群馬県藤岡市の各地で受け継がれる道祖神祭りについて:柔軟で多様な開催・継承のあり方

石井 雪乃

1 はじめに
群馬県藤岡市の各地に伝わる年中行事「道祖神祭り」とその継承を考える。「道祖神(ドーソジン)」の名で定着している年中行事だが、他の道祖神信仰と区別するため「道祖神祭り」と表記する。
はじめに行事の概要や先行文献について触れ、聞取調査や実地調査の結果をもとに歴史や開催状況をまとめた後、他地域と比較しながら本行事の特筆すべき点や継承について考える。

2 道祖神祭りとは・先行文献
藤岡市では、道祖神祭りは年末から年始にかけての一連の行事から成る。年末には、小学生から中学生までの子どもが集まり、地域の家々を周って行事に必要な費用を集金する。翌1月中旬に「どんど焼き(ドンドヤキ)」と呼ばれるお焚き上げを行う。どんど焼きでは、竹を櫓のように組んで縄で張ったものに、各家から持ち寄っただるまやお守りをくべて、子ども達が火を放つ。燃えた後の灰で餅や餅で作った飾りを焼き、無病息災を願いながら皆で食べるのが慣わしである。
道祖神祭りは、国内で広く受け継がれている。國學院大學文学部、国立歴史民俗博物館共同研究員の倉石忠彦によると、道祖神祭りを含む道祖神の民間伝承は、時代ごとにその機能を変え、多様な役割・実践とともに継承されてきたという(1)。この柔軟な有り様は、群馬県藤岡市における道祖神祭りの継承にも当てはまると考える。その柔軟性や、特筆できる点についてみていきたい。

3 群馬県藤岡市の道祖神祭り
現在の藤岡市下郷地域で生まれ育った1929年生まれの男性・Sさんに、1943年の道祖神祭りの様子を聴取した。
当時は、年始の行事が2日間かけて行われた。1月14日に子ども達は年番(地区のリーダー)の家に集まり、みかんや駄菓子を食べながら泊まりがけで遊んだ。赤と白に着色し、小さく丸めた餅を欅の木に付ける「繭玉(マユダマ)」飾り【写1】も作られた。翌朝早く、皆で集まってどんど焼きを行い、餅や繭玉を焼いて食した。
下郷地域では、道祖神祭りは2020年を最後に行われていない。感染症流行による数年に渡る中断と、その間の宅地開発でどんど焼きの開催地がなくなったことが原因である。加えて、2020年までの間に行事に様々な変化があった。また他地域では、2024年にもそれぞれに特徴のある道祖神祭りが開催された。地域、時代ごとの行事の様子は【表1】のとおりである。以下に、藤岡市下戸塚地区、立石地区、美土里地区の道祖神祭りの特徴をまとめたい。
下戸塚地区【写2】では、どんど焼きに近隣学校の部活動や市長らを招待したほか、行事の案内を地域の各所に掲示した結果、地域を超えてたくさんの人々が集まった。本行事を取り仕切るのは、約30名から成る下戸塚どんど焼き実行委員会である。実行委員会の会長によると、何年も務めているメンバーが多いため、経験が蓄積されやすく、継続して大きな規模で開催できるという。他地域の人も、気軽にうちの道祖神祭りに出かけてほしい、と語っていた。
立石地区【写3】では、地域の神社の境内にて行われた。朝早くに大人たちだけで集まり、神職によるお祓いや祈祷を受けた後、子ども達が集まると共に櫓に火をつける。子ども達に繭玉のほかにマシュマロを配って一緒に焼いて楽しんでいた。アルミホイルに包んで焼いた焼き芋も好評だった。
美土里地区【写4】の行事の責任者である区長に事前に話を聞いたところ、区長は1年交代制で、初めて担うため例年どおりに実行できない部分が多く、配布のない簡素な行事となるとのことだった。しかし当日会場では、地域の人々がみかんなどを持ち寄り、繭玉とともに炎の後に賑やかに楽しんでいた。
これらの地域では、行事の費用は町内会費から工面され、1月第2週末に半日程度で開催された。マシュマロや焼き芋のように新たに行事に加わった楽しみもあれば、繭玉のように1943年から変わらず受け継がれているものもある。

