富山市岩瀬の景観 回船問屋のあるまちなみ

阿部 有子

1:基本データ
富山県富山市岩瀬地区は、富山市中心部から北側へ約9Kmに位置する人口3465人の小さな港町である。
平成24年6月OECD(経済協力開発機構)によって、コンパクトシティの世界の先進モデル都市に選出された富山市は、「回船問屋の街並みとライトレールによるまちづくり」というコンセプトを掲げて、岩瀬地区の活性化を積極的に支援している。(参1)

2:歴史的背景
北陸地方北東部に位置する富山湾は、日本の湾のなかでも、水深の深さと魚の豊富さで知られ、春と冬には蜃気楼が発生することで知られる。
岩瀬地区は、その富山湾に面しており、江戸初期に港町として形成された。
江戸後期には馬場家、米田家、森家、畠山家、宮城家の五代家と呼ばれる有力回船問屋が中心となって米や昆布、特産の薬などを運ぶ北前船交易の日本海側有数の港町として栄華を極めた。
明治6年、岩瀬は北陸特有のフェーン現象により起きた大火で約1000戸あった家屋のうち、650戸が焼失した。
しかし、当時全盛期だった回船問屋の財力によって京都から腕利きの職人たちを呼び寄せ、木造建築の粋を集めた岩瀬独自の〈東岩瀬問屋型〉家屋を再建して復興し、北前船交易をあつかう回船問屋は、岩瀬の町に莫大な富をもたらした。(参2)
しかし戦後のモータリゼーションの進展から陸上運送の時代となり、回船問屋は衰退した。
高度成長期が終わり、オイルショック以降産業構造の変化により、工場の閉鎖や縮小が相次いだ。建築様式においても、アルミサッシ等の近代工法による家屋改修により、歴史的まち並みの風情が失われ、住民の高齢化が進み、まさに地方の課題を浮き彫りにした状態であった。

3:特筆すべき点 「資源を活かして、魅力的な町に再生する」
衰退した岩瀬のまちなみを魅力的なものにしようと、平成11年に地域住民主体で「岩瀬大町新川町通り街並整備推進協議会」が発足された。

➀古いまちなみという歴史的資源
②ライトレールという新資源
③運河等の地理的資源
3つの資源を活用し、地元客が集い、観光客が訪れる魅力的なまちとして再生するというものだ。
富山市ではまちづくりの専門家を派遣し、歴史的な街並み保存対策の一環として、大町・新川町通りの歴史的街並みに調和した街路の修景整備をし、通り沿いの伝統的家屋等を修景するための補助制度を設けた。
富山市の計画が3年計画であったため、「岩瀬大町新川町通り街並整備推進協議会」(参2)は、平成13年に解散する。これはまちづくりの下地になった。
このまちづくりには、当初一部の住民たちの反対があった。
地元住民たちは、静かな町がまちづくりによって観光地化され、騒がしくなるのではという不安を持ったのだ。観光客が増えても利益になるのは商店や土産物屋だけ、住民には関係がないというのである。
また一つの土地に何人もの所有者の地権があり、交渉が難航することや岩瀬の土地を県外の人(よそ者)には売りたくないなど、街並みの形成計画は難航した。

こうした問題に尽力したのが、「岩瀬まちづくり会社」だ。
平成18年ライトレール開通を機に、岩瀬の老舗酒造会社社長桝田隆一郎氏が立ち上げた。
岩瀬まちづくり株式会社は、「大型観光地にするのではなく、来街者が目的をもって岩瀬を訪れるまち」を目指して、岩瀬で活動している。(参3)
岩瀬で生まれ育った社長は地元の地域性を熟知している。
老舗酒屋の信頼と人脈をもって土地の所有権・賃貸権をまとめ、不安視する住民に修復を強制せず規制を緩やかなものにして、成功例をみながら自主的に判断してもらうことにした。

古いまちなみという歴史的資源
街並み修景等整備の内容
・伝統的家屋修景:明治期に建てられた東岩瀬回船問屋型、伝統的町屋型又は防火土蔵造り型等の伝統的家屋の建築物外観等の維持と保全。
・一般建築物等修景事業:伝統的家屋でない建築物等の、歴史的な街並み景観との調和と景観形成。
・空家活性化事業:空家になっている建築物を店舗、飲食店等にするための修繕。
街路の修景整備
・岩瀬大町・新川町通り修景、無電柱化 ・東岩瀬駅前通り歩道修景、旧東岩瀬駅舎改修 ・街灯設置、サイン設置、多目的広場整備 ・岩瀬カナル会館改修工事。
岩瀬地区の街並みの特徴や、スムシコ、出格子、大戸 などの伝統的家屋の構成要素、岩瀬のアイデンティティとなる意匠を解説した「街並み修景等のガ イドブック」を作成した。(参4)

ライトレールという新資源
平成18年4月富山駅・岩瀬を結ぶライトレールが開通した。
ライトレールの目的地となる岩瀬が観光地として活性化することは、ライトレールの活性化となり、<住民の足>の活性化という好循環に繋がる。
富山ライトレールの利用者数は開業から半年で100万人、およそ1年後には200万人を突破。
2年間でのべ329万人が利用している。(参5)
開業から1年半後の乗客数300万人の突破(平成19年10月3日)は、当初の見込みよりおよそ1年も早い達成であった。富山市民の足として定着しているのみならず、各自治体からの視察や観光目的での利用もその大きな要因となっている。

地理的資源 水上ライン
平成19年6月富岩運河チャータークルーズ運行開始
富山市が富山観光遊覧船株式会社に委託して松川にある遊覧船を利用して運行している。
富岩運河・中島閘門わくわくクルーズ、富岩運河ディナークルーズの2種類のコースがあり、春には625本の桜のお花見クルーズなどの特別運行もある。
水上ラインは開業当初年間6.257人から平成28年は50.945人まで利用者が増えた。(参6)

