「大黒様のお歳夜」 山形県庄内地方に残る伝統行事 ~文化の継承~
はじめに
山形県の北部、日本海側に位置する庄内地方に伝わり、毎年12月9日に行われる「大黒様のお歳夜」における伝統行事の文化的価値について考察し、その課題と展望について考える。
1. 基本データ
1-1行事の概要
「大黒様のお歳夜」とは七福神の一つにも数えられる大黒様をお祀りする「お歳夜」として行われており「お歳夜」とは昔、人間同様に神仏も年を取ると考えられていたことから、神様の年取りのお祭りで、また大黒様の嫁取りの日とも言われている。子孫繁栄の神様でもある大黒様をもてなし、大黒様にあやかり翌年の五穀豊穣、家庭円満に子孫繁栄、健康などを祈願するのだが、それは神社の祭などではなくそれぞれの家庭でお祀りしているのが最大の特徴である。(註1)
各家庭ではその日に、床の間や神棚の近くに大黒様の掛け軸や御神像を祀り、特別なお膳を供える。お膳の料理は「黒豆ご飯」、「黒豆なます」、「ハタハタの田楽」、「納豆汁」、「焼き豆腐の田楽」「はりはり大根」の6種類が代表的な料理となっていて、その他にもお供え物として「米炒り菓子」や「まっか大根(二股に分かれた大根)」がある。(註2)
お膳の料理ついて「黒豆ご飯」と「黒豆なます」は、お米、大根それぞれに黒豆の色素により薄紫色になる。また「ハタハタの田楽」は、子持ちのハタハタを食べることで子孫繁栄の願いが込められている。「納豆汁」は納豆をすりこぎで豆のつぶが見えなくなるまでよくつぶしたものを使用し、それに芋の茎を干した「芋がら(からとり芋)」を入れるのが庄内地方の特徴となっている。
「焼き豆腐の田楽」は水切りした豆腐を串に刺して焼き、甘味噌を塗ってじっくりと焼き、「はりはり大根」は、干した大根を薄くスライスしてスルメと人参、そして昆布、数の子と青豆を煮干しだしで漬けたものである。
このように豆を使った料理が多いことが分かるだろうが、「ハタハタの田楽」にも味噌を塗っているので、すべての料理に豆を使用しているのが大きな特徴である。さらに大黒様に豆ずくしの料理と大根料理をお供えしたものと共に、「手マメ、足マメ」により「まめに働く」という意味も含まれているとも言われている。その他にも「家族がまめ(健康)に暮らせるように」との想いも込められていると言われている。(註3)
これらの料理をお膳に並べ、五穀豊穣、子孫繁栄などの願いを込め大黒様にお供えをして、そのお供えを下げたものはその家の後継者が頂き、お供え以外にも同様のお膳を作り家族全員で同様の料理を食べ、お祀りするのもこの行事となっている。
1-2歴史的背景
起源に関する文献を探すことは叶わなかったが、鶴岡市郷土資料館にある資料に金井家の史料が残っている。それを2008年に鶴岡市の『広報つるおか』で紹介している。
それによれば、文化10年(1813)頃、鶴岡の130石の武士の家の年中行事についてその家の人が記録したもので、それによると12月9日は大黒様のお歳夜を行っており、「大黒天お年越し 家々これを祭る…」とあり、またお供えについては「その品々いずれも知るところゆえ略す…」とある。またその他にも、その50年くらい後の四百石の武士の家の年中行事の記録にも、豆腐や黒豆、米でお膳を三つ作り、大黒様のお歳夜を行ったとのことである。(註4)これらにより、お歳夜は200年以上続いている行事であるということは明らかになっている。
2. 他事例との比較、評価
大黒様のお歳夜と比較するため、他事例として伝統行事である七草粥を挙げる。
2-1事例の概要
一年の始まりは正月元旦で、それから数えて七日めを七日正月といい、正月の一区切りの日とされ七日の朝の行事として、古くから七草粥が行われている。七種類の若菜を粥にして一緒に食べるもので、中国では正月七日を人日(じんじつ)といい七種の菜を食べて邪気を払うという風習があり、それがわが国に伝わり現在まで続けられているという。(註5)
春の七草の種類については諸説あるようだが現在は、七種類の若菜のことをいい、芹(せり)、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繫縷(はこべら)、仏の座(ほとけのざ)、菘(すずな):かぶ、蘿蔔(すずしろ):大根である。(註6)
