人形と歴史的伝統文化のまち・岩槻区について

中村 和美

1.埼玉県さいたま市岩槻区の基本データ

埼玉県東部に位置するさいたま市岩槻区は、区域面積は四九.一七平方キロメートル、東西に約四.九キロメートル、南北に約十四.六キロメートルと細長い。岩槻には緩やかに起伏した台地の緑や元荒川の水辺などがあり、豊かな自然環境に富んでいる。出土品から、一万年以上前から人間の生活が営まれていた地域とされ、縄文時代の国指定史跡真福寺貝塚、黒谷貝塚など県選定重要遺跡がある。明治時代に県庁を置かれたこともあるが、現在はさいたま市に属す。岩槻城跡・旧城下町などがあり、全国一の生産高がある「人形のまち」であり、伝統的な文化とイベントも多くまちなか回遊ルートがある。(資料1)

2−1.伝統工芸品・岩槻の人形について

岩槻は人形で有名なまちで老舗の店も多い。(資料2−a)「岩槻人形」「江戸木目込み人形」の技法は、経済産業省の伝統的工芸品に指定されている。
寛永年間に、三代将軍徳川家光公は東照宮の造営にあたって全国から優れた工匠を集めた。当時の岩槻は日光御成街道の江戸から最初の宿場町で、東照宮の造営や修築に携わった工匠たちの中で岩槻に住み着いた者もいた。『新版風土記』に、「元禄十年に京都堀川の仏師恵信が岩槻で病に倒れ、岩槻藩主・小笠原長重氏の藩医の治療を受け回復後も岩槻にとどまった。その際付近で産出される桐粉に着目し、しょうふ糊で練り固めて人形の頭を作り始めた」(註)と記載があり、これが岩槻の人形の始まりとなる。岩槻はもともと桐の産地で、人形の原料の桐粉が豊富だった。また、人形の頭の塗装に使用する胡粉の溶解、発色をよくするために重要な水にも恵まれていた。恵信の残した「桐塑頭の技法」は、藩の武士や農家の人々によって受継がれ、幕末には岩槻藩の専売品に指定されるほど重要な産業となる。
雛人形は関東では目が大きくふっくらとした可愛らしい顔立ちが人気で、男雛と女雛の位置は、関東は向かって左が男雛で右が女雛となる。京雛は日本古来の左上座だ。明治時代に西洋の影響を受け国際儀礼の基準に合わせて右が上位となり、関東の人形も影響を受けた。岩槻の人形は大正時代に質が向上し、日本一の生産を誇る伝統工芸品となる。岩槻駅周辺には旧街道を偲ばせる建物や人形店があり、二〇二〇年には、初の人形専門の公立博物館「岩槻人形博物館」が開館された。(資料2−b)岩槻に伝わる人形作技術が紹介され、日本文化である人形の美と歴史を発信している。

2−2.歴史文化を感じさせる岩槻城跡と旧城下町のまちなみについて

岩槻城は室町時代末に太田道真・道灌父子が築いた城郭だ。長天正十一年に岩槻城防衛力強化のため城の大改修する。本丸、二の丸、三の丸のほか、自然の沼に囲まれた南側対岸には、「新曲輪」「鍛冶曲輪」を築き、北側対岸には「新正寺曲輪」がある。城郭は「主郭部」「新曲輪」「新正寺曲輪」の三つに分かれ、城の中心部は「主郭部」となる。城郭の西側には岩槻城主に仕える武家屋敷があり、武家地といわれる。城下町を囲む全長八キロに及ぶ広大な大構えを築き、関東の城郭を凌駕する大規模なものだった。天下統一を目指して関東への進出を図っていた豊臣秀吉と対立し、天正十八年に秀吉の小田原征伐により落城した。岩槻は徳川家康の領地となり、高力清長が城主となり落城後の城と城下町の復興に努めた。(資料2−c)
岩槻は城の歴史と旧城下町や文化を大切にしている。「まちなみづくり」と「みちづくり」の「岩槻歴史街道事業」を行い、明治四年に廃城となった岩槻城は、大正十四年に県の史跡に指定され岩槻城址公園となった。公園の裏に岩槻城城門があり、岩槻城本丸跡地などは石碑で場所を示す。旧城下町のまちなみの中に「時の鐘」があり、まちなかの看板はシンプルで歴史を感じるまちづくりとなっている。
岩槻は「住民等と市の協議で進めること、裏小路らしさを目指すこと、継続的に活動すること」という考えと、「歴史・文化にふれあい、四季を楽しむ裏小路」というコンセプトをもとに、歴史と文化を守り伝えることを、行政と住民とで対話しながら決める。まちなみづくりは住民が話し合いで決め、結果を行政に伝え「みちづくり」を検討する。まちを歩くと生活の中に歴史文化が溶け込む。建築物や門や塀の工作物や生垣などの演出や屋外広告物、歴史や文化と調和した雰囲気に統一され、石畳やストリートプリント、舗装、行燈型照明灯、無電柱化なども、岩槻らしいまちなみを作る。(資料2−d)

