「絶対城」の放つ神聖さの源ー空間に込められた意味を次世代につなぐー

岡田 悦子

東京都中野区立哲学堂公園には、独特な雰囲気の古建築群がある。中でも絶対城はひときわ神聖な魅力を放つ。その源はどこにあるのだろうか。本稿では、空間造形の視点から絶対城を考察し、他の古建築も含めた今後の展望について検討する。

1.基本データと歴史的背景 (資料1)
哲学堂公園は、明治末期〜大正期に、東洋大学の創立者で哲学者の井上円了(1858-1919年)が社会教育の場として創設した公園である*1。首都圏鉄道網の中心、新宿駅と池袋駅から電車と徒歩で30分圏内にあり、面積約52,000㎡、運動施設等さまざまな要素がある。2020年には国指定名勝となった*2。
中央部の崖地形にある七十七場は、視覚化された哲学の世界を巡り、精神修養ができるよう設計されている*3。
絶対城は、大正4(1915)年、ここに大正天皇御大典記念として完成した和洋折衷建築の図書館である*4。当時の蔵書は、明治維新前の和漢古書合計21,193冊で*5、閲覧料等の規則もあった*6。しかし、現状では不便があるとして、昭和16(1941)年には閉鎖されている*7。また、絶対城は七十七場の一つとしての機能ももち、台地上に位置している。井上円了は書籍を哲学界の万象と見立て、万巻の書を読むことで絶対の妙境に達すると考えている。それが名づけの由来である*8。現在は、古建築物公開日に内部見学ができ*9、イベントも行われている。

2.評価できる点 ー空間と時間の体験 (資料2)
2-1 空間体験
絶対城までの空間体験を、古建築群から直接向かう場合と、七十七場の順路で進む場合に分けて分析する*10。
まず、古建築群から直接絶対城に向かう場合(図2-1,2,3)、絶対城は、非日常的な奥深さのある時空岡の中でも最も奥にある。はじめ、全容が見えないことで神秘性を感じさせ、全容が見えたとき、自己が神聖な空間に移行した感覚となる。次に、七十七場を順路通り、時空岡や斜面、水辺での連続的な体験をしながら進むと(図2-4,5,6)、上りの石段で絶対城の一部が見えたとき、またその正面に立ったとき、達成感と神聖な感覚を得る。
樋口忠彦は、ランドスケープの視覚的構造の奥行きについて論じる中、見えがくれの庭園的手法や、緩斜面での視覚的な圧迫性と奥深さの微妙な均衡等について述べている。そして、これらがその奥にあるものの奥ゆかしさや神聖さを支えると言う*11。これを絶対城までの空間体験に置き換えると、時空岡での絶対城の神聖さは、なかなか全容を見せないその奥性に、順路の中で感じる神聖さは、視覚的に圧迫する石段とその上にある絶対城の配置に支えられていると言える。

2-2 時間体験
この空間体験から、時空岡では時が凍った感覚、七十七場では絶対城に向かう一連の体験によって、自然に溶け込みながら時が永遠に続く感覚となることが明らかとなった(図2-7)。
川添善行は、日本古来の優れた宗教的空間を例に、瞬間と永遠の時間体験について述べ、本当によい場所性を生み出すには、空間だけでなく時間のデザインも重要だとしている*12。絶対城までの空間は、瞬間と永遠の時間体験を同時に実現することで崇高さを演出し、固有の場所性を生み出していると言える。

