
神宮スタジアムナイトヨガにおける価値観の共有とイベントの継続性 ―共創的な関係性の形成に着目して―
はじめに
『JINGU STADIUM NIGHT YOGA』(以下、神宮ヨガ)は、夜の神宮球場という非日常空間で開催される大規模ヨガイベントであり、2016年の開始以来、協賛企業の支援を受けながら無料開催を継続し、人気を集めている。筆者はこれまでに、神宮ヨガの魅力は無料で非日常の感動体験を味わえることにあり、それが健康意識の向上やウェルビーイングにつながることを考察した(註1)。しかし、10年以上にわたる継続を維持してきた理由はその魅力だけなのだろうか。長年、ボランティアとして携わってきた経験から、参加者・企業・主催者への聞き取りや参与観察をもとに、神宮ヨガが長期間にわたり継続している要因を、関係者相互のつながりという観点から考察する。
1、概要:基本データと歴史的背景
神宮ヨガの主催者はACTIVEICON(註2)であり、企業の協賛により2016年より毎年5月~9月に神宮球場で10回程度開催される。夜のグラウンドで1500人規模の参加者が同時にヨガをするという非日常体験が無料でできることから人気となっている。ヨガ未経験者でも取り組みやすいプログラムが用意され、ここでの感動体験が運動習慣や健康意識の獲得という行動変容のプロセスのきっかけになるようデザインされている。
2、評価できる点―神宮ヨガの価値を支える構造
神宮ヨガの特徴は無料でありながら感動体験を生み出すイベントのデザインにある。その感動は徹底した演出によりエンタメ性を高めた結果生まれるものであり、単なる健康イベントではない(註3)。神宮ヨガの魅力であり、主催者が大切にする「感動体験を第一とする価値観」を、参加者・企業も共有することで「神宮ヨガブランド(筆者定義)」(註4)が形成されている。関わる人それぞれの立場でこのブランドを育て守っていることが長期にわたってこのイベントが継続するのを可能にしている。参加者・企業・主催者それぞれの立場の価値と神宮ヨガブランドを支える構造を考察する。
2-1.参加者
無料での非日常体験で予想を超える感動は、健康意識の変化や行動変容を促すだけでなく、イベントに対する愛着や感謝の気持ちを生み、「この場を大切にしたい」という思いへとつながる。その結果、SNSでの発信や友人への紹介の他、参加ルールの順守といった会場の雰囲気を守る行動として現れる(資料①)(註5)。こうした行動は「受けた好意に応えたい」という返報性の原理や集団規範(註6)が働いていると考えられるが、神宮ヨガではそれだけでなく、ファンとして神宮ヨガブランドの価値を支える主体としての振舞いにもなっていることが特徴である。これらブランドを主体的に支える姿勢は、ブランド・コミュニティの概念と共通する点がみられる(註7)。
2-2.企業(協賛企業と施設)
協賛企業にとっての価値は、社会貢献や企業課題である健康経営の推進を重視していることにある(註:8)。これは、企業が協賛による短期的な利益やスポンサーシップを求めるよりも、参加者の感動体験を最も大切にするという神宮ヨガの価値観を共有していることを表している。そして、その価値観に共感した企業だけが集まり、長期的な協力関係を築いている。
神宮ヨガでは4つの協賛企業(註9)を「パートナー企業」と呼ぶ。その関係について主宰者の松藤氏は「共にするという意識で、おたがいさまの関係」、また協賛企業の新保氏は「もうファミリーですね」と語っており、単なるスポンサーではなく、相互の強い信頼に基づく関係性を築いている(註10)。
また施設を提供する神宮球場にとっては空き時間の有効活用や地域社会への貢献につながる。また前述したとおり、参加者のマナーが良いことから施設を安心して貸し出せるというイベントへの信頼があり、協賛企業同様にイベントの価値を共有している(註11)。このように、企業や施設も神宮ヨガブランドを支える一員であり、神宮ヨガの関係者であるという誇りがイベントの継続を支えている。
2-3.主催者による関係性のデザイン
参加者の感動体験を第一にする価値観を運営にあたるスタッフ、ヨガ講師、ボランティアスタッフ(本稿ではこれら講師やスタッフも主催者に含む)や協賛企業、施設と共有し、ともに場を作る関係性を築いている。
