◇巣鴨地蔵通り商店街 ~人を惹きつけるコミュニティとイベントデザイン~

今井 久夫

はじめに
巣鴨地蔵通り商店街は「おばあちゃんの原宿」の愛称で知られ、コロナ禍以前は都内の観光コースにも組み込まれ幅広い層から親しまれてきた。平日で1~1.5万人、休日や縁日(毎月4の付く日)には遠方からの来街者も増え3~5万人、休日と縁日が重なる日には10万人を超える賑いを見せた。コロナ禍で観光バスは姿を消し遠方からの来街者は大きく落ち込んだが、いま近隣を中心に7割程度まで回復してきている。全国的に衰退していく商店街が多い中、いまも変わらず多くの人を惹きつける要因とは何か。主にコミュニティとイベントデザインの観点から考察する。

1.基本データと歴史的背景
商店街は、JR山手線と都営地下鉄三田線が交差する巣鴨駅から白山通り(新中山道=国道17号)沿いに北西へ5分ほど歩いた所にある。旧中山道の入り口から、都電荒川線の庚申塚駅までの全長780mの区間に約200店舗が軒を並べる(1)。
その歴史は古く、江戸時代中期に五街道の一つ中山道の休憩所(立場)として栄えた。当時、主要街道ごとに旅の安全を祈願する地蔵尊が建立され「江戸六地蔵」と呼ばれたが、その一つが商店街入り口の眞性寺境内にある。また、商店街の終点にあたる庚申塚は古くから信仰の場として知られていた。1891年(明治24)に「とげぬき地蔵」で親しまれる高岩寺(曹洞宗萬頂山高岩寺)が区画整備のため上野から移転されたことを機に門前町として栄え、以来「商業の街」「信仰の街」として発展してきた(2)。

2.どんな点を積極的に評価しているのか
2-1 職住一体型コミュニティと人のつながり
商店街を統括する振興組合は3つの支部(町会)から成っている。通常なら行政区分に従うところだが、ここでは商人の街らしく客層の違いに拠っている。第1支部は眞性寺から高岩寺までのエリアで参拝客中心。第2支部は高岩寺から郵便局間で、参拝客と地元客が混ざり合う。第3支部は郵便局から庚申塚間で地元客中心となる(①)。この3支部が、各々性格の異なる客層に対して業種や扱い商品でうまく棲み分けしていて反目し合うことも少ない。一方で、商店街としての統一感を出すために基本方針の「歴史と文化を大切にした人に優しい街づくり」は3支部共通だ。いまも店主の約7割が店舗の上階に住み、他の店主も徒歩圏内に住むなど「職住一体型コミュニティ」を形成している。
また、休日や縁日の賑いに欠かせないものに露店があるが、振興組合では毎年この露店商の人々と組合役員との親睦を深めるため慰安旅行を実施している。お互いが顔馴染みになることで、諍いを予防する効果もあると言う。人のつながりを何よりも大切にする姿勢の一端が窺える。

2-2「商業の街」としてのデザイン
商店街には歩道と車道の間に段差がない。躓きやすく転ぶと大けがに発展しやすい高齢者への配慮もあるが、理由は他にもある。お店が売り場を拡張する軒下商売が盛んなことに加え、縁日には露店商が店を出すため歩道に段差があると邪魔になるからでもある。結果として、高齢者だけでなくベビーカーを押す家族連れや、車いす利用者など誰にとっても優しい街になっている。また、商店街の中の案内表示や、お店の値札・POPに至るまで、アルファベットやカタカナ表示が少なく文字も大きく見やすい配慮がされている。
商店街の散策や買い物での困り事に、ちょっと休みたいときの場所探しやトイレ問題があるが、ここでは業種に関わらず、お店の前にさりげなく椅子を置いている店舗が多い。トイレも店内の設備を気軽に使ってもらうことで、接客機会につなげている。そのためか、どのお店の人も気さくで聞き上手な人が多い。
かつて、この商店街にも近代化の名の下に、行政から歩道やアーケードの設置構想が持ち上がったことがあった。国や都からの補助金も出る。だが、地元の声でこの提案は廃案となった。街並みの近代化より、門前町としての歴史と伝統を守ることを優先させたのだ。いま年間で約60のイベント(3・②)を実施しているが、ある振興組合の役員は「イベントに合わせて来ていただくというより『ここに来たら何かやっている』と感じていただくのが理想」と語る(4)。

