珍しい浜を手作りで観光スポットにした「鳴り石の浜プロジェクト」

谷山 令及

1、はじめに

鳥取県中部の琴浦町赤崎では、誰にも知られていなかった海岸の魅力に気づき、様々な工夫によって観光スポットに育て上げた「鳴り石の浜プロジェクト」が活動している。その活動が何をもたらし今後どのような可能性があるのか考察する。

2、基本データ

●赤崎海岸と「鳴り石の浜」の歴史
赤崎海岸の西外れには海岸段丘によって見えないが、長さ500m幅20mに渡って、石ころだらけの浜があった。鳥取大学の赤木名誉教授によれば、浜の石は古期大山の噴火によってもたらされた輝石安山岩が、川によって海に押し流され、日本海の荒波に揉まれているうちに丸くなったものである。[図1]浜では、打ち寄せる波の作用で、石がぶつかり合ってカラコロと心地よい音をたてていた。70年近くこの浜で素潜りをして来た岩田弘さん(87歳)は、この浜を「鳴り石の浜」と名付けていた。[図2]
昭和43年(1968年)に赤崎海岸では、住宅が高潮時に浸水することから、防波堤工事が始まり海岸風景を一変させた。そして昭和53年(1978年)には「鳴り石の浜」周辺の工事が開始された。しかし、岩田さんはこの浜は生活に影響のない所であり、僅かに残された赤崎海岸の景観を将来に残しておかなければ悔いが残ると訴え、ゴミが散乱していた浜の清掃を条件に工事を断念させた。その後、岩田さんは毎日浜の清掃を続け、時折地元の人を案内することはあったが、足元の悪い浜に関心を寄せる人はいなかった。

●「鳴り石の浜プロジェクト」誕生
赤崎生まれで中小企業の後継者である馬野慎一郎さんと上田啓悟さんは、平成18年(2006年)に地域の魅力の再発見を企画し、案内役を岩田さんに依頼した。若い二人にとって赤崎海岸は防波堤のあることが当然の風景であり、初めて見る浜と音に驚き、地域のために役立てることができないか考えるようになった。[図3]
平成23年(2011年)に高速道路が開通することになり、交通量の減少によって赤崎に賑わいがなくなることが予想された。この事に危機感を持った二人は、「鳴り石の浜」を観光スポットに育てようと、同年6月にアドバイザーとして岩田さんを迎え「鳴り石の浜プロジェクト」の活動を開始した。
活動の目的は、1浜の自然保全活動、2自然環境を壊さない程度の観光振興、3地域の住民との協働活動、4他団体と連携しての地域活性化であった。
現在、プロジェクトは約20名が活動しているが名簿や会則はなく、馬野さんと上田さんが企画、広報、連絡、会計を担っている。そして、参加者は企画の度に口コミで集められ、役割は暗黙のうちに割り当てられている。

3、「鳴り石の浜プロジェクト」の評価・特筆点

●手作りの観光スポット
活動を開始した当初は役場に協力を求めたが、地元のためにと思っての行動が理解されず、諦めきれない二人は自分達でやらなければならないと決心した。そこで、予算もない中で無名な場所を認知してもらうために、浜の石が「よく鳴る」ことから、「運気が良くなる」「縁起がいい場所」として石を使った「石絵馬祈願」を思いつき、開運の場所である「パワースポット」として売り出すことにした。もし、この時補助金を受ける事業になっていれば、現在のような活動にはなっていないだろうと上田さんは語っている。[図4]

●地域住民とともに
活動開始のきっかけが地域の危機からくる活動であったために、海岸清掃の呼び掛けには多くの住民が参加しており共感が得られやすい活動であった。[図5]そして、浜の清掃だけでなく遊歩道の開墾整備、看板、石塔、ベンチ、目安箱など思いつくものを自分達で設置し、東日本大震災被災地のひまわりの種を使った「ひまわり畑」は、地元の子供達によって種から苗まで育てられている。[図6]
また、プロジェクトを牽引しているのは、中小企業の後継者であるため地域の経済状況に敏感であった。そして状況に応じて素早く決断し組織を動かすことに慣れていた。また、地域の人を相手に商売をしていたために日頃から信頼も培われていた。そして、この防波堤のない赤崎海岸の原風景を見つけ出したことは、地元住民に自慢できる場所をもたらすことにもなった。

●郷土愛や環境を楽しむ
鳴り石の浜には「海に遊んでもらっているので感謝をしている」と言って、浜の清掃をしてきた岩田さんがいる。このような自然に対する感謝の気持ちがプロジェクトに大きな影響を与えており、賑わいを作るだけでなく郷土愛や環境保全を楽しむ活動になっていった。以前は例会もあったが「鳴り石BAR」という形に変えてから見知らぬ人が来るようになり、地域の夢を楽しく語り合うことがプロジェクトの活動を活性化させている。
こうした活動が認められ、平成28年(2016年)には国土交通大臣表彰「手づくり郷土賞」を受賞した。

●比較
危機感を持った地域が、住民を巻き込んで観光スポットにした例として、同じ鳥取県内には境港市の「水木しげるロード」がある。昭和61年(1988年)に、境港市では、行政の主導によって衰退していた駅前商店街を観光地として売り出そうとした。このまちづくりの大きな特徴に、ある一つの企画を実行するときは、それ単独ではなく関係する他の企画も同時に行われ、賑わいの相乗効果を生むようにしていた。
「鳴り石の浜プロジェクト」も、活動開始から企画を連続して行い、マスコミに取り上げられることを意識していた。こうした無名の観光事業が周知されるまでには、企画を循環させ続けていくことが効果的である。しかし、それらの企画案は「水木しげるロード」が組織の業務として出され、時にはリーダーによって強引に進められていたのに対して、「鳴り石の浜プロジェクト」は二人のリーダーが検討した案をメンバーに連絡して、自由参加で実行している。

