下され、女性視点に欠けることに繋がる。代理店を横断した広告多様性特別委員会が2017年に設置され、多様性の現状把握と対策を進めている。*13.14
広告基準協会(ASA)は2019年に有害な性別ステレオタイプの広告規制を開始。*15
図9
同年、米インスタグラムはダイエット商品や整形広告に関するガイドラインを発表した。*16
全国児童虐待防止協会(NSPCC)では、子供がメディアから受ける性行動の影響、医療従事者や教師向けの性教育情報、非常時の連絡先、防止策などをまとめている。*17
広告への批判が言語化されることでより実りの多い思考と議論が生まれる側面もある。大人は固定観念にとらわれず、若年層の意見に耳を傾け、研究に基づいた情報を調べることが重要だ。先入観は親から与えられることが最も多いので、医療機関や学校から正しい情報が提供されることが必要である。若年層の性的関心は、正しい情報や彼らの意思に基づいて自己肯定感と共に育まれるべきで、メディアから操作されるべきではない。
優れた企業は広告を通して顧客を教育する。消費者の評価軸も環境への考慮、ジェンダーへの配慮、社会還元性、個性の尊重など多様化している。英国での広告の役割は販売促進だけではなく、生活スタイルや文化の提案へシフトしていると言える。