ゲティ・ミュージアム ―二つの美術館のテーマから考える未来―
はじめに
アメリカには多くの個性豊かな美術館がある。ロサンゼルスに住むようになってから、それらを巡るのが週末の楽しみになった。その中で私が何度も訪れ、その度に魅了されるゲティ・ミュージアム(Getty Museum)を建築と立地の観点からそれぞれのテーマを研究し、その未来を考察した。
1.基本データと歴史的背景
ゲティ・ミュージアムは、ゲティ・ヴィラ(Getty Villa)とゲティ・センター(Getty・Center)という二つの美術館によって構成される。どちらもアメリカの石油王ポール・ゲティ(J. Paul Getty1892~1976)とその財団によって建築された。
父親が始めた石油ビジネスを拡大し大きな成功を収めたポール・ゲティは、当時世界一と言われたその財のほとんどを美術品の蒐集にあてた、そしてそれは彼の死後もJ・ポール・ゲティ財団に引き継がれ、今でも世界トップクラスの私設財団として美術品の蒐集、保全、美術活動の支援などを行い、ロサンゼルス美術界のリーダー的存在となっている。
二つの美術館を併せ12万点を超えるコレクションを持ち(1)、年間200万人以上の来館者がある(2)。一個人が作った私設美術館としては世界でトップクラスの人気を誇る。
1.1 ゲティ・ヴィラ
1974年、ロサンゼルス西部、太平洋に面した丘の中腹にオープン。古代地中海沿岸に存在した別荘を模した建築が特徴的で、主にギリシャ・ローマ時代の彫刻を展示している。
1.2 ゲティ・センター
1997年、ロサンゼルス市街を一望できるサンタモニカ山脈南麓の中腹にオープン。自然豊かな700エーカーを超える広大な敷地、駐車場がある丘下から美術館のある丘上までを結ぶトラム、白を基調としたアメリカの建築家リチャード・マイヤー(Richard Meier,1934~)による建築群が特徴的で、主に1300-1900年の西洋絵画を展示している。
2.両美術館の立地とテーマを評価する
2.1 ゲティ・ヴィラ
もともと海を臨む丘の上にあったゲティの邸宅を利用したゲティ・ヴィラは、その立地とコレクションに合う、古代地中海にあった別荘ヴィラ・デイ・パピリを模して設計された。
ローマ式の石畳、半円形の劇場 [画像1]、光と風が心地よいアトリウムと呼ばれる中央広間、自然の草木で装飾された柱に囲まれたペリスタイルの中庭[画像2]、そして、カリフォルニア特有の抜けた青空と、太平洋を見渡す絶景。まさに、古代地中海邸宅の雰囲気の中で、ギリシャ・ローマ時代の彫刻を鑑賞できる。
このように、単に美術品を展示するだけでなく、風景、建物、美術品がすべて一貫したテーマの上に成り立っているのが、ゲティ・ヴィラの大きな特徴である。
2.2 ゲティ・センター
ゲティ・センターは、白を基調とした建築で有名なアメリカの建築家リチャード・マイヤーによって設計された。ル・コルビュジエ(Le Corbusie,1887~1965)の影響を大いに感じさせる当建築は、彼の最高傑作のひとつとも言われる(3)。丘下にある駐車場を降りると、真っ白なトラムと屋外彫刻が出迎えてくれる[画像3]。トラムに乗り込み緑の丘を登っていくと、窓からはロサンゼルスの街が一望できる。3分に満たない時間であるが、勾配を登るにつれて期待が高まる演出となっている。
丘上にある白い駅舎に到着し10mほど歩き左側を向くと、白とブロンズの彫刻を配した階段の先に、白い曲線的な建物に直線的なグリッドタイルを配した美術館が現れる[画像4]。カリフォルニアの青空に映えるその様は何度行っても写真を撮りたくなるほど美しい。
美術館は5館から成っており、その他に研究所2棟、図書館、レストラン、そして中庭と屋外庭園で構成されている。これらの建物群の床・柱・壁面は、すべて白とベージュで統一され、それらが同じサイズのグリッドによってゆるやかに統合されている[画像5]。これらの素材は、4万枚のオフホワイトのエナメル被覆アルミパネルと、1.6万トンのイタリア産トラバーチン石である。トラバーチン石は、ざらついた質感を保つように特殊な加工で切断され、そこに化石化した葉、羽、枝などが模様として含まれている。このような色と素材の違いが美術館に温かさを与えている(4)。そして、これらの素材を用いて作られた建築群は、直線と曲線の組み合わせによって質量を感じさせない軽やかな印象を生み出している。
カリフォルニアの青空、鮮やかな色彩の花木、小川や滝に流れる水路のきらめき、計算されつつも自然な美しい建築群[画像6]。このような環境のなかで、悠久の歴史を持つ名画を鑑賞すると、自然と人間による美術が高次元で結び付くことを実感できる。これがゲティ・センターのテーマであると感じる。
3.「ザ・ブロード(The Broad)」との比較で強みと可能性を探る
