神戸ストリートピアノの展望について -設置景観及びウェブサイトの編集の観点からできること-

藤原 唯人

1 基本データと歴史的背景
神戸ストリートピアノは、神戸市内各所に設置されたストリートピアノ(以下「ストピ」と略する。)群のことである。本稿執筆時(2023年12月)において市内33ヶ所に設置されている(1)。
ストピについて確立された定義はないが、「不特定多数人が出入り可能な公共的な空間に設置されたピアノであり、事前の許可なく誰でもこれに触れ演奏することが許容されているもの」と言えよう。特に不特定多数人が触れることができ、誰であっても区別しない(プロ演奏者も幼児も等しく扱う)という、機会の平等性が特徴である。
その設置趣旨は「まちに潤いと賑わい、交流を生みだ(す)」(デュオこうべ)(2)など、音楽による環境作りと人的交流を促すことが挙げられる。これは機会の平等性という特徴からも導かれる。
ストピの起源はイギリスにあると言われているが(3)、2011年の鹿児島市での設置を皮切りに国内でも広がり(4)、神戸市内では2019年頃から設置が始まった。神戸ストリートピアノは神戸市文化スポーツ局文化交流課が管理し、同名の紹介ウェブサイト(1)(以下「公式サイト」という。)も存する。

2 事例のどんな点について積極的に評価しているのか
33ヶ所という数は自治体単位では最多と言われており、そのため兵庫県が最もストピの多い都道府県になっている(5)。数を揃えるというのは特長となる。
上記の文化交流課によると、設置場所選定の契機は様々であるが、設置が街の賑わいづくりにつながる場所であるかを重視しているということである。

3 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
数を揃えた分、設置場所の多様性が特筆される(画像1)。
ストピは人通りが多い駅やモールなどに設置されるケースが一般である。神戸ストリートピアノでは、駅が最も多いが、船乗り場という港町ならではの場所もある。同じ駅でも人通りの多寡は様々である。

4 今後の展望について
4-1 ブームの一方で、近隣のJR加古川駅では苦情が原因で撤去を余儀なくされるストピがある(6)など、風向きの変化も感じさせる。
神戸ストリートピアノに関し、上記文化交流課に寄せられる苦情は年数件程度であり(音が大きい、長時間独占する人がいる等)、幸いにして撤去に追い込まれた事例はない。
今後ストピが文化として定着し、神戸ストリートピアノが支持を維持するために何が可能かについて、設置景観と公式サイトの編集という2つの観点から考察する。
4-2 設置景観について
聴覚は、視覚と異なり介入が不可避であるという特徴がある。
ゆえに、音楽は日常への介入が忌避される性質がある。そのため私たちは演奏会場等で、またイヤホンを装着するなど、日常と区別された場において音楽を楽しむ。
このことは、公共空間の音環境ポリシーとして「できるだけ不必要な音の発生を抑えるとともに、発せられた音がその場の音環境に悪影響を及ぼさない配慮が必要である」ということが挙げられることからも裏付けられる(7)。
以上より、ストピはややもすれば日常と水と油の関係にあるという課題を抱えたまま、社会への受容可能性を議論することになる。特に機会の平等性という特徴は、裾野の広さから日常の要素が多いことになるため、なおのことである。
ただ裏返すと、日常ならぬ非日常こそ、ストピと親和性があることになる。
とすれば、設置景観において非日常を演出できれば、ストピを受容できる環境を作ることができよう。以下具体的に検討する。
ア まず、三井住友銀行神戸営業部のストピが挙げられる(画像2)。ビジネス街の中心に位置し、通行人は近辺で働く人たちが主である。銀行のエントランスであるが、路面から高く舞台型になっており音響もよく、あたかもホールを思わせる。木陰があり腰掛けることもできる。
ホールでの鑑賞は非日常の楽しみである。そのため、ビジネス街という日常の空間にありながら、設置景観によって容易に非日常に移行できる場になっている。
また、行き交う人により非日常が演出されている例もある。新幹線駅や空港など、長距離移動の拠点である。神戸ストリートピアノでは新神戸駅や神戸空港に設置されている(画像3)。旅行者のみならずビジネス利用者も多いが、後者であっても長距離移動は非日常を感じるものである。ここにストピとの親和性を見出すことができる。
イ これら属地的要素に負う事例のほか、属地的要素が低い設置景観による工夫も検討する。
ここで空間を広く捉える工夫は有効である。空間を広く捉えることで、擬似的にホールを演出した景観を作出し非日常につなげるのである。その一つに、ピアノ(アップライトピアノ)が置かれる向きがある。
たとえばデュオこうべのストピはエスカレーターや階段の進行方向と平行にピアノの長辺が置かれている(画像4)。そのため通行人は演奏者を横に見ることになり、奥行きを認め空間を広く感じられる。これは演奏会で観客が演奏者を見る向きでもあり、ホールのような非日常に寄せた感覚になる。
他方で、撤去を余儀なくされたJR加古川駅のストピ(画像5)は、改札口に向かう人の流れと垂直に置かれていたため、通行人は演奏者の後ろ姿しか見えないか、逆方向から来た場合全く見えないため、空間に広さを感じることができなかった。上記のデュオこうべの例のほか、(神戸市外であるが)JR姫路駅(画像6)にも改札外にストピが設置されているが、改札口に向かう人の流れとピアノの長辺が平行になっており、空間の広さを感じられる。こうした差が結果の差に寄与したのではないか。
4-3 公式サイトの編集について
ア 次に公式サイトにおける編集を考える。現在は設置場所を行政区ごとに分類するのみであるが、さらにピアノとの関係性に着目した編集が可能であると考える。
ストピに苦情が出る理由は何か。加古川駅の事例ではルールやマナー違反が指摘されており(6)、ストピそのものよりは弾き手の問題であると解される。不特定多数人を対象とする以上、ある程度は不可避である。その難点を許容してもらうためには何が必要か。
しかるに、人間は自分とは無関係であると考えたとき、共感をしなくなり、ときに敵意を向けることになる。よって、自分と関係する事柄であると認識してもらえるかが肝になる。とりわけ、楽器はできる人とできない人とにデジタルに分かれがちであり、分断を生じやすい宿命を持つ。そこで、弾かない人を含め自己とストピとの関係性を感じてもらうことが求められる。
イ そうした際、ストピの関係性について具体的な場面を想定してゆく。
弾かない人がストピに関係性を感じる場面としては、鑑賞することがあろう。かしこまった鑑賞に至らずとも、ふと立ち止まる、人々が聴いている様子を楽しむことも含まれる。
また、弾くことはできないが、ピアノに触れてみたいという思いを持つ人もいる。特に、ユーチューバー等の影響で上手な人しか弾けない雰囲気があるという声もあるところ(8)、機会の平等性を確保するには、気後れせずに触れることのできるストピも確保されるべきである。
他方で、弾く人でも動機は様々である。筆者が、実地にストピ演奏者にインタビューをしたところ、昼休みや帰宅途中に気分転換をしたい、自宅と異なり近隣を気にせず生ピアノを弾きたい、発表会等が近いため度胸試しをしたい等の声があった。
このようにストピと関係性を感じる要素は様々に考えられる。
ウ そして、神戸ストリートピアノにおいては、その設置場所の属性は様々である(画像1)。上記各要素と属性をうまく結びつけるために、タグ付けによる編集が有効である。
たとえば、「座って聴きたい」というタグとともに、周囲にベンチ等が設置されているピアノが想定されよう(例:画像2)。
また「ピアノに一度触れてみたい」というタグとともに、乗降客数の少ない駅など、人目を気にせず触れることのできるピアノが想定される(例:画像7)。
「本番に備えてリハーサルがしたい」というタグとともに、人通りが多い場所や、ステージ状になっている場所に設置されたピアノが考えられる(例:画像8)。
このようにストピに関係性を感じるように工夫する編集が有効である。

