地域資源「烏山和紙」~今も息づく伝統技術の継承を探る

相吉沢 守

はじめに
栃木県最東部に位置する那須烏山市(旧烏山町)は、茨城県と境を接する山間の地域である。県都宇都宮市から、北東に車で40分ほど走ると那須烏山市に入るが、市の中心地までは、一級河川荒川を渡り大金トンネル、高瀬トンネル、神長トンネルと3つのトンネルを抜け市街地に至る。そのまま東進すると、ほどなく一級河川那珂川に至り、山と清流の自然に囲まれた、自然豊かな閑静な地域である。この地に、烏山和紙を代表する国の重要無形文化財「程村紙」(註1)がある。程村紙は、和紙のなかでも「厚紙の至宝」と評され、厚手で切れにくい特徴がある。今なお息づく、烏山和紙の伝統技術の継承について考察する。

1.烏山和紙について
1-1 和紙
ネット辞典「ブリタニカ・オンライン・ジャパン」(註2)によると、日本古来の製法による手すき紙で、製紙法は7世紀初期に中国から朝鮮を経て日本に伝来したとされている。その後、トロロアオイの根やノリウツギの樹皮からとれる粘液を利用して繊維をむらなく攪拌する日本独自の技術「ねり」が考案され、江戸時代に全国各地で、すき方や技法に特色のあるものがつくられてきた。雁皮、三椏、楮などの靭皮繊維を原料とする和紙は独特の色沢と地合いをもち、丈夫で変質しにくい特長がある。
1-2 烏山和紙の起源
烏山和紙の起源については、一説には天平年間の「奉写一切経料紙墨納帳」や宝亀5年(774)の「図書寮解」に下野国が紙の産地として記されていることから、今からおよそ1200年前の奈良時代にはすでに烏山和紙がつくられていた、あるいは、鎌倉時代に那須氏が越前より紙すき職人を招いて那須奉書を作らせたのが始まりともいわれている(註3)。
和紙生産の立地条件について、農山漁村文化協会編『全国の伝承江戸時代 人づくり風土記 (9)ふるさとの人と知恵 栃木』(註4)によると、「原料である良質の楮が身近にあることや、よい水質の清水があること、蓄積された紙すきの技術があることの三点である。」と述べられている。まさしく、旧烏山町には、良質な楮は烏山と境を接する茨城にあり、清水は那珂川の水質に恵まれ、紙すき技術は越前の職人から伝授され、烏山和紙は生まれるべく環境のなかで育まれてきたといえる。

2.烏山和紙づくりの評価
2-1 烏山和紙づくりの盛衰
手すき和紙の事業者で組織されている「全国手すき和紙連合会」によると、和紙の生産者数は1901年の68,562戸から2001年の392戸へと100年間で99.4%減と激減している(註5)。烏山和紙も例外ではなく、隆盛を誇った江戸時代には、厚紙の程村紙をはじめ西之内・十文字紙がすかれ、それらは那須紙と呼ばれ、紙の強さと優雅さを兼ねそなえ、広く知られていた。それが後に、近隣の農家の人たちの副業(農閑期の現金収入の道)として受け継がれ、和紙づくりの最も多かった明治15年ごろには800軒余りの家々があったといわれている。しかし、現在にいたっては、紙すきよりも収入の多い仕事ができたことや洋紙や機械すきの和紙におされ、むかしながらの手すき和紙づくりはとうとう一軒だけになってしまったのである(註6)。
2-2 1/800軒の伝統技術継承
激減の最たる現われが、烏山和紙(栃木県)、十文字和紙(秋田県)、美々津和紙(宮崎県)など各地にみられる単一の事業者のみが、伝統技術を継承しているという現実がある(註7)。
単一の事業所として烏山和紙を継承している福田製紙所も、もともとは和紙問屋であったが、800戸余りあった和紙製造農家が戦後に至って紙すきを止めたことに起因し起業している。家業であった和紙問屋の継続は言うに及ばず、1200年続く烏山手すき和紙づくりの伝統技術が途絶えることを危ぶみ、自ら紙すきを行なうことで今日に伝統技術を継承されたことは評価に値するものである。

3.他の手すき和紙づくりとの差別化や特筆されること
3-1 一事業所主体の烏山和紙会館および和紙の里
全国手すき和紙連合会の和紙産地マップによると、41の都道府県に75の産地が紹介されている。それぞれの産地では、職人技の見学や紙すきを実際に体験する施設など、楽しめる施設として和紙会館や和紙の里などが開設されている。運営形態は、高知県土佐市の「土佐和紙伝統産業会館」や岐阜県美濃市の「美濃和紙の里会館」のように公営による運営が行われ、美濃市では市役所内に美濃和紙推進課も設置し、官民挙げて推進している。また、京都府の「黒谷和紙工芸の里」など協同組合や観光協会による関係団体による和紙の里がある。他方で、石川県の「加賀伝統工芸村 ゆのくにの森」は、民間の株式会社によって運営されている。その一方で、烏山和紙会館および和紙の里(図1~図4)は、観光協会のバックアップはあるものの、まさに孤軍奮闘ともいえる一事業所が主体となり運営努力が行われている。
3-2 国指定重要無形民俗文化財 烏山の山あげ行事「山あげ祭」とのかかわり
烏山の山あげ行事「山あげ祭」は、神社祭礼の奉納余興として常磐津所作がおこなわれ、その背景に烏山和紙を網代状に竹を組んだ木枠に張り重ねて「はりか山」を作り、野外歌舞伎が演じられるようになったものである(註8)。
そこには、多くの和紙生産農家の存在があり、「烏山和紙」が生産されていたことが「はりか山」の考案を生み出し、その「はりか山」による、前山・中山・大山という背景が配されたことで、通常は横の動きが主な歌舞伎に、奥行きがある縦の動きも加えられた歌舞伎(図5)がデザインされてきたと推測することができる。
神社祭礼という、神々への畏敬の念・祈りのこころを本質にもつ奉納余興に、町の特産品である「烏山和紙」を使った「はりか山」は、まさに人々の信仰心を講じさせるものであり、祭礼行事と伝統工芸による協同が生み出したものといえる。

