真鶴町「美の基準」の再評価 ― 有機的地域環境を支えるデザインコード ―

五十君 拓也

はじめに
本報告は、神奈川県真鶴町で1993年に制定された景観制度「美の基準」を対象とし、その特徴と地域環境への影響を分析するとともに、文化資産としての価値を再評価することを目的とする。
本報告では、自然・生業・生活空間が相互に結びついた状態を「有機的地域環境」[1][2]と定義し、それを維持する空間デザインコードとして「美の基準」を位置づけ、その上で、現地観察を踏まえながら、真鶴における地域環境の形成と維持の仕組みを報告する。

1. 基本データと歴史的背景
1-1 真鶴半島の自然環境
神奈川県西部に位置する真鶴町は、相模湾に突き出した真鶴半島に形成された人口約7000人の港町である[資料1 真鶴町の全体図]。真鶴半島は約15万年前の火山活動によって形成された安山岩質の地形であり、急峻な斜面と岩礁海岸を特徴としている。この岩礁海岸は海藻や貝類の生息地となり、小型生物や魚類へとつながる食物連鎖の基盤となっている[3]。
また、半島先端には「御林」と呼ばれる森林が広がっており、歴史的に漁民によって魚つき林として保護・管理されてきた[4]。森林から供給される落葉や有機物は海へ流れ込み、沿岸生態系の形成に役割を果たしている[5]。さらに森林は、降雨を土壌に浸透させ、水の流出を緩やかにすることで斜面の安定にも寄与している[6][7]。
このように真鶴では、地形・森林・海洋が相互に関係しながら連続する地域環境が形成されている。

1-2 リゾート開発と「美の基準」
1980年代から1990年代にかけて、日本各地でリゾート開発が進行し、海岸地域では大規模なマンション建設が問題となった。真鶴町でも同様の開発圧力が生じ、自然環境や生活環境の破壊が懸念された。特に、半島の景観を改変する計画が持ち上がったことが、地域に強い危機意識をもたらした[8]。
こうした状況を背景として制定されたのが、1993年の「真鶴町まちづくり条例」である。この条例は、自然・生活・文化を守ることを目的としており、その理念を具体的な空間原則として示したものが「美の基準」[資料2 美の基準(一部抜粋)]である[9]。
さらに、「美の基準」は数値による規制ではなく、地域環境を踏まえた空間のあり方を示すものであり、開発や建築行為の際には住民・行政・事業者が協議を行いながら適用される点に特徴がある。

2. 評価点
2-1 「美の基準」の本質と位置づけ
一般的な景観条例は、建築物の高さや色彩などを規制することを主な目的としている。それに対し、「美の基準」は空間の使われ方や地域環境との関係に踏み込んだ原則によって構成されている[資料3 「真鶴町まちづくり条例」と「美の基準」の構成]。
例えば、実のなる木を植えることや、人の活動が感じられる空間をつくることなど、生活と自然のつながりを重視した指針が示されている。これらは単なる外観の統一を目的とするものではなく、地域環境を維持するための指針として位置づけられている。
また、「美の基準」はクリストファー・アレグザンダー(1936-2022)のパターン・ランゲージの思想を参考に、良質な空間のあり方を言語化したものでもある[10]。そのため、固定的な規制ではなく、地域の状況に応じて柔軟に運用されている[11]。実際に、真鶴町役場へのインタビューでも、「周囲との関係や暮らし方を含めて、対話を重ねながら調整をする基準」であることが確認できた[資料4 真鶴町役場インタビュー抜粋]。
このように、「美の基準」は建築物そのものを統制する制度ではなく、地域環境を構成する要素同士の関係を調整し、空間の質を維持する制度として機能していると考えられる[12]。

