肥後銘菓「朝鮮飴」の継承と革新に挑戦する「老舗園田屋」の取り組み
・はじめに
「朝鮮飴」の歴史は古く、天正十年頃に老舗園田屋初代店主園田武衛門により創製された。近年、製造元は激減したが、老舗園田屋は19代目店主園田健一氏に受け継がれ、伝統の継承と革新的アイデアによる新たな挑戦が試みられている。
1. 基本データ
創業400余年の老舗園田屋は、熊本市の繁華街に店を構える。西南戦争の影響で現在の場所に移転し、木造建築の趣ある佇まいが魅力だ[写真1]。朝鮮飴の主原料は、肥後平野でとれたもち米と純粋の水飴、砂糖である。四季寒暖の変化に応じ、長時間練り上げる工程は一家相伝の秘法がある[註1]。練り上げる際に水飴と砂糖を入れるタイミングで風味が左右されるため、職人の「勘」が頼りだ。練り上げた飴を流して箱で丸一日寝かせ、さらに丸二日置いて片栗粉をかけて裁断し、四日間ほどで完成となる[註2] [写真2]。
2. 歴史的背景
天正時代、人吉・相良家の侍の初代武衛門が宇土半島に移住し、中国・明の僧から保存食として製法を教わった。その後、加藤清正が文禄・慶長の役で朝鮮の陣中に持ち込み、勇名を馳せた清正の帰国で名前が上がり、長生飴、肥後飴とよばれていた陣中食が「朝鮮飴」となった[註3]。熊本城が新たに竣工した際に朝鮮飴の全量城中買い上げが決まり、加藤家から細川家に移り変わってからも明治維新まで城中買い上げは続いた。参勤交代の際は、禁中および幕府や諸大名への献上品として重宝されたという[註4] [写真3]。
3. 事例のどんな点について積極的に評価しているのか―激動の時代を乗り越え、400年以
上、店と味を守り続けている点
長い歴史のなかで起きた大きな変化について園田氏からご回答をいただいた。
「(1). (明治維新後に)城中買い上げから一般販売になったこと
(2). 明治時代に柿求肥を開発したこと
(3). 2018年にれもん飴を開発したこと
(4). (園田氏が)相続後に園田屋を工場設備含めてリフォームしたことだと思います[註5]。」
(1)城中買い上げの時代は献上品として重宝され、朝鮮飴を庶民が食す機会はほぼなかった。一般販売に移行した明治維新前後での生産量の変化について記録は残っていないとのことだが、朝鮮飴にとっては大きな変革期だったといえる。
しかし、明治10年には内国勧業博覧会にて内務卿大久保利通から褒状が与えられ、以下のようにその伝統製法が称えられた[写真4]。
「透明ニシテ風味美味ナリ 製法老熟ノ妙アリ[註6]」
「内国」とは、国内に目を向けて産業を奨励する意味があった。賞や褒状は、特に優れたものに与えられ、受賞が名誉だとマスコミにより認知された。褒賞は出品者の功労への賞賛とさらなる技術発展を奨励するねらいもあった。そして朝鮮飴も褒状によって、政府のお墨付き=信用を与えられたことで商品価値が上昇し、販売促進する効果がもたらされたと考えられる[註7]。
このように、褒状が一般販売という大きな変革期を乗り越える一助ともなり、さらに人々の努力によって現在のように県民に愛される銘菓へと受け継がれていったのではないか。
(2)伝統飴に工夫を凝らしたのが柿求肥であり、明治36年に15代目園田郭六が茶禅一味の悟境から生み出した。肥後特産の柿の風味を生かし、現在でも茶事雅会で好まれている[註8]。当時、発祥後初めての新商品が柿求肥であり、2018年にれもん飴が誕生するまでは、柿求肥が唯一の「味」であった。発売当時でも発祥から約300年経過しており、新商品開発には重圧もあったと考えられる。しかしそのチャレンジ精神は現在も園田氏に受け継がれ、新たな挑戦が続いている。
(3)2018年に115年ぶりの新商品である「れもん飴」が発売され、脚光を浴びている[写真5]。園田氏が主導のもと試行錯誤の繰り返しで、最終的に砂糖漬けのレモン皮を練りこむアイデアが採用され、パッケージも人気だ。「歴史を重圧に感じるばかりでは自由なことができない。伝統を大事にしつつ、新しいことをやっていきたい」と園田氏は語っている[註9]。