4、課題と可能性

「鳴り石の浜プロジェクト」は、この浜で経済的効果をもたらすことも考えてきた。浜が知られるようになってから地域の観光客は増加し、イベントをやれば多くの人が集まっているが、その経済効果は限定されている。しかし、これまでプロジェクトは地元民の郷土愛を掘り起こし住民同士の絆を深めており、早急な形で経済効果を求めてしまうと、利害関係によってその絆が壊れてしまう事が心配される。運営においても、これまではリーダーが適当に指示を出し了解されていたが、規模が大きなイベントをやるようになると、企画内容や役割分担を明確に決めて活動しなければならなくなっている。
「鳴り石の浜プロジェクト」のベースにあるのは、貴重な自然を大切にして後生に残していきたいという強い思いである。地元小学校ではプロジェクトの活動が授業のテーマとなり、卒業記念の「石絵馬祈願」は恒例行事となっており、将来その子供達が活動を支えるメンバーに育っていくことが期待される。また、こうした活動が県内外に知られるようになり、環境問題をテーマに組み込まれた修学旅行先として選ばれるようになってきている。[図7]
赤崎には、歩いて1時間位のところに沢山の歴史遺産が残されている。古墳跡のある「別所」や牛馬の守護神として参拝された「神崎神社」、中世より自然発生し2万基の墓が立ち並ぶ「花見潟墓地」、江戸時代に作られた「菊港」や商家を使った「塩谷定好写真記念館」、繁栄した過去の面影を残す街並みなどがある。これらに自然の活動や石塁が残る「鳴り石の浜」を加えれば、変化に富んだ日本の歴史だけでなく環境問題など未来も学ぶことができる。[図8]
こうした教育プログラムは、外部でも広く興味を持たれると思われるが、実行するには地域内の観光ボランティアと連携すれば不可能ではない。また、岩田さんの精神と同時に海の知識を受け継ぐことは、地域の貴重な財産になる。

5、まとめ

日本では地域のことは行政に任せてしまう傾向にあるが、地域づくりは規模や内容にもよるが、まず地元に住む者が立ち上がり行政は支援する立場を取る方が良い。そのためには、「鳴り石の浜プロジェクト」のように、自分達の身の丈と歩調にあわせて活動を始めることである。こうした活動は、アマチュアバンド活動によく似ており、表現したいことを誰にも束縛されずにやるところに価値がある。こうした「楽しさ」を求めて活動を持続させることは不可能なことではない。小規模でも構わない、このような活動をする人達が地方にはもっと沢山いてもいい。その担い手に最も適しているのは、地域に根ざし地域の将来に危機感を持った中小企業の人達である。

  • 1 図ー1 伯州赤崎湊図を参照に「鳴り石の浜」を加筆した赤崎絵図(筆者Illustratorで作成)
    海防のため描かれた江戸時代の絵図は、西側が松林に覆われた花見潟墓地迄であり、その先の「鳴り石の浜」は描かれていない。しかし、そこにはいつ築かれたのか記録にない石塁が現在も残っている。。
  • 2 図ー2 鳴り石の浜 自然を残す風景と心地良い音が疲れを癒してくれる。(2021年7月19日、筆者撮影) 
  • 3 図ー3 防波堤 工事中や現在の防波堤。一人で浜を清掃している岩田弘さんの様子。
  • 4 図ー4 石絵馬 願い事を石に書いて海に投げ入れる。(2021年8月1日、筆者撮影)
  • 6 図ー6 手作りの設備 この他にも、駐車場入り口には花壇が設置されたり、海岸までの道が手作りされている。
  • 8 図ー8 赤崎歴史地図(筆者Illustratorで作成)
    鳴り石の浜の石塁(2021年7月19日、筆者撮影)。花見潟墓地(2020年10月4日、筆者撮影)。街並み(2020年10月4日、筆者撮影)。菊港(2020年10月4日、筆者撮影)。神崎神社(2020年10月4日、筆者撮影)。

参考文献

参考文献・資料
・織田直文編著 『文化政策と臨地まちづくり』 株式会社水曜社、2009年。
・黒目友則 著 『水木しげるロード物語 妖怪になりそこなった男』YMブックス、2007年。
・枡田知身 著 『水木しげるロード熱闘記ー妖怪によるまちづくり 境港観光協会の挑戦ー』境港観光協会、2010年。
・木下斉著 『凡人のための地域再生入門』 ダイヤモンド社、2018年。
・山崎亮著 『コミュニティデザイン』 株式会社学芸出版社、2011年。
・山崎亮著 『ふるさとを元気にする仕事』 株式会社筑摩書房、2015年。
・香坂玲著 『地域再生 今日から生まれる新たな試み』 株式会社岩波書店、2012年。
・一色清編 『AERA Mook 観光学がわかる。』 朝日新聞社、2002年。
・岩崎正弥・高野孝子著 シリーズ 地域再生12 『場の教育「土地に根ざす学び」の水脈』 社団法人農山漁村文化協会、2010年。
・小田切徳美・藤山浩編 『地域再生のフロンティア 中国山地から始まるこの国の新しいかたち』 一般社団法人農山漁村文化協会、2013年。
・榊原辰蔵(編)『赤崎町郷土誌』赤崎小学校郷土調査部、1956年。
・赤崎町誌編纂委員会(編)『赤崎町誌』赤崎町、1974年。
・鳥取博物館所蔵 『伯州赤崎湊図』、1845年。

年月と地域
タグ: