「国府宮はだか祭」についての考察

吉谷 真樹

はじめに
私が生まれ育った町である愛知県稲沢市には天下の奇祭として有名な「国府宮はだか祭」がある。正式には「儺追神事」といい、伝統的な神事を中心とした祭りで、毎年旧暦正月十三日に行わる。尾張地方に春を呼ぶ祭りとして定着したこの神事について考察する。

1.基本データと歴史的背景
■基本データ
名称:国府宮の儺追祭
開催日時:旧暦正月十三日、十四日(※1)
開催場所:尾張大國霊神社 国府宮‹稲沢市国府宮一丁目〉
ご利益:厄除け

■歴史的背景
起源は古く、神護景雲元年(七六七年)称徳天皇の勅命によって悪霊退散の祈祷が全国の国分寺で行われた際、尾張国司が祈祷したことに始まると伝えられる伝統をもった神事といえる。
そして、神事と裸での寒参り風習が一緒になり、江戸末期に今の形になったと伝わっている。なお、現在の裸男の揉み合いという形態は、昔はその年の恵方に人を求め、男を捕らえ神男(儺負人)(※2)に仕立てるということが行われていたため、そのもみ合いを受け継ぐものとされている。
昭和五十九年十一月に愛知県指定の無形民俗文化財に指定されている。

2.評価しているところ※参考資料として【資料1】
「国府宮はだか祭」は、祈祷と神籖によって選ばれた一人の神男に触れれば、厄落としができるという信仰の元、拝殿内で数千人のはだか男(※3)たちが激しい掛け声とともに壮絶な揉み合いをする祭りである。
このはだか男たちは、稲沢市の近隣各地区から下帯姿で、裸になれない老若男女の厄除けの祈願を込めたなおい布(※4)を結び付けたなおい笹(※5)を尾張大國霊神社に奉納するという役割をもっている。
なおい笹は、はだか男たちが無事に奉納するまで、大事に取り扱います。そのため、各地区のなおい笹を道中でその都度まとめ、笹の太いほうを先頭に歩みを進める。交差点や踏切、橋の中央で笹を立てるのは、前後を進む各地区の団体に自分達の位置を知らせるのと進行スピードの調整の為である。そして、最終的に一定の地域分を白布で一本にまとめ、紅白の紐でつなぎ奉納するのである。
その後、はだか男たちは神男に触れる事で自分達の厄災を祓うことが出来ると信じて、一斉に拝殿へ殺到し神男に触れようと激しく揉み合う。日も落ちかけた冬の寒空の下であびせられる手桶の水をもろともせず激しく揉み合い湯気立つその様は勇壮で、伝統の重みを感じる風物詩である。
そして、神男がはだか男の群集に揉まれ触れられ人々の厄災を一身に受けて儺追殿に納まった後、神事が終了となる。
その後、はだか祭の翌日にあたる旧正月十四日午前三時に、境内東南庁舎に於いて夜儺追神事が行われる。神男には、天下の厄災を搗き込んだとされる土餅を背負わされ、御神宝の大鳴鈴や桃と柳の小枝で作られた礫にて追い立てて、場外へ追い出される。追い出された神男は、家路につく途中に土餅を捨て、この土餅を神職の手により土に埋める事で、土から生じた罪穢悪鬼を土へ還し国土平穏に帰したと信じられている。これが儺追神事の本義であって、古くよりこの土餅を土に埋める事がこの神事中最も神聖視され、重要視されている。

3.他の事例との比較と特筆しているところ
裸祭りは全国的に行われている。正月に行われる本事例以外の有名な裸祭は、岡山県西大寺の会陽、福岡県の筥崎宮の玉取祭などがある。これらと比較したものが【表1】である。
「西大寺会陽」と「筥崎宮玉取祭」の共通点が見受けられるのは、冬の裸祭が競技を行って年占をする形のものが多いためといえる。加えて、開催日についても「西大寺会陽」は元々旧正月十四日に行われていた。
本事例は以下2点が特筆しているところであると考えられる。
①神男(儺負人)について
神男は、その年に厄年を迎える男性の志願者の中から、神男選定式の場にて神籤により決定された神男は儺追殿に入り三日三夜お籠をし身を清め、神事にのぞむである。神事の最中、神男は警護の者に守られながらも全身無垢の姿で拝殿に群がっている裸男達の中に飛び出す。神男を迎えるはだか男達は、神男に触れる事で自分達の厄災を祓うことが出来ると信じており、一斉に神男に殺到するため、神男が儺追殿に納まるときには気を失っていることもあり、危険が伴う大変な大役だといえる。
そして、この神男という対象の存在こそが、形式やご利益で他事例との違いを生んでいるのである。
尚、神男に関して、私の幼少期は上記のとおり厄年が条件であったが、最近は年令制限をなくしたと言われており、これは神男の担い手不足に対応するためだと考えられる。

