富山の食遺産

長田 寛子

-鱒寿司の歴史と未来へ繋ぐ努力-

1.はじめに
富山の鱒寿司は、地元民に愛される郷土料理である。駅弁等で県外でも販売しているが、他県民には駅弁専門店のものが富山の鱒寿司という印象が強く、鱒寿司専門店が多くあることや各店の味に違いがあり、富山の家庭には贔屓の店があることは知られていない。今回、鱒寿司の歴史、製造過程などを鱒寿司専門店鱒寿し本舗千歳と駅弁専門店から始まったますのすし本舗源の「ますのすしミュージアム」、富山ます寿し協同組合などで調査した。そこには、作り手の時代毎の悩みや工夫、今日的な活動があった。本稿では、鱒寿司専門店と駅弁専門店、協同組合などの調査内容を考察し、富山の食遺産として愛され続けるための今後の展望を述べる。

2. 本論
2-1.所在地等
(1)富山ます寿し協同組合(以下、協同組合):富山県富山市丸の内2丁目4-17
富山市内に十数店舗ある鱒寿司専門店の内13店舗が所属している。役割として、様々な場所での実演販売や百貨店等での販売、富山県内で鱒寿司体験教室などを所属している店が交代で行うための取りまとめをする。「幅広く鱒寿司を知ってもらうこと」を目的として活動している。
(2)鱒寿し本舗 千歳(以下、千歳):富山県富山市鵯島2区887
協同組合所属店舗の一つ、富山市内で一番の老舗である。家族経営であり、現在は5代目大郷磨氏が主導である。
(3)ますのすし本舗 源(以下、源)ますのすしミュージアム:富山県富山市南央町37-6
「源のますのすし」の技と伝統を映像や工業見学などで紹介する施設である。

2-2. 歴史的背景と製造方法
鱒寿司の起源は諸説あるが、江戸時代、富山藩士の吉村新八が三代藩主前田利興に鱒寿司を献上したところその味を好み、八代将軍徳川吉宗に富山藩から鱒寿司を献上し、大変気に入り富山の名産品になったとされている。昔は晩春から初夏に神通川で鱒が獲れ、5月から7月に鱒寿司を食していた。
千歳は、江戸時代末期から富山市七軒町で川魚を使った加工品業や料亭を営み、その頃から鱒寿司を提供していた。その店舗は火災で焼失し、その後は神通川の屋形舟で料亭をしていたが、昭和44年に神通川の増水で舟を出せなくなり、神通川左岸の現在の場所に鱒寿司の専業で店舗を構えた。鱒寿司の味を広め、定着させたのは千歳と言われている。
源は、江戸時代に旅館業から始まり、明治41年に富山駅での駅弁販売を始め、明治45年に駅弁の鱒寿司が誕生した。昭和20年富山大空襲で富山駅と源の工場は焼失したが、それに耐え、駅弁の鱒寿司と言えば源と言われるまでになった。平成21年に「ますのすしミュージアム」をオープンした。
鱒寿司の製造方法は、鱒の身を下ろし、薄く切る。鱒に塩をし、調味酢に漬ける。調味酢の酢や砂糖などの調合や漬け時間は店によって異なる。木の容器に笹を放射状に敷き酢飯を笹の上に敷き詰める。その上に鱒を乗せ、笹で覆い、木の蓋を乗せ、竹串で木の容器の上下2か所を挟み、上下の竹をゴムで止める。木の容器は、富山の売薬がわっぱに入れて薬を管理していたことからヒントを得て使用されるようになり、包む笹は、鱒にほのかな笹の香りをつけることと抗菌作用があると信じられていた。この形状は昔から変わっていない。消費期限は3日以内としている。(写真1)

2-3. 今日的活動
協同組合所属の13店舗の内10店舗では、富山駅併設とやマルシェ内「富乃恵」(註1)で「はんぶんこ」2人前や駅前CiCビル内「ととやま」(註2)にて「ミニ」1人前を販売している。(写真2.3)核家族化、食べ比べ、手土産に適した大きさである。協同組合所属店舗の特徴を紹介する無料アプリの導入や5店舗はネット販売もしている。また、富山地方鉄道と提携し、「ぐるっとグルメぐりクーポン」を販売している。1日路面電車に乗り放題と鱒寿司組合加盟の8店舗と富山名物甘味処5店舗の中から3店舗選んで食べ歩きが出来るクーポンが3枚付いている。クーポン1枚と鱒寿司1/8カットを交換できる。(写真4.5)
ますのすしミュージアムは、鱒寿司の製造過程の見学や手作り鱒寿司体験、駅弁や鱒寿司の歴史などに触れ、食事や土産の購入が出来る富山の観光スポットになっている。
富山県では優れた県産品を「富山県推奨とやまブランド」と認定し、全国へ魅力を発信している。鱒寿司は「とやまブランド」の第一号である(註3)。富山の伝統工芸で有名な鋳物会社「能作」から鱒寿司モチーフのアクセサリー、高岡市で創業した靴下メーカー助野㈱から鱒寿司デザインの靴下が販売されている。(写真6)
富山県射水市が堀岡養殖場でサクラマスの養殖を昨年から事業化した。

