情景演出プロジェクト『又見平遥』〜観光資源としての演劇のかたち〜

小森谷 環

はじめに
中国第五世代の映画監督である張芸謀と王潮歌、樊(ハン)躍の3人がチームとなり演出を手がけた山水実景演出『印象』シリーズ(註1、図1)が中国南方の世界遺産における新たな観光スポットとして注目されている。
『又見』シリーズ(註2、図2)は『北方の印象』として形式を引き継ぎながらも新しい展開をみせ、好評を得ている情景演出プロジェクトである。『又見』がどのような発想転換を試みて誕生したのか、第1作目である『又見平遥』を文化資産の評価対象として考察する。

1 基本データ
1−1所在地など
中国山西省平遥県順城路154号
初演 2013年2月18日
上演時間 90分
客席 800席
劇場建築面積 11292.67㎡

1−2劇場構成と動線
劇場はABCD4つの区に分かれている。(図3)
観客は2つのルート(註3、図4)に分かれてABC区を決められた順番で回遊し、最終的に客席のあるD区に集合する。(図5)

1−3あらすじ
十月革命(1917年)はロシアに渡って商売をしていた平遥人に大きな打撃を与えた。家は没収され、多くの人が殺された。票号(旧式の銀行)を営む趙易碩は分店の王(ワン)一族が殺され、7歳の王掌柜ただ一人生き残ったことを知る。趙易碩は家財を抵当に出し、護衛232名を連れてロシアへ向かい、王掌柜を救い出す事を決意する。7年が経過し、趙易碩たちは道中で命を落としてしまうが、王掌柜を無事帰還させ、王の家系は守られた。やがて趙易碩たちの魂は故郷の平遥に戻っていった。(註4)

2 歴史的背景
2−1平遥古城(世界文化遺産1997年登録)の歴史
平遥は明代〜清代末期まで晋商と呼ばれる山西商人の拠点であり、清代末期は為替業務で栄えた。平遥には大きな票号が二十数家あり、中国の票号の半分以上が集まる金融基地であった。
その後、清が辛亥革命で滅びると債権を回収できず没落する。財政困難に陥り、都市の再開発が行われなかった為、明代はじめに建造された街並みがそのまま残っている。

2−2『又見平遥』の成立過程(註5)
『印象』を平遥で上演したいという市の要請から2011年3月にこのプロジェクトは始まった。
『印象』は野外の実景を舞台背景としていることが特徴だが、平遥の冬は気温がマイナスになるので野外では上演できない。そこで提案されたのが屋内施設での上演である。
屋内では実景を舞台背景にできないため、舞台を詳細に作り込む必要があった。しかし、これだけではインパクトに欠け『印象』を超えることは難しい。そこで王潮歌は観客が歩行して回る新しい鑑賞形式を生み出した。

3 比較対象事例(図6)
桂林の『印象劉三姉』(註6)と上海の『sleep no more』(註7)を取り上げ『又見平遥』と比較し、鑑賞形式と物語の構成の関係を考察する。

『印象劉三姉』と『sleep no more』の共通点は著名な作品を土台にしている点である。これに対し『又見平遥』は王潮歌の創作で土台となる作品はない。

『印象劉三姉』の土台は地方に伝わる歌姫『劉三姉』の物語で、鑑賞形式は客席がある一般的なスタイルである。
山水の自然と重なり合う歌声に集中させるには、複雑な物語の構成は必要ない。土台となる物語が事前解説の役割を果たし、壮大な山水画を一枚ずつ鑑賞しているような演出効果を作り出している。

『sleep no more』は主にシェイクスピアの『マクベス』を土台にしていて、イマーシブシアター(註8)と呼ばれる回遊する鑑賞形式である。
舞台となるホテル内では携帯電話の使用を禁止して、観客は白い仮面をつける。トランプで入場する順番を決めるため、公演中は同伴者と別れて個人で行動することになる。このように芝居に没入するために障害となるものを取り除き、観客を物語に参入させる仕掛けが準備されている。
最後まで観客を惹きつけるには複雑で緻密に計算された物語の構成が必要である。
芝居は数カ所同時進行で行われているため、全ての場面を見ることはできない。観客は土台となる物語から見ていない場面を推測することになる。これによって、物語は多角的な解釈が生まれる。