1月7日に七草粥を食べるのは、野菜の摂取が不足しがちな時期に七草は栄養分をたっぷりと含んでいるため、冬の新鮮な野菜が摂取できない正月における七草粥は、栄養補給でもあるが(註5)、現代においては、正月のごちそうで疲れた胃腸をいたわるためという説もあると言われるように(註6)、現在はこの意味合いで多くの人に広まっているのではないかと考える。
2-2 事例の比較と評価するもの
どちらの行事も同様に、各家庭で行う行事であると言う点が似ている。また、料理については家庭で材料を揃えるのも、調理するのも手間が掛かり大変であるが、現在では流通もよくなり日本全国のスーパーで「七草セット」が販売され(註7)また、地域限定ではあるが庄内地方では地域のスーパーで「大黒様セット」(註8)として、今は手軽に手に入れられるようになったというところも類似点である。
さらに、どちらの行事も伝統行事として古くから行われ、また行事に根ざした食文化でもある。
七草粥は全国に拡がった行事であるが、大黒様のお歳夜は山形県の庄内地方という狭い地域の中で、神社の祭などではなくそれぞれの家庭でお祀りしているのが最大の特徴であり、特筆すべき点である。
また、行事面からみて大黒様と家、大黒様と住民との密接な関わりにより神秘性よりも大黒様との距離感が近いことで親近感が強く感じられることや、信仰とお供え料理のそれぞれが揃って完成するという独特な文化であると考えられるところも特徴であり、特筆すべき点である。
3. 今後の展望
現在、庄内地方で「大黒様のお歳夜」は、その時期になると広報活動として、地域の広報誌等で行事のことが取り上げられたり(註4)、小中学校ではお供え料理の一部が給食で出されるなど(註9)学校や地域が一体となり伝統行事の継承に取り組む仕組みは評価すべき点である。
だが近年、核家族化してきているために行事を行わない家庭が増えてきているのが現状で、神社の祭としてではなく各家庭でお祀りし、それがそれぞれの家庭に受け継がれている独自な行事であるため、神社の祭りと違い必ずその家庭で行わなければならない行事ではなく、それ故にこのまま衰退していくのではと危惧するところであり、継承の問題については不十分であると考える。
しかしながら今後の行事継承への期待が出来ることもある。それは特に、お供え料理の準備については大変面倒となるものであるため、今ではその時期になると大黒様のお供え料理が「お歳夜セット」として各スーパーの広告に大きく掲載されさらに、まっか大根までも売られているため、スーパーの広告、販売が伝統行事を継承し易くする取り組みとして考えると、評価すべき点である。
現在は行事食を家庭で作る機会が減り、行事や行事食の継承が困難となってきているといえるが、クリスマスでツリーを飾りケーキや料理を食べる文化が日本に根付いたように、さらに節分での恵方巻きのように親から子への伝承ではなくメディアからの情報によって全国に広まった行事もあるため、「大黒様のお歳夜」が広く知られ他の地域でも行われたらとも考える。
4. まとめ
まだ「大黒様のお歳夜」の考察については一つの可能性を示すにすぎず、今後も調査や検証が必要ではあるが、古くから「大黒様のお歳夜」に、五穀豊穣、家庭円満に子孫繁栄などの願いを神社の祭ではなく、それぞれの家庭でお祀りし今も受け継がれていることや、今後、行事そのものや行事食の継承についても変化をしていくと考えられるのだが、単なる行事の一環だけではなくその地域や気候風土に根ざした伝統行事や食文化としての、文化的価値に加え、社会学、民俗学的にも後世に継承していくことには意義があると考える。
いずれにせよ、現代はインターネットの普及やグローバル化に伴い、郷土文化は地域の人々限定で守られていくだけではなく、多くの人々に知られやすい環境になってきていることから、「大黒様のお歳夜」が広く知られ日本を代表する文化のひとつとして大切に守られ、継承されていくことに期待したい。
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資料-1
大黒様「お供え」
①「米炒り菓子」
②「まっか大根」
2023年12月9日筆者撮影 -
資料-2
大黒様「お供え」
①「黒豆ご飯」
②「黒豆なます」
③「ハタハタの田楽」
④「納豆汁」
⑤「焼き豆腐の田楽」
⑥「はりはり大根」
