太巻き祭りずし

青島 祥加

〜地域と世代をつなげる房総の郷土料理〜

1. はじめに
太巻き祭りずしは、千葉県房総半島の上総地方で親しまれている郷土料理である〔図1〕。龍崎英子氏〔註1〕によって名付けられた名称のとおり、祭りや祝いごとなど、ハレの日に客人をもてなす料理として発展してきた。形状は大型の太巻きずしで、主に精進物〔註2〕を具材に使い、切り分けた断面に季節の草花や昆虫、文字などの文様が現れるように巻かれているのが特徴だ。新たな具材や文様の考案は今も盛んであり、時代ごとに変化しながら伝えられてきた郷土料理である。本稿では、太巻き祭りずしの歴史と現状について報告を行うとともに、課題と展望を考え、その役割を考察する。

2. 起源と歴史
太巻き祭りずしの成立については、庶民の日常食に端を発すると考えられているが、それゆえ歴史的な文献が少なく、その起源は解明されていない。現在、最も有力とされているのは、和歌山県の郷土料理であるめはりずしが原型となったという説である〔図2〕。
太巻き祭りずしは、昭和のはじめごろまで、冠婚葬祭で客人が多く集まる際に、地域の巻き師によって巻かれていた。巻き師とは「名人」ともよばれた高齢男性のことで、冠婚葬祭の折には地域の巻き師が各家庭の台所を回ったという。しかし、戦中の混乱と戦後の食料統制で太巻き祭りずしを作れるような状況ではなくなり、巻き師は減っていった。伝統が途絶えかねない事態に、その危機を救ったのは、各家庭で巻き師を手伝っていた女性たちであった。女性たちは冠婚葬祭のみならず家庭の行事食〔註3〕として太巻き祭りずしを作るようになり、家庭の中で母から娘、嫁へとその技術が伝えられた。また、食生活の欧米化に伴って使用される食材が増えたことで、文様は複雑化し、バリエーションも飛躍的に増えていった〔図3〕。
しかし、高度経済成長期を経て生活が豊かになり、核家族化が進むにつれ、太巻き祭りずしは家庭でつくられなくなっていった。その理由として、外食産業やフードデリバリーの普及により、ハレの日の料理を家庭で作る機会が減ったこと、ボリュームのある太巻き祭りずしは食べる側にもそれなりの人数が必要であり〔註4〕、少人数の家庭では作りにくいことが挙げられる。その結果、太巻き祭りずしの技術の継承が家庭で行われることはほとんどなくなり、現在では、主に地域のコミュニティや講習会などで行われている。

3. 岡山の祭りずしとの比較からみる特徴と課題
太巻き祭りずしと岡山の祭りずしは、ともに「祭りずし」という名称をもつハレの日のすし料理である。両者の比較から、太巻き祭りずしのもつ課題と展望を考察する。

(1)倹約令に端を発する岡山の祭りずし
岡山の祭りずしは、通称「ばらずし」と呼ばれ〔註5〕、その歴史は江戸時代に始まる。備前岡山藩の藩主池田光政が、質素倹約を奨励し「食膳は一汁一菜」と倹約令を布告した。そのような情勢下でも時には贅沢を楽しもうと、たくさんの魚や野菜をまぜこんだすし飯を「一菜」と見なした料理がばらずしである。具材は家庭ごとに異なるが、にんじん、しいたけ、油揚といった精進物のほか、瀬戸内沿岸部ではあなご、たい、えびなど海の幸がふんだんに使われる。一部では「もぐりずし」と称し、具材の上にすし飯をかぶせ、具材を見せない場合もある。これも、他人に贅沢を悟られないための工夫の産物だ。倹約令の下、ハレの日にはごちそうを食べたいという庶民の知恵から生まれたばらずしは、現在も県下全域で親しまれている。

