自然と人に向き合う旅
高知県・四万十塾のカヌートレック
四万十塾の活動とは
「Wilderness Village 四万十塾」は、高知県の西部を流れる四万十川でのカナディアンカヌートレックのガイドをメインに、全国の川でツアーやイベントを開催するアウトフィッター(Outfitter=-自然との関わりを楽しみ職業としている人のこと)である。1995年に塾長の木村とーる氏が、環境問題について考え、永続可能なライフスタイルの提供を理念とするプロジェクトとして立ち上げ、20年以上に渡り活動を続けている。
1990年代前半、木村氏は信州・美麻村の遊学舎のエコビレッジプロジェクトに参加し、水道も電気もない山小屋での生活の中で自然とともに生きる技を身につける。阪神淡路大震災時には救援活動に駆けつけ、ボランティア団体「神戸元気村」の立ち上げに従事した。この出来事が四万十塾を始めるきっかけとなる。半年間の救援活動の後四万十に移り住み、森の中に自分で木造の小さな家を建て、近くの沢水を使い薪を使って料理し、暖をとるといった自然エネルギーが循環する暮らしをしながら、カヌートレックを開催する。最小限の生活道具と荷物だけを積んだカヌーで川を下り、キャンプしながら旅することで四万十の自然を体感できるプログラムで参加者に川旅の醍醐味を味わせてきた。
人々の心に忘れられない記憶を刻んできた「カヌートレック」というイベントデザインを、参加者の1人として振り返り考察していく。
川旅で自然に還る
国内の多くのアウトフィッターが開催しているのは、夏シーズン限定の1泊2日のキャンプツアーや、日帰り体験、スクール、初心者向けのガイド同乗プログラムといった短期のイベントが多い。ひとつは日本が長期の休みをとることが難しい社会であること、ふたつめには一般的にカヌーはウォータースポーツの乗り物として捉えられているからだ。
四万十塾がメインにしている4泊5日の期間は規格外の長さといえる。日常から離れて川を漂い、焚き火を囲むといった原始の旅スタイルを提供するためだ。真冬を除けば天候に関係なく通年開催される。たとえ初心者でも参加者同士でカヌーを漕ぎ、ガイドは同乗しない。参加者は全国から集まるカヌー歴やバックグラウンドも異なる老若男女で、自然が好きということが共通している人々である。トレックがスタートすると、参加者達とガイドは水上と河原で朝から晩まで寝食を共にしながら、最終日のゴールに向かってすすんでいく。
トレックの流れ
集合すると最初にベースキャンプ設営から始まる。河原にタープを張り、椅子やテーブル、 水のタンク、食材ボックスなどのキャンプ機材を設置し、川石で囲炉裏を造って、キッチンやリビングの役割をもつ生活の中心スペースをつくる。どんなトレックの時でも全ての配置場所が常に決まっているのは、夜の灯りは焚き火やランタン、ヘッドライトなど僅かになることから、暗闇の中でもスムーズに動けるようにするための野外ならではのノウハウである。
最初にガイドから伝えられる四万十塾ならではのルールが「旅の間は腕時計を外し、携帯電話の電源を切る」ことである。日常を忘れて旅を楽しむこと、自分自身の体内時計を感じて過ごし、まずは参加者自身が自然に還ることが大切なのだ。こうして準備をすすめていく間に、参加者達の心は未知の体験への期待が膨らんでいく。
設営後にいよいよカヌーについてのレクチャーとなり、実際に水辺に出て練習する。特に初めてカヌーに乗る人にとっては最も気分が高揚する時である。夕方から食事の準備が始まり、地元の食材と沢水を使って、集めた流木や薪で調理する。火の扱いが初めての人も四苦八苦しながら火を起こし、炎を大きくしたり小さくしたり、ガイドやベテラン参加者から手ほどきを受けながら操っていく。四万十塾の名物であるボリュームたっぷりの手の込んだ焚き火料理が次々と完成する度、参加者達から歓声が上がることとなる。夜が深まるにつれ、話に花を咲かせながら料理や酒を楽しみ、眠くなったらそれぞれのテントで眠りにつく。
