シアタージャズダンス ーボブ・フォッシーのデザインと継承ー

上岡 季絵

1・はじめに
シアタージャズダンスとは、ブロードウェイミュージカルやレビューなどの舞台上演作品、またはミュージカル映画において、スウィングジャズなどの音楽に乗せて踊られる、1950〜80年代に隆盛したダンスムーブメントである。ムーブメントの中核を担い、現代におけるシアタージャズダンス(以下シアタージャズ)の明確なイメージ像を確立させたのが、ボブ・フォッシー(以下フォッシー)である。

2・構成
(1)成立
1927年に芸人の子として生まれ、13歳からダンサーとして活動を始めたフォッシーは、1954年初演のミュージカル『パジャマゲーム』で振付デビュー以降、アメリカのダンスシーンに新しい風を入れた。シアタージャズの源流を辿れば、19世紀に誕生したヴォードヴィル劇場やキャバレー、オペラといった、劇場での演劇・ダンス興行に行き着く。1930年~40年代にはブラックアメリカンの社交場で、ビッグバンドの演奏に合わせて踊るジャズダンスが流行し、次第に興行の場で披露されるようになっていった。(参照1)その後ブロードウェイ、映画にもジャズダンスが流入し、『雨に唄えば』『巴里のアメリカ人』などのミュージカル映画で、ジーン・ケリー、フレッド・アステア、シャーリー・マクレーンといったスターダンサーや様々な人と場によって精錬され、演技力が備わったダンスとして、認識も変わっていった。フォッシーはそのジャズダンスに強力な要素を加え、シアタージャズというジャンルを明確に確立させたのである。フォッシーが振付師兼映画監督として数々の賞を獲得していくことで、シアタージャズはショービジネスにはなくてはならない、役割を担っていくことになる。

(2)デザイン
フォッシーの振付は独特で、一目見ればフォッシーの振付と認知できる。その動きは、自身のコンプレックスから誕生した。下肢の外旋を必要とするダンサーの中でも内股気味であったため、わざと内股にするムーブをし、薄くなった頭髪を隠すためハットを被った。気にしていた猫背は、あえて誇張するように背中を丸めたことで、肩を回したりする独自のスタイルが生まれたのである。(註1)当たり前の真逆を選択し、自分の弱点をデフォルメした着眼点が、振付からスタイルとして昇華された一つの理由と言える。更に黒いタイトな衣装・黒い帽子で視覚的にも統一感を保ちながら、ステッキ・椅子などの小道具を用いて踊ることで世界観を完成させた。フォッシー作品に登場する黒ハットは、シアタージャズのトレードマークである。またフォッシーの創作活動最盛期である60年〜70年代のアメリカは、激動の時代であった。ニューフロンティア政策により国民に夢や希望を与え、輝かしいアメリカを創造する時代であった。テレビ、ドライブインシアターが普及し、エンタメの発展期と言える。その一方で黒人解放運動、ベトナム戦争による反戦運動でヒッピーが流行するなど、社会の暗い影に光が当たり、社会的弱者が声を上げる、群衆による革命が燃え上がった。(註2)フォッシーのコミカルなダンスは、社会的弱者から見た社会の滑稽さを浮き彫りにし、時に嘲笑するような風刺的表現が見て取れる。シアタージャズは、陽気で軽快なダンスで世の中を鼓舞し、時に社会の嘆き・哀れみをも表現する、物語の登場人物の心情表現と結びついたダンスである。

3・評価される特筆
(1)ブロードウェイ・ハリウッドで愛されるスタイル
フォッシーは振付師映画監督として成功を収め、トニー賞を振付・作品賞合わせて10回受賞し、アカデミー賞も受賞した実績がある。(参照2)1975年初演『シカゴ』は1995年にリバイバルされ、2002年にはキャサリン・ゼタジョーンズ主演で映画化もされた。『シカゴ』はブロードウェイ初演から世界中で30,000公演、3,100万人を動員している。(2018年・註3)シアタージャズの習得は、ブロードウェイを目指すダンサーの必須条件となり、STEPSやBroadway Dance Centerなどニューヨークのダンススタジオでも、シアタージャズクラスは人気がある。子供の頃からフォッシーと親交があったマイケル・ジャクソンは、フォッシーのスタイルを真似て、つま先立ちのポーズを生み出した。フォッシーのエッセンスは、数々の作品や人物を通して繰り返し踊られ、また影響を受けたダンサーが創作にあたってスタイルを取り入れていくことで、次世代へと繋げられているのである。しかし、そうした継承の中でフォッシーのエッセンスは次第に希薄化され、現在ではフォッシーを知らずに、シアタージャズを踊る踊り手も少なくない現状である。

(2)ミュージカル産業への貢献・国内での需要と人気
ミュージカルはニューヨークの観光資源であり、ブロードウェイにある劇場のチケットは、約70%を観光客が購入している。(註4)話題性のある作品を生み出すことで、観光客の誘致が期待でき、またそのミュージカルの出演を目指す多くの俳優、ダンサーが移住また留学に訪れている。フォッシーは振付師兼監督として、映画・舞台双方のフィールドでヒット作品を生み、『シカゴ』の映画化のヒットを受けて、『オペラ座の怪人』『ヘアスプレー』『レ・ミゼラブル』など、現在では珍しくない舞台から映画化、映画から舞台化といった、2つの領域を繋ぐ先駆けとなった。国内でも劇団四季・宝塚歌劇団・東宝ミュージカル・ディズニーリゾートといったテーマパークなどの場で、シアタージャズを目にすることができる。シアタージャズはショービジネスの定番となり、場面を彩り、物語を語るために必要不可欠なジャンルとなった。