以上のように、絶対城へ至る過程には空間と時間の豊かな体験が提供されており、こうした過程を通して神聖さが生まれている点を評価したい。

3.特筆点 ー同時代の建物の意匠との比較 (資料3)
3-1 足利学校遺蹟図書館
栃木県足利市の足利学校遺蹟図書館は、国指定史跡で日本最古の学校、足利学校の校内にある。大正4(1915)年に御即位大礼記念として完成した和洋折衷建築の図書館で*13、この点が絶対城と共通する。
外観は、「学」の異体字*14の入った鬼瓦、立浪付留板瓦、懸魚、蟇股、木鼻、幾何学模様の窓枠等の装飾に加え、長押や外壁下部等の薄紫色と、木口等の深緑色がアクセントとなり、全体として格調高い和風空間である。内部は、閲覧室の高く白い天井と折上格天井周囲の支輪、照明等、明るく開放感のある洋風空間である*15。なお、建築に関する協議には当時の町長らも加わっている*16。足利学校遺蹟図書館は、外観には壮大な歴史空間に存在する風格、内部には公共図書館としての快適性を実現している。
一方、絶対城の外観の装飾は、三つ巴文と唐草の軒瓦、数珠掛文の鬼瓦、えんじ色の軒下等のみで、園内の他の古建築と比べても控えめである*17。内部は、2階にギャラリーのある吹抜けと、1階奥の四聖を祀った聖哲碑が特徴的で、木の質感を生かした空間に窓から光が注ぎ、幻想的である。ギャラリーの畳と書見台は光が差す快適な読書空間で、雲水や流水、波頭の彫られた板蟇股と、その下の虹梁は、天窓からの光と調和する。なお、聖哲碑前の孔子像は、後の時代に置かれたと考えられるが*18、静かに尊さを添える。
絶対城は外観より内部空間での体験が重視され、快適性とともに静謐さや神聖さを生み出す意匠が効果的に用いられているのである。

3-2 求道会館
次に、東京都文京区にある求道会館の意匠について考察する。求道会館は、絶対城と同じ大正4(1915)年に、真宗大谷派の僧侶、近角常観によってつくられた仏教の教会堂で*19、吹抜けとギャラリー構造をもつ和洋折衷建築という点も共通する。アメリカ・シカゴのYCMAビルディングのホールが原型と推測され*20、設計は、哲学堂公園創立の顧問、武田五一*21によるものであり、絶対城との関連も考えられる。
外観は煉瓦と石の構え、内部は1階に整然と並ぶ椅子、三方のギャラリーと天井の木造トラスが、神聖で重厚な雰囲気をつくる。内部では、自己が空間に溶け込む感覚を生み出し、さらに、菩提樹模様のステンドグラス、六角堂、光輪、ギャラリーの卍模様の手摺が宗教的要素を加え、仏教施設の荘厳さを形成している。
絶対城には重厚さや明確な宗教的意匠がないものの、内部空間で得られる神聖な一体感と、奥に祀られた尊い対象の存在は共通する。
川添善行は、優れた建築には一体感を生む中心性があると述べる。中心性には、形態がつくり出すものと形式がつくり出すものがあり、前者には構造体の強さによるものと、光の操作によるものがあると言う*22。絶対城と求道会館は、ギャラリー構造と窓からの光の操作による中心性をもち、祀られた対象との相互作用の中で自己と一体になる。さらに絶対城の場合は、自然や古建築群等の他空間による輪郭が幾重もあり、形式がつくり出す中心性ももっていると言える。

絶対城は内部での体験を重んじ、快適な読書空間をつくるとともに、自己が空間と一体化し絶対の妙境に至るという神秘の世界も形成している。これが特筆すべき点であり、絶対城の神聖さの源は、周囲の空間とのつながりとともに、内部空間の意匠にあると言えるだろう。

4.今後の展望(資料4)
絶対城に限らず、園内の全体あるいは個々の空間には意味がある。しかし、一般には十分伝わっていないのが現状である*23。空間の名称や難解な解説の表示だけでその意味を伝えるのは難しいからである。
中野区は『名勝哲学堂公園保存活用計画』の中で、哲学体験の場と価値伝達のための整備を挙げている*24。また、東洋大学井上円了記念博物館の北田健二学芸員は、園内の築100年超の古建築群の保存と活用を考える上で、本来の機能を何らかの形で継承することが重要だと言う*25。
その実現には、施設等の整備とともに、情報の編集が鍵を握る。訪れた人が、井上円了が空間に込めた哲学的な意味を理解し、それを自分ごととして捉え、心にストーリーを生むような情報への編み直しである。この小さな一歩から、価値ある体験の提供とその継承が可能になるのではないだろうか。

5.おわりに
ここで、園内の古建築群を保存と活用の両面で捉えた事例を紹介する。
東洋大学理工学部建築学科の木造建築設計演習である。学生は、絶対城等の建築学的な調査・分析を通して価値を考え、耐震補強対策を含めた小冊子を作成し発表している。高岩裕也准教授は、「哲学堂は我々にとってのテキストだ」と述べ、空間を肌で感じることで多角的に建築の価値をみる眼と、価値を損なわずに継承する技術を養うことができるとしている*26。
哲学堂公園は、社会のさまざまな分野の人々にとってのテキストである。このテキストに向き合えば、一人ひとりに何らかの気づきや学びがあり、社会に必要な知識や思考との出会いが期待される。井上円了のめざした社会教育の場を、現代にどう活かせるのか。今後も文化資産としての哲学堂公園に注目したい。