5 まとめ
このように、設置景観及び公式サイトの編集という観点から、ストピの支持を維持するためにできることを考えた。ストピが文化として定着するために何ができるかにつき、他の観点(設置のストーリー作り、ルール作り、地元コミュニティとの協働等)からも考察を続けたい。

  • 81191_011_32283279_1_1_画像1 画像1 神戸市内のストリートピアノの設置場所とその属性をまとめた(情報サイト『神戸ストリートピアノ』に基づく。属性の判断は筆者による)
  • 81191_011_32283279_1_2_画像2 画像2 三井住友銀行神戸営業部(筆者撮影 2023年8月7日)
  • 画像3  神戸空港(筆者撮影 2024年1月22日)
    (非公開)
  • 画像4 デュオこうべ(筆者撮影 2023年12月20日)
    階段の下から見たもの(階段に向かう導線とピアノが平行になっている)と階段の途中から見たもの(階段からの導線とピアノが平行になっている)
    (非公開)
  • 画像5 JR加古川駅(筆者撮影 2023年8月17日)
       上部が南側入口から撮影、四角部にかつてピアノがあった。下部が北側入口から撮影、矢印部の柱の裏にピアノがあった。前者からは演奏者の背中が見え、後者からは演奏者は見えない。
    (非公開)
  • 画像6  JR姫路駅(筆者撮影 2023年8月17日)矢印部にピアノがある
    (非公開)
  • 画像7 地下鉄みなと元町駅(筆者撮影 2023年11月27日)乗降客数の多くない地下鉄駅の片隅にひっそりと設置されている
    (非公開)
  • 画像8 エコールリラ(筆者撮影 2024年1月23日)ショッピングモールの大きな階段の踊り場に設置されており、ステージが模されている
    (非公開)

参考文献

(1) 『神戸ストリートピアノ』https://kobe-piano.jp/ (閲覧日2023年12月30日)
(2)デュオこうべ『デュオこうべ浜の手にストリートピアノを設置しました』https://www.duokobe.com/piano(閲覧日2023年12月30日)
(3) 中村 亮一 『駅ピアノ-NHKの番組から-』https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62833(2019年10月24日)(閲覧日2023年12月29日)
(4)産経新聞『街角ピアノ、神戸で広がり 「誰でも演奏」交流の場に』https://www.sankei.com/article/20190814-G7HEAGNEZFKHZLPDZNWJXC3H6M/ 2019年8月14日(閲覧日2023年12月29日)
(5)ストリートピアノ設置場所情報専門サイト『だれでもピアノ』 https://pianomitsuketa.com/ を参照(閲覧日2023年12月30日)
(6)NHK NEWS WEB『JR加古川駅のストリートピアノ撤去 利用者から惜しむ声』(2023年4月30日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230430/k10014054311000.html (閲覧日2023年12月30日)
(7)桑野園子編著『音環境デザイン』コロナ社、2007年、4頁
(8)神戸新聞Web『ストリートピアノは迷惑? 駅から撤去で波紋…「文化」か「騒音」か 「ユーチューバーのおもちゃ」指摘も』(2023年5月19日)https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202305/0016371728.shtml (閲覧日2023年12月30日)

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