アール・ブリュットを街が飲み込んだ「NAKANO街中まるごと美術館!」

山内 絢加

1.アール・ブリュットとは
このイベントで扱っているアール・ブリュットとは「生(き)の芸術」というフランス語で、正規の芸術教育を受けていない人による多種多様な表現を指している。1945年にフランス人画家のジャン・デュビュッフェが創り出し、「アウトサイダー・アート」と英訳され世界各地へ広まった(1)。

2.「NAKANO街中まるごと美術館!」ー基本データー

「NAKANO街中まるごと美術館!」は中野区の商店街と、中野で社会福祉事業の他、公益事業として障害者の芸術活動の理解促進や普及啓発を行っている“社会福祉法人愛成会”が連携をし、2010年から年に1回、約1ヵ月行われているアール・ブリュットのイベントである(2)(3)。

このイベントでは中野を象徴する商店街をひとつの美術館に見立て、実物の作品展示やバナー、ポスターなどで様々なアール・ブリュットの魅力を発信している。このイベントの狙いは、人々の日常に作品が溶け込む空間を創出し、街を利用する多くの人が多様な価値観に気づくきっかけを作ることで、多様性を受け入れる人づくりや街づくりへとつなげることを目指している(4)。作品は、街中ギャラリーと展覧会の2つの方法で展示を行なっている。街中ギャラリーは、中野サンモール商店街をはじめとした4つの商店街とマルイデパート、そして三井住友信託銀行で2021年は行われた(5)。

3.なぜこのイベントがつくられたかー歴史的背景ー

このイベントを行うきっかけとなったのは、2008年に行われた「アール・ブリュット 交差する魂」という展示に遡る(6)。この当時、日本ではアール・ブリュットがまだまだ浸透されていなかった。そのためこの展示に参加していた小林氏が、東京でもアール・ブリュットを広めたいと思い、このイベントを企画した。

このイベントを中野でやることにしたのは、中野に美術館がなかったこと、そして小林氏が中野に20年以上在住しており、この街の多様性を日々感じていたからである。多様性を受け入れる中野の街の特性を活かしたいと、小林氏は考えたのだ(7)。

4. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか

このイベントの評価すべき点は、街を活かしたデザインを行い、展示場だけではなく街中ギャラリーを取り入れている点である。これによって以下の3つの利点が生まれている。

4-1 多くの人に見てもらえる

例えば空中ギャラリーを展示する中野サンモール商店街は平日でも毎日4万人ほどの通行量がある(8)。多くの人の目に見てもらえるこの場所での展示は、このイベントのアール・ブリュットを浸透させたいという思い、そしてアール・ブリュット作品にとって最良の場所である。これがギャラリー展示だけであったら、ギャラリーに来る人は元から美術鑑賞するのが好きであるか、広告などを見て気になった人がほとんどであって、見てもらえる人はかなり減ってしまう。また中野ブロードウェイ商店街でも1日の入館者数は5万人ほどで、こちらの展示も多くの人に見てもらうことができるのだが、サンモール商店街との違いはコロナ前では約3割ほどが外国人客である(9)。日本人だけではなく、海外の方にも見てもらえるのはこれもこの場所の良い特性を活かしているといえる。

4-2 街に活気を与える

2つ目の利点は街を活かしたデザインを行うことで、街にとっても良い作用が生まれている点である。そもそも商店街はその街で生活を営む人が買い物するのが主な目的であることを忘れてはならない。そこにアートを飾るとなると、主な目的を邪魔することなく、溶け込むことが重要となるが、街中ギャラリーはそれを自然に実現できている。絵画作品や彫刻作品の写真を商店街の天井に大きなバナーとして吊るしたり、商店街の看板下に連ねたりと、街の雰囲気も壊すことはしていない。また溶け込みながらも、これはなんだろう?と思わず目を引く、そんな展示方法となっている。街を活かし、沿ったデザインでイベントを行うことは、住民や利用者に受け入れてもらえることにつながり、イベントを長く続けるためにも重要なことである。
そしてこういったイベントは、街や商店街にも活気を与えることができる。1966年から約55年続く、ブロードウェイをはじめとした商店街を今後も残していくためには、多くの利用者は必要不可欠である。それを実現するために多くのイベントが行われているが、長年続けられているこのイベントがその一つとして街に活気を与えていることは間違いないのではと考える。