2-2 連続的に結びついた環境
本節では、「美の基準」の考え方が地域空間にどのように現れているのかを、現地観察を通じて検討する[資料5 現地調査①][資料5 現地調査②]。
現地観察では、岩礁海岸(三ツ石)、御林(魚つき林)、漁港、背戸空間、路地、小松石の石垣といった要素が確認できた。これらは個別に存在しているのではなく、「地形→生態系→生業→生活空間」という連続の中で相互に結びついている[13]。
まず、岩礁海岸は海藻や小型生物の生息環境となり、漁業資源を支える基盤として機能している。その一方で、その背後の森林は、落葉や有機物を海へ供給するとともに、水循環を安定させる役割を持っている。
さらに、こうした自然条件は居住空間にも影響を与えている。斜面地形に沿って形成された住宅地では、路地や階段、石垣が連続する立体的な空間が形成されている。特に、小松石の石垣は、地形への適応と地域固有の景観形成を担う要素となっている。
また、背戸や路地は単なる通路ではなく、生活を支える柔軟な空間として機能している。例えば、物干しや作業、近隣住民同士の交流などの日常的な行為が空間に現れており、長い時間をかけて積み重ねられた生活の痕跡が見られる[14][15][16]。さらに、音や生活の気配も土地の記憶を構成する要素となっている[17]。
以上の観察から、真鶴の地域環境は、地形・生態系・生業・生活空間が連続的に結びついた環境として成立していることがわかる。そして、「美の基準」は、この連続性を損なわないよう空間を誘導し、地域環境全体を調整する仕組みとして機能していると考えられる[資料6 真鶴町の環境システム図]。

3. 他事例との比較
日本の景観制度には、景観条例や重要伝統的建造物群保存地区などがある。これらは主に建築物の形態や街並みの保存を目的としており、高さや色彩などの数値基準によって景観を管理する手法が一般的である[18]。
これに対して、真鶴町の「美の基準」は、数値による一律的な規制ではなく、地域環境との調和を重視した定性的な原則によって構成されている。さらに、運用においては行政のみが判断を行うのではなく、住民・事業者・行政が協議を重ねながら空間のあり方を検討する仕組みが採用されている点も特徴である[19]。
例えば、神奈川県鎌倉市でも景観条例や歴史的風致維持向上計画によって景観保全が行われているが、主として外観保全や数値基準による管理が中心となってしまうことが指摘されている[20]。それに対し、「美の基準」は生業や生活空間を含めた地域環境全体を対象としている点に独自性がある[資料7 真鶴町と鎌倉市のまちづくり制度の比較]。

4. 今後の展望
人口減少社会では、新規開発による成長モデルが限界を迎えつつあり、既存の地域環境やインフラをどのように維持・再編するかが重要な課題となっている。こうした状況の中で、真鶴町の「美の基準」は、自然環境と生活文化を基盤とした地域形成のあり方を示す事例として位置づけることができる。特に、地形や生態系、生活空間の関係性を重視しながら都市環境を維持しようとする姿勢は、人口減少時代における地域再編の方向性を考える上でも示唆的である[21][22]。
しかしその一方で、「美の基準」は地域固有の自然観や生活文化を背景とした感覚的・経験的側面を含んでいるため、その価値観を理解し共有する人材やコミュニティの存在が不可欠である。つまり、単に制度として存在するだけではなく、それを運用し支える地域社会との関係性が維持されなければ、本来の機能を十分に発揮することは難しい[23]。
以上から、「美の基準」は持続的な地域形成モデルとして評価できるが、その維持には地域社会による継続的な関与が必要である。森林管理、インフラ維持、人材育成、地域コミュニティの継承などを含めた総合的な取り組みを通じてはじめて、「美の基準」が目指す有機的地域環境は持続可能なものとなると考える。

まとめ
真鶴町の「美の基準」は、建築物の高さや色彩を統一するための景観規制ではなく、地域に蓄積された自然観や生活文化を空間へ翻訳するデザインコードとして機能している。また、この制度は景観維持にとどまらず、地形や生態系、生業、生活空間といった地域環境システム全体の関係性を調整する役割を担っている。その結果、自然と人間活動が分離されない有機的な地域環境が形成されており、地域環境システムを未来へ継承する文化資産[24]として評価できる。