(2)限られた食材で食卓を華やかに彩る太巻き祭りずし
一方、太巻き祭りずしは、米のほか海苔、卵、かんぴょう、山ごぼう漬けなど、主に精進物のみでつくられる、素材だけ見れば決して豪勢とはいえない料理である。ばらずしとは対照的に、質素な食材をいかに華やかに見せ、ハレの日の食卓を彩るかが、房総の農村で育くまれてきた太巻き祭りずしの主題だ。そのために編み出され磨かれたのが、美しい断面を見せる細工巻きの技術である。職人が作るような細工ずしが家庭の女性によって伝承されてきたことは、太巻き祭りずしの特筆すべき点である。
冷蔵庫が普及した1950年代以降、家庭でつくられるすしといえば、生魚を用いた手巻きずしやちらしずしがほとんどである。そのような中で、家庭料理としては高度といえる技術を要する太巻き祭りずしが家庭で継承された理由は、なんといってもその文様の美しさだろう。質素な食材に工夫を凝らし、客人をもてなし楽しませた太巻き祭りずしは、この美しく個性的な文様を抜きにしては語れない。

(3)太巻き祭りずしの抱える課題と展望
このように、同じハレの日の料理である「祭りずし」でも、その性格と背景は異なっている。ばらずしはまぜずしの形状であるため、家庭でも簡単に作りやすい。また、具材も海の幸がふんだんに使われており、食べる側としてもバラエティに富んだ味が楽しめる。
一方、太巻き祭りずしは細工巻きであることから、作り手に技術を要し手間暇がかかる。また、具材はかんぴょうや漬物などで、現代におけるハレの日の料理としては、少々物足りないと言わざるをえない。食べる側としても、目で楽しむ文様は多彩である一方、味はどの文様も米、海苔、卵が主になる上、すし飯が非常に甘い〔註6〕ため、いささか単調である。さらに、健康志向で糖質オフの食品が注目されている今、米の比率が高い太巻き祭りずしは、栄養面でも敬遠されかねない状況だ。
このように、現代の食生活にはそぐわない面も見受けられる太巻き祭りずしだが、料理家のワタナベ氏は著書の中で、甘さを控えたすし飯の作り方を紹介している〔註7-1〕ほか、これまでの料理本には紹介されてこなかったスモークサーモンや生ハムを使った文様を考案している〔註7-2〕。また、その作り方も、凹凸をつけたすし飯の上に具材を並べて巻くだけの簡単な手順で作れる文様が見られ〔註7-3〕、作り手にとっても食べる側にとっても、現代のニーズに合ったものであるといえる。
太巻き祭りずしは、変化していく時代に合わせ、変化しながら伝統を守ってきた、おおらかで懐の深い郷土料理である。文様だけでなく、味や栄養面についても、時代に合わせた革新が求められる時期にきているのではないだろうか。

4. 地域と世代をつなげる太巻き祭りずし
奈良時代にはじまるとされる日本のすしの歴史〔図4〕の中で、太巻き祭りずしは新参者ではあるが、房総の気候と暮らしに根付き、変化してきた伝統は確かに存在する。太巻き祭りずしの伝統を守る場として、家庭だけでは限界のある時代になって久しい。しかし、太巻き祭りずしは、もともと地域のものであった。地域の巻き師から、戦争を経て家庭の女性へ、そして現在、再び家庭から地域へ戻ってきたともいえる。地域の体験教室や講習会では、作り方を教える高齢女性と教わる若い女性とが、太巻き祭りずしを通じて共に過ごす場と時間を和気藹々と楽しんでいる。千葉県で毎年行われている太巻き祭りずしデザインコンテストには、太巻き祭りずしを家庭で食べたことがないはずの小学生からも多数の応募がある〔註8〕。彼らに太巻き祭りずしを伝えたのは、学校の食育イベントに講師としてやってきた地域のお年寄りたちだ。家庭の食卓には上らなくても、地域のイベントや学校行事を通じて、子供たちは太巻き祭りずしを知り、興味を持ち、郷土料理であることを認識していく。太巻き祭りずしを作り、継承する、その手段は変わり続けても、地域と世代をつなげるファクターであるということは、昔も今も変わりはない。
新しい具材、新しい文様、そして人と人との新しいつながり方の中で生き続ける郷土料理が太巻き祭りずしであり、時代に合わせて変化しながら受け継がれていく「伝統」として、理想的なあり方といえるのではないだろうか。

