「トーキョーアーツアンドスペース本郷」‐復興建築の保存と活用‐

桂川 祐太郎

はじめに
本稿では、文化資産の保存と活用の事例として「トーキョーアーツアンドスペース本郷」の建築物と活動を取り上げ、文化資産評価報告書を作成する(写真1)。また、類似の事例として「台東デザイナーズビレッジ」の建築物と活動を示し、「トーキョーアーツアンドスペース本郷」の今後の展望について述べる。

1. 基本データと歴史的背景
1.1 トーキョーアーツアンドスペース本郷
トーキョーアーツアンドスペース(以下TOKAS)は、若手作家の作品発表や企画展、公演や公募企画の実施のほか、国内外の幅広いジャンルのクリエーターを対象にしたアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)プログラムを実施するアートセンターである。若手アーティストの育成支援機関、トーキョーワンダーサイトとして2001年に創設され、2017年にトーキョーアーツアンドスペースに名称変更した。TOKAS本郷は、トーキョーアーツアンドスペース事業の発表の場として、展覧会、公演、コンサート、ワークショップなど多岐にわたる活動を行っている。

1.2 基本データ
名称:トーキョーアーツアンドスペース本郷
所在地:東京都文京区本郷2-4-16
敷地面積:259.35㎡
建築面積:177.5㎡
延床面積:484.72㎡
展示スペース:210㎡
階数:地上3階
構造:事務所建、鉄筋コンクリート造(改装)、陸屋根3階建て
工期:2001年10月~2001年12月
開設年:2001年12月25日
施設内容:展示室3室、交流室、ほか

1.3 歴史的背景
TOKAS本郷の施設は、1929年に、知識階級を扱う東京市本郷職業紹介所と、婦人および少年を対象にした東京市婦人少年職業紹介所を集めて開所した。1937年の日中戦争の全面化後は、国家総動員体制化で戦争に活用される日雇い労働の紹介、炭鉱労度の紹介を主な業務としていた。1949年からは職業技術を学ぶ人々を対象にした職業訓練校としての役割を担い、1991年にその役割を終えることになった。その後は教育庁お茶の水庁舎として使用され、2001年にアートセンターとして開館した。

2. 文化資産として評価すべき点
2.1 歴史的評価
TOKAS本郷の建物は、築100年を迎える関東大震災後の東京を象徴する復興建築のひとつである。復興建築とは、関東大震災から戦前(1923年~1930年代頃)までに東京で建てられた、鉄筋コンクリート造(RC造)の建築のことである。鉄筋コンクリート(RC造)の法定耐用年数は47年と定められており、数多くの復興建築が都市化と老朽化の中で姿を消しているため、残存復興建築の希少性は高い。

2.2 文化的評価
2001年の改修では、石膏プラスターでモールディングされた梁型やアーチなど、往時の豊かなディティールをあえて生かしながら展示空間がつくられた(写真2)。人造石研ぎ出しの階段手摺や、廊下と階段室のタイル巾木も戦災や改装で失われることなく残されている。
また、床の多くは左官職人の久住章氏によって手掛けられ、ミニマルでありながらも野性的で生命感ある場がつくられている。2003年には、壁にドリルで穴を開けることで模様を入れる「ウォール・タトゥー」が、アーティストのマーティン・シュミット氏によって行われるなど、鑑賞性の高い施設づくりが行われている(写真3)。

2.3 経済的評価
アクセスはJR御茶ノ水駅や東京メトロ本郷三丁目駅から徒歩7分と利便性が高い。また、展覧会や公演、AIRプログラムの活動発表など、集客を目的とした継続的な施設利用が行われている。AIRとは、アーティスト、その他プロフェッショナルのクリエーターが滞在型プログラムに参加することで一時的に他の場所に滞在して制作を行うことである。TOKAS本郷は若手アーティストに活動発表の場を提供し、展覧会の入場料を無料にすることで、芸術に触れる機会を区民に提供している。

2.4 まちづくり上の評価
本郷の春日通り以南の区域には、旧職業紹介所(TOKAS本郷)の他に、旧元町小学校、桜蔭学園本館、エチソウビル、さかえビル、日本基督教団本郷中央教会、日本基督教団弓町本郷教会などの復興建築が存在する(図1)。これらの復興建築は、太平洋戦争での空襲による延焼を免れ、その後の開発の波もかいくぐって存在してきたがゆえに、住民のコミュニティ形成と趣のある景観の形成に寄与している。
以上のことから、TOKAS本郷の事例は、建て替え以外の方法で復興建築の保存と活用が実行されている好例であるといえる。

3. 類似の事例
3.1 台東デザイナーズビレッジ
復興建築を保存し活用している類似の事例として、台東デザイナーズビレッジの例があげられる。台東デザイナーズビレッジは、東京都台東区にあるファッションビジネス分野での起業を目指すクリエーターを支援するインキュベーション施設である。2003年に廃校になった復興建築の区立小島小学校校舎を改装して、2004年4月に台東区によって設立された。自分のブランドを創りたいという新進デザイナーに、事務所スペースや共用施設を提供し、ファッションビジネスへの成長を支援することを目的としている。