『又見平遥』は前半が回遊、後半が客席で鑑賞する形式で、『印象劉三姉』と『sleep no more』の中間の立ち位置にある。
はじめの構想ではD区も客席がなかったが、回遊は1時間が限度と判断し、客席を設けた。800人もの観客をバラバラに移動させることは困難なので2つのルートに絞り、動線を簡素化した結果、物語は単純な構成となった。
どちらのルートを通っても、全ての場面を見ることができるので、推測する必要がなく、平遥には『劉三姉』のような地方に伝わる適当な物語がないので、土台作品の必要性は感じられない。平遥特有の票号を題材に英雄物語に仕上げた。

4 文化資産としての評価
地域性、文化性の視点から考察し評価を試みる。

4−1地域性
4−1−1地元住民の採用
『印象』と同様に『又見』でも地元住民を役者として採用している。『又見平遥』に出演している役者約150名のうち8割が平遥人である。地元の人材を使う利点は、方言が使われている台詞にリアリティが増す点、もともと住居があるので長期公演が可能である点、雇用の増加により地域経済が活性化する点などが挙げられる。

4−1−2土地に適した物語と動線
「土地に適した」とは「地方(平遥)に受け入れられる」物語のことで、大衆受けするわかりやすい内容が受け入れられた理由の1つであると考える。
『又見平遥』の観客は平遥古城の観光客である。(註9)一日で平遥古城と『又見平遥』を巡る観光ルートがメインで、平遥古城だけでもだいぶ歩かなくてはならない。家族旅行で来ている子供やお年寄りもいる。これらの条件を考慮すると、「回遊は1時間が限度」という判断は適当である。回遊式の新しい演劇を体験した後、客席に座って安心して大団円を迎えることで、観光の楽しい思い出となり、満足度が増す。
一方、海外作品の上演も多く、流行の移り変わりの早い上海や北京では趣向が異なる。こちらは『sleep no more』の様な前衛的な作品が好まれ、『又見平遥』を上演してもロングランとはならなかっただろう。
イマーシブシアターはイギリスやアメリカで発展したが、中国の地方に合った形式に変えて取り入れたことは、新しい鑑賞形式のデザインとして評価できる。2つの入口から分けて入場させることで、限られた空間を効率よく利用している。

4−2文化性
4−2−1明清時代の生活風景の再現
劇場内の胡同では、役者たちが方言を使って当時の庶民の生活を再現している。これらは博物館の展示物を鑑賞するより鮮明に記憶に残る文化の伝承方法である。

4−2−2古建築の再現
平遥は、古建築修復技術に長けた人材が多く集まっている。
現地取材した際、劇場建設主任の李少華氏から「当初、劇場は『印象』を統括する観印象芸術発展有限会社の美術製作部に依頼していたが、樊躍が平遥の修復技術を生かそうと提案し、地元4社の建築会社が施工することとなった。そのため、舞台美術の域を超えた建築群が完成した。」と伺った。これらは地域経済に貢献しただけでなく、伝統技術を未来につなぐ新しい活用方法を提示した。

5 今後の展望
『又見平遥』がさらに質の向上を目指すための提案をあげる。

まず、イマーシブシアターの要素を高めるために、写真撮影の可否を問いたい。『又見平遥』は観光地なので、従来の演劇の様に写真撮影を全面禁止にすると、支障をきたすかもしれない。しかし、観客が大勢いる中で写真を撮影していると気が散って物語に没入できない。回遊するABC区は撮影禁止にした方が本来の目的である明清時代に没入する体験が実感できるのではないだろうか。
また、観客が多すぎると回遊自体が苦痛になってしまう。人数の配分を改善する必要がある。

次に、舞台美術の域を超えた本物の建築群が完成したが、残念ながら公演中は照明が薄暗く、建築物の細部は注目されていない。
そこで私はバックヤードツアーを提案したい。公演のない時間帯に舞台を見学するツアーである。舞台裏見学と合わせて、古建築はどのようにして修復するのか、材料や技術などの紹介を補足すれば、平遥古城の観光も別の目線で楽しむことができるだろう。古建築保存の関心が高まれば、修復の需要が拡大する可能性が期待できる。

おわりに
『又見』も『印象』と同じくシリーズ化して中国各地に広がることが予想されるが、その地域でしかできない演出方法を探って、第1作目を超える作品を是非、制作してほしい。今後のプロジェクトに期待し、注目していきたい。

