伊勢茶再盛と伝承~三重県手もみ茶技術伝承保存会の取り組み~
伊勢茶再盛と伝承~三重県手もみ茶技術伝承保存会の取り組み~
Ⅰ.はじめに
三重県の緑茶生産量は、静岡県・鹿児島県に次いで全国3位である。三重県で生産された茶の総称を「伊勢茶」という[註1]。県の特産品でありながらその知名度は高くない。県内に「三重県手もみ茶技術伝承保存会」という団体がある。伊勢茶による手もみ製茶の技術を伝承することで、優良茶生産を導き、近代製茶の発展に繋げることを目的としている。現代の茶業における製茶は機械であり、その普及率は全国で9割といわれている[註2]。このような状況の中、多大な労力を要し少量しか生産出来ない「手もみ茶」の価値とは何か。本稿では手もみ製茶の技術を継承してきた背景を評価し、伊勢茶の展望と共に報告する。
Ⅱ.基本データ「三重県手もみ茶技術伝承保存会について」
同保存会は平成9年に発足、現在は県内の茶生産者を中心に約70人の会員が所属。伝統的な手もみ製茶の技術を継承するために会員の研修会を行っている[写真1] [写真2]。保存会の会長は中森慰氏(全国手もみ茶振興会認定資格 茶匠)であり、同資格の師範4名、教師11名、教師補10名が会員の指導を行っている。保存会の会員には三重県知事の鈴木英敬氏も顧問として在籍。平成15年からは1月と4月に伊勢神宮への手もみ茶奉納も行っている[写真3]。全国手もみ技術競技大会では過去に最優秀賞1回、優秀賞2回、優良賞4回の成績を残している。県内外の茶業イベントに出向き、手もみ茶の実演、伊勢茶の普及活動を行っている[註3] [写真4]。
Ⅲ.歴史的背景
①伊勢茶の歴史と三重県における茶業の現状
三重県の茶の伝来は、延喜年間(901~922年)飯盛山浄林寺(現在の水沢町一乗寺)にて茶が栽培されたと『水沢村郷土資料』に記録がある[註4]。江戸初期にかけて伊勢神宮の御師や伊勢商人により全国に運ばれ消費された。幕末から明治初期にかけて大谷喜兵衛の尽力によりアメリカなどに大量に伊勢茶を輸出するようになる。しかし茶の需要は昭和49年をピークに伸び悩んでいる[註5]。現在の三重県の茶業について述べる。県内で生産される伊勢茶の種類は大きく二つ。北勢地域のかぶせ茶、南勢地域の深蒸し煎茶である [註6]。伊勢茶の特徴は「丁寧な製造、摘採は二番茶で終了、茶芽の厚み、香気の高さ、濃厚な味」とされている。一般に煎が利く茶と言われ、調合材料に歓迎される。その例として宇治茶を上げる。京都では宇治茶の需要があるが茶の生産が追いつかない為、このような伊勢茶の特徴が受け入れられ、現在も宇治茶と配合され市場に出ている。地産の茶を展開せずとも、茶生産の経営が成立した経緯が、伊勢茶の名前が知られていない理由とされている[註7]。
②手もみ製茶と機械製茶
製茶の工程で茶葉を揉みながら乾燥する作業がある[註8]。手で行うと手もみ製茶、機械で行うと機械製茶となる[写真5]。手もみ製茶は古来の製茶法である。発祥は、元文3年に山城国宇治湯屋谷村の永谷宗円が編み出した「青柳製煎茶法」(現在の日本茶の元となった蒸し製法)に始まると云われている[註9]。約4〜5時間、焙炉と呼ばれる乾燥用の台の上に茶葉を広げ、手で茶葉を揉みながら水分を落とし製茶を行う。当時の手もみ茶は揉むことが目的であり、茶葉の成形は不揃いであった。その後に茶師達の手で工夫改良が加えられ、茶葉を細長く針のように成形するようになった[註10]。手もみ製茶の特徴は「見た目の美しさ、茶葉の再現、茶の風味」と言われている。細い茶を湯に浮かべると、摘み取った時の茶葉の形がゆっくり再現される。そして茶の風味を茶葉に閉じ込めることが出来るのでコクが出るといわれている[写真6]。しかし美しく成形を施した場合、仕上がる茶は僅か生葉の五分の一である。戦後の茶業は機械の発明により、大量生産と労力軽減を可能とする機械製茶へと移行した。手もみ製茶は実用の範囲外に置かれていくことになり、優秀な技術保有者は極めて少数となっていった[註11]。
③保存会が伝承している「片手葉揃揉み」
片手葉揃揉み(かたてはぞろえもみ)とは、手もみの手の動かし方である[註12]。静岡県茶業史に伊勢の岩吉なる茶師が片手葉揃揉みを考案し、静岡の茶師に明治初年に伝授したと紹介している[註13]。現在までこの手法は謎となっていたが、平成9年、静岡の手もみ茶無形文化財保持者青木勝雄氏と、保存会会長の中森慰氏が同保存会の立ち上げの為、三重県で手もみ技術の研究を行った。その際に、中森氏が分家の祖母より昭和45年に指導された揉み方と、青木氏が先祖より伝承していた片手葉揃揉みが一致した。三重県で生まれた技術は、名前を無くしながらも継承され、現在まで三重県で生き続けていたのである。こうして中森氏を中心に復元に取り組み完成をみた。保存会の会員はこの技術の習得に日々励んでいる。[註14]。