参考文献

<註釈>
[1] 本報告では、有機的地域環境とは、生態学における「エコシステム」概念を地域環境へ応用し、自然・生業・生活空間・文化が相互依存的に結びついた状態として定義する。アレグザンダーが都市空間を構成要素の「関係性」として捉えたこととも方向性を共有しており、本稿ではその視点を地域環境スケールへ拡張したものとして位置づける。
[2] 陣内秀信(1947-)は『都市を読む イタリア』において、「都市は生きた存在である。それはまず、空間の広がりの中でさまざまな要素相互が複合的に関係しあい、折り合わされて組織体を成しているといえる(都市組織)。こうして都市の隅々にまで血が通い、都市の全体は常に機能している。また同時に、都市は時間の流れの中で生きているのである。それは過去に規定されながら新しいものを付け加え、常に変化しつつ幾重にも層を重ねて形成されていく。このように過去の条件に縛られるからこそ、その町の固有な形態や容貌も生まれてくるといえよう。」と述べている。本報告で扱う真鶴町の地域環境もまた、地形、生態系、生業、生活空間が相互に関係しながら長い時間をかけて形成されてきた点において、このような「生きた都市組織」として理解することができる。(陣内秀信著『都市を読む イタリア』、財団法人法政大学出版局、1988年、p.3)
[3]真鶴半島は箱根外輪山に連なり、海抜約700メートルの高さから相模湾に向かって真鶴岬が突き出している。その距離は約7キロメートルに及び、町全体の平均傾斜は約10度とされている。半島を構成する安山岩は、鉄やマグネシウムなどの鉱物成分を比較的多く含む火成岩である。これらの成分は風化や侵食、海底湧水を通じて海洋へ供給され、栄養源として機能する。こうした地質的条件に加え、複雑な岩礁地形や急峻な海底地形、さらに黒潮の影響が重なることで、真鶴周辺には多様な生態系が形成されている。その結果、神奈川県指定天然記念物であるウメボシイソギンチャクや、真鶴で発見された新種の海岸動物や自然植物が豊富に生息し、かつてはプランクトンの一種である夜光虫も確認されていた。(五十嵐敬喜・野口和雄・池上修一著 『美の条例 いきづく町をつくる』、株式会社学芸出版社、1996年、p.17,21)
[4]魚つき林とは、森林から流出する落葉や有機物が分解されて栄養塩となり、海中のプランクトンや小型生物を増やすことで魚類の生息環境を豊かにするとされる、古くからの経験的知識に基づく沿岸林である。真鶴の「御林」は、江戸時代に徳川幕府の政策のもとで松苗が植林されて以来、地域によって保護・管理されてきた森林であり、現在に至るまで地元住民に親しまれている。このような森林と海の関係は、近年の研究によっても、御林に植生する落葉樹から形成される腐植土層に含まれる腐植酸や鉄分などが、海洋生態系に重要な役割を果たすことが指摘されている。(五十嵐敬喜・野口和雄・池上修一著 『美の条例 いきづく町をつくる』、株式会社学芸出版社、1996年、p.20)(松永勝彦著 『森が消えれば海も死ぬ 陸と海を結ぶ生態学』、株式会社講談社、1993年 、p.34,167)
[5]真鶴町の御林は、江戸時代より魚つき林として保護されてきた海岸林であり、現在はシダジイ、タブノキ、ヤブツバキなどを中心とする照葉樹林が形成されている。林内にはクロマツなどの針葉樹も見られ、過去の植林や海岸防災機能の名残を示している。一般に森林では、強い日差しや乾燥に耐えやすい植物が先に定着し、その後、日陰でも成長できる樹木が増えることで植生が変化していく。このような時間をかけた植生の変化を植生遷移という。御林でも、海岸環境に適応したクロマツ林から、より安定した照葉樹林へ移行する過程が進行している。 (下村泰史著 『はじめての生態学 森を入り口に 』、藝術学舎、2019年、p.34)
[6]戦後の日本では木材需要の増加に対応するため、スギやヒノキなど成長の早い針葉樹を中心とした拡大造林政策が進められた。その結果、各地で自然林が人工林へと転換され、生物多様性の低下や土壌環境の変化が問題視されている。また管理放棄された人工林の増加は、森林の保水機能や景観にも影響を与えている。(下村泰史『はじめての生態学 森を入り口に』藝術学舎、2019年、p.43)
[7]森林は、表層から順に落葉層、分解が進んだ腐植層、さらにその下の鉱質土壌層という多層構造を持ち、とりわけ腐植土層は高い保水能力を有している。この腐植土は、落葉や枝などの有機物が微生物によって分解されることで形成され、スポンジ状の構造を持つため、降雨を一時的に蓄えながらゆっくりと地下へ浸透させる働きを担う。とりわけ重要なのは、海への土砂流入を抑制する点であり、これにより底棲生物の生息環境や魚類の産卵場所が保護されるほか、海藻類の繁殖基盤を安定的に維持する機能を持っている。(松永勝彦著 『森が消えれば海も死ぬ 陸と海を結ぶ生態学』、株式会社講談社、1993年 、p.34,37)
[8]真鶴町では1988年にはじめての民間の大型マンションが建築され、これを契機に次々と開発計画が持ち込まれるようになった。議会では同年にリゾートマンション建設凍結宣言を決議したものの、強制力のない行政指導には開発事業者が従わなくなっていったという。さらに、湯沢などにおけるリゾート開発の失敗例が広く知られる中で、真鶴町は、温泉ではなく、緑地や水産漁業、景観といった自然資源に観光を依存していることから、自然や景観を犠牲にする開発の是非をめぐって議論が活発化した。この過程を通じて、住民主体によるまちづくりの重要性が強く認識されるようになり、住民主体による環境保全意識の形成と制度化へとつながっていった。(五十嵐敬喜・野口和雄・池上修一著 『美の条例 いきづく町をつくる』、株式会社学芸出版社、1996年、p.33,40)。