主宰者の松藤氏は「参加者を満足させるのは当たり前で、さらにこのイベントに関わったことを誇りに思える、モチベーションの上がるイベントでありたいと思いやってきた。」と語る。(註12)
イベントに関わる参加者・企業・主催者のそれぞれが価値観を共有しそれぞれの立場から神宮ヨガブランドを育み支える共創関係を形成していることが、イベントが10年以上継続してきた要因の一つだと考えられる(資料②)。このような共創的な関係性が他事例と比べてどのような独自性を持つのか、次章で検討する。
3、他事例との比較
大規模ヨガイベントであるORGANIC LIFE TOKYO(註13)についてイベントの構造の観点から比較する。
3-1.ORGANIC LIFE TOKYOとの比較
ORGANIC LIFE TOKYOはヨガ愛好者を対象としたイベントであり、学びや交流を目的に有料のヨガクラスや関連企業の出展がある。両者とも都市型の大規模ヨガイベントとして長期間継続している点は共通するが、その対象者とイベントの目的は異なる。ORGANIC LIFE TOKYOはヨガそのものを学び楽しむことが中心であり、参加者・企業・主催者を「ヨガ」という共通関心が結び付けている。一方、神宮ヨガは、感動体験を通じた健康意識の変化を目指しており、その手段としてヨガを用いている。それぞれの立場で異なる目的を持つ人々が「感動体験を大切にする」という価値観を共有することでつながっている。
3-2.イベントの構造
ORGANIC LIFE TOKYOでは、ヨガという共通の関心を持つ参加者に対し、主催者が体験を提供する構造が軸である。一方、神宮ヨガでは、参加者・企業・施設・主催者など、異なる立場や目的を持つ主体が、「感動体験」という価値を共有しながらイベントを支えている。それぞれが異なる価値を得ながら関わり続けられる共創的な関係が形成されていることが神宮ヨガの構造の大きな特徴である。
近年、ブランド価値は提供者から受け手へ一方的に与えられる『価値提供』ではなく、関係者との相互作用によって創出される『価値共創』にあると考えられている(註14)。神宮ヨガでも、主催者だけでなく、参加者や企業もイベントを支える主体としての共創関係が認められる。
4、今後の展望―地域展開の可能性
神宮ヨガには他施設から同様のイベントを開催したいという相談が寄せられている。実際に開催されたものの継続には至らなかった事例(註15)もあり、単に会場やプログラムの再現をするだけでは神宮ヨガと同じ価値を生み出すことは難しいことがうかがえる。神宮ヨガの特徴は主催者による演出だけにあるのではなく、参加者・企業・施設など関係者が価値を共有し、共にイベントを支える共創的な関係が形成されていることにあり、継続的な信頼関係の積み重ねによって育まれてきたことにある。
その点において、2025年より味の素スタジアムで開催されているスタジアムナイトヨガ(註16)は、神宮ヨガのスタイルを継承しながらも地域の交通事業者との連携などその地域に応じた関係性を築きながら展開され、現在多くの参加者を集めている。神宮ヨガの価値がイベント形式そのものではなく、関わる人々の価値観や関係性を育むイベントデザインにあることを示す事例として今後の展開が注目される。
5、まとめ
神宮ヨガの継続を支えている要因は、協賛企業による資金提供やスタジアムという非日常空間だけではなく、参加者・企業・主催者が感動体験を起点に価値観を共有し、ともにイベントを支える共創的な関係性にある。感動体験は健康意識の向上やウェルビーイングにつながるきっかけであり、同時に関係者が価値観を共有する出発点でもある。この関係性が神宮ヨガの魅力を支え、イベントの継続性を可能にしていると考える。
参考文献
註
(1)柴景子『神宮ヨガの非日常性と健康行動のデザイン』、京都芸術大学芸術教養学科 芸術教養演習2、2025年。
(2)ACTIVEICON 公式ウェブサイトhttps://www.active-icon.com/ (2026年7月26日最終閲覧)