2-4. 作り手の苦悩と工夫
大郷氏は、鱒寿司が伝統産業として残れるかということに不安を抱いている。不安の一つは諸原材料である。主材料の鱒は、神通川の鱒を使用する店は皆無である。近年は冷凍技術により一年中鱒を使えるが、国内の漁獲量は輸入量よりも少なく(資料1)、殆どはノルウェー産アトランティックサーモンやトラウトサーモンを使用している。笹は、中国からの輸入に頼っている。木の容器は、県内や石川県から仕入れているが国産のものは値段が高い。鱒も笹も現地で日本人が生産の指導や管理し、品質に問題はないが、こうした材料の仕入れ値が年々高騰し経営を圧迫している。
伝統産業は後継者問題が取り上げられるが、鱒寿司の後継者も同様である。後継者がいないために、一昨年も1店舗閉店した。また、後継者は継いだ後も作り手として悩むことは多い。時代の変化に伴い、伝統を守りながらも作り手も変わらなくてはならない。その中には「味」がある。店により、酢の味、鱒の厚み、鱒の締め具合などが違うが、時代により味の好みは変化する。大郷氏も先代から受け継いだ味に変化を加えている。

2-5. 比較と特筆される点
押し寿司は全国至る所の食文化にあり、鳥取県の吾佐衛門鮓も江戸時代からの歴史があり贈答品、駅弁として重宝されている。しかし、同じ押し寿司でも鱒寿司のように多くの専門店や各店によって「味」が違うものは他にはない。鱒寿司の特筆すべき点である。富山の各家庭では贔屓の味がある。源は、駅弁として始まった経緯もあることから様々な形状があり多くの人に馴染みやすい味付けである。千歳は、酢が強すぎず、鱒は程よく締まり食べやすい。他の店舗では、鱒に酢が効いている、甘い、塩辛いなど様々である。各店を食べ比べてみると鮮明にわかる違いがある。

3.考察
鱒寿司は駅弁で知名度を上げているが、専業各店の鱒寿司が全国的に周知されていないことは協同組合の役割や富山県の取り組みとしてはまだ十分ではない点である。
富山の鱒寿司は現代でも家庭で食され、贈答品としても重宝されている。富山の各家庭が贔屓の味を持ち、それを親から子へと受け継いでいる。こうした社会的文化的教育的機能を持つ鱒寿司は富山の食遺産として評価できる。
伝統文化をデザインすることは困難も多いが、作り手が時代を分析し工夫を加え発展させていることは優れていると評価できる。
観光、産業、工芸とコラボレーションしていることは、富山のブランドとして地域に貢献していると言える。観光では、ますのすしミュージアムや路面電車を1日利用し富山市内の観光と鱒寿司を食べながら店の人に話を聞くのも楽しい旅の思い出になる。
堀岡養殖場のサクラマスを事業化させたことで、輸入に頼ってきた鱒を富山産の鱒で鱒寿司を製造できる可能性があり、そうなれば「とやまブランド」を強調することもできる。

4.今後の展望
贈答品や手土産に鱒寿司や鱒寿司関連の物を国内外へ持ち出すことにより広く周知できる可能性がある。
富山の様々な産業との結び付きは、鱒寿司の新たな価値を生み出す。鱒寿司を通じて富山を活性化させる。
堀岡養殖場の養殖サクラマスが、富山産の鱒として富山の鱒寿司の重要な役割を成してくれることを期待している。
これからも鱒寿司が愛され続けるために店や協同組合などの努力を要するが、買い手としても贔屓の味が守られるように美味しく頂く気持ち、後世に贔屓の味を伝えることを忘れずにいたい。

  • 1 (資料1)さけます需給の推移
    出典:国立研究開発法人 水産研究・教育機構 北海道区水産研究所より
    http://salmon.fra.affrc.go.jp/zousyoku/jyukyu/jyukyu.htm
    (アクセス日 2018年1月29日)
  • (写真1)千歳の鱒寿司 (2017年7月9日、筆者撮影)(非公開)
  • (写真2)富乃恵販売「はんぶんこ」 (2018年1月21日、筆者撮影)(非公開)
  • (写真3)ととやま販売「ミニ」 (2018年1月21日、筆者撮影)(非公開)
  • (写真4)ぐるっとグルメぐりクーポン (2017年7月9日、筆者撮影)(非公開)
  • 6 (写真5)ぐるっとグルメぐりクーポンで交換できる1/8カットの鱒寿司 (2017年7月9日、筆者撮影)
  • (写真6)能作 鱒寿司モチーフアクセサリー (2017年1月29日、筆者撮影)(非公開)

参考文献

参考文献
石毛直道他編『日本の郷土料理⑥北陸』、㈱ぎょうせい、1986年
読売新聞富山支局編『富山なぞ食探検』、桂書房、2008年

(資料1)出典:国立研究開発法人 水産研究・教育機構 北海道区水産研究所より
http://salmon.fra.affrc.go.jp/zousyoku/jyukyu/jyukyu.htm
(註1)富乃恵:富山県富山市明輪町1-220きときと市場とやマルシェ内
(註2)ととやま:富山県富山市新富町1-2-3CiCビル1階 いきいき物産㈱
(註3)富山県ホームページ http://www.toyama-brand.jp/

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