「ひろしまドリミネーション」におけるテーマとその表現
1.はじめに
本稿では、広島市で開催されている冬期ライトアップイベント「ひろしまドリミネーション」に関してイベントのデザインを観点とし、芸術教養演習2で報告した内容をさらに検証・考察し報告する。評価対象は「テーマとその表現」として、抽象的なテーマの具体化を中心に論じる。
2.基本データ
開催地は、広島市中区の「平和大通り」と呼ばれる幅が約100m・距離が約1kmの車道緑地帯および周辺地域で行われる。開催目的は、「市民や観光客が広島の夜の街を散策して楽しめる魅力ある冬の賑わいの創出」である。期間は例年11月中旬からの1か月半で、規模は140万個の電球を使用している。官民共同事業で地元企業等の協賛もあるが、予算の大半は広島市が受け持つ。ひろしまライトアップ事業実行委員会が主催し、公益財団法人広島観光コンベンションビューローが本部として中心的役割をはたす。
3.歴史的背景
ライトアップ事業は1988年より始まり、2002年からはドリミネーションと名称を定め、本年度(2017年11月17日から2018年1月3日まで)の開催で30年目となる。実行委員会の担当者である観光振興部事業担当課長の村井元治氏と同部主査の武田賢治氏に2017年10月11日10:00から11:20にビューロー内でインタビューを行った。調査内容の一部は芸術教養演習2でも報告しているが、次のような歴史的背景を経ている。テーマは2002年より継続して「おとぎの国」であり、「わかりやすく言えばディズニーランドのようなイメージの集客力」を想定して性別・年齢を問わず好まれるよう実行委員会により設定された。2008年・2014年にはデザインの一般公募で市民参加型の形態を実施した経緯もあるが、「デザインや施工は業者委託が基本で、テーマ性を重視できているのかは疑問である」と、担当者の葛藤が語られた。
4.表現の具体化
「おとぎの国」の表現としては、「具象化すること」がもっとも伝わりやすい方法であると考える。実際に「おとぎ話」をイメージさせる風景・建物・乗り物・動植物・創造物が立体造形されている。全国の多くのイルミネーションイベントでは抽象的表現が多いなかで、ほとんどが具象的造形物であるのはドリミネーションの特質である。2017年度の開催事例で考察すると、添付1の《ホープフルシップ》は、帆船と波を造形し、おとぎ話と結びつきやすい表現である。小型帆船の実物大ほどの大きさと多色の電球を用い写真撮影スポットとして、ひときわ賑わいがみられた。その他、冬のおとぎ話を最も連想しやすいツリー型のモチーフ(添付2)や、不死鳥フェニックスのモチーフもテーマと一致した表現であると考える。一方で、《カープ優勝記念オブジェ》として地元球団のヘルメットをモチーフにした造形物が設置された(添付3)。この表現は「おとぎ話」のテーマとの関連はないが、メッセージを記入した用紙を貼り付ける野球ボール型のボードが設置され、来場者参加形式で話題性と集客力には効果的であったと考える。また「30年に一度のフェスティバル」と題され、過去の開催で登場した造形物を複数で再構成したエリアが設けられた(添付4)。2008年の公募作品《ペガサス》と、過去の別の作品である《雪の女王》・《プラチナドラゴン》を組み合わせ、「このときばかりは、いろいろな国の住民が集まって大笑い」と言うストーリーで3作品が複合で表現された。実行委員会の聞き取り調査で「予算が限られ、新たな作品のみで構成することが難しい。」と語られたが、この工夫された表現は評価されるものであると考える。別のフェスティバルエリアでは、《ひろしまライトアップ事業と広島の30年の歩み》と題したトランプ型のパネル掲示が実施された(添付5・6)。緑地帯の工事中区間の防壁を利用した作品である。歩道が狭くなっており、暗い場所の文字の多い掲示であることから、足を止める来場者がほとんど見られなかった。歴史的背景を振り返る年表になっており、市民には郷愁があり、観光客にも認知されたい内容であるので、注目される工夫が必要であると考える。例えば、おとぎ話と関連が強い「鏡・窓・宝石」などの光を連想するモチーフを、手動でスライドできる形状にし「開いて続きが見たい感覚」を誘起させる工夫なども考えられる。
全体の構成では、冬期に全長1キロの区間を移動しながら鑑賞するのは様々な課題がある。車道を挟む南北の緑地帯は移動時の安全性に留意する必要があり、さらに気温も低く暗い時間帯である要因から、全ての作品を鑑賞する来場者は少ないと推察される。様々な条件で問題は考えられるが、作品を配置する間隔を短くし集中することで、明るさを増幅し「おとぎの国へ迷い込んだような」高揚感を誘引する構成も検討できると考える。