Ⅳ.他県の手もみ保存会との比較による同保存会の特色
京都府には「京都府宇治茶製法手もみ技術保存会連絡会議」があり、宇治茶製法技術保存協会をはじめとする5つの保存会で結成されている[註15]。また静岡県には「静岡県手揉保存会」があり、藤枝市茶手揉保存会をはじめとする18の保存会が入会している[註16]。一方、三重県手もみ茶技術伝承保存会は「県内唯一の保存会」である。同保存会会長の中森氏は発足当時について「北勢地域と南勢地域の生産茶に違いがあるが、手もみ茶技術は県内で一つに統一することに拘った。」と語る。その理由を尋ねると、県内での産地間競争を避ける為だと言う。手もみ技術は茶業に携わる者のものであり、茶葉を製茶する基礎である。基礎とはいえ美しく仕上げる為の技術の習得には、多大な時間と努力を要する。同時に保存会には三重県で生まれたとされる片手葉揃揉みを守り、全国に発信する目的がある。県内で技術を競い合うのではなく、消えかけた三重県の手もみ技術を継承出来るのは自分達しかいないという状況と会員は向き合っている。そのことは地域の新しい価値づけとなり、地域スピリットの再生となるだろう。
Ⅴ.伊勢茶の展望と保存会の課題
現代における「伊勢茶による手もみ茶」の価値とは何か。筆者は調査を通し、三重県の茶生産者と消費者を直接結ぶものであることが見えてきた[写真7] [写真8]。手もみ茶は、茶畑から製茶を行いパッケージされるまでの工程は全て手作業である。つまり従来のように加工品として他の茶と混じることはない。春に三重県の茶畑から生まれた茶葉の質の良さを伝える手段となる。茶葉の質の良さを消費者が知ることは、宇治茶や静岡茶といった誰もが知るブランド茶以外にも、茶を選ぶ基準を増やすことに繋がるであろう。こうした展開を目指すにあたり現時点での課題は、伊勢茶による手もみ茶を知ってもらう「場作り」ではないだろうか。手揉み茶について直接話すことを効果的に行っていくことが重要となってくる。県在住者と観光客に向けた周知活動をそれぞれ検討する。
①落語会との連携
落語鑑賞後に手もみ茶を振舞う会を提案したい。三重県では落語会が盛んである。伊勢市おかげ横丁「みそか寄席」、伊勢市河崎「伊勢市河崎輝輝亭」、久居ふるさと文学館「子ども寄席」などがある[註17]。落語には茶に関する噺が多い[註18]。笑ったりほろりとした後の、手もみ茶のもてなしは格別なものになるのではないだろうか。
②手もみ茶の給茶スポットの設定
給茶スポット協力店に、空の魔法瓶やマイボトルを持参し、メニューの中から茶を選び給茶してもらうサービスがある[註19]。三重県内の登録は現在3軒だけである。平成28年5月には伊勢・志摩サミット開催もあり、観光客の増加が見込めるため、保存会会員の経営する直営店の登録を行い、手もみ茶の給茶サービスはどうだろうか。ボトル内で開く手もみ茶の美しさを観光客に提供出来る可能性がある。
Ⅵ.結びに代えて
保存会の伊勢茶の淹れ方教室の取材中、「手もみ茶を通した人との関係を築く」という会員の姿勢が多く見られた。茶作りの過程や作り手の存在を知ってもらうこと、急須で茶を淹れるだけでなく氷でゆっくり抽出する楽しみ方や茶葉の美しさを提案すること。こうした消費者との交流に、茶の新しい個性を見出していることがわかる。茶に精通した者だけが茶文化を支えているのではなく、茶を淹れることで誰もが茶文化を守っていけると気づいてもらうことが、保存会の活動の要といえよう。茶業界の再盛について「茶を真ん中においた人と人の文化」が展開していくことを期待したい。
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写真1 手もみ製茶風景(東京・三重テラス) 平成27年4月4日筆者撮影
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写真2 仕上がった手もみ茶(東京・三重テラス) 平成27年4月4日筆者撮影
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写真3 伊勢茶新茶奉納会(伊勢神宮内宮 ) 平成27年4月23日筆者撮影
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写真4 保存会お茶の淹れ方教室(東京・三重テラス) 平成27年4月4日筆者撮影
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写真5 手もみ茶と機械製茶(筆者自宅) 平成27年6月21日筆者撮影
機械製茶は製茶の際に茶葉を切断してしまうのだが、
手もみ製茶は針のように細い仕上りで、湯に戻すと葉の形が再現される. -
写真6 美しく開いた手もみ茶(東京・三重テラス) 平成27年4月4日筆者撮影
