沼垂(ぬったり)地域の歴史的背景を栄枯盛衰の視点から再評価する
はじめに
筆者が居住する新潟市には沼垂(ぬったり)という地域がある。この地域は近年、注目施設をまとめて沼垂エリアとして括られている(1)。近隣に住む筆者にとっては日常的にこの地域で生産される食材などを利用しているおりライフイベント、通過儀礼でもこの地域の影響を受けている(資料1−1)。住居を構えた際には「沼垂白山神社(2)」によって地鎮祭を実施、「蒲原神社」の蒲原まつり(3)には毎年家族で出向いている。本稿ではすでに一定の評価を受けている沼垂地域の活動をあたらな視点で見直し文化資産評価報告書とする。
1.基本データ
1−1「沼垂地域の歴史」
沼垂地域は新潟県新潟市、観光・ビジネス・生活の中心地である新潟駅から北西に徒歩15分ほどに位置するエリアである(資料2) 。沼垂の歴史は古く、沼垂町の発祥は『日本書紀』に「渟足柵(ぬたりき)」であるとされる。柵とは現在でいう砦のようなもので当時は蝦夷(えみし)に対する拠点であったと考えられている。江戸時代には新発田藩の年貢を保管する御蔵として栄えたが江戸初期に川欠けなどによって四度にわたる移転が行われ現在の位置に定着するという特異な経歴を持っている(4)。
その後、新潟港の主流である信濃川河口に直結した栗の木川周辺の舟運によって栄え、近代では鉄道の開通、大規模な工業の誘致などで今はなき沼垂駅を中心に栄えた時代がある(5)。しかしその後は新潟町との合併、新しい新潟駅を中心とした都市開発や車などの普及による郊外の発展などの波に抗えず、沼垂駅は廃駅となり、沼垂地域は空き家やシャッター街、人の流出などを多く課題を抱え衰退へ向かう事になる。
1−2「現在の沼垂地域について」
現在の沼垂地域はガイドブック(7)や新潟市公式観光情報でも取り扱われるほどに注目を集めている。それには2つ視点があると考えられる。
一つ目は沼垂地域の歴史に根付いた施設を括った「発酵の町」という視点である。米や水など新潟特有の環境状況合わせ、交通の要所として栄えたことから「発酵の町 沼垂」には歴史を感じる発酵の拠点がいくつか残っている。
「今代司酒造」は1767年創業の酒蔵である(8) 今年11月に酒蔵見学に参加し、お話をうかがった。酒蔵体験は連日満員で予約もとりづらく利用者は県内県外海外と多岐にわたっており観光バスなども停車している。今代司酒造は「発酵の町」のシンボルとして非常に賑わっていると言える。その経営方針は「戦前の酒造りである純米酒のみ生産する」という独自のもので。沼垂地域に多くあった酒蔵が全て撤退する中、今代司酒造は独自の路線へ方向転換を行なったことによって今の状況を残している。
「峰村醸造」(9)は1905年(明治38年)創業の味噌・漬物などの製造販売を行っている。ショールーム兼小売店が設置されており店内には味噌をはじめ、漬物、餃子、モツ煮、ソフトクリームなどの同社の味噌を活用した食の提案が行われている。これらの商品は筆者の食卓にも時折登場することから周辺住民の食に根付き、お土産としても重宝している。こちらも味噌づくり体験などあに多くの人々が訪れており発酵の食文化などを地域から発信している。
もう一つの視点は「沼垂ビアパブと沼垂ビールブルワリー」(10)や「沼垂テラス商店街」(11)などの新しいスポットが発生しているということである。
2.沼垂エリアの街づくりや事例で積極的に評価すること (資料1−2)
沼垂地域は古代から現代に至るまでの深い歴史とその名残を感じることができる。しかしこの評価は、もう一歩踏み込んで再評価することができる。
沼垂地域は時代ごと役割を持って繁栄した、そして時代ごとにその役割を終え衰退という形を経験している。本稿では現在の沼垂地域を「発展と衰退を経て現在も変化し続けている栄枯盛衰という歴史背景を持った地域である」と再評価する。 次に取り上げる二つの事例は時代ごとに役割を変える沼垂地域において新たな役割を生み出す代表的な地域活動である。
2−1「沼垂ビアパブが仕掛ける新しい場としての沼垂 」
発酵の街の新しい拠点の一つ沼垂ビアパブでは「場」を作ることをポリシーとしている。マネジャーである樋口真弓さんは音楽で「発酵の町」を盛り上げようと沼垂発酵フェスティバル “音で醸すOTOKAMO”(12) を主催している。このイベントでは樋口さんが旗振りとなって地元ミュージシャンの演奏を今代司の奥座敷や峰村醸造の蔵、周辺寺社の本堂などにて楽しむことができる。イベントで現時点で3回目も企画されている。「沼垂には素敵な会社、素敵なスペースがたくさんある。それらを知ってもらい活用して行きたい。」と樋口さんは語る。この試みは沼垂地域にまた新たな役割を与えることになると考えられる。
2−2「一企業が地域を活性化させる。行政を動かす沼垂テラス商店街の存在と評価 」
「沼垂テラス商店街」は栄枯盛衰を経て変化し続ける現在の沼垂地域の象徴的な施設である。(13)歴史上、沼垂に商店街はなく寺町通に青果市場として長屋が存在した。それらは先に述べた衰退の中で完全なるシャッター街へと姿を変えている。しかし2010年に沼垂地域で50年の老舗大衆割烹「大佐渡たむら」が長屋に惣菜とソフトクリームの店をオープンしたことが地域に新しい取り組みを生むきっかけとなった。この長屋の活用には、センスのある若い世代が注目しカフェや陶芸工房などを出店するになる。その結果長屋には、レトロな軒並みにセンスの良さが際立つ独特の空間を作り出した。そして大佐渡たむらのご家族は「株式会社テラスオフィス」を立ち上げ長屋を買い取り「沼垂テラス商店街」を誕生させた。シャッター街が増える今の時代に新しく市場ができるという一企業の取り組みは、メディアや行政の注目を集め、街づくりという形で評価され数々の授賞歴がある。最近も総務省が主催する地域活性化に貢献した団体や個人に贈る令和5年度「ふるさとづくり大賞」の優秀賞を受賞した(14)。
