多賀城の民話と伝承活動~新たな時代の民話とは何か~
1.はじめに
民話の範囲は、研究者や語り手によっても異なるが、ここでは日本民話の会を参考としたい。日本民話の会運営委員の松谷みよ子氏は「昔話、伝説、世間話をひっくるめ、私などは民話と呼んでいる(後略)」(1)としており、松本氏が著書に転記した日本民話の会の資料においても民話をこの3つに分類している。簡単に説明すると、昔話は「むかしむかしあるところに」と始まるように時代も場所も限定しないもの、伝説は時代や場所が特定されているもの、世間話は時代と場所に加えて人物が具体的になり実話の形で話されるもの、ということになる。(2)
民話には、道徳が説かれていたり、災害や疫病に対する知識を授けたりと、個人や社会の課題に向き合う教訓が込められている。口頭以外の伝達方法を持たなかった時代に教訓を後世へ伝える役割を担っていたのが民話なのである。ただし、民話に必ずしも教訓が必要というわけではなく、また、教訓を抽出しようとするあまり、民話を語る・聴く行為そのものも民話の重要な特徴であることを忘れてはならない。
2.多賀城市及び多賀城民話の会の基本データ
2.1.多賀城市について
宮城県多賀城市は、仙台市の北東に位置する人口約62,000人、面積19.69平方メートルの市である。724年に多賀城が築かれ、陸奥国の国府であったこともあり、数々の史跡が存在し、歴史のまちとして有名である。東日本大震災では市域の約33.7%が津波によって浸水し、市内で188名の死者が出た。歴史を遡ると869年にも貞観地震の津波により大きな被害を受けており、この津波をもとに語られた民話が残っている。
2.2.多賀城民話の会について
多賀城市には、市内の民話(図1及び図2参照)を中心に語る多賀城民話の会がある。
設立経緯:1986年に宮城県主催のみやぎ県民大学郷土史講座受講生が、学びの継続のために1987年1月に立ち上げた。
活動目的:先祖の生き方の結晶ともいうべき民話を語り継ぎ、地域の歴史や文化、文字文学の継承を図る。
会員:多賀城市及び周辺地域在住の会員によって構成されている。会員数17名(2021年7月現在)。
活動内容:毎月の定例会、公共施設での民話語り(写真1)、2012年には多賀城市内の民話と東日本大震災の体験談を掲載した『忘れまい大震災』を発行。
3.多賀城の民話と伝承活動に対しての評価
3.1.民話「こさじ伝説」について
多賀城市八幡地区に末の松山という小丘陵がある(写真2)。東日本大震災による津波では末の松山は浸水を免れた。八幡地区には、末の松山と貞観地震にまつわる民話「こさじ伝説」が伝わっている。内容は以下の通り。
八幡の酒家に気立ての良い小佐治という娘がいた。ある日、酒家に猩々が訪れた。小佐治は猩々に愛想を良くしたため、若い衆が嫉妬し、猩々を殺す計画を立てた。それを知った小佐治は猩々に伝えたところ、猩々は去る前に「いついつの日の丑の刻限に津波が来るから末の松山に逃げろ。」と小佐治に伝えた。小佐治は伝えられた通りに末の松山に逃げたところ、津波が押し寄せ、一帯は波に飲まれた。(3)(4)
「こさじ伝説」は、小佐治の優しさ等の道徳的教訓とともに津波の知識を伝えている。津波が来たら高い所に上るという一般化された教訓ではなく、末の松山という地域の共通理解である特定の場所を示すことで、その地域に対して具体性を持った知識を伝えているのである。
3.2.民話の伝承における課題
後継者不足の中、民話を次世代へつなぐことが急務となる。しかし、口頭伝承が主であった時代に比べ、現代はメディアが多様化し、さらに民話に頼らずとも学習機会が充実している。その上で民話を伝承していくには、①民話の優れた点を明らかにすること、②民話の関心を高めることの2点が課題となる。
3.3.地域住民による民話の伝承
多賀城民話の会は東日本大震災の体験談をまとめている。その背景には、「先祖が語り継いだ伝説の意味を受け継ぎそれが生かされなかった(後略)」(5)という思いがある。津波に関する民話を語りながらも、東日本大震災で教訓を生かすことができなかったため、改めて民話とともに体験談を語り継ぐのである。まさに現代において新たな民話が生まれていることになる。その点では、民話とは昔の出来事を現代に語るだけでなく、現代の出来事を未来に語るという意味も持つ。