[9]真鶴町まちづくり条例は、自然環境・生活環境・文化環境を一体として守ることを目的とし、住民参加型のまちづくりを基本理念としている。開発行為に対しては協議による調整を重視し、行政主導ではなく地域合意に基づく運用が特徴である。また、事前協議制度や情報公開によって、透明性の高い意思決定プロセスが構築されている点も重要である。特に、この条例が単なる開発規制にとどまらず、「美の原則」と「美の基準」を条例体系の中に位置づけている点は注目される。真鶴町では、まず理念として「美の原則」が設定され、その理念を具体的な空間形成へ落とし込む実践的指針として「美の基準」が構成されている。「美の原則」は、自然との共生、人間的なスケール、地域らしさの尊重など、真鶴が目指す地域環境の価値観を示すものである。一方、「美の基準」は、その理念を建築・景観・植栽・空間構成へ具体化する役割を担っている。理念(美の原則)と実践(美の基準)を条例内部に組み込んでいる点は、日本の一般的な景観条例にはあまり見られない特徴である。
[10]「美の基準」における「美」は、単なる視覚的統一や様式的規範を意味するものではなく、自然環境や生活文化との関係性の中で形成される空間の質を指している。
[11]アレグザンダーは、人間が快適さや親密性を感じる空間には反復的な構造(パターン)が存在するとし、それらを言語として整理することで、専門家だけでなく住民自身も空間形成に参加できると論じた。また彼は、空間の「質」を単純な形態や数値だけで説明することはできず、その場の状況や人間の感覚との関係性を含めて捉える必要があると考えた。そして、このように単一の言葉では説明しきれない空間の豊かさを「名づけることのできない質」、すなわち「無名の質」と呼んでいる。真鶴町が「美の原則」や「美の基準」を通して追い求めている「美」もまた、このような「無名の質」を地域の空間の中に維持しようとする試みとして理解することができる。(五十嵐敬喜・野口和雄・池上修一著 『美の条例 いきづく町をつくる』、株式会社学芸出版社、1996年、p119)
[12] 景観を単なる視覚対象ではなく、人間活動や自然環境との関係性として捉える視点は、近年の景観形成論においても重視されている。特に真鶴町のように、森林・海洋・生活空間が連続する地域では、自然環境と都市景観を分離して扱うことは難しい。この点について西村幸夫(1952-)は、『環境保全と景観創造』において「景観行政はこれまで都市景観のコントロールを暗黙の前提としており、自然環境の保全は都市緑化保全法や自然公園法、自然環境保全法など諸葛の異なる法令に任されていた。しかし、都市の景観が遠望できる周辺の山並みにまで広がっていくとすると、これらを一体のものとして扱う必要が出てくる。少なくとも自然環境を生態系保護の観点からだけではなく風景・景観の側面からとらえる視点が要請される。」と述べている。(西村幸夫『環境保全と景観創造』鹿島出版会、1997年、p.284)
[13] 陣内秀信(1947- )は『都市を読む・イタリア』の中で、イタリアの歴史都市は単なる建築物の集合ではなく、地形、水系、生業、生活文化が長い時間をかけて重なり合うことで形成されていると論じている。特にヴェネツィア・丘陵都市などの分析では、斜面地形や海との関係、路地空間、水路、生活動線が都市構造そのものを規定している点が指摘されている。陣内は、都市を読む際には建築単体ではなく、地形や生活行為を含めた空間全体の関係性を見る必要があると述べており、この視点は本稿で扱う「地域環境システム」や「有機的都市」の考え方とも共通している。(陣内秀信『都市を読む・イタリア』法政大学出版局、1988年、p3,431-466)
[14]アレグザンダーは、「名づけえぬ質」を備えた都市空間には、人々の活動が自然に集まり交流が生まれる「活動の結節」が重要であると述べている。具体的には、歩行者動線上に小規模な広場や複数の用途が重なる場所を配置し、それらを地域全体に分散させることで、都市に有機的な活気を生み出すパターンを示している。(井庭崇編、中埜博・江渡浩一郎・中西泰人・竹中平蔵・羽生田栄一著 『リアリティ・プラス パターン・ランゲージ -創造的な未来をつくるための言語-』、慶應義塾大学出版会株式会社、2013年、p.13)
[15]アレグザンダーは『都市はツリーではない』において、近代都市計画に見られる単純な階層構造(ツリー構造)を批判し、都市には用途や活動、人間関係が重なり合う「セミラティス構造」が必要であると論じた。真鶴に見られる背戸や路地、石垣周辺の余白空間は、単なる通路や境界ではなく、通行、作業、交流、休息など複数の機能が重なり合う場として機能している。このような空間は用途が固定されず、人々の生活に応じて柔軟に変化する特徴を持っており、本稿で述べた「余白」や「有機的都市」の性質とも関係している。(井庭崇編、中埜博・江渡浩一郎・中西泰人・竹中平蔵・羽生田栄一著 『リアリティ・プラス パターン・ランゲージ -創造的な未来をつくるための言語-』、慶應義塾大学出版会株式会社、2013年、p.55)、(クリストファー・アレグザンダー著 『形の合成に関するノート/都市はツリーではない』、株式会社鹿島出版会、2013年)