設立後9年になる沼垂テラス商店街の活動は行政をも動かしテラス商店街の長屋にあった寂れた公衆トイレの整備を実現し、傷んでいた近隣道路の復旧というサポートを引き出すこととなった。ここでも沼垂エリアは衰退をへてからの新しい役割を持ち始めることになる。
3.発酵の町長岡摂田屋地域との比較、沼垂エリアの特筆
街や地域をエリアとしてPRする事例は全国にある。特に沼垂のように「発酵の町」という街づくりは全国に多々存在する(15)。新潟県の長岡市には摂田屋地域という歴史と醸造を謳った有名なエリアが存在する(16)。摂田屋地域は戊辰戦争時、長岡藩の拠点となった光福寺や江戸時代物流の要所であった三国街道の跡などを有し、歴史と発酵という打ち出しはとても魅力的である。長岡市の観光資源もうまく取り入れており(資料3)。発酵の施設も数多くありその点では沼垂エリアよりも見どころがあると言える。市営駐車場などもしっかり完備され行政取り組みも積極的だ。これに対して沼垂エリアは観光という視点では小規模であると言わざるを得ない。
しかし沼垂地域には発酵・醸造というブランディングによって年月を重ねてきた摂田屋地域とは違い、栄枯盛衰によって断片的に変化してきた歴史背景がある。途切れた歴史背景は過去の栄光として強いノスタルジーを形成し、栄枯盛衰によって何度も役割を変えて地域が括られ沼垂テラス商店街などの新しい試みを受け入れる土壌になっていることは特筆すべき点である。
4.沼垂エリアの今後の展望について
予測不可能なVUCAの時代に突入した世界にとって変化を受け入れながら進んでゆく沼垂地域の活動は注目に値する。沼垂テラス商店街の長屋の真裏でもまた一つ役割を終える事例がある。長屋の裏には戦後未亡人のために国によって一台限りと優遇された立ち飲み屋が複数存在した。しかしその役割を終えた建物は老朽化から撤去されている。その跡地の活用は行政の管轄であるが沼垂テラス商店街を中心とした沼垂エリアの活用という視点で整備されようとしている。
5.まとめ
既に一定の評価を得ている沼垂地域の歴史的背景を身近に住む筆者の視点、フィールドワークを交えて栄枯盛衰という視点で見直してきた。近年になって新しい商店街が発生するなどの背景には、その位置や役割を変えながらも存在し続ける沼垂地域の「栄枯盛衰の歴史的背景」が重要であるといえる。沼垂地域は発展と衰退を繰り返した結果、新たな進化を遂げる人々や土壌を醸しているのである。
参考文献
註(1)新潟市 制作企画部 広報課『沼垂ノスタルジー ~過去と未来が「醸す」まち~』https://www.city.niigata.lg.jp/kanko/kanko/kankoarea/story/nuttari.html(2024年1月26日閲覧)
註(2)早通神明宮『沼垂白山神社HP』https://shinmeigu.jpwaza.com/%E6%B2%BC%E5%9E%82%E7%99%BD%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE-2/(2024年1月26日閲覧)
註(3)蒲原まつり実行委員会『菅原まつりHP』https://minekomi.sakura.ne.jp/(2024年1月26日閲覧)
註(4)伊藤 鼎 『沼垂定住三百年記念誌 ぬったり』沼垂定住三百年祭実行委員会、1984年。
註(5)発行人 五十嵐敏雄 編者 新潟市『新潟湊の繁栄』新潟日報事業者、2011年7月、p34
註(6)都市政策部 新潟駅周辺整備事務所『新潟駅付近連続立体交差事業』https://www.city.niigata.lg.jp/kurashi/doro/ekisyu/renzoku/renritsu.html(2024年1月26日閲覧)
註(7)発行人 清水康史『まっぷるマガジン まっぷる新潟・佐渡』昭文社、2022年5月、p50
註(8)今代司酒造株式会社HP『今代司imayo tsukasa』https://imayotsukasa.co.jp/ (2024年1月26日閲覧)
註(9)峰村醸造HP『明治38年創業 峰村醸造』https://www.minemurashouten.com/(2024年1月26日閲覧)
註(10)沼垂ビアパブ・ブルワリーHP『発酵の町 沼垂ビール』https://nuttaribeer.co.jp/shop/(2024年1月26日閲覧)
註(11)株式会社沼垂テラスオフィスHP『沼垂テラス商店街』https://nuttari.jp/(2024年1月26日閲覧)
註(12)沼垂テラス商店街HP『第2回 沼垂発酵フェスティバル “音で醸す~OTOKAMO~”』https://nuttari.jp/event/14650/(2024年1月26日閲覧)
註(13)発行者 高岡はつえ『沼垂テラス商店街』2019年8月
註(14)経済産業省HP『令和5年度 ふるさとづくり大賞受賞者の決定』https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei09_02000146.html(2024年1月26日閲覧)
註(15)日本経済新聞HP『「発酵のまち」を訪ねる10選』『https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24080340Q7A131C1W01000/(2024年1月26日閲覧)
註(16)長岡市地方創生推進部広報・魅力発信課『発酵・醸造のまち長岡HP』https://hakko.na-nagaoka.jp/round_settaya/(2024年1月26日閲覧)