5.賑わいのデザイン
イルミネーション作品以外でも賑わいのデザインがなされている。2017年は11月17日金曜日17:50より「点灯式」が開催された。聞き取り調査でも「点灯式のマスメディア取材は、広報活動のメイン」であるとのことであった。本年度(2017年)点灯式は広島市長が点灯者として参加し注力されていたが、地元マスメディアの報道は例年通りの印象があった。
また2016年より飲食ブースが設置され、2年目の本年度は「ドリミカフェ」と題された(添付7)。来場者の滞在時間を長くし、飲食物で暖かさも提供でき、テーマとの整合性も感じられる企画である。着席形式ではゆったりとできるが、賑わいは席数に限られるので、立食形式でブース前に多くの来場者が滞留する工夫も検討できると考える。
6.比較
神戸ルミナリエとの表現方法の違いを比較考察する。基本データとしては、「阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意と復興への希望」が目的で、1995年より官民共同の実行委員会が主催している。40万球規模は広島の三分の一程度であるが、全長約300mのアーケード街と2か所の広場に集中しており、10日間の開催で300万人以上の来場者がある。テーマは毎年変わり2017年は「未来への眼差し(Guardando al futuro)」である。
造形は、光のアーチと光の壁掛けを組み合わせた回廊型の抽象的表現である。イタリアを起源とするルミナリエ形式のイルミネーションは、幻想的で回廊内にいる時には現実が視界に入り難く、作品の世界に誘引することができる。毎年設定されているテーマを直接伝えることに重点はおかれていないと考える。この作品表現と追悼の意の目的および短期間の開催という性質、また狭い空間への動員で賑わいを創出し、その様子からまた人を呼ぶ効果があると考察する。広島での具象的表現は、老若男女に受け入れられ、テーマも直接的に伝わるが、作品と作品の間隔で現実が存在するので作品の世界に陶酔する感覚は薄い。広島の表現方法は継続されるべきであると考えるが、ルミナリエ形式の表現から取り入れられるものもあると考察する。作品以外でもイベントのデザインとして工夫されており、記念宝くじや記念切手の発売などで来場者に付加価値を提供し、公式グッズの収益やサンキューカードが配られる募金を開催事業費に充当するしている。
7.おわりに
今後の展望としては、新たな表現方法でさらにイベントを活性化させることが期待される。140万球の規模を活かし、具象的表現の特質を継続するなかで、光の幻想感に誘引できる表現の創作が重要だと考える。さらに、積極的なSNSの活用も効果的である。来場者の発信力だけでなく、実行委員会の公式アカウント開設も期待される。
30年の歴史的背景を持ち、特質のあるイベントとして、さらに文化資産的価値を高めていく必要があると考える。
- (添付1)エリアK「ホープフルシップ」(2017/11/26、木戸紀子撮影)
- (添付2)エリアM「スノーウィーツリー」(2017/11/26、木戸紀子撮影)
- (添付3)カープ優勝記念オブジェ(2017/12/22、木戸紀子撮影)
- (添付4)エリアH「ドリミフェスティバル サウスサイド2」(公式WEBサイト掲載画像)
- (添付5)エリアF「ドリミフェスティバル ノースサイド1全景」(公式WEBサイト掲載画像)
- (添付6)エリアF「ドリミフェスティバル ノースサイド1」(2017/12/22、木戸紀子撮影)
- (添付7)飲食ブース「ドリミカフェ」(2017/11/26、木戸紀子撮影)
- (添付8)「インフォメーションブース」(2017/11/26、木戸紀子撮影)
参考文献
「ひろしまドリミネーション2017」公式Web site、https://www.dremination.com、(2018/1/22)
「KOBEルミナリエ」公式Web site、http://kobe-luminarie.jp、(2018/1/22)
武田賢治著、『特集 地元の先駆者に学び,照明を通じての地域貢献を考える:中国支部:ひろしまライトアップ事業の歴史と今後について』、照明学会誌第96巻第7号、一般社団法人照明学会、2012年7月
迫佳恵著、『17日からドリミネーション 輝く若い夢冬の街飾る 羽ばたくペガサス 広島市基町高生の案採用』、中国新聞・朝刊14面、2008年11月1日
木戸紀子著、『「ひろしまドリミネーション」におけるテーマ性の取り組み』、芸術教養演習2課題提出、2017年11月30日