4 変化の背景
聞取調査と実地調査から、道祖神祭りが、時代に合わせてその形態や楽しみ方を変化させながら継承されてきたことがわかる。
地方社会は今、土地開発による自然の減少と、農業従事者の減少を伴う都市化に直面していると指摘される(2)。藤岡市内においても、宅地が増加する一方、田畑などは減少している【表2】。また、農家が減り、働き方や生活様式が多様化している【表3】。藤岡市の人口は、総数、子どもの数とも減少している。一方で世帯数は増加しており、人口減少・少子高齢化・核家族化が同時に進行している【表4】。
以上から、道祖神祭りは、①会場や資材の調達のための土地の減少、②生活様式の多様化、③人口減少・少子高齢化・核家族化の3つの変化に直面してきたといえる。では、これらの変化に対して、どのように対応してきたのだろうか。
②生活様式の多様化を受け、開催日数の縮小と内容の簡略化が行われた。また、③核家族化の進行に伴い家の規模が縮小したことから、子ども達は年番の家には集まらずに、どんど焼きの会場で屋外の遊びを楽しむようになった。従来のあり方に固執せず柔軟に変化することで、その時代に合わせた形で継承を続けているといえる。一方で、①土地の減少を受け、行事を実施していない地域がある。③人口減少・少子高齢化による担い手不足は、今後も避けられない(3)。一部の変化に柔軟に対応しつつも、継承へ向けて未だ課題が残っている状況にあるといえる。

5 他地域との比較・特筆すべき点
藤岡市同様、人口減少・少子高齢化に直面する長野県野沢温泉村(4)では、国の重要無形民俗文化財「野沢温泉の道祖神祭り」が受け継がれている(5)。
野沢温泉の道祖神祭り(6)は、歴史ある村落自治組織を前身とする地縁法人団体「野沢組」の指揮のもと、毎年100人以上が協力し準備・実行している。人口減少や生活様式の多様化による人手不足に、複数地区での合同開催により対応することで、伝統的なしきたりや技術をそのままの形で保存していくことを重視している。(7)
野沢温泉と藤岡市を比較すると、同じ社会的変化に晒されながらも、対応の方法に大きな違いがあるといえる。野沢温泉では、伝統のかたちを維持するために、複数の地域がひとつとなって継承されてきた。一方藤岡市では、それぞれの道祖神祭りが、ある程度の共通性をもちながらも、それぞれの地域に根ざして行事自体を変化させながら独自の継承を遂げている点が特筆している。

6 道祖神祭りの継承
以上から、藤岡市の道祖神祭りの特徴は、時代の変化に合わせて柔軟に変化している点、地域ごとに独立して継承されている点であるといえる。では、この特徴を維持しながら継承する方法を考えたい。
土地や担い手の減少に対しては、野沢温泉に倣って近隣の地域と協力し、共同で道祖神祭りを開催することが有効であると考える。下戸塚地区や野沢温泉のように、道祖神祭り専用の組織を各地域で立ち上げることができれば、継承のための安定した基盤を築くことができるといえるだろう。道祖神祭りがもつ柔軟性に更に磨きをかけ、それぞれの地域の特徴を尊重しながら、地区を超えて連携していくのである。
同時に、地域ごとの道祖神祭りの様子や、独自に築いてきた文化、継承の様子を、適切に保存することも大切である。これまでも市や地区単位での地方史が発行されているが(8)、より詳細に内容を更新し続ける必要がある。加えて、インターネット上での記録も有効であると考える。ブログなどの機能を活用すれば、開催に向けた準備や当日の様子を、写真も添えて簡単に時系列順に記録することができる(9)。

7 おわりに
柔軟性と多様性の特徴をもつ本行事のあり様と、その継承について考えてきた。柔軟さに更に磨きをかけて、地域を超えた繋がりを持たせ、互いの地域の特徴を尊重しながら協力するとともに、地域ごとの特徴や変遷を具に記録に残すことが、行事継承の要である。
そして、地域間での協力という新たな変化が生まれる土台は、藤岡市に既に形成されつつある。下戸塚地区では、他地域の住民の参加も歓迎していた。これに加え、開催へ向けた準備の段階から、地域間での対等な協力関係が結ばれるようになれば、地域同士で協力して継承する新たな道祖神祭りが完成する。
それぞれの地域の特徴を大切にしながら協力し合い、柔軟に受け継いでいくことで、行事と、それによって生まれる地域・伝統・人々との繋がりや誇りを、これからも継承し続けることができるだろう。

