
「古着屋の街」高円寺における価値の再生と循環のデザインについての考察
はじめに
東京都を東西に横断するJR中央線沿線は、アニメや文学、音楽、演劇など独特の文化が発達し中央線サブカルチャーと呼ばれている。また古本店、アンティーク店、古着屋などの中古品専門店が集まっているエリアでもある。今回のレポートでは高円寺駅周辺に店舗を連ねる古着屋を取り上げて、独特な街の形成と古着の蒐集をデザインの観点から現在のファッション産業の問題点と重ねて考察する(図1)。
1 基本的データと歴史的背景
1-1
高円寺駅は東京都杉並区にあるJR中央線の駅である(図2)。東京駅から20分、新宿駅から8分で交通のアクセスもよく駅周辺と幹線道路沿いには商業店舗が多いが住宅街が広がるエリアである。古着店は主に駅から南へ青梅街道に向かうアーケード街「パル商店街」(図3) (図4)を中心に120件以上もの店舗が集積している。
1-2
いかにして中央線沿線で中央線サブカルチャーと呼ばれる独自の文化が形成されたのか。これは戦後の東京の住宅開発がもたらした街づくりが影響している。中央線の前身は甲武鉄道で明治23年に新宿−立川間が開業した。元々は山梨方面から丸太などを運ぶ貨物目的の路線で、その後に国鉄中央線となり高円寺駅は1922年(大正11年)に開業した。高円寺を含む中央線沿線の街が発展するきっかけとなったのが、1923年(大正12年)に起こった関東大震災である。震災によって東京市中が焼失したため、比較的被害の少なく地価の安い東京西部に人口が移動した(註1)。戦後、中央線は都心に向かうベットタウンとして人口が増え街を形成したが、同時に武蔵野の面影を今も残し緑が豊かな環境もある。高円寺の隣駅の阿佐ヶ谷は太宰治、井伏鱒二など作家が住んでいたこともあり文士が集う文士村と呼ばれている。沿線には明治大学、日本大学、早稲田大学など大学が多く若者が集いやすいのも特徴だ。それゆえ中野、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪の駅周辺には独自のセレクトによる個性豊かな店舗が多くある。古本、古着、古道具屋は1960~70年代には安いものを探して買い求めるといった実用需要の店であったが、90年代からは唯一無二のアンティークな掘り出し物を見つけ出す宝さがしのような楽しみの街へと魅力が変わっていった。高円寺の古着店の集積は、1970年代から中古レコード店やライブハウスができ音楽文化が根付き始めたところから始まる。フォークソングやロックのミュージシャンが集うようになり、アメリカミリタリールックや革ジャン、ブーツなどの中古品を扱う店舗が増えた。その後の時代による商品蒐集の変遷は、1980〜90年代にはハードロックミュージシャン系(ヘビーメタルやパンク)90年代〜2000年代に入りヴィンテージ古着ブームもあり、アメリカンカジュアルやヨーロッパ系など女性向けのショップも増えている(註2)。
2 積極的に評価している点
3つのデザインの観点を街全体で共有している点を評価している。
2-1 街の空間デザイン
歴史的背景から、高円寺の古着の街の形成は一過性の古着ブームではなく、秋葉原の電気街、神保町の古書店街、かっぱ橋の調理道具街と同様に古着の専門店街として確立している。
2-2 蒐集(仕入れ)編集のデザイン
高円寺の古着店は価格や蒐集(仕入れ)編集の方法によって4つのカテゴリーに分類できる(図5)。
・ブランド品買い取りリユースショップ
・ヴィンテージショップ
・セレクトショップ
・リユースショップ チェーン店
価格、商品構成のバリエーションにより消費者への訴求力があり、古着の厚い層を形成している。
2-3 時間のデザイン
高円寺にはさまざまな年代によるトレンドで編集されたセレクトショップが多く、現在の流行とは違う時間にアクセスできる(図6)。また、モノの価値が消費や廃棄など時間経過により終わっていくという不可逆性ではなく、リユースという価値と時間の循環が成り立っている。
筆者は30年ほどアパレル業界に携わってきたが、常々問題点が多いと考えていた。衣料品を企画し製造して販売するファッション産業は現在行き詰まりを迎えていることはニュースでもしばしば伝えられている。季節ごとのマーチャンダイジング、余剰生産によるセール販売、物の価値は変わらないのに価格はどんどん下がっていく。また廃棄処分など環境問題にも繋がり時代にそぐわなくなっている。一方同じファッション業界でも古着店はこの問題を解決できる一つだと考えた。古着にも色々な仕分けがあるが独自のセレクトや買手のニーズにより付加価値がついた商品の蒐集など、高円寺の古着店は一つ一つの店舗は小さいが、街として集積することで大きなマーケットになっている(註2)。
3 「古着の街」下北沢との比較
下北沢も古着が有名な街で高円寺から6kmほど離れた地域にある(図1)。高円寺と下北沢の古着店を比較してみると、下北沢は20代の若者が多くファッショントレンドを追いかけた品揃えで価格帯も比較的安価で安定している。また、下北沢駅は小田急線と井の頭線が乗り入れており2019年に地上駅から地下駅化されたことにより周辺が再開発された(図7)。小劇場や飲食店など古着以外の目的で街歩きが楽しめるのが特徴だ。
対して高円寺は年齢層が高くこだわりのある独自のセレクトで流行を追っていないのが特徴で、価格帯は安価なものからハイブランドの古着になると10万円以上のセレクト店もある。また街並みは昭和の雰囲気を残しつつ商店街の店舗の中身が古着屋へと変わり増えている。高円寺は古くからの13の商店街があり、スナックや居酒屋などの飲食店の裏通りには今でも学生向けの木造賃貸アパートや雑居ビルなど、賃料が安く新規参入しやすい物件が数多くあるのも特徴である。店舗のデザインやインテリアにもこだわったセレクトショップもあれば、商店の居抜きの物件をそのまま活用した簡単な店舗まで幅広い(註2)。またチェーン店が定着しにくく独特の雰囲気を醸し出している。このように下北沢と高円寺は棲み分けが出来ていて互いに個性的な街をキープしていると考える。
4 今後の展望について