②大鏡餅について
特別のお供えとして毎年拝殿中央に50俵どりの大鏡餅がお供えされる。
この大鏡餅は昭和15年に国府宮神社が国幣小社に列格された頃から次第に大きくなり、今現在高さ2m35cm、直径2m40cm、重量約4tと拝殿にお供え出来る最大の大きさとなっている。
これは大鏡餅を奉納する稲沢市内外の奉賛会(神社の支援団体)が昭和30年代から奉納地の名誉をかけて担っているため、年々大きくなり現在の大きさに至っている。
この餅を食べると無病息災の言い伝えがあり、旧暦正月十四日の午前八時から多くの参拝者が買い求めに
くる。これは他の事例にはないものである。

4.今後の展望について
日本は少子化・高齢化が著しいスピードで進んおり、稲沢市も例外ではない。また、市民の職業は多様化し、市民も流動している。神男の年齢制限をなくしたことも一例といえるが、今までとは違う継承システムが必要である。
そのために先ず、この祭りの意味を地域の人々が、よく知るということが必要である。特に稲沢市の先人たちがどういう生活をし、その中でどういう意味を持っていたのかを理解することが大切である。そのためには、専門的な調査研究が必要であるし、地域住民への広報や子供たちへの郷土学習も必要である。
次に、体験に勝るものはないため、他所からの観光客に祭りの一部を体験させるプログラムを作成する。
例えば、神男がはだか男たちから逃れ納まる儺追殿内に観覧席を用意するるなど見せ方を工夫すれば、祭りへの理解を深める立派な観光資源となり、地域外への発信にもつながると考えられる。このように今までよりも広域的な市民が楽しむ文化活動の一部にして、地域内外の人々の手により大切に継承されていくことを強く願うのである。

5.まとめ
「国府宮はだか祭」の本質といえる難追神事は約1200年も前から続いてるが、ほとんど形を変えずに毎年旧暦の正月十三日に執り行われてきた。これにより、神事としての重みが増し、その重々しい雰囲気もまたこの祭りの魅力のひとつである。
そして、開催日が平日となった場合は市内の小中学校は休みとなる。それは祭りに参加するためであり、現在では少なくなってきたが、休みになる会社もまだある。このように稲沢市に住む者たちにとって、小さいころから毎年当たり前のように開催されるという認識があり、生活の一部となっているのである。
一方で、時代に合わせて変化してきたものもある。それは、はだか男たちのモラルである。
はだか男たちは、なおい笹を国府宮神社へ奉納する道中に寒さ対策も兼ねてお神酒を飲む。そのため、喧嘩やトラブルは絶えないし、過去には警察沙汰になるようなこともあった。しかし、時代の流れに合わせて、はだか男たちのモラルが変化してきたことにより、かなり減ってきている。それは、この祭りが自己責任を強く求められる祭りであるからである。

令和四年は、前年と同様に新型コロナウイルスの影響により、はだか男によるなおい笹奉納ともみ合いが中止になったが、着衣姿でのなおい笹奉納や大鏡餅奉納などは行われることになった。
祭りの翌日には稲沢市のあちらこちらで来年の旧正月13日はいつだろうという会話が自然と生まれている。稲沢市に住む人にとっての「国府宮はだか祭」は、生活の一部として強く根付いた祭りなのである。

  • %e8%b3%87%e6%96%991 【資料1】本報告書に関連する参考資料
  • %e8%a1%a81 【表1】正月に行われる有名な裸祭の比較

参考文献

■註
(※1)国府宮の儺追祭は旧暦正月13日に儺追神事、14日に夜儺追神事と2日間にわたる。
(※2)神男(儺負人)
神男(しんおとこ)と呼ばれる一人の儺負人(なおいにん)のこと。
(※3)はだか男
「国府宮はだか祭」に参加するサラシの褌に白足袋姿の男。
(※4)なおい笹
なおい布を結んだ笹竹。
(※5)なおい布
下帯姿になれない老若男女や当日病気などで神社に参詣できない人が、氏名年齢と祈願事を書いて祈念をこめた布。


■参考文献
菅田正昭『日本の祭り 知れば知るほど』㈱実業之日本社、2007年
宇野正人『祭りと日本人』㈱青春出版社、2002年
別冊歴史読本71『祭りの歳時記 ふるさとの思い出をもとめて』㈱新人物往来社、2007年
八幡和郎・西村正裕『「日本の祭り」はここを見る』祥伝社、2006年

尾張大國霊神社 国府宮HP(2022年1月23日閲覧)
http://www.konomiya.or.jp/
稲沢市HP 令和3年 国府宮はだか祭について(2022年1月23日閲覧)
http://www.city.inazawa.aichi.jp/event/matsuri/1007258.html
日本交通公社 ”未来に遺したい”日本の祭り (2022年1月23日閲覧)
https://www.jtb.or.jp/column-photo/column-japanese-festival-oosumi/
エキサイトニュース 愛知「はだか祭」死亡事故も来年続行 参加者に求められるストイックな覚悟(2022年1月23日閲覧)
https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoSports_951016/?period=1
朝日新聞デジタル 宝木争奪戦、今年も中止に 西大寺会陽、規模縮小し開催(2022年1月23日閲覧)
https://www.asahi.com/articles/ASPDG6TS3PDGPPZB004.html
筥崎宮HP(2022年1月23日閲覧)
https://www.hakozakigu.or.jp/omatsuri/tamatorisai/

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