上村 博(教授)2019年9月卒業時の講評

年月 2019年10月
今年度夏期の卒業研究に取り組まれたみなさん、おつかれさまでした。私の担当したレポートは、地域の食文化に関するものや、劇場や資料館などの地域芸術拠点、また芸術祭やファッションウィークなど、さまざまなものがありました。そのさまざまに魅力的な主題に触れるだけでも、非常に刺激的です。
芸術教養学科の卒業研究で扱う主題には、美術史の研究論文とは異なった大変さがあります。特に共通する大きな問題として、それらが現在進行形の活動であるため、流動的でさだまった形がなく、また現地でそれを担う人々の意欲や能力によって大きく変化する、ということがあります。その捉えがたい対象に少しでも接近するため、実地調査を行ったり、当事者、関係者からお話を伺うという作業は非常に重要です。ネットで得られる情報はたちまち古くなり、かつ一面的な場合が多く、かといって印刷物の書籍・論文として資料がまとまっているかというと、まだそれもない、というときに、生きた一次情報をみずから手に入れる、というのは、それだけで有意義な研究に結びつきます。幸い、今回のレポートには、執筆者がみずから調査にあたったものが多く、その点は非常に読み応えがありました。研究は料理にも似ていて、素材をどう扱うかという以前に、いかにして良い素材を調達するかによって、独自性が出てきます。
他方で、素材だけでもダメなところがあります。せっかくの面白い研究対象であっても、ただその概略だけを記述しても、その特長は伝わりません。どうしても字数の制約で難しいところもあるのですが、共通点のある他の事例との比較対照という作業を通じて、たとえば見過ごしてしまいがちなイヴェントの仕掛け、あるいは空間に隠された巧みな配慮など、対象を分析して、その独特の性質を生み出している構造を明らかにする作業がもっと意識的にあれば、なお良かったと思います。それこそ卒業研究の醍醐味でもあります。