和歌山県の森と人をつなぐ取り組み―株式会社ソマノベースによる「戻り苗」という新たなプロダクト―

漁﨑 由華

はじめに
和歌山県は年間を通じて温暖な気候であり、県内の3分の2の地域が年間2000mm以上の多雨地域である。また、和歌山県の総面積の約77%は森林であり、土砂災害が発生しやすい環境にある。2011年9月の「紀伊半島大水害」では、大規模な土砂災害(深層崩壊)(資料1)に見舞われた。
森林の機能には、水質保全、酸素生成、地球温暖化防止、生物多様性の保護、林産物の供給、心身の保養などの働きがある。また、森林には土砂の流出や崩壊を防ぐ機能がある。しかし、現在日本では外材輸入などの影響で、経営コストが上昇し主伐後の土地に再造林が進まないという問題が増えている。そのため土砂災害のリスクを抱えている区域が多い。
現在の林業では深層崩壊は防ぐことはできないが、和歌山県の森林の機能の維持や、表層崩壊(資料1)による災害を防止するために、株式会社ソマノベース(以下ソマノベース)が開発した「MODRINAE(戻り苗)」(以下戻り苗)の評価と今後の可能性を考察する。

1.基本データと歴史的背景

(1)戻り苗について
戻り苗は、誰もが森づくりに参加できる新しい形の観葉植物である。(資料2)それは、どんぐりから苗木を育てるセット[1](資料3)となっており、約2年間育てソマノベースに返送すると、森林保全・土砂災害防止(以下防災)のために、和歌山県田辺市の山に植林される。(資料4)戻り苗は、どこにいても「山づくり」、「森づくり」に参加できる体験型プロダクトとして、ソマノベースの社員である西来路亮太氏の発案で開発された。
このどんぐりは、育つとウバメガシ(紀州備長炭の原木)になる。ウバメガシが選ばれた理由は、田辺市の環境に合うことや、ウバメガシの苗木不足、育てやすさなどからである。[2]
戻り苗の木鉢は、田辺市産の檜が使われている。檜が選ばれたのは、田辺市の産業に貢献するためであるが、林業は杉だけではないことを伝える目的もある。[3]木鉢のデザインは、山の中にある木が、下から上に伸びていく姿がイメージされている。[4]
戻り苗を育てた後、それを自分で植えたい場合は、植林ツアーに参加することもできる。
2021年11月からオンラインストアなどで販売され、2024年7月時点で、法人のみで2,000本以上、個人も合わせると2,500本以上の苗木が育てられている。

(2)「ソマノベース」の基本データ
①会社概要
・社名:株式会社ソマノベース
・代表取締役:奥川 季花(ときか)
・所在地:和歌山県西牟婁郡田辺市新屋敷町80-6東海ビル 2階
・事業内容:森林・林業に関わるサービスや企画の提供 等
・事業コンセプト:「土砂災害による人的被害をゼロにする」というビジョンを掲げ、林業を通して土砂災害の低い山林を増やす。

②設立の背景
奥川氏は、和歌山県那智勝浦町の出身で、2011年9月に発生した紀伊半島豪雨で自らが被災し、甚大な被害を目の当たりにしたことがきっかけとなり、防災と林業をテーマに起業したいと思うようになった。[5]大学卒業後、防災NPO、造林会社などで勤務した後、2021年にソマノベースを設立させた。林業界や森林との関係人口を増やすためのイベント企画や商品の開発、小学生向けの森林教育、どこでも植林に貢献ができるサービスである戻り苗の企画・販売など事業は多岐に渡り、土砂災害を起こさないための森づくりに取り組んでいる。