ロサンゼルスのダウンタウンに2015年オープンしたザ・ブロードを考察・比較する[画像7]。ザ・ブロードは、金融と建設で成功した富豪イーライ・ブロード夫妻の2000余りあるコレクションを収蔵展示しており、規模は小さいものの年間80万人以上の人が訪れる(5)。同じ通りにあるロサンゼルス現代美術館が30万人弱であることからも、その人気がよくわかる。草間彌生の『インフィニティ―・ルーム』を始め、ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein、1923-1997)、ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat、1960-1988)、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons,、1955-)、アンディ・ウォーホル(Andy Warhol、1928-1987)など主に現代アーティストの作品を展示している(6)。
ゲティ・ミュージアムと比較すると、コレクションの数、美術館の規模、資金力ともにゲティは、ザ・ブロードを圧倒しており、これがゲティの強みと言えよう。しかし、同時に資金力や規模に大きな差があるにも関わらず、ゲティの半分近くも集客をするザ・ブロードの強みも考えたい。ザ・ブロードは、それまで南カリフォルニア地区ではあまり取り扱われてこなかった現代アートに特化した。その結果、潜在的にあった現代アートへのニーズをうまく捉え、予想以上の集客につながっており、これがザ・ブロードの強みだろう。そしてこの点を掘り下げるとゲティ・ミュージアムの今後の可能性が見えてくる。
4.今後の展望ーロサンゼルス美術回廊構想-
ザ・ブロードの成功事例を参考に、ゲティ・ミュージアムは、コレクションの幅を広げることで、さらなる集客を期待することができるのではないだろうか。具体的には、現在、ゲティもブロードも取り扱っておらず空白となっている1900~1950年のコレクションを増やし、それに特化した美術館をつくる。ワシリー・カンディンスキー(Vassily Kandinsky、1866-1944)、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso、1881-1973)、ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian、1872-1944)など、個性豊かな時代をコレクションし、アールデコスタイルの建築で、近代美術と現代アートをつなげる。
現在、3つの美術館は、西から順にゲティ・ヴィラ、ゲティ・センター、ザ・ブロードと直線状に並んでいる。そこで、新たな美術館は、ゲティ・センターとザ・ブロードの間、ビバリーヒルズの東からダウンタウンの西辺りに建設してはどうだろうか[画像8]。これにより、西から年代ごとに全ての時代をカバーした美術回廊が完成する。ゲティ財団の強みである資金力をもってすれば可能だろう。
5.まとめ
当研究では、ロサンゼルスにある個性的な私設美術館ゲティ・ミュージアムを取り上げザ・ブロードと比較することで、さらなる可能性を模索した。私は、取り上げた3つの美術館が大好きである。これらの美術館から多くの知識と教養を得ることができた。そして、なによりも休日に美術館を訪れることがとても楽しみになった。ぜひ、この美術回廊構想を実現してもらい、人々をさらに幸せにしてくれる美術館群ができることを期待したい。
参考文献
註(1)Getty communications、Facts about Getty for Press 2020、2020年、P2、 https://www.getty.edu/press/pdfs/Getty-Facts-for-Press-2020.pdf(2023年1月18日閲覧)
註(2)The J. Paul Getty Museum Handbook of the Collection, Los Angeles: Getty Publications, 2015、P10
註(3)Jeffrey Hirsch, Seeing the Getty Center and Gardens, Los Angeles: Getty Publications, 2016、P23
註(4)Jeffrey Hirsch, Seeing the Getty Center and Gardens, Los Angeles: Getty Publications, 2016、P18
註(5)國上直子「実業家が建てた美術館「ザ・ブロード」はなぜ人々を魅了するのか?『美術手帳』、2020年。https://bijutsutecho.com/magazine/insight/21173(2023年1月20日閲覧)
註(6)The Broad、『browse the collection』、2023年https://www.thebroad.org/art/on-view/browse(2023年1月20日閲覧)