銀鏡神楽の伝承について

吉田 浩乃

1. 基本データと歴史的背景
名称:銀鏡神楽
場所:宮崎県西都市銀鏡 銀鏡神社
御祭神:磐長比売命、大山衹命、懐良親王
銀鏡神楽は、宮崎県の米良地方に伝わる宮崎県内で最初に国の重要無形民俗文化財に指定された古い歴史をもつ神楽である。神楽の準備は12日の朝から神屋(こうや)とよばれる舞台の設営などの準備が始まる。銀鏡神楽は銀鏡川流域に点在する祭神が年に一度集まる日でもあり、面さま迎えというそれぞれの御神体である面が合流する際列の後神楽が始まり、それらの面をつけた神職によって舞われる舞がある。神楽舞は13日の夕方に式一番の神様を迎えるとされる「星の舞」の舞からスタートし、式二番「清山」以降は翌14日の夕刻からで翌15日午後まで夜を通して三十三番が舞われる。式一番「星の舞」の後に内神屋の天井に餅を取り付けこの先1年の豊穣や息災を祈る。また、山伏が九字を切る仕草を模した動きなどもあり、北斗信仰や山岳信仰修験道など様々な山の暮らしに密接した信仰や要素が見られる。
銀鏡神楽の特徴としてあげられるのが祭りの始めに祭壇に供えられる猪の頭である。これは供物=贄(にえ)で「オニエ」と呼ばれている。山の暮らしにおいて獣害は深刻な被害でもある一方で獣類の肉は貴重なタンパク源でもある。式三十二番「ししとぎり」では、神楽の中に独特の狩言葉や狩法神事が語られる。
三十三番の舞は多種多様で、鵜戸神楽の流れをくむもの、神話の世界を伝えるもの、弓や剣を用いた勇壮なものなど様々で神事の色合いの濃い演目から、山の暮らしをユーモアあふれる仕草で表現した農耕色の強い演目が登場し、神事から収穫を祝う祭りの様相がみられるようになる。夜明け近くになると天岩戸が開かれ、天蓋をつついて天からの恵みが降ってくる様子を表した舞「あまほめ」のころにはあたりは明るくなってくる。日が暮れてから始まり世が明けるまでの時間は、長い闇と新しい日の再生のサイクルのようでもある。

2. 国内外の同様の事例との比較:高千穂神楽・石見神楽との比較
同じ宮崎県の北部には、国の重要無形民俗文化財指定の「高千穂の夜神楽」がある。毎年11月中旬から翌年2月上旬にかけて、町内二十の集落で 夜を徹して三十三番の神楽が一晩かけて奉納される。ここでは本来の夜神楽とは別に夜神楽の季節以外にも夜神楽を手軽に楽しめる観光用の演目が上演されている。高千穂神社境内にて毎晩20時より1時間、三十三番の神楽の中から代表的な4番「手力雄の舞」「鈿女の舞」「戸取の舞」「御神体の舞」を各集落が交代で舞う。神への奉納ではなく観光資源としての活用を通し認知されることにより伝承するスタイルをとっている。「五箇瀬川峡谷」など周辺の観光地とあわせて手軽に神楽鑑賞を体験できる。同様に観光資源としての活用をしている事例として島根県西部・石見地方に伝わる石見神楽がある。130を超える団体を有し各地の神社での奉納や道の駅や観光施設などでの定期公演など様々な場所で上演しており、ホームページ上で複数団体にわたる上演情報を一元化し公開している。このように年間を通じ上演し観光資源としての役割と担い手の技術の伝承を実現している。

一方、銀鏡神楽においては今も昔のままのやり方をあえて変えないことを是としている。日程も12月12日から16日までと固定、曜日に関係なく例年通り行う。祭りの準備も同様で氏子たちの手で行う。舞台となる神屋や舞台装置を組み上げる際の縄をなうところから始まり、ホームセンターで購入したロープが使われるなどということはない。また、祭壇や各所に飾られる御幣も1枚1枚小刀で半紙を切り出して作る。外神屋とよばれる舞の舞台となるステージには床一面の大きさになるまで何枚もの筵を棕梠の葉で一枚一枚剥ぎ合わせたものが敷かれる。それらの準備の一つ一つが神を迎え入れるためのプロセスなのである。現地までのアクセスは厳しく集落には宿泊場所もないため熱心な神楽ファン以外が気安く訪れる状況ではない。そういった背景の一方、変わることなく伝えられる銀鏡神楽に魅力を感じ、県外や首都圏から毎年この時期に訪れる熱心なファンもいる。そのコミュニティから生まれたのが後述する映画「銀鏡」のクラウドファンディングである。銀鏡神楽は観光客を楽しませるための見せ物ではないが、観客を排除するものではなく、集落の人も遠方から来た土地に縁のない者もみな同様に式三十三番の後にふるまわれるシシズーシーを食し一体感に包まれた中で祭りが終る。観光客に迎合していない祭りであるが故に、非日常の独特な世界感を垣間見てその一部を体験するような特別な一体感を得られるとも言える。

3. 銀鏡神楽の伝承への取り組みに対する評価
銀鏡神楽における伝承の評価は、先にのべた銀鏡神楽の特徴にあるような土地の生活に根付いた手作りの神事を守り続けている点に加え、以下に上げる様々な取り組みが行われている点があげられる。
①過疎化と少子化の中での取り組み:山村留学
銀鏡地区では山村留学制度を取り入れ、現在までに23年間で延べ315人の児童を受け入れている。山村留学生は希望すれば願祝子として神楽を舞うことができる。