2023年12月9日筆者撮影 -
資料-3
広報「つるおか」掲載 金井家 記録(文化10年)
鶴岡市郷土資料館蔵書 2023年8月16日筆者撮影 -
資料-4
広報「つるおか」掲載 金井家 記録(文化10年)
鶴岡市郷土資料館蔵書 2023年8月16日筆者撮影 -
資料-5
広報「つるおか」掲載 金井家 記録(文化10年)
鶴岡市郷土資料館蔵書 2023年8月16日筆者撮影 -
上:資料-6 (註7)
スーパーチラシ 株式会社ヤマザワ「七草セット」 2024年1月3日広告
下:資料-6 (註7)
スーパー販売 株式会社ヤマザワ「七草セット」
2024年1月4日筆者撮影(非公開) -
資料-7 (註8)
スーパーチラシ 株式会社ヤマザワ「大黒様セット」他、2023年12月8日広告 -
資料-8
スーパー販売 株式会社ヤマザワ「大黒様セット」
2023年12月9日筆者撮影
(非公開)
参考文献
引用文献
(註1) 山形県神社庁の公式サイト 「大黒様の御歳夜」
http://yamagata-jinjyacho.or.jp/wp/ (2023年8月15日閲覧)
(註2)無明舎出版(編者・発行者)『庄内の祭りと年中行事』2001年、74-77頁
(註3) 一般社団法人DEGAM鶴岡ツーリズムビューロー ホームページ
「冬の行事食 大黒様のお歳夜の献立」
https://www.tsuruokakanko.com/spot/4387 (2023年8月15日閲覧)
(註4) 山形県鶴岡市、広報「つるおか」平成20年12月号
(註5)有岡利幸(著者)『ものと人間の文化史 146 春の七草』法政大学出版局(発行所)
2008年 1頁、3頁、7頁、31頁、34頁、42頁、
(註6) 京都調理師学校 ホームページ「七草粥を食べる理由とは?」
https://www.kyoto-chorishi.ac.jp/knowledge/c0015/ (2023年8月17日閲覧)
(註7)スーパーチラシ(株式会社ヤマザワ)「七草セット」他、2024年1月3日発行
(註8)スーパーチラシ(株式会社ヤマザワ)「大黒様セット」他、2023年12月8日発行
(註9)荘内日報ニュース ホームページ
http://www.shonai-nippo.co.jp/cgi/ad/day.cgi?p=2015:12:11:6977
(2023年8月17日閲覧)
参考文献
・「日本の食生活全集 山形」編集委員会 代表 木村正太郎(編集)日本の食生活全集6
『聞き書 山形の食事』社団法人 農山漁村文化協会(発行所)1988年発行、224頁、262頁
・東北歴史博物館・東北学院大学民俗学研究室(編者)『新沼の民俗』宮城県地域文化遺産
復興プロジェクト(発行者)2018年
・佐藤光民(執筆者)『温海町の民俗 温海町史別冊』温海町(発行者)1988年発行、
58-59頁
・阿部襄(著者)『庄内の四季』財団法人農山村文化協会(発行者)1979年183頁、184頁
・菊池和博(著者)田村茂廣(発行者)東北出版企画(発行所)『やまがた民俗文化伝承誌』
2009年、9-10頁、156-159頁
・令和4年度 文化芸術振興費補助金「食文化ストーリー」創出・発信モデル事業 補助事業
『山形県遊佐町における伝統的行事文化における食文化継承事業 調査報告書』
株式会社JTB総合研究所(編集・発行)2023年82頁、85頁
・2023年8月16日に鶴岡市立図書館本館で資料、文献の収集と取材を行った。
参考URL
・三田有紀子(著者)「行事食の現状と継承」生活の科学、35号、19-27頁、2013年発行
https://lib.sugiyama-u.repo.nii.ac.jp/records/1969 (2023年8月15日閲覧)
・農林水産省 ホームページ
食文化「うちの郷土料理」 納豆汁 山形県
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/nattojiru_yamagata.html (2023年8月16日閲覧)
・つるおかおうち御膳 ホームページ 「レシピ一覧」
https://www.creative-tsuruoka.jp/ouchigozen/recipe_all/(2023年8月15日閲覧)