  • 81191_011_32383265_1_1_「絶対城」天窓から差す光 「絶対城」 天窓から差す光
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  • 81191_011_32383265_1_2_資料1 基本データと歴史的背景_page-0002 資料1 基本データと歴史的背景
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  • 81191_011_32383265_1_3_資料2 絶対城までの空間と時間の体験_page-0002
  • 81191_011_32383265_1_3_資料2 絶対城までの空間と時間の体験_page-0003 資料2 絶対城までの空間と時間の体験
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  • 81191_011_32383265_1_4_資料3 同時代の建物の意匠との比較_page-0008 資料3 同時代の建物の意匠との比較
  • 81191_011_32383265_1_5_資料4 今後の展望ー情報の編集_page-0001 資料4 今後の展望 ー情報の編集ー

参考文献



*1 
①井上円了は、哲学堂の起源は、もとは哲学館大学(現東洋大学)の移転先として購入した土地に、大学公称が認可されたことを記念として、明治37(1904)年に四聖堂を建築したことだとしている。その後将来永く世道人心を助け補うものにしようと計画し、精神修養的公園とすることに定めたと述べている。また、自分が世の中から受けた恩に報いるために、余生を社会教育、民間教育のために尽くすという決意を明らかにしている。
井上円了 述『哲学堂案内』哲学堂事務所、1920年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/964813 1-5頁
2024年12月30日最終閲覧

②井上円了は、浅草や上野や日比谷のような公園は肉体修養の公園、哲学堂は精神修養の公園と区別でき、哲学堂に来れば、知らず識らずのうちに精神修養できる、としている。
井上円了著『南船北馬集 第三編』修身教会拡張事務所、1920年
東洋大学学術情報リポジトリ『井上円了選集 巻12』東洋大学創立100周年記念論文集編纂委員会、1997年 https://toyo.repo.nii.ac.jp/records/2966 576頁
2024年12月15日最終閲覧 

*2 「哲学堂公園の変遷」、中野区『名勝哲学堂公園保存活用計画』中野区区民部文化振興・多文化共生推進課、2023年、44頁

*3 哲学堂公園管理事務所『ガイドマップ 東京都指定名勝 哲学堂公園』日本体育施設、2011年

*4 
①井上円了は、この図書館が大正4(1915)年11月御大典紀念(記念)として開設したものであることを永く忘れないよう、建物の前に記念碑を置くとしている。
 前掲『哲学堂案内』24頁 2024年12月30日最終閲覧
 
②大正5(1916)年7月発行の『図書館雑誌 27号』によれば、大正4(1915)年秋の御大典記念として設立された文庫及び図書館は全国で1307となっており、御大典記念として図書館を設立する動きが全国的に活発だったことがうかがえる。
「御大典記念の文庫及図書館」、日本図書館協会図書館雑誌編集委員会 編『図書館雑誌 27号』日本図書館協会、1916年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/11230054 40頁 2024年12月15日最終閲覧

*5 
①井上円了 編『哲学堂図書館図書目録』哲学堂、1916年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/941644  2頁
2024年12月15日最終閲覧

②これらの蔵書は現在東洋大学に委託されている。
前島康彦著『哲学堂公園』東京都公園協会、1980年、59頁 

*6 井上円了は、以下のように閲覧規則を記している。
・閲覧日:当面の間、3月初めから11月末まで、毎週日曜日
・閲覧時間:3月・10月・11月は午前9時から午後4時、4月から9月は午前8時から午後5時まで
・基本金を積み立て、閲覧日を増加する見込み
・入館者は必ず受付の帳簿に姓名、住所、職業を明記すること
・館内の雑費を補助するために閲覧料を一人2銭徴収、領収証として閲覧票を交付
・一時(1回)に閲覧可能な書籍は5冊までで、それ以上閲覧したい場合は別途閲覧票の交付を請求すること
・一時的に所用で外出する場合、書籍とすべての携帯品を館内に置き、混雑の際は外出券を受け取っておくこと
・または書籍を受付に預けること
・もし外出後1時間を過ぎても戻らない場合、再度入館手続きをすること
・閲覧者は公徳を重んじ、図書を毀損しないよう注意することを望み、毀損の場合は必ず弁償すること
・閲覧者は館内に掲示する諸規則を遵守すること