2-3「信仰の街」としてのデザイン
とげぬき地蔵で知られる高岩寺にはもう一つ強力な助人がいる。境内北側にある「洗い観音」(③)である。江戸時代、災禍で妻を亡くした檀徒が供養のため「聖観世音菩薩」を高岩寺に寄進したところ、いつしか、この菩薩像に水をかけ自分の患部と同じ部位を洗うと治るとの民間信仰がうまれ、洗い観音の名で親しまれるようになった。高岩寺は、この「とげぬき地蔵」と「洗い観音」の二枚看板によって全国に知られるパワースポットとなった。いまも休日や縁日には洗い観音の前に順番待ちの列ができる。
とはいえ、社会の複雑化に伴い祈願だけではおぼつかない悩みも多い。そこで寺は教義とは関係のない「とげぬき生活館 相談所」を開設。山門左手のビルの1階で、僧侶・弁護士・ケースワーカーなどが無料で相談にのる。開館日は毎週月・水・金と縁日で、なかには参拝目的でなく直接この相談所を訪れる人もいるという(④)。
若者向けでは、地蔵通り商店街の公式マスコット「すがもん」がいる。このすがもんのお尻を撫でると恋が実る、願い事をすがもんポスト(⑤)に投函すると願いが叶うとの噂も聞こえてくる。SNS全盛の時代、こうした風聞もまた巣鴨ならではの祈りの形かも知れない。

3.今後の展望 アップデートする地域創生への取り組み
いま「おばあちゃんの原宿」イメージから脱皮しようと(5)、地元大学と巣鴨の3つの商店街(6)が協働して「すがもプロジェクト」(7)を立ち上げ、地域の情報発信型店舗「座・ガモール」の運営を始めた。全国の地域資源を掘り起し、新たな付加価値を創出すると共に参加地域のアンテナショップとして販売支援を行なうことで、地域振興に寄与することをビジョンに掲げる(8)。運営は、学生が主体となって地域特産品の選定・仕入れから、広告・販売までのすべてを執り行う。そうしたプロセスを通して地域間・世代間をつなぎ、関係性を紡いでいく。いま連携する全国自治体の数は100に迫る勢いだ。
なかでも異色なのが、落語立川流真打・立川志らら(9)が店長を務めるカフェ「座・ガモール志学亭」(⑥)だ。ここで月3回「落語会」が催される。笑いには免疫力を高める働きがあると言われ、中高年層の受けもいい。カフェ・スタイルの高座で、客が珈琲を飲みながら笑いに興じる様子は昼の社交場の趣がある。志ららと学生による商店街の各店訪問の様子などもYouTube配信されている(10)。

4.同様の事例と比較して何が特筆されるのか
実は、巣鴨には先行する「落語会」がある。庚申塚の路地を少し入った所にあるスタジオフォーだ(11・⑦)。ここでは、今年で16年目となる毎月4日の「四の日昼席」と、毎週水曜日の午後に開催される巣立ちのときを待つ若手芸人のための「巣ごもり寄席」が定番イベントになっており常連客も多い。また、不定期ながら立川志の輔による落語勉強会も開催されている。席数はどちらも約40席と同規模だが、スタジオフォーは地理的に地蔵通りの外れになるため商店街との連携という意味ではやや分が悪い。一方の志学亭の強みは、店長の志ららが大正大学地域構想研究所の客員研究員でもあり、すがもプロジェクトの全容に精通した広告塔的な立場と、ICTの積極活用だろう。

5.まとめ
かつて、巣鴨の隣町「大塚」には笑いの殿堂として「西の吉本・東の鈴本」と謳われた鈴本演芸場があった。東京大空襲で消失してしまったが、笑いの伝統はいまも暮らしの中に様々な形で根付いている(12・13)。今後、すがもプロジェクトを起爆剤として「商業×信仰」の街に、新たに「笑」の要素を加えた伝統文化再生へのグランドデザインを描き、みんなの笑顔が溢れる「巣鴨地蔵通り『笑』店街」へと育っていくことを期待したい。

