今日に画家の生き様を伝える北海道立三岸好太郎美術館

吉岡 麻由子

1.基本データ
北海道立三岸好太郎美術館(以下、三岸美術館)は画家・三岸好太郎(以下、三岸)の作品を収集、展示、保存および調査・研究、普及活動を行うために設立された個人美術館であり、全国でも公立の個人美術館として先駆けでもある。

住所:札幌市中央区北2条西15丁目
開館時間:午前9時30分〜午後5時
所蔵作品数:257点(油彩画:88点、水彩・素描:159点、版画:10点)(1)
構造:鉄筋コンクリート
規模:地上2階、地下一階
敷地面積:1947.54㎡
延床面積:1247.50㎡
建築面積:639.17㎡(2)

1-1.建物
外観は白いタイル張り。館内は吹き抜けが特徴的である。窓から自然光が入り、柔らかな光の中で作品を鑑賞できる。設計は建築家・岡田新一が行い、三岸が生前熱を入れ完成を夢見ていた東京・鷺宮のアトリエから構想を得ている。

1-2.展示
展示は年4回の入れ替えが行われ、毎年作品を通して三岸や、彼と関わった人々、三岸が生きた時代背景を伝える展示が行われている。(資料1)

1-3.運営
設置は北海道。所蔵作品展を始め、講演会や音楽会なども開催される。2020年度の年間入場者数は6003人。(資料2)

2.歴史的背景
三岸は1903年札幌生まれ。札幌第一中学校卒業後、画家を志し上京。1923年の第一回「春陽会展」にて『檸檬持てる少女』入選、画壇デビューを果たす。1934年、31歳で急逝するまで10年ほどの短い画業だった。常に新しい作風を探求し、時期ごとに作品の印象が変化するのが特徴。初期はアンリ・ルソーや岸田劉生に影響を受けた。1926年の中国旅行をきっかけに三岸のロマンティストの本質が開かれ、道化やマリオネットをモチーフに自身の内面的な悲壮や孤独を描いた。その後、フランスの前衛芸術に刺激され幾何学的な面を組み合わせた抽象画、ひっかき線やコラージュを使った作品など実験的な試みを行う。死の直前には蝶や貝殻をモチーフに幻想的で静かな詩的世界観を描いた。この様に作風を変えていく姿勢に対して批判もあったが、三岸は「転換の必然性」について論じ「全ての事物の運動は発展若しくは変化を呼び起こす」「反動、反動、反動である。自分の転換を変化と見るか発展と見るかは各自の自由である」(3)と反発した。

三岸美術館は1967年、三岸の作品220点が遺族から北海道へ寄贈されたことをきっかけに開館が進められる。当時、北海道で初の道立美術館設立への期待と共に注目が高まった。遺族から寄贈の条件として作品の展示、保存可能な建物が求められ、1967年に中央区北一条西5丁目にあった北海道庁立図書館を改装し北海道立美術館(三岸好太郎記念室)として開館。しかし、元々図書館であった建物は展示スペースが小さく、さらに道立美術館として三岸以外の企画展示も行われ、その期間は三岸作品は収蔵されることなどから、三岸家、特に妻の節子の要望により三岸の作品を常設展示できる個人美術館の開館が望まれる。1977年に北海道立三岸好太郎美術館へ改称、1983年に現在地に新築・移転した。(4)(資料3)