5. おわりに
太巻き祭りずしは、その誕生以来、具材も文様も新しいものが次々に提案されているが、そういった変化を歓迎して、受け入れながら伝統を守っている。継承の手段も時代によって変わっているが、巻き師の文化や家庭での継承に固執せず、時代に合わせて変化できたからこそ残せた価値もあるはずだ。
筆者自身、実際に講習会に出向き、自ら太巻き祭りずしを作ることで見えてきた課題がある一方、可能性も感じることができた。その魅力はまだ未知数である。時代に合わせて自由に変化してきた太巻き祭りずしが、今後どのような姿を見せてくれるのか期待するとともに、千葉で暮らす一員として、太巻き祭りずしの役割とあり方をこれからも考えていきたい。

  • 1 【図1】太巻き祭りずしの地域性と県内における認知度(筆者作成)
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  • 3 【図3】文様について(筆者作成)
  • %e5%9b%b34_%e3%81%99%e3%81%97%e3%81%ae%e6%ad%b4%e5%8f%b2_web 【図4】日本のすしの歴史の中の太巻き祭りずし(筆者作成)
  • 5 【写真1】パンダの文様(2017年10月21日、筆者製作・撮影)
    使用した具材:海苔、卵、花おすしの素〔写真4〕(ピンク色のすし飯)、かんぴょう、山ごぼう漬け
  • 6 【写真2】ねこの文様(2017年11月18日、筆者製作・撮影)
    使用した具材:海苔、卵、花おすしの素(ピンク色のすし飯)、かつおぶし粉、黒すりごま、かんぴょう
  • 7 【写真3】クリスマスツリーの文様(2017年12月9日、筆者製作・撮影)
    使用した具材:海苔、卵、花おすしの素(ピンク色のすし飯)、青海苔粉、山ごぼう漬け、スライスチーズ、魚肉ソーセージ、紅生姜
  • 8 【写真4】ミツカン「花おすしの素」パッケージ(2018年1月28日、筆者撮影)
    混ぜ込むだけでピンク色のすし飯を作れる粉末すし酢。

参考文献

【註釈】
〔註1〕千葉伝統郷土料理研究会主宰である龍崎英子氏は、今日の太巻き祭りずしを語るうえで欠かすことのできない功労者である。東京都中央区に生まれた龍崎氏は、1955年に千葉市若葉区に移り住み、そこで房総の伝統料理である太巻きずしに出会った。以降、この技術の普及、創作、後進の育成に尽力し、現在に至る。その活動の貢献度は大きく、千葉県文化功労賞、NHK関東甲信越地域文化賞、文部科学大臣表彰・地域文化功労賞などを受賞している。「太巻き祭りずし」という名称は、龍崎氏が40年ほど前に名付けたもので、著書の中で「西の祭りずし(岡山県のばらずし)に対抗し、千葉県の太巻きを「太巻き祭りずし」として紹介」と語っている(龍崎英子『母と子の楽しい太巻き祭りずし作り方教室』東京書店、2009年、p.10)。それ以前の太巻き祭りずしは固有名詞をもっていなかった。当地では現在でも、単純に「太巻き」や「すし」などと呼ばれることがある。

〔註2〕ここでは、魚介類や肉類を除く、野菜や穀物などを主とした食材をさす。

〔註3〕巻き師の時代、太巻き祭りずしが作られるのは冠婚葬祭や新年などといった大きな行事に限られたが、巻き手が女性になったことで、花見、地域の祭り、子どもの誕生日、運動会や遠足の弁当、ひなまつりなど、太巻き祭りずしが作られる機会が増えた。

〔註4〕太巻き祭りずしの特徴である文様は、細工巻きによって作られる。その手法は、複数束ねた極細巻きや中巻きを、さらに米と海苔や薄焼き卵でくるんで太巻きにするものが多い。そのため、一般的な太巻きずしと比較して大きく、そのほとんどが米であることも相まって、非常にボリュームがある。1本巻くと8切れほどの太巻き祭りずしが出来上がるが、大人でも2切れほど食べれば満腹になってしまう。複数の文様を巻く場合はなおさら、食べる側にもそれなりの人数が必要になる。

〔註5〕岡山の祭りずしは、一般的には「ばらずし」と呼ばれる一方「祭りずし」という呼び方も使われる。それぞれの呼称の由来であるが、「ばらずし」という呼称は純粋な料理名、「祭りずし」という呼称は岡山県で駅弁を製造・販売している三好野本店の商品名から生まれたものである。三好野本店には「桃太郎の祭ずし」や「祭ずし 極」といった商品があり、いずれもばらずしを駅弁としてアレンジしたものである。商品自体は、具材をすし飯に混ぜ込んだりすし飯の下に敷いたりするばらずしに対し、具材はすべてすし飯の上に載っているという若干の違いはあるが、名称としては同じ料理をさしているといって差し支えない。