 前掲『哲学堂図書館図書目録』2-3頁 2024年12月15日最終閲覧

*7 井上円了の長男、井上玄一は1941年発行の『哲学堂』の註にて、以下のように書いている。
・現状では公開に不便があり、遺憾ながら閉鎖してある。
・閲覧室を増設の上、開館する方針だが、せっかくの施設を書庫として使用するだけでは不本意なので、方針を考え中。
・将来の理想としては、明治以後の哲学書等を加えて哲学小図書館とすべきである。
哲学堂事務所 編『哲学堂』哲学堂事務所、1941年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1141470  39-40頁
2025年1月8日最終閲覧

*8 前掲『哲学堂案内』22-24頁 2024年12月30日最終閲覧

*9 『名勝哲学堂公園保存活用計画』中野区区民部文化振興・多文化共生推進課、2023年、98頁

*10 筆者は空間体験を分析・考察するにあたり、図式によるビジュアル化が必要だと考え、福田隼登・藤井晴行著「空間体験に基づいた心地よいシークエンスの身体的な図式の表現方法に関する研究」で示される図式を参考にした。福田と藤井は、建築空間や庭園の回遊体験の中でも心地よさをテーマに空間体験し、それを体験ナラティブと表札で表している。また、これらの文章から空間体験を図式化している。

福田隼登・藤井晴行著「空間体験に基づいた心地よいシークエンスの身体的な図式の表現方法に関する研究」『日本建築学会計画系論文集 第81巻第724号』日本建築学会、2016年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/81/724/81_1281/_article/-char/ja/ 1281-1290頁
2024年11月16日最終閲覧

*11 樋口忠彦著『景観の構造ーランドスケープとしての日本の空間ー』技報堂、1975年、68-69頁、77頁

*12 川添善行著、早川克美編『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』藝術学舎、2014年、171頁、183‐185頁

*13 足利市公式ホームページ「第29回足利学校遺蹟図書館」足利市教育委員会事務局 文化課 史跡足利学校事務所 https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/category/000000/p005134.html 
2024年12月29日最終閲覧

*14 
①日外アソシエーツ編集部編『漢字異体字典』日外アソシエーツ編集部、1994年、60頁
②筆者フィールドワークにより、足利学校内庫裡の鬼瓦には「学」の旧字体「學」が入っていることが確認でき、足利学校遺蹟図書館にも「学」の異体字を鬼瓦に入れることで、「足利学校」というアイデンティティを示していたのではないかと考えられる。

*15 筆者フィールドワーク(2024年10月12日) 
一般公開は閲覧室のみのため、貴賓室、陳列室は見学をしていない。

*16 建築日誌には、例えば、図書館建築工事設計、仕様書、図面、建築用材、防火戸、ペンキの色、電灯などについて、都度協議が行われたことが記録されている。
市橋一郎他著「史料紹介 足利学校遺蹟図書館建設日誌」、『史跡足利学校「研究紀要」学校』第13号、足利市教育委員会、2015年、185-229頁

*17 絶対城の意匠の建築学的な論考として、以下を参照した。
・小川詩織著『哲学堂内古建築物の建築学的特徴から見える井上円了の思想』、東洋大学理工学部建築学科高岩研究室、2023年度卒業論文、東洋大学井上円了哲学センター蔵
この中で小川は、絶対城の意匠調査を通し、貴重な蔵書を守るための取り組みについて考察している。瓦の三つ巴文や蟇股の水にまつわる彫刻から、厄払いや耐火性が意識されていたこと、当時として新しい耐火材の亜鉛メッキ鋼板などが使用されていたことを明らかにしている。また、基礎の束石による調湿や、大きく設けた開口部による図書館としての快適性についても指摘している。あわせて、園内にある無尽蔵(陳列所として建てられたもの)との比較で、絶対城の鬼瓦の装飾性が少ないことにも言及している。

*18 井上円了の長男、井上玄一は1941年発行の『哲学堂』の註にて、「万象庫(無尽蔵内)には併せて故堂主(井上円了)の遺物を陳列した。なお、村上喜代次氏寄贈の孔子木像もここに置いた。」と書いており、この時点では像が絶対城ではなく、無尽蔵に置かれていたことが確認される。
(東洋大学井上円了記念博物館 北田健二学芸員の解説によるもの。北田学芸員へのインタビューについては註*25に記載した。)
前掲『哲学堂』43頁 2025年1月8日最終閲覧

