芦屋市における「阪神間モダニズム建築」の保存と活用
1. はじめに
芦屋市は大阪と神戸の中間の阪神間に位置し、明治期以降の鉄道の開通に伴って大阪や神戸の郊外住宅地として発展してきた。芦屋市を含む阪神間の地域は、明治末期から昭和初期にかけて郊外住宅地の形成が進む中で「阪神間モダニズム」と呼ばれる市民文化の舞台となった。明治30年代~大正10年頃に多くのブルジョアが移住し、高級感のある住宅地が形成され、大正末期~昭和初期にはホワイトカラー層の移住が進み、職住分離による都市住民の新しいライフスタイルが形成されていった(1)。こうした中から進取の気風や近代的な生活様式が育まれた市民文化が「阪神間モダニズム」であり美術、文学、建築などの他、これらが身近にある人々の近代的な生活様式など幅広い分野に広がりを見せた。阪神間には現存する当時の近代建築をはじめ、人々の暮らしの中に今もその気風が継承されている。
本稿では「阪神間モダニズム」の時代に建築され、当時の文化を感じさせる建築を「阪神間モダニズム建築」と定義した。さらに、芦屋市内において「阪神間モダニズム建築」として保存・活用されているもののうち典型的な4つの建築及び関連する取組を調査対象とし、取組の特徴を整理するとともに今後の展望について考察した。
2. 調査対象建築の保存・活用状況と関連する取組の特徴
(1)調査対象建築の概要と保存・活用の状況
調査対象とした建築の概要と保存・活用の状況について整理する(2)。
①旧山邑家住宅
山邑酒造当主の山邑太左衛門の別荘として、フランク・ロイド・ライトの原設計により1924年に建築された。高低差のある敷地で、水平線を強調したファサードや日本建築の影響を感じさせる室内のデザイン、大谷石を使用した外壁などが特徴である。
1971年頃に解体してマンションを建設する計画があったが、日本建築学会の働きかけなどによって計画は撤回、保存されることとなり、1974年に重要文化財に指定された。保存修理工事の後、1989年から一般公開されている(3)。
②旧松山家住宅松濤館
金庫・仏具商の松山與兵衛の邸宅の収蔵庫で、明治時代の建築と推定されている。大阪にあった銀行が1930年に移築された。ルネッサンス期のイタリアのパラッツォ風のデザインが特徴である。
1952年に芦屋市が買い取って改修後、1954年から市立図書館分室として開館している。2009年に国登録有形文化財として登録された。
③旧芦屋郵便局電話事務室
1929年に逓信省の上浪朗の設計により建築された。外壁にスクラッチタイルが用いられたネオルネッサンス様式のデザインやレリーフ装飾などが特徴である。
2004年まで電話交換局やお客様窓口として利用され、2005年に民間事業者によるリノベーション後、フランス料理レストラン・結婚式場として活用されている。2017年に国登録有形文化財として登録された。
④芦屋警察署
1927年に置塩章が課長を務める兵庫県営繕課の設計により建築された。エントランスに設けられたロマネスク様式の重厚なアーチとミミズクのレリーフが特徴である。
2001年に建替えられる際に、旧庁舎の正面玄関が部分的に保存された。
(2)関連する取組
「阪神間モダニズム」は、地元自治体においてもまちづくりや都市のプロモーションなどにいかす動きがある。ここでは兵庫県と連携した地域の取組を取り上げる。
兵庫県では2021年に『阪神間モダニズム再発信プロジェクト基本構想』を策定し、様々な主体や場所をつなぎ、様々な契機をいかして地域資源の再発見と新しい阪神間の再創造を目指している。これまでにPR動画の配信などのほか、芦屋市や隣接する西宮市、阪神電鉄と連携した「阪神間連携ブランド発信事業」としてマップの作成やまち歩きなどの魅力体験イベントを実施している。
3. 他地域における類似の取組事例との比較
建築の保存・活用に関わる類似の事例として、大阪市の「生きた建築ミュージアム」、弘前市の「趣のある建築」の2つの取組を取り上げ比較する。
(1)類似の取組事例の概要
①生きた建築ミュージアム
歴史的な建築から現代建築まで「大阪の歴史や文化、市民の暮らしぶりといった都市の営みの証であり、様々な形で変化・発展しながら、今も生き生きとその魅力を物語る建築物」を「生きた建築」と名づけ、文化財としての建築の価値とは異なる新しい価値を発信する取組である(4)。