3.2 文化資産として評価すべき点
台東デザイナーズビレッジが、歴史的遺産としての価値を有する復興小学校を活用してきたことは、歴史的な観点から評価できることである。また、ファッション分野のクリエーター育成が目的のインキュベーション施設としては先駆的で、これまでに100組以上の卒業生を業界に輩出してきたことは、経済的な観点から評価できる。加えて、地域や行政とも連携し、地場の物作りをアピールするイベントを続けていることから、まちづくり上の評価も高い。

3.3 「TOKAS本郷」と「台東デザイナーズビレッジ」との比較
「TOKAS本郷」と「台東デザイナーズビレッジ」の事例から共通点を導き出すと、両施設は、関東大震災後の東京を象徴する復興期の公共建築を活用しているという点で、歴史的遺産の保存の観点から評価できる。また、両施設はアーティストの育成支援機関として、展覧会やイベントなどを実施し、行政と連動しながらクリエーターと地域の関係性を創出することで、集客性を上げる取り組みを行っているという点で、地域経済やまちづくりの観点から評価できる。
つぎに、両事例の相違点を整理すると、「TOKAS本郷」の建物には、往時の豊かなディティールが保存されているだけでなく、改修時に職人やアーティストによる意匠が施されているという点で、より鑑賞性の高い施設づくりが行われていると評価できる。一方、「台東デザイナーズビレッジ」は、地場の物作りをアピールするイベントを2011年から続けているという点で、より集客力の高いイベントが実施できていると評価できる。

4. 今後の展望について
文京区は、史跡や文化遺産の多い歴史的なまちであり、また、伝統ある大学や多くの学校のある文教の地として知られている。区は、2010年に基本構想を策定し、将来都市像を「歴史と文化と緑に育まれた、みんなが主役のまち」(1)と定めている。特に、御茶ノ水や本郷には復興期の建築が集中して残存しており、それらの建築群は、建て替え以外の方法で保全活用が検討され、趣ある景観が維持されることが望ましい。
TOKAS本郷の事例は、建て替え以外の方法で復興建築の保存と活用が実行されている好例であり、今後、建物自体の持っているランドマーク性をさらに顕在化することで、まちづくりへの貢献にもつながるものと考えられる。そのためには、強みである鑑賞性の高い施設づくりを維持しながら、他の事例から効果的なPR方法を取り入れ、より高い集客を実現することが望ましいと考える。

5. まとめ
近年、施設の耐震性に対する不安や耐用性の問題等により、歴史的建築物がその貴重な価値を評価されることなく取り壊されている。しかし、時間の経過とともに建物の価値が顕在化し、歴史的価値が向上することもある。本稿で取り上げた事例は、建て替えることだけではなく、多様な価値を認めた上で施設を保存し活用するという選択肢の好例であり、そうすることで地域の文化的環境を維持することができる可能性を示している。文化資産の利活用は、取り組むことで観光的活性化を伴うことから、地域活性化の観点からも重要な役割を担っており、今後、TOKAS本郷のような施設が全国に増えることが望まれる。

  • 81191_011_32383105_1_1_写真1 写真1:「TOKAS本郷 外観」2024年7月13日 筆者撮影
  • 81191_011_32383105_1_2_写真2 写真2:「TOKAS本郷 梁型とアーチ」2024年10月19日 筆者撮影
  • 81191_011_32383105_1_3_写真3 写真3:「TOKAS本郷 ウォール・タトゥー」2024年10月19日 筆者撮影
  • 図1:「本郷の残存復興建築」出典 Googleマップ 加工して筆者作成(非掲載)

参考文献


(1)文京区、「基本構想」、https://www.city.bunkyo.lg.jp/b001/p005541.html、2024年1月11日

参考文献
栢木まどか「監修」『復興建築 モダン東京をたどる建物と暮らし』トゥーヴァージンズ、2020

公益財団法人東京都慰霊協会「編」『忘れない。伝えたい。-関東大震災と東京大空襲』公益財団法人東京都慰霊協会、2017

建築保全センター「編」『公共建築物の保存・活用ガイドライン』大成出版社、2002

菅野幸子・日沼禎子「編」『アーティスト・イン・レジデンス まち・人・アートをつなぐポテンシャル』美学出版、2023

川北眞紀子・薗部靖史『アートプレイスとパブリック・リレーションズ』有斐閣、2022

今村有策「特集1 建築のリニューアル」新建築、2002、2、p.90-95

トーキョーアーツアンドスペース、「トーキョーアーツアンドスペース 本郷」、https://www.tokyoartsandspace.jp/location/hongo.html、2024年11月2日

Tokyo art navigation、「和田菜穂子(東京建築アクセスポイント)レクチャー&ツアー 体験型の学び:建築を通して本郷の歴史を知る」、https://tokyoartnavi.jp/column/4744/、2024年11月2日

台東デザイナーズビレッジ、「台東デザイナーズビレッジ」、http://www.designers-village.com、2024年11月2日

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