  • 81191_011_32085022_1_1_【写真1】繭玉(焼く前) 【写真1】繭玉飾り
    (2024年1月13日、下戸塚地区の道祖神祭りにて、筆者撮影)
  • 81191_011_32085022_1_2_【写真2】藤岡市下戸塚地区の道祖神祭り 【写真2】藤岡市下戸塚地区の道祖神祭り
    (2024年1月13日、筆者撮影)
  • 81191_011_32085022_1_3_【写真3】藤岡市立石地区の道祖神祭り 【写真3】藤岡市立石地区の道祖神祭り
    (2024年1月14日、筆者撮影)
  • 81191_011_32085022_1_4_【写真4】藤岡市美土里地区の道祖神祭り 【写真4】藤岡市美土里地区の道祖神祭り
    (2024年1月14日、筆者撮影)
  • 81191_011_32085022_1_5_【表1】藤岡市の各地における道祖神祭りの開催状況 【表1】藤岡市の各地における道祖神祭りの開催状況(取材をもとに筆者作成)
    取材の詳細は取材欄参照。
  • 81191_011_32085022_1_6_【表2】?会場や資材の調達のための土地の減少 の現状 【表2】①会場や資材の調達のための土地の減少 の現状(下記資料より筆者作成)
    藤岡市役所総務部総務課総務係『藤岡市統計書 令和5年版』2023年、https://www.city.fujioka.gunma.jp/material/files/group/7/R5fujiokashitoukeisyo.pdf、P13,39、2024年7月23日閲覧。
  • 81191_011_32085022_1_7_【表3】?生活様式の多様化 の現状 【表3】②生活様式の多様化 の現状(下記資料より筆者作成)
    藤岡市役所総務部総務課総務係『藤岡市統計書 令和5年版』2023年、https://www.city.fujioka.gunma.jp/material/files/group/7/R5fujiokashitoukeisyo.pdf、P24,26,36、2024年7月23日閲覧。
  • 81191_011_32085022_1_8_【表4】?人口減少・少子高齢化・核家族化 の現状 【表4】③人口減少・少子高齢化・核家族化 の現状(下記資料より筆者作成)
    藤岡市役所総務部総務課総務係『藤岡市統計書 令和5年版』2023年、https://www.city.fujioka.gunma.jp/material/files/group/7/R5fujiokashitoukeisyo.pdf、P23,27,29、2024年7月23日閲覧。

参考文献


(1)倉石忠彦「都市と道祖神信仰」、『国立歴史民俗博物館研究報告』第103集、国立歴史民俗博物館、2003年、237-262頁。
(2)鈴木通大「都市近郊農村における地域社会の変化について」、『国立歴史民俗博物館研究報告』第207集、国立歴史民俗博物館、2018年、391-407頁。
(3)藤岡市は、2020年に策定した総合計画『第2期藤岡市まち・ひと・しごと創生総合戦略』にて、人口の減少と高齢化率の増加が今後も継続すると見込んでいる(https://www.city.fujioka.gunma.jp/soshiki/kikakubu/kikaku/2/2047.html、2024年7月23日閲覧)。
(4)野沢温泉村役場総務課企画財政係『野沢温泉村過疎地域持続的発展計画(令和3年度~令和7年度)』2021年(2023年変更)、https://www.vill.nozawaonsen.nagano.jp/www/contents/1050000000264/files/kasokeikaku5-9.pdf、P4、2024年7月23日閲覧。
(5)文化庁文化遺産オンライン「野沢温泉の道祖神祭り」https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/199746、2024年7月23日閲覧。
(6)地縁団体野沢組ホームページ https://nozawakai.or.jp/、2024年7月23日閲覧。
(7)坂口香代子「野沢温泉の道祖神祭り:伝統ある火祭りを支える現代版「三夜講」」、『中部圈研究:調查季報』169号、中部産業・地域活性化センター、2009年、33-48頁。
(8)参考文献欄参照。
(9)インターネットを用いた行事の記録の好例として、かみつけの里博物館(群馬県高崎市)を拠点に活動する「王の儀式再現の会」のブログが挙げられる。写真付きで、活動予定の共有や活動報告を行なっている(http://ounogisiki.blog.fc2.com/、2024年7月23日閲覧)。

参考文献
岡之郷・郷土誌編集委員会編『藤岡市岡之郷・郷土誌』岡之郷・郷土誌編集企画委員会、1996年。
藤岡市史編さん委員会編『藤岡市史 民俗編 上巻』藤岡市、1991年。
多野郡教育会編『群馬県多野郡誌』多野郡教育会、1994年。

取材
S氏(95歳・男性):群馬県藤岡市のご本人宅にて、2023年2月23日9:30~11:30、2023年10月28日10:00~11:20、2024年1月14日14:00〜15:00、2024年5月18日11:00〜12:00聴取。
藤岡市美土里地区区長(70代・男性):電話にて、2024年1月12日12:15〜13:00。
藤岡市下戸塚地区道祖神祭り:2024年1月13日9:30〜11:00。
藤岡市立石地区道祖神祭り:2024年1月14日6:30〜8:30。
藤岡市美土里地区道祖神祭り:2024年1月14日9:00〜11:30。

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