「生きた建築」のうち特に新たな都市魅力の創造・発信に資すると認めるものを「生きた建築ミュージアム・大阪セレクション」とし、これまでに97件が選定されている。また、毎年2日間に限って建築を一般公開するイベントである「生きた建築ミュージアムフェスティバル」が開催されている。
②趣のある建築
文化財には指定されていないものの、歴史と文化が息づく情緒豊かな建物など「弘前らしい風情を醸し出している古い建物」を「趣のある建物」として指定し、まちの新たな魅力の発見や城下町としての奥行きを体感してもらうことを目的に広く発信する取組である(5)。
これまでに「趣のある建物」として37件が指定されている。指定されたた建築の概要と、それらをめぐる4つのモデルコースをマップとともに示したガイドブックが作成されている。また、都市プロモーションの取組と連携して4つのモデルコースを紹介する動画も公開されている。
(2)類似の取組事例との比較
芦屋市における「阪神間モダニズム建築」の保存・活用の取組と上記の2つの類似事例は、個々に保存・活用がなされている建築に焦点を当て、都市の魅力を広く発信することを目的の一つとしている点において共通する。一方で対象とする建築に関しては、「生きた建築ミュージアム」は幅広い年代に渡る建築を、「趣のある建築」は(漠然と)「古い」建築を、「阪神間モダニズム建築」は明治末期から昭和初期という特定の年代の建築を対象としている点に違いが見られる。
こうした点も踏まえると、芦屋市における取組の特筆すべき特徴は、「阪神間モダニズム」という地域文化をテーマとし、建築をいわばツールとして、阪神間で育まれてきた開放的で進取の気風が息づく地域性を継承していこうとする建築オーナー、地元事業者、地元自治体等を中心とする地域を上げた取組である点といえる。
4. 今後の展望について
芦屋市におけるこうした取組をより充実したものにしていくために考えられる事項を以下に指摘する。
①建築を特定する仕組み
「阪神間モダニズム建築」は一部に文化財等の指定や登録はあるものの、「阪神間モダニズム」という文化をテーマとして明確に建築を特定する仕組みはない。2つの類似の取組事例がいずれも特定の建築を選定あるいは指定する仕組みを取り入れ、よりわかりやすい形で発信している点については参考にすべきと考える。
②フィールドミュージアムとしての展開
今後の展開においては、「阪神間モダニズム」は芦屋市にとどまらず阪神間の地域において様々な分野において展開した文化であり、また地域には美術館や博物館が多く立地する地域特性を踏まえる必要がある。このため、多種多様な資料や作品の収集、展示、研究、さらに教育プログラムの充実といった取組の中で建築の保存・活用を位置付けるとともに、地域内の文化資源を現地で体験できるフィールドミュージアムとしてネットワーク化していくことが有効であると考える。
5. おわりに
現在も地域に受け継がれる「阪神間モダニズム」を契機とする地域環境は、交通や買い物の利便性ともあいまって芦屋市を含む阪神間の地域ブランドを形成している。こうした地域の魅力が享受され、消費されることで枯渇していかないよう、「阪神間モダニズム建築」の保存と活用の取組を進めていくことにより、自ら魅力の源泉である地域文化の担い手となって次代に引き継いでいこうとする意識とシビックプライドの醸成を地域全体で図っていくことが何より重要であろう。
参考文献
1)河内厚郎『阪神間近代文学論』関西学院大学出版会、2015年
(2)芦屋市教育委員会『芦屋の近代建築』、2019年
(3)谷川正巳『フランク・ロイド・ライト 旧山邑邸 ヨドコウ迎賓館』バナナブックス、2008年
(4)大阪市「生きた建築ミュージアム事業」、https://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/page/0000222838.html(2024年1月28日閲覧)
(5)弘前市「趣のある建物」、https://www.city.hirosaki.aomori.jp/jouhou/keikaku/keikan/omomuki.html(2024年1月28日閲覧)