  • %e5%b0%8f%e6%a3%ae%e8%b0%b74 図4 『又見平遥』待合室入口
    (2018年11月17日筆者撮影)
  • %e5%9b%b3%ef%bc%95%e5%b7%ae%e3%81%97%e6%9b%bf%e3%81%88 図5 動線と時系列
    (2018年11月17日筆者撮影/作成)
  • %e5%b0%8f%e6%a3%ae%e8%b0%b77 図7 劇場と平遥古城の景観、票号博物館展示物
    (2018年11月17日筆者撮影)
  • %e5%9b%b3%ef%bc%98%e5%b7%ae%e3%81%97%e6%9b%bf%e3%81%88 図8 現地調査の様子
    (2018年11月18日筆者撮影)

参考文献

●註釈
(註1)
『印象』シリーズ
広西雑技団団長(劇作家兼演出家)の梅帥元が提唱した山水実景演出と呼ばれる野外劇場での公演『印象劉三姉』が始まりで、鉄三角(張芸謀、王潮歌、樊(ハン)躍(ヤク))が演出を手がけた。雄大な山水の自然を舞台背景にした作品のレベルの高さが人気を呼び、毎年500回以上上演されている。2作目以降『印象』シリーズは張芸謀ら鉄三角、『山水実景演出』シリーズは梅帥元と分裂していった。『印象』シリーズは全7作ある。(2018年12月現在)
※『印象国楽』を含め8作という説もあるが、『印象国楽』は期間限定の音楽祭であり、他7作とは性質の異なるものなので、ここでは7作の説を選択した。
1、印象劉三姉(2004年~)広西省桂林市/劉三姉の山歌
2、印象麗江(2006年~)雲南省麗江市/マチネ公演・少数民族約500名が参加
3、印象西湖(2007年~)浙江省杭州市/西湖に伝わる愛情物語・G20サミットの際、内容が変わり、『最憶』シリーズに変更
4、印象海南島(2009年~2014年)海南省海口市/2度の台風で劇場崩壊後公演中止
5、印象大紅袍(2010年~)福建省武夷山市/茶の歴史
6、印象普陀(2010年~)浙江省舟山市/仏教要素を取り入れた演出
7、印象武隆(2011年~)四川省重慶市/国家非物質文化遺産である川江号子の文化

(註2)
『又見』シリーズ
『印象』シリーズ同様に鉄三角が在籍する観印象芸術発展有限会社の作品で、全4作ある。(2018年12月現在)
このシリーズは王潮歌が演出、樊(ハン)躍(ヤク)が企画を担当し、張芸謀は参画していない。
1、又見平遥(2013年~)山西省平遥市/回遊式鑑賞形式/清末時代の票号
2、又見五台山(2014年~)山西省州市/360度回転舞台/五台山仏教
3、又見敦煌(2016年~)甘粛省敦煌市/回遊式鑑賞形式/シルクロード
4、又見馬六甲(2018年~)マレーシア、マラッカ/ 360度回転舞台/6部族の歴史

(註3)
劇場の入口はAとBの二手に分かれていて、観客はチケットに書かれている入口から入場する。Aから入場した観客はA区→B区→C区の順番で回り、Bから入場した観客はB区→C区→A区の順番で回る。そして最終的に観客全員がD区に集合しエピローグを客席で鑑賞する。

(註4)
A~D区の主な内容
趙易碩たちがロシアへ出発する前と後の時間がそれぞれ交錯している。
A区(出発後)故郷にたどり着けずに亡くなった趙易碩と護衛232名の魂の帰還
B区(出発前)趙易碩の妻を選ぶ儀式
C区(出発前)護衛たちの出発前夜の入浴と家族との別れ
D区(出発後)回想場面と彼らの子孫たちが先祖に感謝する場面
異なるルートで見学しても最終的にエピローグを見ることにより物語は繋がる。

(註5)
『又見平遥』の成立過程
第一段階2011年3月〜10月 
山西省、市政府の支持を得てプロジェクトが立ち上がる。
第二段階2011年10月〜2012年3月 
平遥観光客の市場調査を実施し、コンセプトが完成する。
第三段階2012年3月〜7月
主要建築工事、平遥古城の古建築に精通している地元の建築会社4社によって明清時代の建物を忠実に再現した。
第四段階2012年8月〜10月
劇場内の設備工事が始まる。
第五段階2012年10月〜12月
稽古が始まる。
2013年2月18日
正式に公演が始まる。