4.今後の展望について
和紙業界全体の傾向は手すき和紙の伝統を守りつつ、和紙づくりの普及・啓蒙の一環として、手すき和紙づくり体験教室が活性化されている。もちろん烏山和紙の里でも、手すき和紙づくりの体験をすることができ、烏山和紙の良さを知ってもらう絶好の機会であり、和紙づくりという非日常的な特別な意味が付与された、時間のデザインがなされている。
福田製紙所代表の福田博子氏(註9)によると、地元の小学校生徒の和紙づくり体験をはじめ、広く門戸を開いている一般向けの体験教室の利用も、家族やグループによってさまざまに楽しまれているとのこと。また、近年では5年目となる、烏山高校3年生の恒例行事「和紙すき体験」がおこなわれ、自身の卒業証書を自らすくという体験も行われている。この情報は、地元紙下野新聞でも取り上げられ、記事とともに学生の体験風景が掲載されている(註10)。
ちなみに、近郊の小中学校をはじめ、県内の県立高校の約9割程度の卒業証書や、大手私立の学校、あるいは医療関係の大学など、多くの学校からの依頼もあり有難いとのこと。しかしながら、今日の少子化の影響をうけ、絶対数の減少は否めないという事実もある。一方、和紙で創作されている、いわゆる伝統工芸品の動向は、コロナ禍もあり卒業証書の減少を補填するにはおよばないのが現状である。

5.まとめ
伝統を守り継承することは、生活の糧という大きな壁も立ちはだかり、伝統を守ることと生活というはざまで継承することになり安易には立ち行かないものである。そこには安定した和紙の需要の掘り起こしが必須であり、後継者の問題とも連動している。
また、こんにちでは和紙づくりに欠かせない材料となる良質の楮やねりの材料トロロアオイの減少などもある(註11)。福田製紙所は和紙材料の調達、和紙の生産、そして出来上がった和紙の普及・販売と、いわば和紙材料の生産者と消費者の中間に位置し、和紙の需給のコントロールを担い一連の流れの好循環が求められている。そのためには、まずは、材料調達に優先して和紙の販売環境の充実が望まれる。
販売環境の充実には、あまたある地域資源(図6)の観光資源化を明確にして、ストーリー性をもたせた周遊型の観光強化をはかり、相互に相乗効果の創出をつくりだすことも必要である。また、烏山和紙の長期的な展望に立ち、行政も含め観光協会や関係者の共有はもとより、生産者から消費者まで一人でも多くの関係人口を増やしていくことが重要である。これらはとりもなおさず、「烏山和紙」の伝統を継承していくキーポイントとなり得るものではないだろうか。

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参考文献

(註1)大嶋奈穂編『和紙ってなに?① 東日本の和紙』、株式会社理論社、2020年、15ページ。
(註2)https://japan.eb.com/rg/article-13141500 ネット辞典「ブリタニカ・オンライン・ジャパン」、小項目「和紙」、2023年4月29日アクセス。 
(註3)柏村祐司『下野の手仕事』、有限会社随想舎、2005年、68ページ。
(註4)農山漁村文化協会編『全国の伝承江戸時代 人づくり風土記 (9)ふるさとの人と知恵 栃木』、農山漁村文化協会出版、1989年、115ページ。
(註5)http://www.tesukiwashi.jp/p/zenwaren_gaiyo.htm 全国手すき和紙連合会、和紙連合会概要下段「和紙生産戸数推移グラフ」、2023年5月9日アクセス。
(註6)栃木県連合教育会編『ふるさと読本栃木』、第一法規出版株式会社、1982年、76~78ページ。
(註7)http://www.tesukiwashi.jp/sanchi_map.htm 全国手すき和紙連合会、「全国産地マップ」(産地名をクリックし、各産地の紹介ページにジャンプ)、2023年5月25日アクセス。
(註8)筆者による「芸術教養演習2」、烏山の山あげ行事「山あげ祭」の事例。
(註9)福田博子氏、栃木県伝統工芸士・合名会社福田製紙所代表社員。インタビューは、2023年6月2日および6月17日。
(註10)下野新聞社発行「下野新聞」、2023年5月29日朝刊、22面に掲載。
(註11)http://www.jsapa.or.jp/pdf/Acrop_Jpaper/nousakumotuchousar2.pdf 公益財団法人日本特産農産物協会、地域特産作物(工芸作物、薬用作物及び 和紙原料等)に関する資料 (令和2年産)PDF、60~61ページ、2023年6月6日アクセス。

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