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  • %e6%b7%bb%e4%bb%98%e8%b3%87%e6%96%99%e2%91%a1%e4%bf%ae%e6%ad%a3 (②)「新庄まつりin巣鴨」:山形県新庄市とのコラボ企画。初回はコロナ禍前の5年前、今回が2度目の実施である。大正大学構内での出陣式の後、3つの商店街(庚申塚商栄会↔巣鴨地蔵通り商店街↔巣鴨駅前商店街入り口)の往復約2㎞を練り歩く。2022年11月5日 筆者撮影
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    2022年11月6日 筆者撮影
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参考文献

<参考資料(註)>
(1)巣鴨周辺マップprom_map_160414.pdf (sugamo.or.jp) 2022年7月4日閲覧
(2)5分で分かる巣鴨 | 巣鴨地蔵通り商店街 (sugamo.or.jp) 2022年7月4日閲覧
(3)11月のイベント開催例「新庄まつりin巣鴨(11/5-6)」「菊まつり(11/6-14)」「ザDO  
  Nがら(11/5-14)」「LINEゲーム・スガモ爆発~AIスクールバスを食い止めろ~(9/3- 
  11/30)」「縁日(4.14.24)」「志学亭・落語会(10.17.29)」等々。基本的にセールやキ
  ャンペーンの類いのものはない。
(4) マチノコエ | 巣鴨地蔵通り商店街 理事・木﨑禎一 (itot.jp) 2022年7月16日閲覧
(5)「おばあちゃんの原宿」脱却へ 巣鴨の大学生が立ち上がった - 産経ニュース
   (sankei.com) 2022年9月12日閲覧
(6)JR巣鴨駅から旧中山道に沿って大正大学までを繋ぐ3つの商店街「巣鴨駅前商店街」「巣
  鴨地蔵通り商店街」「庚申塚商栄会」を指す。(①「巣鴨地蔵通り商店街」地域マップ・概  
  要を参照)
(7)すがもプロジェクト | 大正大学地域構想研究所 (chikouken.org) 2022年10月2日閲覧
(8)江戸時代、御府内に通じる街道入り口に建立された六地蔵尊には、旅人の安全祈願の他、
  「御城下繁栄と諸国を往来する人々の永世縁を結ぶ」ことを祈願する意味もあったと伝えら
  れる。すがもプロジェクトが掲げるビジョンは、そうした当時の願いを現代に引き継いでい 
  るようにも思われる。
(9)【インタビュー】志らら発案「シナプソロジー落語」でモヤモヤしつつ脳刺激 | 脳活新聞
   (noukatsu-shimbun.jp)
(10)【ガモールTV】巣鴨で街ブラ!前編「立川志ららの商店街で街ブラ!in巣鴨」 - YouTube 
   2022年10月2日閲覧
(11)スタジオフォー (sakura.ne.jp) 2022年12月21日閲覧
(12)「都電落語会」を知ってますか? by 散歩の達人 (san-tatsu.jp) 2022年11月3日閲覧
(13)第113回 南大塚ホール落語会 | 公益財団法人としま未来文化財団 (toshima-mirai.or.jp) 
   2022年12月21日閲覧

<参考文献>
・竹内 宏『とげぬき地蔵商店街の経済学「シニア攻略」12の法則』、日経ビジネス人文庫、
 2005年
・井原久光「商店街活性化に関する考察―巣鴨・小布施・長浜を事例にして―」、『長野大学紀
 要』第24巻第1号、2002年、61-83頁
・伊藤榮洪監修『巣鴨歴史めぐり(一)お散歩マップ付』、巣一商店会・巣鴨駅前商店街振興組
 合・巣鴨地蔵通り商店街振興組合 2012年
・巣鴨地蔵通り商店街2013編集委員会『巣鴨地蔵通り商店街振興組合法人化60周年記念 巣鴨
 地蔵通り商店街2013 “おばあちゃんのまち・すがも”物語』、巣鴨地蔵通り商店街振興組合、 
 2014年
・木﨑茂雄『ぶらり、ゆったり、今こそ癒しの街・巣鴨―とげぬき地蔵通り商店街の新たな挑
 戦』、展望社、2014年
・渡邊武男『「大塚鈴本」は燃えていた-元上野鈴本総支配人伊藤光雄の仕事-』、西田書店、 
 1995年

<取材協力>
・巣鴨地蔵通り商店街振興組合・理事(渉外・広報宣伝)木﨑禎一氏

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