(4)「工場のリフォームは設備が古すぎて修理もままならない事情があり、戦前からの設備を排除して、現在のステンレス窯に更新しました[註10]。」
園田氏によれば、リフォームで勝手が変わり、生産性が落ちて往生したそうだが、現在は安定しているという。機械を一部採り入れながらも伝統製法を守りつつ、400年以上のあいだ、味を再現する努力を続けている点も評価できる。
以上のように、新たな価値の創造といった問題解決のためのデザイン思考や、店主たちのたゆまぬ努力によって、今日まで発展を遂げた点は賞賛に値するといえる。
4. 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか―劇場版アニメ夏目友人帳のコラボ限定商品「ハッピー陣太鼓」と朝鮮飴の「オリジナル美少女キャラクター」による販売促進方法の比較
2018年に劇場版アニメ夏目友人帳が公開され、本編に肥後銘菓「陣太鼓」が登場したのをきっかけに、「ニャンコ先生」のイラストが描かれた「ハッピー陣太鼓[写真5]」が限定で販売された[註11]。映画が人気を博すと同時に新聞にも掲載され、売れ筋商品となった。
一方、老舗園田屋では「オリジナル美少女キャラクター」が人気だ。園田氏はマンガ家・イラストレーターとしてもご活躍なさっており、「ブレット・ザ・ウィザード」などの代表作を多数手掛けている。美少女キャラクターの誕生秘話について園田氏からご回答をいただいた。
「朝鮮飴のオリジナルキャラクターは、自分のファンの方にも朝鮮飴を知っていただこうと思ったことと、2002年に父が会長を務めた熊本菓子博で子ども向けのアニメを作ったときにウケがよかったことで十分いけると考えて、白ちゃんと柿ちゃんの紙袋を10年以上昔に作ったのがきっかけです。生前の父はその紙袋を積極的に活用していなかったので、相続してからは自分が販促品として使うことになりました。新キャラの虎ちゃんをデザインしてタオルを作り、れもん飴に合わせてキャラ4人の通販用段ボールも作り[写真6]、現在に至っています[註12]。」
朝鮮飴の美少女キャラクターの誕生はアニメファンをはじめ、それまで朝鮮飴に関心のなかった新規顧客獲得につながった。園田氏がネット販売を始めたことも、注目されるきっかけとなり、タオルなどのグッズ[写真7]も好評である。店内の一角には園田氏が手掛けたマンガ作品が展示され、園田氏直筆のイラストが描かれたノートも設置されており、ファンにうれしい工夫が凝らされている[写真8]。
ハッピー陣太鼓は、配給会社の方から提携の申し込みがあり、作品自体の既存ファンが存在したことと、劇場版公開やマスメディアの広告と相まって大きな成果を上げた。一方、園田氏は自らの手で朝鮮飴のイメージを具現化したオリジナルキャラクターを新たに創り出し、積極的に活用したところが特筆すべき点といえる。園田屋店主であり漫画家というマルチな才能をもつ園田氏だからこそできた偉業であり、今後の朝鮮飴の展望として非常に期待できる。
5. 今後の展望について
「新商品の黒糖朝鮮飴は清正公前の長生飴復刻をイメージして試作中です。今年中に販売できればと考えています[註13]。」
城中買い上げ前は、高級品の白砂糖は使えなかったと考えられ、黒砂糖を使うことで本来の「長生飴」の味の復元が試みられている[註14]。歴史の重圧の中でも手間暇を惜しまず、朝鮮飴を次世代に継承しようと奮闘する姿からは店主の気概が感じられる。
美少女キャラクターをはじめとしたパッケージデザインの展開と、れもん飴に次ぐ「味」にもこだわることで、従来の朝鮮飴の「素朴な」イメージから、さらにインパクトのある斬新な朝鮮飴の誕生に今後も期待だ。
6. まとめ
時代とともに朝鮮飴の製造元は減少し、売り上げの低迷が課題であった。しかし、老舗園田屋が美少女キャラクターによる販売促進や、新たな「味」の開発といったクリエイティブな発想で、新規顧客獲得につながっていることは将来への大きな希望になるといえる。