3.三岸美術館の積極的に評価する点
積極的に評価する点として2点挙げる。
1点目は、個人作家の美術館という観点から、画家の世界観を展示作品はもちろん建物や空間全体で表現している点である。美術館を設計した岡田新一は、三岸好太郎を中心にデザインが展開していったと述べ、館内の入口からカフェへ続く吹き抜けや壁面の灰色など、三岸のアトリエの要素を取り入れている。館内は画家がアトリエで自分の作品を眺めるような、居間でくつろいで絵を眺めるようなしつらえとした。(資料4)岡田がアイディアを取り入れた三岸のアトリエはバウハウスの近代的建築に触発された三岸が、自身の理想を求め自ら図面を引きデザイン画を描いたもので、ガラス張りで白亜の斬新なスタイルはモダニズム建築として歴史的価値が認められ2014年に登録有形文化財に選ばれた。(資料5)また三岸の作品『飛ぶ蝶』では額に金属パイプが使われているが、三岸はこの作品をアトリエに飾ることを意識し斬新な金属パイプの額をデザインした。(資料6)この様に常に新しい作風を探求し、作品のみならずアトリエや額などにも表現が及んだモダニスト三岸と彼の芸術を今日へも伝える設計デザインが三岸美術館に反映されている。美術館という建物が作品や画家から切り離されたハコとしての単なる空間ではなく、建物も含めた総合的空間によって三岸その人や世界観に思いを馳せられる場になっている点が特徴的である。
2点目は、美術館という観点から作品を様々な角度から眺め、鑑賞できる空間的な工夫がされている点である。例えば、2階の手すりは透明板が採用され、館内は吹き抜け構造で階段の途中には踊り場が設けられている。このため2階あるいは階段の途中から様々な距離や角度で作品を見回すことができる館内設計になっている。真正面から見るだけでなく離れた位置からある作品の存在に気づくなど、鑑賞者の赴くままに観覧が可能だ。照明も自然光を取り入れる工夫がされているが、作品鑑賞の目的にかなうよう人工照明を設置し、天井の高い吹き抜け空間でも個々の作品に光が当たるようになっている。(資料7)美術館としての展示空間について岡田は「くつろぎと見やすさ」「照明」「天井と床」といった観点から、鑑賞しやすい美術館を設計したことを述べている。(5)

このように個人美術館として三岸らしさや彼の世界観を設計デザインにも反映させながら、なおかつ美術館として作品展示・鑑賞の目的もかなえている以上2点において積極的に評価する。

4.本郷新美術館との比較を通して特筆できること
比較には彫刻家・本郷新(1905-1980)の本郷新記念札幌彫刻美術館(以下、本郷美術館)(6)を取り上げる。
本郷美術館との比較から特筆できることは展示空間のゆとりである。三岸美術館は展示空間に余裕がありゆったりと見て回ることができる。館内の回遊性や流動性においても岡田の設計のこだわりであるくつろぎと見やすさが活きていると感じる。絵画と彫刻という作品の特質上、必要な展示スペースが異なる点はあるものの本郷美術館では各展示室の独立性が高く、そこに多くの塑像が置かれ展示スペースに対して作品のボリュームの多さが感じられた。

5.今後の展望
本郷美術館の隣地には本郷が使っていたアトリエが記念館として残っており、多くの作品や道具が展示されている。2階の窓からは札幌の街並みや庭の彫刻が見渡せ、当時の本郷の息づかいがうかがえる空間となっている。三岸美術館は、三岸のアトリエの要素が設計デザインに落とし込こまれているが、当時の三岸の息づかいをより身近に感じられるような資料、例えば手紙や道具などが残っているならばそれらも展示し記念館の要素を取り入れても良いのではないかと考える。作品を生み出した人間・三岸の魅力や素顔も伝えられる資料やストーリーなどを紹介できれば、より三岸その人に対する興味関心が深まるだろう。
また三岸美術館では2018年度から北海道ゆかりの若手美術作家を紹介する「#みまのめ」という企画が行われている。現代の作家に注目し活躍の場を展開していくことは、時代の先端を走り抜けた三岸の精神を受け継いでいくことにも繋がるだろう。北海道は東京に比較し若手の展示発表の場が限られアクセスにも不便な点があると言われ「#みまのめ」が北海道の作家の発掘・育成へつながるよう今後の展開に注目したい。(7)

6.まとめ
三岸美術館を取り上げ、三岸の生き様や世界観を伝えていく工夫を見てきた。一時代を生きた画家が何を感じ、捉え、描こうとしたのか。それが今を生きる私たちにどの様なメッセージを投げかけるのか。個人美術館は画家を通してそれらを伝えることのできる場であると考えるが、三岸美術館では設計デザインや展示空間、企画や作品など含め総合的に三岸に触れられる特徴ある個人美術館だと言える。