3.岩槻のイベントと他地域のイベントについて

人形のまち岩槻らしいイベントとして、駅前周辺商店街で「まちかど雛めぐり」イベントを二、三月に行い、雛人形に扮した参加者がイベントを盛り上げている。活躍する職人さんの作品や、商店に伝わる古い人形等も数多く飾られ賑わいを見せる。岩槻城址公園、旧城下町という歴史的文化があり、公募イベントで公益財団法人さいたま市文化振興事業団が企画している「城下町岩槻鷹狩り行列」がある。これは江戸時代に徳川家康公が鷹狩りで岩槻を訪れた際の、 鷹狩り行列を再現しながら鷹匠の放鷹術などパフォーマンスを行う。まちなかに「将軍、岩槻藩主、姫、腰元、徒、側衆、小十人組、槍持ち、目付、侍女」などに扮した参加者の行列が現れる日本らしいイベントとなる。行列には「もうかりやっこ」というご当地商売繁盛のキャラクターがいて、モチーフは江戸時代にいた日光・甲府・岩槻の日本三奴の岩槻の黒奴である。久伊豆神社の神幸祭、新興渡御の先に立ち岩槻城内や城下町を練り歩いたとされる。
身近なイベントとして、浄源寺で毎月第三日曜に開催される「岩槻安穏朝市」があり、本物・食・暮らし・つながりなどをテーマに、岩槻にあるたくさんの物を揃えた「ミニ岩槻」をコンセプトにしている。主催は、「岩槻は朝市からはじまる。の会」である。駅前では音楽イベントとマルシェも開催している。地元の人とお店で作るイベントで、音楽を担当する「岩槻Jazz」は、JAZZイベントの総称として代表の今村信哉さんが名づけ広報誌にも紹介された。「岩槻のまちにJazzを流し、その音楽を中心に人の輪ができたら」という想いから、二〇一六年四月に活動を開始する。岩槻駅東西自由通路開通式典での演奏依頼をきっかけに活動が広がり、二〇二一年にさいたま市民会館いわつきで行われた「岩槻Jazz 2021 WINTER LIVE」では、満席になるほどの大盛況となる。岩槻は住民と行政が協力しあい「岩槻歴史街道事業」を企画し、地元住民が中心となり、駅前の広場で岩槻JAZZが音楽で人を呼び、地元の学校やバンドでまちを盛り上げる。(資料3)
同じように文化事業に力を入れている埼玉県所沢市は、「文化を楽しみ、文化で魅せ、文化を紡ぐ」というコンセプトがある。「角川武蔵野ミュージアム」は、人間と自然が折り合ってきた悠久の大地、武蔵野の地にオープンするまったく新しいコンセプトの文化複合施設で、図書館・美術館・博物館が融合し多角的に文化を発信する。屋外イベントでコスプレや音楽ステージも開催される。静岡県掛川市でのイベントは自然の中にポツンと立っている赤い服を着た人たちが、なにも変化がないように見えていたが、次に視線を合わせると微妙に立つ場所が変わっている。絵画のように止まっているようで、時は進んでいる、まちの自然をアートにした作品がある。京都を拠点としてパフォーミングアートを行う、「ソノノチ」というグループが行った。ビジュアルアートやモダンアートの要素を取り入れ、作品作りは土地に滞在し、アートとしてその土地をデザインする。これらのイベントを岩槻でも再現できるだろうか。