デザインとは、「豊かに生きるために問題解決を行う際の思考術[註15]」だという。そこで老舗園田屋が伝統を守りつつ、激動の時代をくぐり抜けて、今なお発展を遂げ、新たな価値を創造しようと試みる思考プロセスは、まさしく「デザイン」とよべるのではないか。そして脈々と受け継がれる老舗園田屋のチャレンジ精神こそが今後、朝鮮飴がさらなる発展を遂げる原動力となるのではないか。
- [写真1]:木造建築で趣のある老舗園田屋の外観と店内の様子。(2020年12月11日 筆者撮影)
- [写真2]:片栗粉がまぶされ箱いっぱいに敷き詰められた短冊形の朝鮮飴。「飴」というよりも「餅」に近い柔らかい食感と、ほのかな甘みが特徴。(2020年12月9日 筆者撮影)
- [写真3]:パンフレット(仮称)―園田屋「朝鮮飴の由来」(写真左)と、パンフレット(仮称)―園田屋「銘菓柿求肥」(写真右)。(2020年12月11日 筆者撮影)
- [写真4]:明治10年の内国勧業博覧会にて内務卿大久保利通から賜ったという褒状。(2020年12月11日 筆者撮影)
- [写真5]:ニャンコ先生が描かれた劇場版アニメ夏目友人帳コラボ限定商品「ハッピー陣太鼓」(写真左)と、老舗園田屋で2018年に発売された新商品「れもん飴」(写真右)。(2020年12月9日 筆者撮影)
- [写真6]:4人の美少女キャラクターが描かれた通販用段ボール(写真左)と、「しろちゃん」がデザインされた手提げ袋(写真右)。(2020年12月9日 筆者撮影)
- [写真7]:美少女キャラクター4人がデザインされたオリジナルグッズのタオル2種。(2020年12月9日 筆者撮影)
- [写真8]:店内に設置された園田健一氏の作品や直筆のノートが置かれたファン交流スペース。(2020年12月11日 筆者撮影)
参考文献
[註]
[1]パンフレット(仮称) 園田屋「朝鮮飴の由来」(写真3)
[2]飛松佐和子編著 『九州銘菓紀行』 熊本日日新聞社、2004年、p.78-79。
[3]飛松佐和子編著 『九州銘菓紀行』 熊本日日新聞社、2004年、p.79。
[4]パンフレット(仮称) 園田屋「朝鮮飴の由来」(写真3)
[5]19代目老舗園田屋店主 園田健一氏 2020年11月8日 メールにていただいた回答①
[6] 飛松佐和子編著 『九州銘菓紀行』 熊本日日新聞社、2004年、p.79。
[7]國雄行編著 『博覧会と明治の日本』 吉川弘文文館、2010年、p.90-100。
[8]パンフレット(仮称) 園田屋「銘菓柿求肥」(写真3)
[9] クロス熊本「創業420年 朝鮮飴で知られる熊本市の園田屋 115年ぶり新商品 れもん飴 登場」、2019年。
https://crosskumamoto.jp/article/4199/
(2020年12月8日閲覧)
[10] 19代目老舗園田屋店主 園田健一氏 2020年11月8日 メールにていただいた回答②
[11]熊本が好きになるローカルメディアくまきゅー 「【ネットでも買える】熊本の銘菓「陣太鼓」が「夏目友人帳」のニャンコ先生とコラボ」、2018年。
https://kumaque.com/food/12466
(2020年12月8日閲覧)
[12] 19代目老舗園田屋店主 園田健一氏 2020年11月8日 メールにていただいた回答③
[13] 19代目老舗園田屋店主 園田健一氏 2020年11月8日 メールにていただいた回答④
[14] クロス熊本「創業420年 朝鮮飴で知られる熊本市の園田屋 115年ぶり新商品 れもん飴 登場」、2019年。
https://crosskumamoto.jp/article/4199/
(2020年12月8日閲覧)
[15] 早川克美編著 『芸術教養シリーズ17 私たちのデザイン1 デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術』 京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、11ページ。