加藤 志織(専任講師)2016年3月卒業時の講評

年月 2016年3月
みなさん、こんにちは。教員の加藤です。2015年度秋冬期、わたしが採点を担当した12件の卒業研究について、全体講評をお伝えします。わたしの分担は、主に工芸・美術分野関係でした。みなさん、関心のある事例を取り上げてくださり、どれも興味深い内容でした。また卒業研究は本学での学びの集大成でもあります。したがって気持ちとしてはすべてによい成績を付けたいと思いましたが、冷静になって公正に判断いたしました。最初に、本学科の卒研にどういった事例を取り上げ、いかに論じるべきか、ということについて述べておきます。シラバスに明記されていますが、求められているのは、文化資産評価報告書の作成です。何を選んでもよいわけではありません。そもそも、卒研は、先行研究等で言及されていることをただまとめるだけでは不十分です。みずからが調査したことを整理・分析した結果(独自の見解)を報告しなければなりません。よって膨大な先行研究が存在するような、すでに評価が定まった芸術家や作品を選ぶと、ただ先行研究をまとめただけで終わってしまう恐れがあります。もし、そうした事例を対象にするのであれば、おびただしい量の先行研究に目を通し、それを踏まえつつ独自の見解を客観的に論じなければなりませんが、こうした作業は、通常、3200字では困難です。最低でも20000~40000字程度の紙幅が必要となります。また、美術史学や美学の方法論に則って論じる必要もあります。そもそも本学科の卒研で求められているのは、特定地域での芸術・デザイン活動の評価報告であり、その評価対象は地域の文化遺産に関わるものとされています。よって、たとえば、すでに評価が定まっている芸術家の作品を論じるのであれば工夫が求められます。もし、そうした事をあえておこなうのであれば、たとえばピカソのAという作品を、Bという美術館に展示することが、その美術館やその地域にとっていかなる意味をもつのか、というような観点からの考察にした方が効果的でしょう。今回、わたしが担当した卒研のなかには、著名な芸術家やその作品を取り上げたものが複数ありました。しかし、それらのいくつかは、残念ながら、まず先行研究の調査が不十分で、論じる方法論についても不明確なものが多く、地域の文化遺産という視点からの考察も希薄でした。その一方で、伝統工芸、伝統芸能、伝統的な建築物による景観等を事例として取り扱った卒研のなかには、よく書けたものがいくつかありました。それらは、工芸作品や建築物、それ自体の美的・芸術的価値をじかに問うといったスタイルではなく、それらがどのようにして今日まで伝えられ、現在いかに存在し、今後どうすればそれを将来に伝えることができるのかといった観点からの考察にむしろ力点が置かれています。その際にとりわけ重要となる、取り上げた事例の現状にかんする調査と報告についても適切でした。これは、たんに先行研究を調べるだけでは不十分で、実際に現場を訪れて、事例を自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じたことを理論的・客観的に整理・分析して可能となります。こうした調査・分析にくわえて、文章や添付資料についても非常に手間をかけた力作がありました。