4.今後の展望

岩槻では伝統文化に恵まれ、マルシェや岩槻Jazz、まちかど雛めぐり、城下町岩槻鷹狩り行列、回遊ルートも確立されてる。さらに絵画、音楽、建築など表現領域での歴史的なまちなか体感型イベントを岩槻で行うのはどうか。岩槻のまちをアートとして捉える。過去と現在のまちをAIなどを使い映像と音楽と建築物を融合し、地元の施設等でVRで体感するイベントはどうか。岩槻城が存在していた当時の岩槻を現代のIT技術を駆使し、今、存在するかのように当時を体感できる空間を作る。過去と現在の岩槻のまちを回遊し、新しい感覚との融合は歴史が交差する参加型イベントとして、幅広い年代の方に岩槻の歴史や文化に興味を持ってもらうきっかけにならないだろうか。(資料4)

5.まとめ

岩槻には素晴らしい伝統文化がある。人形と岩槻城と旧城下町。伝統文化とマルシェや音楽イベントと新しい体感型イベントと融合し、過去と現在が交差する新しい体験が加わることで、子供から大人まで岩槻の同じ時間空間を共有することができる。歴史的文化財、伝統的技術、歴史的まちの景観は、存続させようとしなければいつかは消えてしまう。過去から現在までを線で結び興味を持つことが、未来へとつながるまちづくりとなるだろう。岩槻は城の歴史とまちなみ、伝統的人形文化を大切にしつつ、岩槻の歴史と現代と未来が交差する新感覚のイベントで国内と海外にアプローチする。岩槻が舞台の人気TVアニメ「その着せ替え人形は恋をする」があり、アニメ聖地巡礼としても発信してもらい、日本の観光スポットとして未来へ続くことを期待する。

  • 1_540979_1 2026年5月5日に筆者撮影の看板画像と、配布されているガイドマップ資料。フリー素材の埼玉県の白地図の岩槻の箇所と、サイトで公開されている裏小路まちなみ協議会の活動範囲マップにわかりやすく色をつけた。
  • 2_541749_1 2026年5月5日筆者撮影。岩槻駅や人形のまちらしい絵が記載された階段や看板を撮影した。
  • 3_542350_1 2026年5月5日筆者撮影。岩槻人形博物館外観や館内撮影可能な箇所の写真。また、岩槻人形博物館ガイドマップの、人形のまち岩槻と節句人形について説明部分を抜粋で撮影し記載した。
  • 4_541374_1 2026年5月5日筆者撮影。岩槻城址公園看板と現存する城門、公園裏の菖蒲池の橋、二ノ丸三の丸跡の石碑と、岩槻のまちなからしい看板を撮影した写真掲載。
  • 5_541361_1 2026年5月5日筆写撮影。旧城下町の岩槻の街並みにある、時の鐘、その看板、街灯、旧家屋や登録文化財、老舗の鈴木人形店などを撮影。
  • 6_541751_1 所沢市角川武蔵野ミュージアム外観、本棚劇場、武蔵野樹林パーク内は2023年11月18日、岩槻区Jazzイベントについては2022年11月19日に筆写撮影。岩槻Jazzイベント写真に出演者が写っているがステージ写真掲載許可済み。
  • 7_541183_1 歴史文化ある岩槻の過去と現在から未来へとつなぐイベントイメージのイラストを、筆者が2026年7月に作成した。使用しているイラストはAIで作成し、写真は筆者が撮影したものを使用。

参考文献

⚫︎参考Webサイト (2026年7月23日閲覧)


※(註) 2−1『新版風土記』で抜粋利用

○岩槻について人形について・江戸時代に始まる人形の歴史

https://doll.or.jp/about/


※1の参考資料

○国指定史跡真福寺貝塚 調査最前線 2025
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/009/p121675.html

○文化財紹介 岩槻城跡
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/006/001/005/001/002/p002206.html