(3)主宰者松藤氏への取材(2026/7/9)より。会場内の音響やBGMの選択、施設担当者との入念な打ち合わせによる明るすぎない照明やクラス終盤の消灯するタイミング等の演出、洗練されたポスターやキャッチコピーだけでなく、ヨガ講師へクラスの内容と話し方に至るまで意向を伝え、「感動は演出できる」と徹底的にこだわって参加者の感動体験を最優先にしている。
(4)ブランドという概念は商品やロゴだけでなく、人々が価値を見出すコンテンツやイベントにも広げて考えられている。廣瀬涼『ブランド・コミュニティの再考―コンテンツ・コミュニティを考えるために―』、「商学集誌」第89卷第1号、2019年 より。著者はこの考え方を踏まえ、神宮ヨガというイベントにおいて共有される、感動体験を大切にする価値観を「神宮ヨガブランド」と定義した。
(5)会場ボランティアを中心に、履物や飲食物の制限ルール、落とし物をしない、ベンチや内野エリアへ立ち入らないなど、施設の利用にあたっての注意事項を参加者に呼びかけているが、参加者が増えても立ち入り禁止場所への侵入などのトラブルは増えず、ルールを守るマナーの良い人が増えているので注意することが少なくなった、とボランティアの中で話題になっている。1500人が参加するにもかかわらず落とし物はほとんどなく、これまで大きな場内トラブルも起きていない。
(6)返報性の原則は、何かをもらうとお返しをしなければならないという心理。互恵性ともいう。集団規範は、集団の中で共有されている暗黙のルールや行動の判断基準のこと。松田幸弘『人間関係の社会学』、晃洋書房、2018年。
(7)ブランド・コミュニティの要素として同類意識、儀式と伝統、道徳責任の感覚の3つがあるとされる。中でも、「コミュニティのしきたりなどを共有すると同時に、コミュニティの内外にそれを伝達すること」や、コミュニティメンバーとしての「社会的道徳意識」は神宮ヨガ参加者に多く見られる行動に共通する。
福島秀隆『ブランドコミュニティの形成・維持・発展と企業アプローチに関する一考察』、「商大ビジネスレビュー2(2),139-154」2013年。
(8)健康経営とは企業が経営的視点で従業員の健康投資を行うことで、積極的に実施する企業は社会的に評価される。
経済産業省HP https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html (2026年7月20日最終閲覧)
(9)神宮ヨガの協賛企業は、群馬県長野原町川原湯温泉・住友生命・東京ヤクルト販売株式会社・NPO法人ブレイブサークル運営委員会の4社。
(10)主宰者松藤氏および協賛企業・川原湯温泉の新保氏への取材(2026/7/9)より。パートナー企業とは単に資金提供を受ける関係ではなく 、価値観を共有する関係性を象徴しているといえる。パートナーズプログラムとして小規模イベントも開催され、神宮ヨガをきっかけに協賛企業同士の交流や合同のイベントなど横のつながりも生まれている。新保氏は協賛を続ける理由について「 一年で売り上げが伸びるとは考えていないです。私たちも神宮ヨガに来るといつも感動するんです。だから続けています。」と語っており、イベントへの共感が継続的な協力につながっていることがうかがえる。
(11)主宰者松藤氏への取材(2025/11/26)より。球場からは(他のイベントに比べて)「ヨガのお客さんたちはお行儀が良い」と言われ、快く施設を貸してもらえる。
(12)主宰者松藤氏への取材(2026/7/9)より。
(13)ORGANIC LIFE TOKYO 2014年より開始された東京エリア最大級のヨガおよびライフスタイルイベント。『ヨガを愛する人向けのコンテンツ』『健康的なライフスタイルの提案』を目的とし、年1回開催される。マーケットエリアは入場無料、有名講師によるヨガクラス等は有料である。2026年開催では、会場(WITH HARAJUKU)の全入館者数は3日間で104,544人であった。公式ウェブサイト https://www.organiclifetokyo.com/ (2026年7月26日最終閲覧)
(14)木暮衣里『経験価値と価値共創から深まる消費―「もとまち マルシェ」を例に―』、神戸学院経済学論集第58巻第3号、2021年。