東日本大震災以前、貞観地震の認知度は低かった。貞観地震について研究する柳澤和明氏は「古代史・考古学研究者や地震・津波研究者には(貞観地震は)常識であったが、世間にはあまり知られていなかった。東日本大震災が起きてからこの巨大地震が周知されたのは悲劇的で、世間一般に対するアウトリーチ活動が足りなかったことは真剣に反省しなければならない。」(6 )と指摘する。その中で、地域住民が民話として貞観地震の津波について語っていたという事実は先に挙げた課題における民話の優れた点となり得るのではないか。
3.4.映像による民話の記録
現代において民話の関心を高め、普及していくにあたり、発信メディアは多様であるべきである。特にここでは語る・聴くという民話の性質を重視した方法を考えたい。松本氏は「民話には、呼吸や息づかいが必要だと思う。文学にしてしまってはいけないと思うのである。」(7)と述べている。口頭による伝承は、各々の視点、生活、経験等が呼吸や息づかいとして付加され、同じ民話でも語り手によって多様な物語が生まれるのである。
多賀城民話の会では、2020年より、後継者不足で民話が潰えてしまわないように映像として残す活動も始めた。各種イベントや定例会での語りを可能な限り記録している。映像を記録していくことによって、呼吸や息づかい、あるいは方言やイントネーション、表情等、多くの情報を伝えることができる。また、映像は語りの音声と合わせて民話の舞台となった地域を示すことができるという利点もある。
4.民話の活用事例
4.1.声の図書室
宮城県では民話をアーカイブする先駆的な取り組みが行われている。仙台市が設置するメディアとアート活動の拠点施設であるせんだい・メディアテークと宮城県で民話の伝承活動を行うみやぎ民話の会による「声の図書室」である。みやぎ民話の会によって長年収集されたカセットテープによる音声記録のデジタル化、東日本大震災で新たに生まれた物語の映像化を行っている。作成した記録は視聴覚資料として提供する他、民話を通して生き方を考え参加者同士で対話する「民話ゆうわ座」、民話やその土地の写真を展示によって紹介する「はまの民話」等で活用している。これらの取り組みによって、民話を誰もが活用できる共有財産としていくことを目指している。
4.2.ウチナー民話の部屋
沖縄県立博物館・美術館では、沖縄県に伝わる民話の音声記録に絵本風の映像をつけてウェブサイトに公開している。検索性に優れており、地域ごと、五十音、話の種類、キーワードで記録を探すことができる。また、各民話は実際の語り手の音声データ、方言バージョン、共通語バージョン、国際音声記号バージョンが制作されており、沖縄県内にとどまらず全国的、世界的に通用するものとして編集されている。
5.今後の展望
多賀城民話の会の語りの記録は、現在のところ外部へ発信していない。今後はこれらの記録を活用する必要がある。市町村あるいはさらに小さい地域単位だからこそ、よりその地域を細密に記録することができ、地域住民ならではの気付きや付加価値を付与することもできる。「声の図書室」や「ウチナー民話の部屋」の事例を参考にしつつ、小さな地域単位ならではの活用を進めていくことが望まれる。
6.まとめ
メディアの多様化、IT技術の発展に伴い、個人レベルでの情報発信が容易になった。今回は津波の教訓を強調したが、民話は実に多様な意義を持っている。たとえば、近世旅行文化史を研究する青柳周一氏は「(前略)宿泊業者・飲食業者・寺社等にとっては、伝説を語ることが旅行目的地の宣伝や、経営上の集客戦略とも密接に結びついていたのである。」(8)と述べている。民話は、地域の課題、地域の魅力向上に対して地域住民自らが関わり、情報発信するための優れた媒体なのである。動画編集アプリの充実、動画共有サービス及びSNSの普及は個人や小規模グループでの民話活用の後押しとなる。口頭に限らず時代に合わせた方法を模索することで、民話を未来へ伝承させていくことが可能となるのである。
- 図1:多賀城市の民話一覧(多賀城民話の会が作成した資料を参考に筆者が作成)
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図2:多賀城市の民話の分布と浸水域(地理院地図 東北地方太平洋沖地震津波浸水範囲に筆者がマッピング)
※①~㉜は図1に対応。水色部分は浸水範囲。
国土地理院 地理院地図 近年の災害/地震 / 平成23年東北地方太平洋沖地震/ 津波浸水範囲と自然災害伝承碑/東北地方太平洋沖地震 津波浸水範囲を加工して作成