2.戻り苗の評価
①森林保全・防災への取り組みやすさ
ソマノベースの独自の調査で、環境保全に取り組みたいが、林業との物理的な距離がある、また本質的な取り組みの相談先が分からないなど、企業が満足いく活動が出来ていないという実態が分かってきた。西来路氏は、この課題を解決するためには、気軽にどこでも誰でも取り組みやすいもので、楽しんでできるものが必要であると考え、戻り苗を発案した。[6]その発案を元にソマノベースは、家庭やオフィスで育てられるよう「鉢、土、どんぐり、栄養剤」をセットで販売するようにした。これは、植物を育てたことがない人でも取り組みやすく、どこでも、誰でも森林保全・防災に繋がり貢献できるという点が優れている。

②森と人が循環する持続可能な関係性
現在、北海道から鹿児島まで、企業のオフィスや家庭などさまざまな場所で戻り苗が育てられている。(資料5)戻り苗が植林できる大きさ(15㎝~30㎝)まで育つと、皆伐された田辺市の山へ植林される。その1本1本が、二酸化炭素の削減や生物多様性の保護につながり、山の表層崩壊を防ぐための木へと育っていく。戻り苗を育てたユーザーは、同じ田辺市の山で育った木でつくられた商品を購入できる。戻り苗は、多くの人と森を繋ぎ、人と森を守る循環(資料6)を生み出すプロダクトとなっている。

③コミュニケーションを生み出す
戻り苗を取り入れた企業は、皆で森林保全・防災への思いを共有し、同じ目標をもって育てていく。苗を一人一本育てている会社では、互いの苗の発育状況を比較し合ったり、苗の世話をしたりする中で社員同士のコミュニケーションが生まれ、和やかな雰囲気となる。企業への来訪者からも「こんなことやってるんですね。」という声があるなど、コミュニケーションが広がる。[7]戻り苗はまた、皆が同じ未来を語り合うことができるため、多くの人たちが通じ合うコミュニケーションツールとなり得るのである。

3.他の事例との比較による特筆点
苗木生産の担い手について、株式会社迫田興産(以下迫田興産)(鹿児島県)の造林事業を取り上げ、戻り苗と比較する。
迫田興産では、林業の人材不足や再造林には多額の費用が必要になることから、苗木生産、再造林、間伐、主伐を自社で行うことにより、再造林費用を抑制し、再造林を推進することに取り組んでいる。[8]
①共通点
迫田興産もソマノベースも、地域の森林環境を守るという目的は同じである。また、林業を営むということは、土砂崩れ防止の役割もあることから、その点でも目的は両者ともに同じと言える。
①相違点・特筆点
迫田興産では、苗木生産、再造林、間伐、主伐をすべて自社で行っているが、戻り苗は苗木生産を専門業者ではなく、一般の人々に行ってもらうのである。戻り苗は、観葉植物として機能するので、人々の生活の中の楽しみの一つとなり、森林の専門業者ではない人々の視点を未来の森づくりに向けさせてくれる。また、だれでもどこでも育てることが出来るので森林保全・防災への関係人口が全国に増えていくのである。これが相違点であり、特筆すべき点である。
また、戻り苗を提供・植林後の山を管理するソマノベース、戻り苗を育てる全国各地にいる人々は、戻り苗によって森づくりという同じビジョンを持ち、それぞれの場所にいながら一体感を得られるということも特筆すべき点である。

4.今後の展望
戻り苗の取り組みによって森林保全・防災の関係人口が全国にさらに増えていくと、今日の林業の課題である主伐後の土地に再造林が進まないことや、林業の人材不足などの課題[9]を解決していく力となり、森と人の循環がさらに進んでいくのではないかと考える。
また、日本は森林が国土の66%であり、急峻な山地が多く世界有数の多雨地域である。2024年3月の国土交通省の調査では、全国で土砂災害警戒区域に指定されている区域は約69万箇所に及んでいる。このため、戻り苗の取り組みがさらに全国に広がり、土砂災害の防止が進んでいくことを期待する。