*19 文京ふるさと歴史館編『平成17年度特別展 近代建築の好奇心 武田五一の軌跡』文京区教育委員会、2005年、32頁

*20 文化財工学研究所編『求道会館修理工事報告書』東京都指定有形文化財求道会館修理委員会、2002年、32頁

*21 
①前掲『平成17年度特別展 近代建築の好奇心 武田五一の軌跡』32頁

②哲学堂の建築について、井上円了は、理想を建築上に現示することについては武田五一氏、大澤三之助氏、古宇田實氏を顧問とし、実際の設計は山尾新三郎氏とすると書いている。
前掲『哲学堂案内』8頁 2024年12月30日最終閲覧

③哲学堂創設より前に、井上円了はアメリカのシアトルで武田五一と会い、同じ船で帰国している。
井上円了著「西航目録」(1904年)『井上円了選集 巻23』東洋大学学術情報リポジトリ
https://toyo.repo.nii.ac.jp/records/4801 233頁 2025年1月3日最終閲覧

*22 川添善行は、形式がつくりだす中心性とは、緩やかな輪郭が重層し、結果としてしだいに中心性をもつ状態だと言う。また、形態がつくり出す中心性のうち、光の操作によるものの例として、ドーム天頂部に天窓を設けたローマのパンテオンを挙げている。
前掲『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』59頁

ここから、絶対城の腰屋根にある天窓もパンテオンの天窓と同じ役割を果たしていると考えられるのではないだろうか。

*23 筆者のフィールドワーク(2024年9月22日他)による観察、および中野区の「七十七場の案内は全てに設置していないことから、解説が不十分であるとの利用者からの意見もある」との報告による。
前掲『名勝哲学堂公園保存活用計画』150頁

*24 前掲『名勝哲学堂公園保存活用計画』168頁

*25 東洋大学井上円了記念博物館 北田健二学芸員へのインタビュー時のコメントによるもの。筆者の当初の訪問目的は、東洋大学で保管されている論文閲覧のためだったが、北田学芸員は快くインタビューにも答えてくださった。
北田学芸員は井上円了研究の専門家でもあり、中野区の名勝哲学堂公園保存活用計画検討委員会の委員も務めている。インタビューでは、哲学堂公園の古建築群の今後について、以下のようにお話しくださった。

ー築100年を越える古建築物を設立当初と同じ目的で活用することは保存の意味から難しい。例えば絶対城に蔵書を置き、図書館として開放するのは、建物の耐久性からいっても困難である。そのため、当時の機能を何らかの形で知ることのできる施設が必要なのではないか。

北田学芸員は、井上円了や哲学堂公園にまつわる幅広い知識と見解の共有のほか、以前の勤務先で研究に関わったという求道会館の紹介もしてくださった。哲学堂公園の絶対城の内部に入ってすぐ、求道会館との関連性を感じたと言う。
なお、インタビューは、2024年11月9日(土) 10:00〜東洋大学井上円了哲学センター内にて実施した。

*26 
①東洋大学入試情報サイトより「歴史的木造建築物の価値を理解する〜建築学科『木造建築設計演習』」 https://www.toyo.ac.jp/nyushi/column/report/20230906_01.html  2024年12月30日最終閲覧

②東洋大学理工学部建築学科高岩裕也准教授へのインタビュー
高岩准教授は、木造建築・構造工学を専門とし、自身の実務や研究に取り組む他、学生たちにも卒業後を見据えたプログラムを用意し、学会等での発表の機会を多く設けている。その一つがこの木造建築設計演習である。
哲学堂公園の古建築群を演習に取り入れた理由と意義について、以下のように答えてくださった。

ー哲学堂公園の古建築群を演習に取り入れたのは、自身の学生時代に四聖堂を改修していた大工さんと出会ったことが一つのきっかけで、そういったさまざまな方との出会いが自身の今のキャリアにもつながっている。また、大学としても学祖である井上円了をアイデンティティとして大切にしている。さらには、観察と分析を通してさまざまなことが見えてくることにも意味がある。そういう点においても、哲学堂公園は私たちにとって生きたテキストである。

高岩准教授には、哲学堂公園での演習についてのみならず、研究室での取り組みや学生のキャリアも見据えたプログラムの実施などについてもお話しいただき、さらには建築の専門家の視点から参考文献も紹介していただいた。
インタビューは、2024年11月16日(土) 9:00~東洋大学川越キャンパス・理工学部建築学科高岩研究室にて行った。