空が明るくなり鳥の声で目が覚めたら、起きた人から焚き火に集まりコーヒーを飲む。朝食を終えたらベースキャンプを撤収し、各自のカヌーに道具を分散して詰め込み、ダウンリバーを開始する。川の流れに合わせて、時には瀬で水しぶきを浴び、時にはゆったりと漂いながら下っていく。野営地に到着すると、再びベースキャンプ設営、夕食作り、食事・歓談と夜の時間を過ごす。
自然の中で過ごす日々を重ねるうちに、参加者の意識や行動がゆっくりと変わっていく。トイレやお風呂の設備が無いこと、雨に打たれることにも慣れていく。参加者同士も打ち解け一体感が育っていく。終了する時には、全員顔の表情が緩み、心と体が伸び伸びと広がっているのを実感するのである。
冒険が人を変える
四万十塾のカヌートレックは参加者に自然環境へ意識を向けさせるための「エコイベント」でありながら、新しい自分と出会う「アートプロジェクト」の性質を持っている。自然の中に飛び込む「非日常の時間」が、「これまでの自分とは異なる自分」になる特別な感覚を参加者にもたらすのだ。それは川旅には常に「冒険」が連続していることが関係している。野外で何日も過ごすこと、カヌーを漕いでいる途中で沈(転覆)すること、岩場や沈下橋(四国の川に架かる欄干の無い低い橋)から水面に飛び込むことなどは、大人も子供に戻ることができる楽しい冒険である。天候や体力面から時折苦しさを味わう事があっても、それを上回る達成感を得ることができる。冒険への挑戦を可能にするのは、アウトドアの達人であるガイドが持つ高いスキルや豊富な経験、自然と人への臨機応変な対応力だ。ペアを組んだ同乗者と力を合わせてカヌーを漕ぎ、波立つ瀬を超え、焚き火を操って料理を作り、大量の道具や機材の設営撤収といった作業を繰り返していくうちに、自分の内側から湧き出る力や、今まで気づかなかった可能性を発見する。専門的な仕事はガイドが行うが、参加者それぞれが自分が出来ること、またはいつもよりも上の力を出しながら、さまざまな仕事に挑戦する。最初は何も出来なくても、終わる頃には試行錯誤しながら積極的に動く自分になっている。初めて出会う世界とは、実は自分自身との出会いなのだ。
日常に戻ってからも、自然と対峙した自信が自分の中で光り続けているのを感じる。消えない力となって確実に残り、その後の思考と行動が少しずつ変化し続けていく。五感を研ぎ澄ませ、頭と体を使う川旅という「実践」によって学びを得るのが四万十塾のカヌートレックである。
未来の環境と人に力をつける
木村氏が四万十川でプロジェクトを始めた理由は、現在の日本では何日も普段の生活から離れて長い川旅ができる川がここにしか残っていないからだ。数多くある日本の川は、ことごとく大規模なダムや堰によって流れが遮られ、水質も水量も景観も数十年前と比べて大きく変わった。昔ながらの姿を保ち続ける四万十川が最後の清流といわれるのはそのためである。自然環境の破壊は今も続いているが、問題に向き合おうとする人々も確かに存在している。四万十川の自然を案内し続けることで、問題意識を共有することはこれから先も必要な仕事だ。
そして自然と向き合う術が必須となるのは、やはり災害時である。2011年の東日本大震災の際に我々はそのことを改めて認識させられた。この時四万十塾は、これまでの経験とスキルを最大限に活かし、連日数百人分の炊き出し・カヌーを使った瓦礫の回収・ボランティアセンターの運営など、長期間に渡って宮城県石巻市で支援活動を行っている。平時の時から自然と親しみ隣人と力を合わせて困難を乗り越えることを、人々に実践を通して身につけさせる活動は、ますます大きな意味もつものである。有事の際、自分自身と他の人を守る力をつけた「アウトドアーズマン」を一人でも多く育成してほしい。もちろん自分もその1人になるために「旅」を続けていこうと考えている。
参考文献
木村とーる著『四万十塾の焚き火料理塾』枻出版社
『ログハウスマガジン 夢の丸太小屋に暮らす』2012年11月号 地球丸
四万十塾HP