4:評価したいこと「まちの印象は変わったか」
景観の修復により、来街者は岩瀬のまちなみにどのような印象をもったか。
2016年7月28日から4日間、岩瀬展望台にて以下の質問事項を書いたアンケート調査を実地した。
① 岩瀬を知った手段
② どこから来たか
③ 年代
④ また来たいと思うか
⑤ 目的
⑥ 町の魅力
⑦ 提案したい事
調査対象109人のうち回答は79人であった。
ほとんどは聞き取り調査であったが、自らアンケート用紙に記入してくれる人もあった。
➀~④はグラフを参照。
⑤目的
・古いまち並みと森家の回船問屋など伝統的家屋をみたい
・ライトレールに乗りたい
・「松月」の白エビ・カナル会館の海鮮料理を食べに来た
⑥町の魅力
・高い建物がない ・無電柱化された街並みが美しい
・静かでごみが落ちてない
・富山駅からライトレールで25分という手ごろな近さがいい。
・森家の入場料は安価で、説明が面白く、もてなしの姿勢がうかがえる。
・町の人が穏やかで親切である。
⑦提案したい事
・観光スポットが少ない。
・グルメや芸術など町の特徴を出したものを集めたエリアを増やしてほしい。
・地元のものを食べさせて休ませてくれる等、イートインがほしい。
・展望台にエレベーターを設置してほしい(足が悪くて登れない)
・パンフレットを目立つところに置くなどもっとPRがほしい。
・来街者が何を欲しているかを常に考え、全国の町とのつながりを見つけ、面白いアイデアを積極的に生み出してほしい。

岩瀬の魅力は、大船主の繁栄を今に伝える「森家」といった回船問屋型家屋のある美しいまち並み、歴史的風情だと答える人が圧倒的であり、景観修復の効果だと感じた。
ライトレールに乗るためにやってきたという、県外からの鉄道ファンもおり、意外な魅力に気づかされた。
直にアンケートをお願いしたため好意的回答が多かったが、新鮮な魚が食べられる飲食店、土産物店や観光スポットを増やして欲しいという意見もあり、観光地としては少し物足りないというニュアンスも感じられた。

5:今後の展望
景観の修復によって歴史的風情が復活し、来街者が確実に増えた岩瀬の今後の課題は、景観の整備、ライトレール、水上ラインといったハード面の事業を継続しつつ、より魅力あるまちにするソフト面での事業の充実である。
2015年、回船問屋家屋を利用した「アートフェア富山」を岩瀬で開催し、成功した。
岩瀬まちづくり株式会社はアート作家の移住に家賃優遇を取り入れて、岩瀬を文化的なまちとして育てていく方針だ。(参7)
また岩瀬は岩瀬浜漁港という優れた漁港があり、新鮮な魚貝類をアピールすれば、来街者にとって強い魅力になるだろう。
地域住民が幸せそうに暮らしているまちは、観光客にとって魅力的だ。
地域住民と来街者が共に満足するために、<新しい価値>を追加する試みは続いている。

  • 1 岩瀬のまちなみ(2016年7月27日 筆者撮影)
  • 北前船廻船問屋 森家(2016年7月27日 筆者撮影)(非公開)
  • 北前船廻船問屋 森家
    出典 www.tripadvisor.jp 2017(非公開)
  • 4 岩瀬展望台(2017年10月26日 筆者撮影)
  • 5 岩瀬のまちと市中の導線となるライトレール(2016年8月29日 筆者撮影)
  • 6 「岩瀬まちづくり会社」社長桝田隆一郎氏と岩瀬に移住したガラス工芸作家の安田泰三氏
    出典 www.toyama-brand.jp/TJN/
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参考文献

参考1 富山市都市整備部都市政策課『富山市岩瀬のまちづくり』、2011年
参考2 岩瀬まちづくり事業『岩瀬地区のまちづくりについて』、2007年
参考3 http://www.esri.go.jp/jp/prj/mytown/suisho/su_08_0702_01.html 、内閣府 経済社会総合研究所「地域の資産価値を高めるまち 富山市岩瀬」、(参照2016年7月)
参考4 富山市企画管理部企画調・整課『第2次富山市総合計画2017-2026』、2017年
参考5 http://www2.hokurikutei.or.jp/lib/shiza/shiza08/vol21/topic2/data/、北陸の視座、2008年、(参照2017年10月)
参考6 https://www.city.toyama.toyama.jp/data/open/cnt/3/2332/1/3tyuukatukeikaku20170324.pdf、富山市オフィシャルウエブサイト 「富山市中心市街地活性化基本計画」2017年4月、(参照2017年10月)
参考7 http://www.toyama-brand.jp/TJN/?tid=102612、トヤマジャストナウ 2006年5月31日、(参照2016年7月)
・富山巡検研究会(代表 西野真夫)『岩瀬地区巡検報告書』、北前船海運ミュージアムをつくる会、1996年
・「ありがとう富山港線、こんにちはポートラム」編集委員会『ありがとう富山港線、こんにちはポートラム』TC出版プロジェクト、2006年
・山崎亮『まちの幸福論』、NHK出版、2012年
・山崎亮『故郷を元気にする仕事』、筑摩書房、2015年
・西村幸夫、埒正浩『証言・まちづくり』、学芸出版社、2011年
・株式会社 都市研究所スペーシア http://www.spacia.co.jp/Mati/sisatu/2008/iwase/
・富岩水上ライン https://fugan-suijo-line.jp/