[16] 陣内は『都市を読むイタリア』において、ヴェネチアと江戸の都市構造を比較し、日本の都市には中心が一極に集中するのではなく、複数の生活空間や活動領域が分散しながら共存する特徴があると指摘している。その上で、「偏心的な都市構造は、幕府の都市政策によって生み出されたという側面もあるものの、それ以上に、日常と非日常を巧みに使い分けるメンタリティと結びついた日本の文化に内在する本質的な特徴というべきであろう」と述べている。この指摘は、真鶴に見られる路地や背戸、漁港、森林などが単一の中心ではなく、生活と自然が重層的に結びつきながら構成されている都市構造とも共通しており、本稿で述べる「有機的都市」の特徴を理解する上でも示唆的である。 (陣内秀信著『都市を読む イタリア』、法政大学出版局、1988年、p426)
[17]エドワード・レルフ(1944– )は『場所の現象学』において、人々の経験や記憶が蓄積されることで、その土地固有の意味やアイデンティティが形成されると論じている。真鶴における背戸や路地、小松石の石垣といった空間にも、長年にわたる生活の痕跡や地域の記憶が積み重なっており、単なる物理的空間ではなく、人々の暮らしと結びついた場所として認識されている。このような環境は、地域固有の「場所性(placeness)」として理解することができる。またレルフは、「居住者の愛着が強くなるにつれて、その居住地域や出生地は彼らにとって性質を変化させる」と述べており、真鶴の都市空間もまた、住民の経験や愛着を通じて意味づけられていると考えられる。(エドワード・レルフ『場所の現象学』、株式会社筑摩書房、1999年、p.87)
[18]景観法(平成16年法律第110号)に基づく景観条例は、同法第8条に規定される景観計画および第16条に規定される届出制度等を根拠として、建築物の高さ・色彩・形態などを規制し、良好な景観形成を図る制度である。多くの場合、建築物の外観や広告物、屋外設備などを対象とし、景観形成基準を数値や色彩基準として定めることで、街並みの統一感を維持することを目的としている。一方、文化財保護法(昭和25年法律第214号)第143条以下に規定される重要伝統的建造物群保存地区制度は、歴史的建造物群や街並みを保存対象とし、建築物の外観や修景を中心に保全を行う制度である。
[19]この現象は鎌倉だけに限られたものではなく、日本および世界各地の歴史都市に共通して見られる。例えば京都では、伝統的町家や歴史景観の保存が進められる一方で、観光化による商業利用の増加や居住人口の減少が問題となっている。
[20]西村は『環境保全と景観創造』において、従来型の建築・都市計画制度では、歴史的町並みの保全において市民参加が十分に位置づけられていないことを課題として指摘し、「歴史的な町並みの保全再生の問題は、一般市街地とは異なった独自の基準のもとに選ばれており、その基準の専門性により一般市民には参加することはおろか、その建造物の修理や改築、再利用の在り方にあっても意思決定に参画する機会は限られている」と述べている。(西村幸夫『環境保全と景観創造』鹿島出版会、1997年、p.170)
[21] 安宅和人(1968-)の『風の谷という希望』では、高度成長期以降に形成された拡大型都市開発モデルや、効率性を優先する均質的な成長モデルが、人口減少社会や環境制約の中で限界に達しつつあることが指摘されている。その上で安宅は「都市集中型社会に対するオルタナティブを作る」ことを目標に掲げ、「疎である価値を守りながら疎空間が存続しうる未来をつくる」という問いを提示している。そして、自然環境・文化・産業・生活が循環的に結びつき、さらに経済性やレジリエンスも踏まえた新たな地域モデルとして「風の谷」を構想している。詳細な議論は多岐にわたるため本稿では割愛するが、全体として、現象や課題を個別ではなく「系(システム)」として捉え、その関係性の中で解決策を検討している点に特徴がある。(安宅和人著 『「風の谷」という希望 残すに値する未来をつくる』、講談社、2025年、p.58-66,67-83,88)
[22]藻谷浩介(1964- )は、地域内部の資源循環を重視する「里山資本主義」を提唱しており、地域資源を活かした持続的地域形成の重要性を指摘している。特に、外部資本や大量消費に依存する都市構造ではなく、森林資源や地域コミュニティ、小規模な生業などを活用した循環型の地域経済を重視している点に特徴がある。 (藻谷浩介著『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』、株式会社KADOKAWA、2013年)
[23] 有機的地域環境を維持するためには、人材やコミュニティの継承だけでなく、森林や海洋環境を適切に管理するための知識や技術を次世代へ引き継いでいくことが重要である。特に、防災やインフラ整備については、短期的な開発や過剰投資ではなく、人口減少社会を見据えた超長期的な視点から、維持管理コストを段階的に抑えながら持続可能な形へ移行していくことが求められる。近年では、デジタル技術や環境技術の発展により、地域環境のモニタリングや資源循環の高度化も可能となりつつあり、こうした技術を地域環境の保全や管理にどのように活用していくかが今後の重要な課題となる。(安宅和人著 『「風の谷」という希望 残すに値する未来をつくる』、講談社、2025年)