https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html - 写真1:第58回むかしばなしを聞く会 民話を聞く会での語りの様子。(2022年10月24日 筆者撮影)
- 写真2:多賀城市八幡地区にある末の松山。歌枕の地としても有名。周囲より高い位置にあり津波の被害を免れた。(2022年1月28日 筆者撮影)
参考文献
註
(1)松本みよ子『民話の世界』PHP研究所、2005年、10頁。
(2)松本みよ子『民話の世界』PHP研究所、2005年、10頁-14頁。
(3)多賀城民話の会編『忘れまい大震災』多賀城民話の会、2012年、57頁。
(4)語り手によっては小佐治の代わりに老人であったり、若い衆の代わりに酒屋の店主であったり、猩々の代わりに異人であったりと違いがある。(多賀城市史編纂委員会編『多賀城市史 第3巻 民族・文学』多賀城市、1986年、114頁。)
(5)多賀城民話の会編『忘れまい大震災』多賀城民話の会、2012年、はじめに。
(6)柳澤和明「<論説>発掘調査より知られる貞観一一年 (八六九) 陸奥国巨大地震・津波の被害とその復興 (特集 : 災害)」、『史林96巻1号』史学研究会、2013年、6頁。
(7)松本みよ子『民話の世界』PHP研究所、2005年、168頁。
(8)青柳周一「近世における地域の伝説と旅行者―西国順礼略打道中記―」、笹原亮二編『口頭伝承と文字文化―文字の民俗学 声の歴史学―』思文閣出版、2009年、244頁。
参考文献
・松本みよ子『民話の世界』PHP研究所、2005年。
・多賀城民話の会編『忘れまい大震災』多賀城民話の会、2012年。
・多賀城市史編纂委員会『多賀城市史 第3巻 民俗・文学』多賀城市、1986年。
・多賀城市農政商工課「たがじょう風土記」多賀城市、1980年。
・笹原亮二編「口頭伝承と文字文化―文字の民俗学 声の歴史学―』思文閣出版、2009年。
・柳澤和明「<論説>発掘調査より知られる貞観一一年 (八六九) 陸奥国巨大地震・津波の被害とその復興 (特集 : 災害)」、『史林96巻1号』史学研究会、2013年。
・地域の民話を次世代へ伝承する事業実行委員会編『民話が語られた風景―東北地方の民話伝承に関する研修会・実演会の記録―』地域の民話を次世代へ伝承する事業実行委員会、2021年。
・宮城県ミュージアム復興事業実行委員会委員編『民話一次伝承者による語り記録および民話実演会報告書』宮城県ミュージアム復興事業実行委員会、2017年。
・石井正己・山本民話の会編『復興と民話 ことばでつなぐ心』三弥井書店、2019年。
・石井正己編『震災と民話 未来へ語り継ぐために』三弥井書店、2013年。
・上薗恒太郎「民話の多様性をいかす道徳資料」、『長崎大学教育学部教育科学研究報告 第40号』長崎大学教育学部、1991年。
・竹本紗野香「民話を<語る-聴く>いとなみにみる学び —みやぎ民話の会の実践に着目して—」、『早稲田教育学研究5巻』早稲田大学文学学術院教育学会、2014年。
・時実象一『デジタル・アーカイブの最前線 知識・文化・感性を消滅させないために』講談社、2015年。
・せんだいメディアテーク「民話 声の図書室」、せんだい・メディアテーク公式ウェブサイト。
https://www.smt.jp/projects/minwa/(2022年1月15日閲覧)
・沖縄県立博物館・美術館「ウチナー民話の部屋」、沖縄県立博物館・美術公式ウェブサイト。
https://okimu.jp/museum/minwa/(2022年1月15日閲覧)
多賀城民話の会参加記録
・2021年7月11日(日)定例会
・2021年9月12日(日)定例会
・2021年9月23日(木)多賀城民話の会による民話語りのひととき(主催:多賀城市立図書館)
・2021年10月2日(土)団士郎家族漫画展ワークショップ「うたとおはなしと伝承遊びを楽しもう」(主催:多賀城市立図書館)
・2021年10月10日(日)定例会
・2021年10月24日(日)第58回むかしばなしを聞く会 民話を聞く会(主催:宮城県)
・2021年11月14日(日)定例会
・2022年1月9日(日)定例会
・2022年1月23日(日)多賀城民話の会による民話語りのひととき(主催:多賀城市立図書館)