4-3 アートが人にもたらす影響

芸術鑑賞が人の幸せに有効に作用することは、さまざまな研究によって概ね明らかになっている。例えば美術作品に触れることで生活満足度や健康状態が増加すること、また美的な価値は痛みを軽減することもわかっている(10)。しかし入館料が高く美術館へ行く余裕のない人、ギャラリーは敷居が高く行きづらいと感じている人も多い(11)。しかしこのイベントはそのような人たちにも美術鑑賞してもらえる絶好の機会となっている。全ての鑑賞料が無料で、またいつもの通り道にあるので気張らずに美術にふれることが可能だ。研究でわかっていることだけではなく、芸術鑑賞の力は無限大であると私は考える。何気なく目に入ったアール・ブリュットの作品が、その人の何かを変えるかもしれない。そんな機会を日常の中で提供できるイベントのデザインは、このイベントの大きな評価のポイントである。

5. 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか

「NAKANO街中まるごと美術館!」と同様に、街を使ったアートイベントと比較したい。
大規模なものでいえば、“六本木アートナイト”であったり、また近い規模のものであれば同じJR中央線沿いの“ファーレ立川”(12)(13)。他にも街を利用したイベントはたくさんあるが、1つのジャンルの芸術に絞ったイベントは他にはみつからなかった。他のイベントはほとんどがテーマやサブタイトルに沿ったさまざまなジャンルの作品展示をおこなっていた。
ひとつの美術ジャンルに絞ることで、展示に一体感を出すことができるのではないかと考える。商店街の看板下に連ねて展示する際、作品に一体感がある方が展示にボリュームが出やすくなったり、また街にも溶け込みやすい。また一体感がありながらも、作品ひとつひとつには個性があり、順に目で追っていくと、主催者が伝えたいアール・ブリュットの多種多様さも感じとれる。

6.今後の展望について

6-1 さらにアール・ブリュットを広める

まずイベントとしては、作品を街中で見た人をもっと引き込んでいければ考える。私自身、このイベントを知らずに作品を見た時、もっと知りたいと思っても情報を得ることができなかった記憶がある。例えばQRコードをつくり、絵の側に飾る。そのコードを写すと作家名や作品タイトル、作品の説明、そしてアール・ブリュットの解説が見れるようにする。そうすれば、興味を持った人を引き込みやすい。またSNSでの発信は現在もおこなっているが、YOUTUBEでの発信もしていけばイベントに来れないひとや、国外関わらず多くの人にアール・ブリュットを広めていけるのではないだろうか。

6-2 常設の美術館を

これは主催者の小林氏も展望していることだが、中野に常設の美術館をつくることである(14)。“中野に美術館がなかったから“、とはじまったこのイベントも11年目を迎えた。しかしその間にも中野には美術館ができていない。もし中野区立美術館ができたら、常設展としてアール・ブリュットの作品を展示しながら、企画展で海外の作品も飾るなど、さまざまな展示はさらにアール・ブリュットを浸透させていく手助けになる。またアール・ブリュットに関わらず、街に美術館があることは街や住民にとっても良い刺激になるのではないだろうか。

7.まとめ

こうして書いてみると、アール・ブリュットの作品と主催者の思い、そして中野の街は奇跡のように相性がいいのだと感じられる。2021年で11回目のイベントを終え、長年続けてきた成果か、イベントの開催を待ち侘びる人も現れたという(15)。今後もこのイベントが長く続き、そして1人でも多くの人にアール・ブリュットの作品を見てもらえることを願う。