「ファッションは八百屋と一緒、鮮度がいちばん重要」このようにいわれて筆者は仕事をしてきたが、はたしてそれは正解なのだろうか。現在のファッション産業において指摘される問題点として、ファストファッション(註3)により流行のサイクルが加速、在庫過多による廃棄の環境問題が挙げられる。大量生産によるデザインの画一化で世界のどの都市に行っても同じスタイルが流行する。また統計によると日本における2020年の衣料品の年間の新規供給量は81.9万トンに対し廃棄量は51.2万トン(註4)で、数字だけ見てもどれほどムダがあり地球の環境に負荷をかけているかわかる。これにより現在注目されているのはサスティナブル(持続可能性)を掲げたSDGs(註5)という環境問題をふまえた社会の潮流である。SDGsでは17の目標が掲げられ、その中に「つくる責任つかう責任」(持続可能性な消費と生産のパターンを確保する)という生産の循環が求められる項目がある(註6)。高円寺古着街はこの循環ができる街だと考える。アパレルの生産販売の流れは(図8)のとおりである。これを短サイクルの企画で店頭へ並べる。設定した正規の価格で7割売れれば利益が出るが、売れ残れば価格を下げて販売する。それでも売れなければ処分という流れでモノの価値は生産者が決定している(註6)。しかし高円寺の古着店の編集を見るとモノの価値を決めるのは消費者である。これは絵画などアート作品が画廊によって蒐集され、買い手によって価値が決まっていくのと近い。ただ単にモノを物理的に動かすリサイクルということだけでなく、モノの寿命を伸ばし、ビンテージ品は値段が上がっていくという価値の循環があるのだ。また地域活動「グリーンバード高円寺」(註7)では古着からブックカバーをリメイクし新たな価値を創造するワークショップを行なっている。このように高円寺では古着そのものの循環は出来ているが、さらに一歩踏み込んで繊維素材を再生利用した環境負荷軽減のモノづくりへの取り組みも期待する。
5 まとめ
高円寺の古着街の特徴を通して、モノの価値の再生と循環のデザインが見えてきた。古着店の集積により新商品をシーズンごとに生産販売する既存のファッションビジネスではなく、流行を追わず「競争」ではなく「共存」する街が形成されていること。その中から新たな価値観を見出す循環が成立していること。古着や中古品を求める購買マインドは、個人間で売買するフリマサイト(註8)の発達により敷居が低くなった。またSDGsの関心により、モノを大切にしようとする意識も高くなっている。しかし高円寺の古着店の魅力は、押し付けられたSDGsではなく無意識のうちに環境問題に関わっている自然体な街であるというところにある。このように古着街を通して社会の問題提起を緩やかに受け止める役割を担っていくことで、中央線サブカルチャーのさらなる進化と可能性の広がりが見えてくる。
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(図1)高円寺イメージMAP 図表:筆者作成 写真:筆者撮影(2025年1月25日)
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(図2)Appleマップ JR東日本中央線路線図(2025年1月24日閲覧)図表:筆者作成
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(図3)高円寺南エリア
高円寺百貨店MAP(2025年1月24日閲覧)
https://koenji-depart.com/wp/wp-content/uploads/2023/07/koenji-depart-map.pdf -
(図4)高円寺北エリア
高円寺百貨店MAP(2025年1月24日閲覧)
https://koenji-depart.com/wp/wp-content/uploads/2023/07/koenji-depart-map.pdf -
(図5)蒐集(仕入れ)編集デザインによる4つのカテゴリー 図表:筆者作成 写真:筆者撮影(2024年11月26日)
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(図6)年代トレンド別分類 図表:筆者作成写真:筆者撮影(2025年1月24日)
(非公開) -
(図7)下北沢イメージMAP 写真:筆者撮影(2024年12月27日)
I LOVE下北沢(2025年1月24日閲覧)
https://love-shimokitazawa.jp/archives/58621 -
(図8)アパレル生産の流れ→高円寺の価値と時間の循環 図表:筆者作成
参考文献
註:
(註1)三好好三 編『中央線 街と駅の120年』JTBパブリッシング、2009年、p54。
(註2)拙稿 村岡美和「芸術教養演習2」レポートタイトル 「古着屋の街高円寺」の街の個性とはなにか、中央線サブカルチャーの中で考察する、2024年度秋期。
(註3)ファストファッション(fast fashion)
最新の流行を取り入れながら低価格に抑えた衣料品を短いサイクルで世界的に大量生産・販売するH&MやZARAなどに代表されるファッションブランドやその業態。
(註4)株式会社日本総合研究所 リサーチコンサルティング部門 事業開発・技術デザイン戦略グループ
環境省 令和2年度 ファッションと環境に関する調査業務「ファッションと環境」調査結果アジェンダ
https://www.env.go.jp/policy/pdf/st_fashion_and_environment_r2gaiyo.pdf
(2025年1月24日閲覧)
(註5)SDGsとは、すべての人々にとってよりよい、より持続可能な未来を築くため17の開発目標を掲げ、貧困や不平等、気候変動、環境劣化、繁栄、平和と公正など、直面するグローバルな諸課題の解決を目指す。2015年に国連総会で採択され、2030年までに各目標・ターゲットを達成することを目指している。17の目標の下に169の達成基準と232の指標が決められている。
SDGs(エス・ディ・ジーズ)とは?
