見沼と竜神伝説の継承:さいたま竜神まつり会の伝統と未来

久原 貴美子

1.はじめに
さいたま竜神まつり会(以下「竜神まつり会」にする)は、事務局をさいたま市浦和区高砂に構え、地域の伝統文化と竜神信仰を次世代に伝えることを目指し活動する。

『見沼の周りのある神社の中で、大宮区の氷川神社(男体社)と氷川女體神社(女体社)はともに武蔵一宮と言われ二つの神社の間にはその子といわれる中山神社(王子社)があり、この三つの神社は、なぜか不思議なことに見沼を見守るように一直線で結ばれている』[註1]

このレポートでは、竜神まつり会の起源とその文化的意義について考察する。江戸幕府の財政難と人口の増加の解消を図るため、見沼一帯で干拓工事が行われた。その過程で多くの竜神伝説が語り継がれた。竜神まつりは、この伝説の一つをモチーフに結成され、陣地を明け渡す竜神が空高く舞う姿を表現したものである。(添付資料1-1頁)

2.基本データと歴史的背景
2000年の辰年に設立され、翌年に大宮、与野、浦和の3市が合併してさいたま市が誕生した際、見沼の竜神伝説をテーマに市民の祭りとして始まった。2001年の「見沼竜神まつり」を経て「さいたま竜神まつり会」と改名し、に現在会員数は150名を数える。
見沼田んぼは、さいたま市と川口市にまたがり、東京から20〜30km圏内に位置する。南北に約14km、外周は約44km、面積は約1,257.5haであり、さいたま市が1,199.4ha(旧浦和市656.1ha、旧大宮市543.3ha)、川口市が58.1haとなっている。現在は主に畑地として利用されており、花木や野菜の生産が行われ、その他、公園やグラウンドなどとしても利用される。見沼田んぼは、古代には東京湾の入江であり、湿地が多い地帯であった。このため、住民らの災害祈願が竜神信仰につながったと考えられる。数多くの竜神伝説が存在する。(添付資料1-2頁)
見沼代用水は、見沼を干拓して広大な田んぼを作るための水源として計画された。荒川からの水引きが困難だったため、利根川からの水を引くことが決められ、この用水路は「見沼代用水」と名付けられた。行田市下中条から60キロメートルにわたって引かれ、星川との合流で水量が補われた。見沼代用水は1728年に完成し、セメントや鉄骨を使用せず石と木材で作られた。特に「伏越」や「掛渡井」などの構造物は、江戸からの熟練の大工によって建造され、計画との狂いはわずか6センチメートルだったとされる。延べ90万人が参加し、わずか半年で完成した見沼代用水は現在も地域の農業や生活に貢献している。この歴史は地域の発展と文化に深く関わっており、その過程を静かに見守ってきた氷川神社や見沼竜神伝説とも密接に関連している。
氷川神社と見沼の関係においては、先に述べたように、大宮の「武蔵一宮氷川神社」、緑区の「氷川女體神社」、見沼区の「中山神社」の三社が一直線上に位置し、これらの神社は、見沼たんぼを見下ろす高台に位置している。古代には海面が低く東京湾の入江であったため、湿地が多く、水害も頻繁に発生していた。このため、住民らの災害祈願が神社の建立とその後の竜神信仰につながったと考えられる。用水路の建設により地域の農業生産が大きく向上し、住民の生活が安定した。このプロジェクトの成功は、地域社会の結束と技術力の高さを示している。見沼用水路が完成するまでの過程は地域にとって大きな転機であり、見沼用水路の建設は、氷川神社の竜神伝説とも深く結びつき、地域の文化的アイデンティティを形成する要素となった。(添付資料2)

3. 積極的な評価点
実行委員長の平田利雄氏のインタビューによれば、竜神まつり会の活動はほとんどがボランティア活動である。自費で海外のイベントに参加するなど、評価に値する。しかし、持続可能な活動として対策は急務である。市外との交流として、北は札幌の「よさこい」、南は沖縄の「琉球國まつり太鼓」、富山県八尾の「風の盆」、東京の「浅草サンバ」など、全国各地のイベントを招待され披露。さらには、東京ディズニーリゾートからミッキーと仲間たちのパレードを呼ぶことにも成功し、地域史上初の10万5000人の人出を記録する大成功を収めた。
天候に左右されやすいイベントにおいて、祇園磐船竜神祭では雨が降り続く中、竜神の上だけが晴天となり、取材に来た新聞記者を驚かせたエピソードは印象に残った。平田氏は「守られている」と語り、人々の信仰心が活動の原動力の一つであり、こうした信仰心は、民俗学的にも地域の文化や伝統を支える重要な要素であることが示された。また、氷川女体神社三粋会と協力し、地域の小学校や中学校、教育委員会とも連携して子どもたちに竜を担ぎ練り歩く計画も進行中である。見沼通船堀の復元プロジェクトや見沼代用水に関する資料の刊行など、地域の子どもたちへの歴史教育にも寄与し、地域の歴史と文化を学ぶ機会を提供している。
使用される竜の造形物やパフォーマンスは、見た目のインパクトデザインが特徴である。特に、平成24年の辰年の10月に開催された「絆まつり」では、125mの竜神がギネス認定され大きな話題となる。地域の象徴としての竜が視覚的にも強く印象づけられ、その活動は、地域の文化と芸術の融合を象徴し、地域社会における芸術の役割を高めている。
(添付資料3)