5.まとめ
早川克美氏によると、優れたデザインの共通点は、「問いの立て方=目的」が明確であるということである。いつ(when)、どこで(where)、誰が(who)、何を(what)、どうやって(how)、そしてはっきりとした目的(why)を持っている。特に目的は重要で、それが果たされることで新たな価値づけや新たな意味の生成がなされるという。[10]戻り苗は、まさにこの優れたデザインに該当する。いつでも、どこでも、誰でも、苗を楽しみながら育てると、森林保全・防災に貢献できる。また、戻り苗によって森づくりが進んでいくことで、観葉植物に新たな価値を生み出している。
自らが被災した奥川氏の、人々の命を守りたいという思いが原点となり、人と森の循環がデザインされたソマノベースによる戻り苗は、未来の私たちの森づくりにとって重要な文化資産であると考える。

  • 81191_011_31786094_1_1_(資料1)表層崩壊と深層崩壊_page-0001 (資料1)深層崩壊と表層崩壊
  • 81191_011_31786094_1_2_(資料2)戻り苗_page-0001 (資料2)「MODRINAE」(戻り苗)
  • 81191_011_31786094_1_3_(資料3)戻り苗の内容物_page-0001 (資料3)戻り苗の内容物
  • 81191_011_31786094_1_4_(資料4)植林の様子_page-0001 (資料4)田辺市龍神村の山で戻り苗を植林する様子
  • 81191_011_31786094_1_5_(資料5)串本駅戻り苗様子_page-0001 (資料5)JR串本駅に戻り苗が置かれている様子
  • EFBC88E8B387E696995-E291A2EFBC89E3818DE381AEE3818FE381AB_page-0001 (資料5-③)きのくに信用金庫が戻り苗を植樹した様子
  • EFBC88E8B387E696996EFBC89E6A3AEE381A8E4BABAE381AEE5BEAAE792B0_page-0001 (資料6)森と人の循環

参考文献



[1]戻り苗に入っているのは、どんぐり、木鉢、コンテナ、土、栄養剤などであるが、どれも、家庭やオフィス、教育現場などの室内で元気に育つよう、樹木医のアドバイスを受けて選定されている。
PR TIMES プレスリリース・ニュースリリース配信サービスのPR TIMES『株式会社ソマノベース 誰もが山づくりに参加できる社会へ。新しいカタチの観葉植物「戻り苗」販売開始』 2022年1月2日https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000092635.html(2024年7月6日閲覧)

[2]株式会社ソマノベース白水健太氏メール取材にて(2024年7月25日)

[3]株式会社ソマノベース白水健太氏メール取材にて(2024年7月25日)

[4]株式会社ソマノベース白水健太氏メール取材にて(2024年7月25日)

[5]地域の大好き、発見メディア。ロコラバ 地域防災『「土砂災害ゼロ」を目指す林業ベンチャー「ソマノベース」。27歳の起業家が取り組む「戻り苗」とは2023年5月17日 筆者池田アユリ』https://musicbird.jp/cfm/biz/loco-lovers/somanobase/(2024年6月28閲覧)

[6]PR TIMES プレスリリース・ニュースリリース配信サービスのPR TIMES 「林業界から防災を目指すソマノベース、企業と共に山林を活用する事業を開始」 本事業の背景
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000092635.html(2024年7月21日閲覧)
この他、株式会社ソマノベース白水健太氏メール取材にて(2024年7月25日)

[7]note「“モノ”をつくる前に“人”をつくる」を大事に。~戻り苗導入事例~
https://note.com/modrinae/n/n9c9360f646ca(2024年7月24日閲覧)

[8]林野庁HP 森林づくりの新たな技術―造林関係(植栽)―4.低コスト「造林革新的造林モデル事例集」P63 https://www.rinya.maff.go.jp/j/kanbatu/houkokusho/attach/pdf/syokusai-14.pdf(2024年7月22日閲覧)

[9]木材価格の低迷などで主伐はするが再造林が進んでいない。林業従事者数は長期的に減少し続けている。
林野庁HP「林野庁の再造林の促進施策について 林野庁整備課造林間伐対策室 佐久間 令和5年9月21日(木)」https://www.rinya.maff.go.jp/kinki/sidou/gijyutukaihatu/attach/pdf/230921-1.pdf
(2024年7月27日閲覧)

[10]早川克美著 芸術教養シリーズ17『デザインへのまなざし」-豊かに生きるための思考術』、藝術学舎、2022年、P23


参考文献等

・下村泰史著『はじめての生態学 森を入り口に』、藝術学舎、2019年

・林野庁『令和5年版 森林・林業白書』、一般社団法人 全国林業改良普及協会、2023年

・鈴木春彦著『地域森林とフォレスター 市町村から日本の森をつくる』、築地書館株式会社、2023年

・木部陽子著『地域文化の可能性』、勉誠出版、2022年

・早川克美著『私たちのデザイン1 デザインへのまなざし―豊かに生きるための思考術』、藝術学舎、2022年(初版2014年)

・公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)編『プロダクトデザイン 商品開発のための必須知識105』、株式会社ビー・エヌ・エヌ、2023年(初版2021年)

・筧 裕介著『実践 地方創生×SDGs 持続可能な地域のつくり方 未来を育む「人と経済の生態系」のデザイン』、英治出版、2022年(初版2019年)

・和歌山県教育委員会編『ふるさと教育副読本わかやま何でも帳』、株式会社リビング新聞社、2022年

・株式会社ソマノベースHP https://somanobase.com/mfb(2024年6月28日閲覧)

・株式会社ソマノベースHP「おしらせ」【「企業の森」× 戻り苗 】「きのくに信用金庫の森」に戻り苗を植樹していただきました https://somanobase.com/archives/1447(2024年7月8日閲覧)

・株式会社ソマノベース 白水健太氏 メール取材(2024年7月25日)

・地域の大好き、発見メディア。ロコラバ 地域防災『「土砂災害ゼロ」を目指す林業ベンチャー「ソマノベース」。27歳の起業家が取り組む「戻り苗」とは 2023年5月17日 筆者池田アユリ』https://musicbird.jp/cfm/biz/loco-lovers/somanobase/(2024年6月28閲覧)

・PR TIMES プレスリリース・ニュースリリース配信サービスのPR TIMES『株式会社ソマノベース 森林保全に直接貢献できる観葉植物「MODRINAE-戻り苗-」。昨年度に続き、販売が決定。どんぐりから植林の苗木を育てるプロダクト。』
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000092635.html(2024年7月3日閲覧)

・PR TIMES プレスリリース・ニュースリリース配信サービスのPR TIMES 「株式会社ソマノベース林業界から防災を目指すソマノベース、企業と共に山林を活用する事業を開始」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000092635.html(2024年7月10日閲覧)

・PR TIMES プレスリリース・ニュースリリース配信サービスのPR TIMES 『株式会社ソマノベース 誰もが山づくりに参加できる社会へ。新しいカタチの観葉植物「戻り苗」販売開始。』https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000092635.html(2024年7月6日閲覧)

・農林水産.com 「育てた苗木を、森へかえす。新しい観葉植物「戻り苗」がウッドデザイン賞2022を受賞しました」https://nourinsuisan.com/21234/(2024年7月10日閲覧)

・日本経済新聞 『JR西日本、和歌山の特急停車駅に「戻り苗」植林を推進2024年3月25日』
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF255AN0V20C24A3000000/(2024年7月20日閲覧)

・和歌山県HP「平成23年紀伊半島大水害の概要」
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/080604/2011disaster/2011disaster.html
(2024年7月7日閲覧)

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・和歌山県HP「森林・林業および山村の状況」
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/070600/gaikyou/index_d/fil/gaikyo_r6.pdf(2024年7月20日閲覧)

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https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/070600/tei_cost/index.html(2024年7月28日閲覧)

・和歌山県HP和歌山県「企業の森」https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/070700/kig_mori/kig_mori.html(2024年7月29日閲覧)

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・note「“モノ”をつくる前に“人”をつくる」を大事に。~戻り苗導入事例~
https://note.com/modrinae/n/n9c9360f646ca(2024年7月24日閲覧)

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https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sabo/content/001741180.pdf (2024年7月26日閲覧)

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