国際連合広報センター
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/31737/
(2025年1月27日閲覧)
(註6)拙稿 村岡美和「芸術史講義(近現代)2」レポートタイトル 近現代のファッションの歴史的意義と芸術との関連について、2024年夏期。
(註7)グリーンバード高円寺https://mygroove.city/organizations/11/projects/24/recruitments/28
(2025年1月27日閲覧)
(註8)フリーマーケットサイト
メルカリやラクマに代表されるインターネットを仲介して個人間で私物を売り買いできるサービス。
図:
(図1)高円寺イメージMAP 図表:筆者作成 写真:筆者撮影(2025年1月25日)
(図2)Appleマップ JR東日本中央線路線図(2025年1月24日閲覧)図表:筆者作成
(図3)高円寺南エリア
高円寺百貨店MAP(2025年1月24日閲覧)
https://koenji-depart.com/wp/wp-content/uploads/2023/07/koenji-depart-map.pdf
(図4)高円寺北エリア
高円寺百貨店MAP(2025年1月24日閲覧)
https://koenji-depart.com/wp/wp-content/uploads/2023/07/koenji-depart-map.pdf
(図5)蒐集(仕入れ)編集デザインによる4つのカテゴリー 図表:筆者作成 写真:筆者撮影(2024年11月26日)
(図6)年代トレンド別分類 図表:筆者作成写真:筆者撮影(2025年1月24日)
(図7)下北沢イメージMAP 写真:筆者撮影(2024年12月27日)
I LOVE下北沢(2025年1月24日閲覧)
https://love-shimokitazawa.jp/archives/58621
(図8)アパレル生産の流れ→高円寺の価値と時間の循環 図表:筆者作成
参考文献:
三好好三 編『中央線 街と駅の120年』JTBパブリッシング、2009年。
株式会社G.B.(瀬戸環、坂本夏子、阿部英恵)『中央線 カルチャー魔境の歩き方』メディアファクトリー、2004年。
陣内秀信 三浦展 編『中央線がなかったら 見えてくる東京の古層』NTT出版、2012年。
三浦展 編『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』王国社、2010年。
日置久子『女性の服飾文化史』西村書店、2006年。アニュス・ロカモラ&アケネ・スメリク編 蔵田裕史 監訳『ファッションと哲学』フィルムアート社、2019年。
高円寺百貨店
https://koenji-depart.com/tag/vintage-clothing/ (2025年1月24日閲覧)
高円寺観光案内
https://koenjichara.com (2025年1月24日閲覧)
環境省_サステナブルファッション
https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/
https://www.youtube.com/watch?v=7mSysYWDiq8 (2025年1月24日閲覧)
ファッション通信 @fashiontsushinCH
「サステナブルファッションは本当に持続可能なのか?」
https://www.youtube.com/watch?v=mQ_Ky9O_zPI (2025年1月24日閲覧)
DIAMOND online 「Z世代を中心に巻き起こる第二次古着ブーム」
https://diamond.jp/articles/-/342432(2025年1月24日閲覧)
tfac東京復職専門学校「日本の古着業界の現状と今後」
https://www.tfac.ac.jp/y231111/(2025年1月24日閲覧)
高円寺百貨店MAP
https://koenji-depart.com/wp/wp-content/uploads/2023/07/koenji-depart-map.pdf (2025年1月24日閲覧)
株式会社日本総合研究所 リサーチコンサルティング部門 事業開発・技術デザイン戦略グループ
環境省 令和2年度 ファッションと環境に関する調査業務「ファッションと環境」調査結果アジェンダ
https://www.env.go.jp/policy/pdf/st_fashion_and_environment_r2gaiyo.pdf (2025年1月24日閲覧)