<参考文献>
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井庭崇編、中埜博・江渡浩一郎・中西泰人・竹中平蔵・羽生田栄一著 『リアリティ・プラス パターン・ランゲージ -創造的な未来をつくるための言語-』、慶應義塾大学出版会株式会社、2013年
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<参考URL>
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「まちづくり条例運用評価報告書」『真鶴町公式ウェブサイト』(https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/soshiki/toshikeikaku/toshikeikaku/973.html) 、2026年5月7日アクセス
「美の町真鶴~真鶴町まちづくり条例「美の基準」」『真鶴町公式ウェブサイト』(https://www.town.manazuru.kanagawa.jp/index.html)、2026年5月7日アクセス
「真鶴町まちづくり条例」 『真鶴町公式ウェブサイト』(https://www1.g-reiki.net/town.manazuru.kanagawa/reiki_honbun/g231RG00000604.html)、2026年5月7日アクセス
「小さいこと、美しいこと 1泊まれる出版社 真鶴出版の取り組み 神奈川・真鶴町」『アネモメトリ』(https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/8454/) 、2026年5月7日アクセス
「小さいこと、美しいこと 2さまざまな「目」がもたらす、まちの輝き 神奈川・真鶴町」(https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/8454/) 、2026年5月7日アクセス
「小さいこと、美しいこと 3「美の基準」とともに、まちの物語を編みつづける 神奈川・真鶴町」(https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/8588/) 、2026年5月7日アクセス

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