○岩槻城と城下町
https://www.city.saitama.lg.jp/004/005/004/005/008/006/p097188_d/fil/ezudeshiruiwatsukijo.pdf


※2〜4で使用した参考資料
○裏小路のまちなみづくりについて
https://www.city.saitama.lg.jp/001/010/015/011/p058504.html
ページ内PDFリンク先参照 (裏小路まちなみ作りの指針)


○岩槻歴史街道事業
https://www.city.saitama.lg.jp/001/010/015/011/p046000.html
ページ内PDFリンク先参照 (岩槻歴史街道基本方針)

○岩槻区散策マップ ※参考にした散策マップ資料掲載
https://www.city.saitama.lg.jp/iwatsuki/001/001/014/p020714.html


○さいたま市公式観光サイト
https://visitsaitamacity.jp/courses/3

○岩槻区ガイドブック「来て 見て 魅せる 城下町いわつき」
項目別でPDF DLできる参考資料掲載
https://www.city.saitama.lg.jp/iwatsuki/001/001/001/p070820.html


○春の城下町いわつき・日光御成道 NPO法人越谷市郷土研究会
※岩槻城。黒奴について記載あり
https://koshigayahistory.org/450.pdf


○さいたま市 令和8年7月1日発表 第14回城下町岩槻鷹狩り行列参加者募集
https://www.city.saitama.lg.jp/006/014/008/003/015/004/p131755.html

○岩槻人形協同組合
・2010 人形のまち 岩槻まつりが開催されました

※岩槻ゆるキャラ、もうかりやっこの写真(上から六枚目の写真)、まちかど雛めぐりの写真あり
https://doll.or.jp/event/e20100825/

・岩槻人形、工程について 岩槻について人形について江戸時代に始まる人形の歴史
https://doll.or.jp/about/

○岩槻人形博物館トップページ 

イベントと埼玉の人形作り、コレクションについて

https://ningyo-muse.jp/

○さいたま市の伝統産業 
※岩槻の人形について記載あり

http://www.saitama-dentousangyou.com/intro.html


○(株)増村人形店
 雛人形と五月人形 関東と関西  ※2−1の参考
https://www.masumuradoll.co.jp/features/3336/index.html

○人形の東玉
 雛人形の並べ方 ※2−1の参考

https://www.tougyoku.com/hina-ningyou/column/hina-ningyou-kazarikata/hinaningyou-narabekata-kansai/

○岩槻安穏市について
https://iwatsukiannon.jimdofree.com/%E5%B2%A9%E6%A7%BB%E5%AE%89%E7%A9%8F%E6%9C%9D%E5%B8%82%E3%81%A8%E3%81%AF/

※3で使用した参考資料
○浦和美園→岩槻地域ガイド
なぜ「岩槻Jazz」を結成したのか? 
今村さんのインタビュー

https://www.urawamisono-iwatsuki.info/blog/iwatsuki/music.html

○所沢市文化芸術振興ビジョン 
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/shiseijoho/keikaku/jisshi/bunkavision.html

○所沢市文化取り組み
https://www.city.tokorozawa.saitama.jp/shiseijoho/keikaku/jisshi/bunkavision.html

○角川武蔵野ミュージアム 

https://www.kadokawa-zaidan.or.jp/facility/kadcul.html



○ソノノチ ソノノチ作品紹介 -artworks- 

https://sononochi.com/artwork/

○さいたま市:訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2024年版)」に選定されました!
https://www.city.saitama.lg.jp/006/014/008/003/012/011/p112960.html

○その着せ替え人形は恋をする ©福田晋一/SQUARE ENIX・アニメ「着せ恋」製作委員会https://bisquedoll-anime.com/

⚫︎参考文献

※1基本データで使用

○ 「ふるさとの文化遺産 郷土資料辞典11埼玉県」 人文社 1997年3月20日


○埼玉城郭研究会顧問 西野博道編著「歴史ロマン続・埼玉の城址30選」埼玉新聞社
平成20年2月23日

※2、3のデータで使用、JPEGデータで一部掲載

○編集・発行 さいたま市岩槻人形博物館「さいたま市岩槻人形博物館ガイドブック」
令和12年2月22日 

年月と地域
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