参考文献

1.井上円了・哲学堂公園関連

・井上円了 述『哲学堂案内』哲学堂事務所、1920年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/964813  2024年12月30日最終閲覧
・井上円了著『南船北馬集 第三編』修身教会拡張事務所、1920年
東洋大学学術情報リポジトリ『井上円了選集 巻12』東洋大学創立100周年記念論文集編纂委員会、1997年 https://toyo.repo.nii.ac.jp/records/2966 2024年12月15日最終閲覧 
・中野区『名勝哲学堂公園保存活用計画』中野区区民部文化振興・多文化共生推進課、2023年
・哲学堂公園管理事務所『ガイドマップ 東京都指定名勝 哲学堂公園』日本体育施設、2011年
・井上円了 編『哲学堂図書館図書目録』哲学堂、1916年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/941644  2024年12月15日最終閲覧
・前島康彦著『哲学堂公園』東京都公園協会、1980年
・哲学堂事務所 編『哲学堂』哲学堂事務所、1941年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1141470  2025年1月8日最終閲覧
・小川詩織著『哲学堂内古建築物の建築学的特徴から見える井上円了の思想』、東洋大学理工学部建築学科高岩研究室、2023年度卒業論文、東洋大学井上円了哲学センター蔵
・井上円了著「西航目録」(1904年)『井上円了選集 巻23』東洋大学学術情報リポジトリ
https://toyo.repo.nii.ac.jp/records/4801 2025年1月3日最終閲覧
・東洋大学入試情報サイト「歴史的木造建築物の価値を理解する〜建築学科『木造建築設計演習』」 https://www.toyo.ac.jp/nyushi/column/report/20230906_01.html  2024年12月30日最終閲覧
・三浦節夫著『井上円了ー日本近代の先駆者の生涯と思想』教育評論社、2016年
・中野区教育員会『中野の文化財No.9 東京都中野区立哲学堂公園内古建築物調査報告書』中野区教育委員会 中野区立中野文化センター郷土資料室、1985年
・哲学堂公園管理事務所蔵「東京都指定名勝 哲学堂公園 三学亭・絶対城 修復工事 立面図」

2.足利学校遺蹟図書館関連

・足利市公式ホームページ「第29回足利学校遺蹟図書館」足利市教育委員会事務局 文化課 史跡足利学校事務所 https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/category/000000/p005134.html 
2024年12月29日最終閲覧
・市橋一郎他著「史料紹介 足利学校遺蹟図書館建設日誌」、『史跡足利学校「研究紀要」学校』第13号、足利市教育委員会、2015年
・史跡足利学校事務所編『日本最古の学校 国指定史跡 足利学校』史跡足利学校事務所、2021年

3.求道会館関連

・文京ふるさと歴史館編『平成17年度特別展 近代建築の好奇心 武田五一の軌跡』文京区教育委員会、2005年
・文化財工学研究所編『求道会館修理工事報告書』東京都指定有形文化財求道会館修理委員会、2002年
・求道会館公式ホームページ https://kyudo-kaikan.org/archi.html 2025年1月4日最終閲覧

4.その他

・近藤豊著『古建築の細部意匠』大河出版、1972年
・中村達太郎著、太田博太郎他編『日本建築語彙』中央公論美術出版、2011年
・坪井利弘著『図鑑瓦屋根』,理工学社、1977年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12421700  2024年12月2日最終閲覧
・日本図書館協会図書館雑誌編集委員会 編『図書館雑誌 27号』日本図書館協会、1916年
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/11230054 2024年12月15日最終閲覧
・福田隼登・藤井晴行著「空間体験に基づいた心地よいシークエンスの身体的な図式の表現方法に関する研究」『日本建築学会計画系論文集 第81巻第724号』日本建築学会、2016年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/81/724/81_1281/_article/-char/ja/ 1281-1290頁
2024年11月16日最終閲覧
・樋口忠彦著『景観の構造ーランドスケープとしての日本の空間ー』技報堂、1975年
・川添善行著、早川克美編『芸術教養シリーズ19 私たちのデザイン3 空間にこめられた意思をたどる』藝術学舎、2014年
・紫牟田伸子著、早川克美編『芸術教養シリーズ20私たちのデザイン4 編集学ーつなげる思考・発見の技法』藝術学舎、2014年
・国土地理院ウェブサイト https://mapps.gsi.go.jp/  2025年1月25日最終閲覧
・中野区公式ホームページ「なかのデータマップ」 https://www2.wagmap.jp/nakanodatamap/
2025年1月25日最終閲覧

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