②伝承方法の取り組み:クラウドファンディング:映画「銀鏡」
クラウドファンディングにより資金調達し実現した銀鏡神楽と土地の暮らしを綴った映画。東京ドキュメンタリー映画祭2021の「人類学・民族映像」部門でグランプリ「宮本馨太郎賞」を受賞した。

③地域雇用の取り組み:6次産業「かぐらの里」
過疎化が進む集落における生活基盤の確保として柚子の栽培から自社工場での加工までを一貫して行う六次産業化を目指し、地元の雇用を確保する目的で設立された。

また、2020年の大祭では新型コロナウイルスの影響から、関係者のみの無観客開催となったが、合わせてyoutube配信を行った。この取り組みは銀鏡出身で今は別の土地で生活している人たちにとって故郷へのあらたな繋がり方を実感するものとなった。

4. 今後の展望について
提案:マイクロツーリズム、大人の学びの旅のコンテンツとして理解者を増やす。
伝承されるためには認知が必要だが、広く認知されることによる弊害も予想される。山深い地域だからこそ昔のままで残されている文化でもあり、そもそもが地元の人たちの祭りであり神事である。古くからのならわしや神事における禁忌も多く注意も必要である。それらをふまえ、銀鏡神楽をとりまく学びと合わせることで銀鏡神楽の世界観まるごとを体験できるコンテンツの構築ができないかと考えた。オンラインのワークショップで神楽の成り立ちや山の暮らしなどの概要を知ったり、神話の世界感を楽しむコンテンツ、映画「銀鏡」の配信視聴や銀鏡のゆずの製品を試してみたりといった複合的にその土地とつながる要素をそれぞれが組み合わせて学び楽しみ、その集大成として大祭の神楽鑑賞というクライマックスを組み立てるなど、大人のための学びの旅に仕立てていくというものである。深い学びとともにある旅は人生100年時代を豊かに生きるためのひとつの方法でもある。それぞれの年齢やライフスタイルや価値観といった多様性が問われる世の中、コロナ禍で多くの人が行動を制限され、多くの人が自分と向き合う時間をもったことで改めてスピードや効率だけでない世界を実感している今だからこそ、新たな価値観や旅のスタイルが望まれているのではないか。

5. まとめ
銀鏡神楽は、古来より続く神事であり、収穫の祭礼でもあり、その土地の暮らしを伝える文化である。本来観光資源的な見せ物ではないが、記録し伝承する価値のあるものである。観光資源とすることや広く周知されることでのマイナス面もふまえ、銀鏡神楽の成り立ちとこれまでの経緯や担い手たちが守ってきたものの意味を鑑みると認知と伝承の双方のバランスが重要である。それゆえに、知ってもらう相手や担い手に求めるものの基準が問われる。「誰でも構わない大多数」という数ではなく「理解を得られる特定のゾーンへの深いアプローチ」が望ましい。変化する社会の中で、未知なる土地の生活や文化を深く知ることは、翻って自身の生活を知ることでもある。深い学びへの関心も高まっている今、改めて長い歳月を通し伝えられてきた意味を見出し、次世代につなげていく価値を共有することが担い手と鑑賞側双方にとって重要なのである。また、この銀鏡神楽における伝承の課題は日本全国のあらゆる過疎地や伝統産業における伝承の問題解決とも共通していると考える。

参考文献

参考文献:
濱砂武昭『銀鏡神楽 日向山地の生活誌』、弘文堂、 2012年
石塚尊俊『里神楽の成立に関する研究』、岩田書院、2005年
須藤 功『山の標的 猪と山人の生活誌』、未来社、1991年
『民藝 第六百十二号』日本民藝協会、2003年
梅原賢一郎『カミの現象学 身体から見た日本文化論』角川書店、2003年
須永敬『壱岐の神楽と神職集団』九州産業大学国際文化学部起要第54号
安丸良夫『神々の明治維新ー神仏分離と廃仏毀釈ー』、岩波新書、1979年
吉川周平「神楽と神がかりー大元神楽をめぐってー」口承文芸研究 第14号

参考資料:
石見神楽(いわみかぐら)−島根県浜田市 石見之國伝統芸能−石見神楽公式サイト−
[http://iwamikagura.jp/](http://iwamikagura.jp/)

映画「銀鏡 SHIROMI」公式サイト: [https://shiromi-movie.com/](https://shiromi-movie.com/)

クラウドファンディング: **映画「銀鏡 SHIROMI」 星と大地をつなぐ神楽の里の物語**
[https://readyfor.jp/projects/shiromi](https://readyfor.jp/projects/shiromi)

地域雇用施策:かぐらの里 [https://mera-yuzu.com/](https://mera-yuzu.com/)

山村留学:西都城上学園 [https://cms.miyazaki-c.ed.jp/4509/htdocs/?page_id=30](https://cms.miyazaki-c.ed.jp/4509/htdocs/?page_id=30)

山村留学:奥日向銀上山村留学実行委員会 [http://shirokami.net/index.html](http://shirokami.net/index.html)

朝日新聞デジタル 「宮崎)山村留学、地域で子育て 西都銀上学園」伊藤秀樹 2017年6月10日 3時00分 [https://digital.asahi.com/articles/ASK666SR7K66TNAB00H.html?pn=4](https://digital.asahi.com/articles/ASK666SR7K66TNAB00H.html?pn=4)

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