(註6)
『印象劉三姉』
桂林の山水を背景に地方に伝わる劉三姉の世界観を表現している。
劉三姉とは山歌(即興民謡)の上手な民間伝説上の歌姫で、歌集が多く出版されており、中国では馴染みのある人物である。映画の『劉三姉』(1960年)は山歌が上手な劉三姉が労働の時、貧しい村人たちと共に歌い、村人を税で苦しめる村長が集めた知識人を歌の即興の掛け合いで負かす物語である。この作品で劉三姉の形象は決定づけられた。
『印象劉三姉』は5部構成(第1部 金の印象(漁火)、第2部 紅の印象(山歌)、第3部 緑の印象(郷里)、第4部 藍の印象(恋歌)、第5部 銀の印象(盛典))で、それぞれテーマはあるが、一貫した物語はない。しかし、山歌、漁火、桂林の山水といった断片が映画の『劉三姉』の場面と繋がり、物語が浮かんでくる。印象シリーズの最高傑作である。
(基本データ)
広西省桂林市陽朔県田園路39号中国麗江山水劇場
初演 2004年3月20日
上演時間 60分
客席 2200席

(註7)
『sleep no more』
ニューヨークのオフブロードウェイで公演しているイギリスの劇団Punchdrunkの上海公演。中国(台湾含む)の舞踊家13名(全体の1割)を加え、美術でもオールド上海の要素を取り入れた部屋(2割)を採用。実際のホテルを舞台に使っている。客席がなく、観客が5階建てのホテル内を自由に回遊する。
物語は主にシェイクスピアの『マクベス』が土台となり、伏線としてヒッチコックの映画『レベッカ』が含まれる。観客は全員白い仮面をつけ「アノニマス(見えざる者)」として物語の中に存在させて、観客と役者の境界線をなくしている。上海では2018年12月で上演600回を超えた。当初は3ヶ月公演の予定であったが、3年目に突入し、異例のロングラン公演を続けている。
(基本データ)
上海北京西路1013号麦金侬ホテル
初演 2016年12月14日
上演時間 180分
1ステージ入場者数 350人(16歳未満入場不可)

(註8)
イマーシブシアター
同時進行で展開されている芝居を観客が役者を追って移動しながら観劇する没入式演劇。このような形式の演劇は寺山修司の市街劇『ノック』(1975年公演)など以前から存在するが、2011年、イギリスの劇団Punchdrunkがニューヨークのオフブロードウェイで『sleep no more』を上演以来、ロンドン、ニューヨーク、上海、東京など大都市を中心に広まっている。

(註9)
平遥在住者15人(ホテル従業員2人、タクシー運転手3人、土産物屋店員4人、レストラン店員6人)に『又見平遥』を見たことがあるか尋ねたところ、実際に見たことがある人は「友人が出演している」と言っていたレストラン店員1人だけだった。現地では『又見平遥』は観光客が行くところという認識を持っている。また、チケットは平遥古城とセットで旅行会社やホテルが販売していることからも観光客が多いことが窺える。


●参考文献
1) 陳星、範静筆『山歌 唱出十个億 印象劉三姉幕後的故事』、西苑出版社、2011年
2)胡紅一筆『中国式山水狂想 梅帥元与印象劉三姉』、広西師範大学出版社、2012年
3)黄暁陽筆『印象中国 張芸謀伝』、華夏出版社、2008年
4)黄滢、馬勇筆『中国最美的古城1』、華中科技大学出版社、2016年
5)張正明、郭泉筆『平遥票号商』、山西教育出版社、1997年


●参考WEB
1)又見平遥ホームページ 
http://www.youjianpingyao.com(2019年1月20日閲覧)
2)文話中国、暫別印象又見平遥
(『又見平遥』演出家、王潮歌のインタビュー)
https://www.iqiyi.com/v_19rrjua9d0.html(2019年1月20日視聴)
3)中国商企力量(Power of China)、又見平遥又見新晋商
(『又見平遥』営業担当、温晋琿のインタビュー)
http://v.youku.com/v_show/id_XNjA4NTExNjYw.html(2019年1月20日視聴)
4)王潮歌講述『又見平遥』背後的故事
http://www.huaxia.com/sxjz/jjjz/2013/02/3215870.html(2019年1月20日閲覧)
5)観印象芸術発展有限公司ホームページ
http://www.guanyinxiang.com(2019年1月20日閲覧)
6)長春電影制片厂、劉三姉ホームページ
http://www.cfs-cn.com/Item/1205.aspx(2019年1月20日閲覧)
7)sleep no more ホームページ
http://www.sleepnomore.cn/sleepnomore/index.htm(2019年1月20日閲覧)

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