〔註6〕太巻き祭りずしのすし飯の甘さは特筆すべきものがあり、すし酢に使う砂糖の量は酢と同量かそれ以上になることもある。なぜ太巻き祭りずしのすし飯は甘いのか、理由は3つ挙げられる。1つは、砂糖が貴重品であった時代、客人にふるまう太巻き祭りずしをつくる時は砂糖をふんだんに使うことでおもてなしの精神を表していた名残が、レシピとして受け継がれているためである。2つめは、太巻き祭りずしはみやげ物でもあったことから、糖分の作用ででんぷん質の劣化を遅らせてすし飯が硬くなるのを防ぎ、時間がたっても食べられるようにという配慮である。3つめは、太巻き祭りずしをつくる際に文様がより美しく表れるよう、砂糖の粘りで米と海苔、具材をしっかり接合させ、隙間なく巻き上げるためである。

〔註7〕ワタナベマキ『しみじみかわいい 四季の飾り太巻き』誠文堂新光社、2014年
(1)p.16に掲載。
(2)p.39(スモークサーモン)、p.115(生ハム)に掲載。
(3)p.34、p.42、p.52、p.54、p.56、p.100、p.102、p.110に掲載。

〔註8〕2006年から行われている太巻き祭りずしデザインコンテストは、地域の食材を活かし、作る楽しみや食べる楽しみ、文様の美しさを見て楽しむ太巻き祭りずしを周知させることと、伝統技術・文化の伝承を進めることを目的として開催されている。主催は千葉県と千葉伝統郷土料理研究会。2015年には1185点もの応募があった。そのうち、492点が小学生による応募である。

【参考文献】
龍崎英子『母と子の楽しい太巻き祭りずし作り方教室』東京書店、2009年12月
龍崎英子『楽しくつくる祭りずし』全国学校給食協会、1985年6月
日比野光敏『すしの事典』東京堂出版、2001年5月
ワタナベマキ『しみじみかわいい 四季の飾り太巻き』誠文堂新光社、2014年1月
千葉県農業改良協会『ふるさと料理ちばの味』うらべ書房、1992年1月
日本の食生活全集千葉 編集委員会『日本の食生活全集12 聞き書 千葉の食事』社団法人農山漁村文化協会、1989年6月
夷隅支庁夷隅農業改良普及所・同大原支所『夷隅の巻きずし』夷隅郡市農漁家生活改善研究会、1983年3月
千葉県農業改良協会『房総のふるさと料理』千葉県農業改良協会、1978年11月
『太巻き祭りずしデザインコンテスト 入賞作品集:平成20年度千葉・県民芸術祭 ちばあ〜と2008第3回』千葉伝統郷土料理研究会、2008年12月
千葉県郷土史研究連絡協議会『郷土研叢書Ⅲ 房総漁村史の研究』千秋社、1983年3月
帝国書院編集部『日本各地の味を楽しむ 食の地図』帝国書院、2011年5月

農林水産省ホームページ http://www.maff.go.jp/index.html
千葉県ホームページ https://www.pref.chiba.lg.jp/index.html
ちばのお米のホームページ http://www.chibakome.com
農林水産省選定 農山漁村の郷土料理百選 http://www.rdpc.or.jp/kyoudoryouri100/
みよしの お弁当 http://www.miyoshino.com/
ミツカングループ商品・メニューサイト http://www.mizkan.co.jp/index.html

【取材協力】
吉野美也子氏、玉田美智子氏、丸妙子氏(インタビュー:2017年11月19日)
※お三方は、JAいすみ大原農産物直売所「グリーンスパいすみ」や「いすみふれあい市場」などの農林水産物直売所に手作りの太巻き祭りずしを提供されたり、大原の秋祭りで太巻き祭りずしをふるまわれるなど、主にいすみ市大原地区で巻き手としてご活躍されている。
ちば郷土料理 千寿惠(取材:2017年10月21日、11月18日、12月9日)
太巻き祭りずし認知度調査にご協力いただいた千葉県出身のみなさま