4. 国内外の他の事例との比較
多くの地域文化継承団体は、地域特有の文化や伝統を守るために活動している。しかし、竜神信仰をテーマにした団体は少数であり、その点で際立っている。竜神信仰自体が地域限定の伝承であるため、その文化を継承する団体は限られる。他の地域では神社や仏教寺院が中心となることが多い中で、例えば、京都の祇園祭などは宗教儀式が中心であるのに対し、竜神まつり会は自然と神話を融合させた独特の文化イベントを展開している。また、地域密着型の活動だけを重視する事なく国際交流も積極的に行っており」、誕生してからまだ浅いこの団体は、むしろ地域以外の活動を通じ、地元住民に訴える形をとっている大変ユニークな団体でもある。

5. 今後の展望
今後は、オリジナルの要素を生かした恒例的なイベントとして定着させることが課題である。そのためには、地元住民の理解と協力、ボランティアの参加が必須である。比較的高齢の会員によって支えられている会は、広報活動、とりわけデジタル面での強化が急務と考える。その一つに、これまでの活動や協力団体に関する情報が十分に反映されていないホームページの改善。また、バーチャルリアリティ(VR)を活用した竜神祭りの体験や、オンラインでの歴史教育プログラムの提供により、活動を世界に配信することも検討できる。さらに、さいたま市のマスコットキャラクター「つなが竜ヌゥ」とのコラボレーションも有効だ。例えば、関連する絵本の読み聞かせや、ヌゥと各地の竜神をテーマにしたアニメーションやゲームを作成し、SNSや公式サイトでプロモーションを行うことで、認知度の向上が期待できる。これらの活動を地元の子供たちと共同することで、彼らに愛着を持たせながら情操教育に繋ぐ狙いだ。また、観光プロモーションの一環として、さいたま市のマスコットキャラクターつなが竜”ヌゥ”を使った観光ガイドツアーの開催を提案する。これは竜神まつりや見沼の歴史を紹介する企画であり、地元の食品や郷土品、ゆかりのある食事をツアーに織り込むことで、地域の魅力を発信することができる。これまでの国際交流の実績をさらに拡大し、他国の地域文化団体とのパートナーシップ契約を結び、経済面を相互に協力しあうグローバルな視点から地域文化を見つめ直すことも可能になる。

6.まとめ
辰年という偶然がきっかけとなり、新しい竜神の会が現代に果たす意義と将来の可能性に関心を持った。日本の伝統行事や地域の風習は、先人たちの築いた貴重な文化遺産であり、現代に伝えるべき重要な要素だと考える。氷川神社と見沼の深い関わりを背景に、地域住民と共に育まれてきた伝統文化と信仰は、竜神まつり会を通じてさらに豊かになる。また、異文化との交流を深めることで、竜神まつり会はさらなる発展が期待される。これは地域の重要な文化遺産であり、その保存と継承が地域発展に大きく寄与するだろう。時代のニーズや環境に適応しつつ、この伝統を自然な形で継承することが、持続可能な未来へと繋がる文化継承の鍵となる。

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  • 81191_011_32085013_1_1_資料1_page-0002 資料1:「見沼と竜神ものがたり」より
  • 81191_011_32085013_1_3_E8B387E69699226EFBC93_page-0001 資料2:見沼用水の成り立ち
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  • 81191_011_32085013_1_3_E8B387E69699226EFBC93_page-0003 資料3:活動記録

参考文献

[註1]見沼と竜神ものがたり、2008年10月1日 初版第1刷発行、6頁1~15行
[註2]2024年7月7日、さいたま竜神の会実行委員長、平田利雄氏インタビューにて
[註3]https://outlook.office.com/mail/

・見沼における寺社を結ぶ竜神行列ー都市近郊の地域振興と祭りー、松井真姫子、2019年
東アジア文化研究 4号 2019年2月、國學院大學大学院文学研究科、2019、
巻号年月日等:(4):2019.2、p.123-145
・見沼田んぼ龍神への祈り-環境保護の市民政治学 3、井上明夫、さいたま幹書房、2012年
・見沼と竜神ものがたり、さいたま竜神まつりの会、さいたま出版会、2008年
・大宮氷川神社と氷川女體神社ーその歴史と文化ー、野尻靖、さいたま出版会、2020年
・見沼の龍神と女神、宇田哲雄、さいたま出版会、2023年
・さいたま市の歴史と文化を知る本、さいたま出版会、2014年
・みむろ物語  -見沼と氷川女体社を軸に-、井上 香都羅、浦和さきたま出版会、1998年
・武蔵国と氷川神社、西角井 正文、岩田書院、1997年
・武蔵一宮氷川神社と上落合、天野 胤逸、出版者不明、1974年
・氷川神社・大國魂神社、学研、2003年
・氷川神社の歴史と四季、大宮郷土史研究会、1984年
・氷川神社   -大いなる宮居の歴史 第41回特別展- 、さいたま市立博物館、2017年
・大宮の郷土史   第38号、大宮郷土史研究会、2019年

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