  • 1 中野ブロードウェイ商店街「階段ギャラリー」(出典:“アール・ブリュット”NAKANO街中まるごと美術館公式ホームページ https://nakano-artbrut.info/、2021年10月28日)
  • 2 中野サンモール商店街「空中ギャラリー」(出典:“アール・ブリュット”NAKANO街中まるごと美術館公式ホームページ https://nakano-artbrut.info/、2021年10月28日)
  • 3 中野南口駅前商店街「看板ギャラリー」(出典:“アール・ブリュット”NAKANO街中まるごと美術館公式ホームページ https://nakano-artbrut.info/、2021年10月28日)
  • 4 中野レンガ坂商店会「坂道ギャラリー」(出典:“アール・ブリュット”NAKANO街中まるごと美術館公式ホームページ https://nakano-artbrut.info/、2021年10月28日)
  • 5 中野マルイ「隠れ家ギャラリー」(出典:“アール・ブリュット”NAKANO街中まるごと美術館公式ホームページ https://nakano-artbrut.info/、2021年10月28日)
  • 6 「NAKANO街中まるごと美術館!2021」展示map(筆者作成、2021年11月3日)

参考文献

(1)エミリー・シャンプノア、アール・ブリュット、白水社出版、2019年
(2)中野区公式観光サイト まるっと中野、https://www.visit.city-tokyo-nakano.jp/event/203989/、2021年10月4日
(3)社会福祉法人愛成会、https://www.heart-beat-nakano.com、2021年10月4日
(4)(2)と同様
(5)NAKANO街中まるごと美術館実行委員会 アール・ブリュット、https://nakano-artbrut.info、2021年10月4日
(6)ボーダレス・アートミュージアムNO-MA、https://www.no-ma.jp/artbrut/index.html、2021年10月4日
(7)中野区公式観光サイト まるっと中野 インタビュー、https://www.visit.city-tokyo-nakano.jp/lovers/205763/、2021年10月4日
(8)中野区・東日本電信電話株式会社東京事業部(画像解析技術を活用した商店街来訪者の属性分析に関する実証実験について)、https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/102500/d025252.html、2021年10月5日
(9)中野ブロードウェイ商店街振興組合(中野ブロードウェイ)、https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/monozukuri300sha/2018/syoutengai008.pdf、2021年10月5日
(10)大日本印刷株式会社 DNPミュージアムラボ(日本・フィンランド発 2つのアートプロジェクトアートが私達にもたらしてくれるもの 報告書)、https://www.museumlab.jp/ateneum/archive/pdf/20180126ateneum_dnp_seminar_jp.pdf、2021/10/05
(11)ITmediaビジネスonline、https://www.itmedia.co.jp/makoto/articles/1011/10/news044.html、2021年10月5
(12)六本木アートナイト、https://www.roppongiartnight.com/2021/、2021年10月6日
(13)ファーレ立川、http://www.faretart.jp、2021年10月6日
(14)NHK福祉情報サイト ハートネット、https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/429/、2021年10月5日
(15)(14)と同様


参考資料
・NBW友の会、のせすぎ!中野ブロードウェイ、辰巳出版、2009年
・江草貞治、アート・イン・ビジネス、株式会社有斐閣出版、2019年
・エミリー・シャンプノア、アール・ブリュット、白水社出版、2019年

・中野区公式観光サイト まるっと中野、https://www.visit.city-tokyo-nakano.jp/event/203989/、2021年10月4日
・中野区公式観光サイト まるっと中野 インタビュー、https://www.visit.city-tokyo-nakano.jp/lovers/205763/、2021年10月4日
・NHK福祉情報サイト ハートネット、https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/429/、2021年10月5日
・東京芸術文化評議会アール・ブリュット検討部会(アール・ブリュット検討部会 報告書 参考資料)、https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/bunka/bunka_seisaku/files/0000000208/02sannkou.pdf、2021年10月5日
・美術手帖、https://bijutsutecho.com、2021年10月6日

文化資産評価報告書及び、添付画像は全てイベント実行委員の方に確認していただき、
承諾をいただいております。

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