4・比較
過去劇団四季に在籍し、現在シアタージャズ講師として活動をしているが、シアタージャズダンサーに求められる要素を分析すれば、バレエ同等の体の可動域・柔軟性に加え、リズム感、演技力、躍動感の表現である。シアタージャズは、ジャズダンス・コンテンポラリー・バレエ・タップといった多様なダンスを包括しており、起源と言えるジャズダンスとは、常に近しい距離にあり、区別も曖昧である。両者はジャズの音楽に合わせて踊られるダンスであったが、近年では様々なジャンルの音楽に合わせて、振付師によって異なる表現で踊られるジャズダンスの自由度が高まり、双方の距離を引き離したのである。そうしてシアタージャズは、ジャズダンスの「王道」「古典」とも呼ばれるようになった。固定化されなかったことで、多様化が加速するジャズダンスに対して、フォッシーはジャズ・ハンド(参照3)や肩の動き、ポーズなどの型を作った。どの振付にも決まった動きが登場することで、シアタージャズのイメージ像が明瞭化され、継承が適ったのである。またこれらの振付は、自ら監督演出をする映画で踊られたことで、世界観を強固にし、作品のメッセージと共に広く伝播されたのである。

5・今後の展望
SNSの普及で、過去のダンス作品に容易にアクセス出来る時代になった今、古い時代に憧れ抱く若者が増えた。旧作映画のダンスをコピーして踊り、音楽・ファッションも真似る、温故知新の動向もある。ストリートダンスやKPOPが流行する中でも、ショービジネスに憧れ、習得を目指すダンサーは後を経たない。オンラインでの知覚の拡大、情報収集が簡単になった一方、著作権が曖昧なダンスの世界で、振付の盗用と参考の相違がつかなくなっている。こうした環境下で、フォッシーのエッセンスが益々希釈される懸念はありながらも、オンライン・オフラインの双方の場からの学びによって、シアタージャズの発展が期待できる。

6・まとめ
多種多様なスタイルが矢継ぎ早に生み出されていく、現代のダンスカルチャーにおいても、シアタージャズは演劇と手を取りながら、人々に希望を与える役目を担っている。フォッシーのミュージカルが近年でも度々上演され、また若者がハットを手にしてレッスンに励む姿を見れば、フォッシーの残したスタイルは、作品と共に次世代へと受け継がれ、新しい感性を纏いながら、これからもショービジネスを支えていくのである。

  • シアタージャズのルーツであるブラックアメリカンアーティスト
    参考文献より筆者撮影
    (非公開)
  • 81191_011_31981195_1_2_awards フォッシーのトニー賞受賞歴
  • 『CHICAGO』から見るフォッシースタイル
    ニューヨーク・ブロードウェイ公演パンフレットより 筆者撮影
    (非公開)
  • 81191_011_31981195_1_4_theatrejazz1 シアタージャズ「That Man」・筆者振付作品  2022年12月11日筆者撮影
  • 81191_011_31981195_1_5_theatrejazz2 シアタージャズ「That Man」・筆者振付作品 2022年12月11日筆者撮影
    FlexStyle Dance School ショーケースより https://www.flexstyleweb.com

参考文献

註1 BOB FOSSE documentary
https://youtu.be/t14vhjUwe_o?si=GjOPrVRbgsfang4L 2023年12月23日閲覧
註2 渡部幻編『70年代アメリカ映画100』、芸術新聞社、2013
註3 CHICAGOThe Musical https://chicagothemusical.jp/about/history.html 2023年1月5日閲覧
註4 原田敬美 2016年「ニューヨーク市の都市政策―特に観光と都市開発―に関する考察 -ニューヨークタイムズを中心とする過去10年の報道記事の分析に基づく-」『ガバナンス研究』8ページ
https://meiji.repo.nii.ac.jp/records/11585
大和田俊之編『アメリカ音楽史』、講談社、2011年 
井上一馬編『ブロードウェイ・ミュージカル』、文春新書、1999年
細馬宏通編『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか』新潮社、2013年 
北島明弘編『アメリカ映画100年帝国』、近代映画社、2008年
喜志哲雄編『ミュージカルが《最高》であった頃』、晶文社、2006年
マイク・モラスキー編『戦後日本のジャズ文化』、青土社、2005年
松崎哲久編『劇団四季と浅利慶太』、文春新書、2002年
NHK 世界サブカルチャー史 欲望の系譜 アメリカ 闘争の60s 
https://www.tvu.co.jp/program/subculture_29minutes_etv_usa1/ 2023年12月5日閲覧
Britannica 2023年12月20日閲覧
https://www.britannica.com/biography/Bob-Fosse
https://www.britannica.com/art/jazz-dance
Tony Awards Web Site
https://www.tonyawards.com 2023年12月30日閲覧
Play Bill Web Site 2023年12月30日閲覧
https://playbill.com/production/the-pajama-game-st-james-theatre-vault-0000004209
Bob Fosse vs Michael Jackson 2023年12月30日閲覧
https://youtu.be/1LE_TYTxRxg?si=OMVBhBT6RUMendDp
IMDb 2023年1月18日閲覧
https://www.imdb.com/name/nm0002080/awards/
Rockettes "All That Jazz" Fosse Dance Tribute 2023年1月20日閲覧
https://youtu.be/lM9H1eYz-lc?si=XOYa0CaAlxknzigi
STEPS on Broadway 2023年1月23日閲覧
https://www.stepsnyc.com
Broadway Dance Center 2023年1月23日閲覧
https://www.broadwaydancecenter.com

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