  • %e4%bf%ae%e6%ad%a3%e8%b3%87%e6%96%991 (資料1)三岸美術館の2021年、2022年展覧会スケジュールをまとめる。三岸好太郎美術館ミュージアムカレンダーを元に筆者作成。
  • 81191_011_32086128_1_2_%ef%bc%88%e8%b3%87%e6%96%992%ef%bc%89%e4%b8%89%e5%b2%b8%e5%a5%bd%e5%a4%aa%e9%83%8e%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e6%9d%a5%e9%a4%a8%e8%80%85%e6%95%b0 (資料2)1999年度、2020年度、2021年度の観覧者数をまとめる。北海道立三岸好太郎美術館、『令和2年度 北海道立三岸好太郎美術館年報』、2022年、p4を参考に筆者作成。
  • %e5%86%8d%e4%bf%ae%e6%ad%a3%e8%b3%87%e6%96%993 (資料3)三岸美術館開館までの経緯を年表にまとめる。筆者作成。
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    (1)美術館外観には三岸のアトリエと同じく白い外壁が取り入れられている。2022年7月20日筆者撮影。
    (2)写真1階左奥が美術館の入口。入口を抜けると吹き抜け空間が広がる。アトリエと同じ淡い灰色の壁面が採用されている。2022年6月17日筆者撮影。
    (3)カフェにある天井までの大きな窓から外の光が入ってくる。アトリエも天井までの窓が特徴である。季節によって変化する窓の外に広がる景色も楽しめる。2021年10月19日筆者撮影。
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    (4)(5)完成当時のアトリエの写真。設計は三岸とバウハウスに学んだ建築家・山脇巌が手がけた。三岸自身は完成前に急逝してしまったため、このアトリエの完成を見ることはなかったが、その後節子が遺志を継ぎ苦労の末完成させた。現在はレンタルスタジオ「アトリエM」として運営されている。天井の高い開放的な空間や大きなガラス窓、螺旋階段、灰色の壁面など、三岸美術館にはこのアトリエの要素が取り入れられている。2022年6月17日筆者撮影。
    (6)(7)アトリエの模型。模型製作:北海道大学工学部建築工学科 越野研究室。2022年6月17日筆者撮影。
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    (8)三岸の代表作『飛ぶ蝶』。作品を縁取る金属パイプの額は斬新なデザイン。2021年10月19日筆者撮影。
    (9)(10)三岸美術館内の階段や2階の手すり部分、椅子やテーブルに取り入れられたステンレスフレームは、三岸のアトリエや『飛ぶ蝶』の額のイメージが伺える。2022年6月17日筆者撮影。
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    (11)階段の踊り場から館内を見渡した様子。1階、2階の作品を眺めることができる。2022年4月7日筆者撮影。
    (12)吹き抜け空間なので、2階から1階の展示室にある作品を見下ろすこともできる。様々な距離や角度から作品を鑑賞することが可能だ。2022年4月7日筆者撮影。

参考文献

註釈
(1)北海道立三岸好太郎美術館、『令和2年度 北海道立三岸好太郎美術館年報』、2022年、p11
(2)北海道立三岸好太郎美術館、『北海道立三岸好太郎美術館報』第10号、1984年、13p
(3)三岸好太郎、『感情と表現』、中央公論美術出版、1992年、p59-61
(4)工藤欣弥、『夜明けの美術館』、共同文化社、1999年、p68-70
(5)北海道立三岸好太郎美術館、『北海道立三岸好太郎美術館館報』第10号、1984年、6-7p
(6)本郷も三岸と同じく札幌出身であり、晩年生まれ育った札幌の宮の森にアトリエ兼ミュージアムとして邸宅を建設した。本郷の没後、アトリエは記念館とし、隣接地に美術館を建設。北海道で初めての彫刻に特化した美術館として1981年に開館した。設計は建築家・上遠野徹(記念館)、田上義也(本館)による。鉄筋コンクリート造2階建、敷地面積:1,165.88㎡、建築面積:374.10㎡
(7)令和3年度第2回北海道立近代美術館協議会 議事録、2022年3月17日開催、https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/uploads/files/knb/about/outline/conference/R4.3.17gijiroku.pdf、2022年6月30日アクセス


参考文献
工藤欣弥、『美術館の小径』、北海道新聞社、1997年
工藤欣也、『夜明けの美術館』、共同文化社、1999年
工藤欣也・寺嶋弘道、『三岸好太郎ー夭折のモダニスト』、北海道新聞社、1988年
三岸好太郎、『感情と表現』、中央公論美術出版、1992年
澤地久枝、『好太郎と節子 宿縁のふたり』、日本放送出版協会、2005年
匠秀夫、『三岸好太郎 昭和洋画史への序章』、株式会社求龍堂、1992年
吉田豪介、『北海道の美術史 異端と正統のダイナミズム』、共同文化社、1995年
北海道立三岸好太郎美術館、札幌市中央区北2条西15丁目、https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/mkb/
本郷新記念札幌彫刻美術館、札幌市中央区宮の森4条12丁目、http://www.hongoshin-smos.jp