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写真7 新茶・一芯二葉(三重県度会郡) 平成27年4月29日筆者撮影
春の茶摘みは「一芯二葉」という3枚の葉を手で摘む。 -
写真8 茶畑風景(三重県度会郡) 平成27年4月29日筆者撮影
参考文献
[註1]伊勢茶と呼ばれる県内の茶の種類は、水沢茶、鈴鹿茶、亀山茶、大台茶、わたらい茶、飯南茶、越賀茶などが存在する。
[註2] 三重県茶業会議所(参事)赤松斉氏へのインタビュー 平成27年5月15日
[註3]
①保存会の会長・中森慰氏へのインタビュー 平成27年4月4日
②三重県手もみ茶技術伝承保存会『東京・三重テラス お茶の淹れ方教室&手もみ実演会 会場配布資料』平成27年4月4日配布
[註4] 三重県立図書館保管『水沢村郷土誌稿』水沢村茶業発達史』p.51-53
[註5] 東海農政局 三重県統計情報事務局『最近の伊勢茶 茶生産量調査結果』昭和55年 目次,p.5-6
[註6] 三重県茶業会議所(参事)赤松斉氏へのインタビュー平成27年5月15日、平成28年1月7日 県内で生産される伊勢茶は、北勢地域の「まろやかな飲み口のかぶせ茶」、南勢地域の「深い渋みの深蒸し煎茶」がメインであるが、需要に応じ両方の茶を試みる茶園も存在する。現在、県全体の茶農家は約1480軒である。三重県茶業会議所登録している茶農家は462軒あり、内362軒は茶畑と製茶工場を所有している。
[註7] 三重県茶業協会『三重の茶業』昭和28年p.5
[註8] 製茶の工程は「 茶摘み→鮮度を保つ蒸し→揉みながらの乾燥→茶葉選別 」とされている。
[註9] 三重県茶業会議所・高瀬孝二『伊勢茶年表(三重県茶業の沿革)』平成21年p.11
[註10] 全国手もみ技術競技大会では、手もみ茶の形状は日常的・実用的な範囲を超え芸術的域に達したと「針の如く真直で丸く堅く撚れその剣先は障子紙を貫通する。色は鮮緑にして光沢は漆の如し」と例えられている。
[註11] 三重県茶業会議所・高瀬孝二『伊勢茶年表(三重県茶業の沿革)』平成21年p.123
[註12]。茶葉を揃え、片手を焙炉の助炭面につけ、一方の手で上下運動を繰り返し、茶葉を細く撚ることを指す。
[註13] 八木金平 時田鉦平 青木勝雄『手揉茶』藤枝茶振興協議会 平成8年p.10-12
[註14] 三重県茶業会議所・高瀬孝二『伊勢茶年表(三重県茶業の沿革)』平成21年p.123
[註15]京都府茶業会議所・宇治茶手揉み製茶技術係 平成28年1月28日電話インタビュー
京都府宇治茶製法手もみ技術保存会連絡会議(宇治市、京田辺市、宇治田原町、和束町、南山城村)
[註16]社団法人静岡県茶手揉保存会『手揉保存会50年の歩み』平成21年p.10-16
静岡県茶手揉保存会(藤枝市、川根町、周智郡、駿東郡、静岡市、清水市、岡部町、島田市、袋井市、掛川市、金谷町、牧之原市、富士宮市、浜松市、沼津市、小笠南、小笠北、富士市)
[註17]
①伊勢市おかげ横丁では毎月の晦日にすし店で「みそか寄席」開催。
http://www.okageyokocho.co.jp/ 平成28年1月25日アクセス
②伊勢市河崎にはカナダ出身の噺家・桂三輝氏の自宅を開放した「伊勢市河崎輝輝亭」がある。
https://katsurasunshine.wordpress.com/ 平成28年1月25日アクセス
③津市の久居ふるさと文学館では「子ども寄席」を開催。
http://www.library.city.tsu.mie.jp/?page_id=47 平成28年1月25日アクセス
[註18]
①「お茶汲み」古今亭志ん朝『志ん朝の落語3』ちくま文庫 平成15年p.374-398
②「茶の湯」興津要『古典落語・続』講談社学術文庫 平成16年p.264-285
③「江戸の夢(宇野信夫作)」三遊亭圓生『CDアルバム 圓生百席4』平成9年ソニーレコード
④「法事の茶」古今亭菊之丞『CDアルバム古今亭菊之丞名演集2』平成21年 MEG-CD
[註19]
給茶スポット・象印マホービン
https://www.zojirushi.co.jp/cafe/spot/ 平成28年1月25日アクセス
【全般に関して保存会の会長・中森慰氏へのインタビューと取材より構成】
平成27年
4月4日東京・三重テラス「伊勢茶でおもてなしイベント」同行
4月23日伊勢神宮内宮「伊勢茶新茶奉納会」同行、参列
4月29日 三重県度会郡・中森製茶「茶摘みイベント」同行、イベント補助
5月25日 越谷レイクタウン「三重県フェア」同行、販売補助
9月17日有楽町交通会館・有限会社中森製茶、店頭販売見学
9月27日三重県度会郡・中森製茶「秋茶摘みイベント」同行
平成28年
1月18日東京・三重テラス「伊勢茶でおもてなしイベント」同行