日本科学未来館「インターネット物理モデル」に学ぶ展示デザインの未来像

三輪 喜良

はじめに
普段の生活で活用するのが当たり前となったインターネットは、1969年にアメリカの高等研究計画局(ARPA)で世界で初めて誕生したパケット通信コンピュータネットワークを起源とする(1‐1)。1990年代にウェブブラウザが登場して以来爆発的に普及したインターネットは、実はARPAネットと基本的な仕組みは変わっていない。この「日常的に用いられる技術への理解を促すため」に作られた(2)のが、インターネット物理モデル(3、写真1、3)である。

1.基本データと歴史的背景
インターネット物理モデルは、日本科学未来館(4、写真2、以下、未来館)に2001年の開館当初から常設展示として公開された。メールなどのデータがどのようにして相手先へと伝わっていくのか、目に見える形で体験できる人気の展示である。未来館関係者の間では、略して「物モ」という愛称で呼ばれる最も古い展示のひとつである(以下、「物モ」)。

「物モ」のオリジナルアイディア&クリエイションメンバーのひとりであり、クリエイティブ&デザインディレクションをした東泉一郎氏(3)へのインタビュー(資料3)によれば、「物モ」は、インターネットの通信のルールや手順を定めた規格(インターネット・プロトコル:以下、IP)を実体のある物理モデルとして具現化したものであり、本質的な表現であったため大規模見直しの際にも古びておらず、更に10年間は劣化せずに「保つ」ものをつくることが見直し当時のミッションだったと語っている。

2025年4月に「量子コンピュータ」「宇宙と素粒子」に関する展示が公開されることに伴い、2025年1月13日をもって「物モ」は常設展示を終了することになった。本稿は、優れた展示デザインで多くの来館者を惹きつけた「物モ」を、文化資産として評価・記録し、博物館での企画を考える視点から、理想の展示について考察する。

2.「物モ」の物理システム化デザインとしての評価
「物モ」は、目に見えないデータを白と黒(ゼロ・イチ)のボールで表現し、ボール自体の重力で斜度がついたレール上を転がすことで、パケットデータが流れていく様子を物理システム化したメディアアートである。レールの斜度の微妙な角度の違いでボールの流れの勢いが変わってしまう精密機器でもある。

2-1 データの符号化
来館者にはまずデータスティックが渡される。送るデータを動き・文字・音から選び、それぞれの符号器(写真4)でデータを入力する。レバーを動かして4つの動きを決めるか、キーボードから文字を一つ選ぶか、ボタンを押して8つの音を決める。それによってデータスティックに8つの白丸・黒丸のデータセットが記憶される。データが白丸・黒丸で可視化されることや、レバーやキーボード、ボタンという身近なインターフェースでデータをスムーズに入力できる点が優れている。

2-2 データの送信・ルーティング
送信器にデータスティックを置き、送り先を選んだら、白丸・黒丸と同じ順番で、白と黒のボールを並べる(写真5)。ボールは直径37㎜、重さ34gのプラスティック製の玉である(2)。最初の4個が送り先を、次の4個が送信元を、後半8個が入力したデータを表している。次に、送信開始のボタンを押すことで、16個のボールは転がり始める。ルータ(写真6)は、ボールの順番を保ったまま、中心のスクリュー構造で最上部まで持ち上げる。ボールはルータを取り巻くらせん状のレールを転がり落ち、送り先検出器(写真7)の判別に従って、次のルータへ繋がるレールへと流れていく(写真8、9)。

ネットワーク全体を制御している仕組みはなく、各ルータが独立して行き先を判断している(図2)。自律分散型(5-1)で動くこの仕組みが、インターネットの本質である「IPによって司られた情報流通」を実体化した主要な部分である。いわゆる「ピタゴラ装置」(6)に先んじて公開された、物理的に連鎖して動く仕組みの一種でもあり、見る者を惹きつける。東泉氏によれば、この表現が生まれるまでに5つの背景があった(資料3)。

2-3 データの復号化
送り先のターミナルまでボールが流れ着くと受信器に自分が作った8ビット分のボールが流れ込む(写真10、11)。文字データであればモニターに復号化した文字が表示され、動きや音であれば、ケーブルを挿すことによって、動きは鳥カゴの中の鶏の動きで再現され、音はスピーカーから再現される。

2-4 人的サポート
「物モ」は通常、受付や解説、展示サポート等にスタッフがつき運営している。適切なガイドがあって初めて戸惑わずに十分に体験できるため、人的サポートは重要である。時々ボールがレールから落ちてしまったり、レールの途中で止まったりすることがあるが、スタッフがボールを回収することでそのデータは破棄され、データの送信からやり直してもらうことになる。これは、IPという「ゆるやかなコンセンサスがあればだいたいうまくいく」(5-2)というインターネットの設計思想を、図らずも人的サポートでカバーしているように思われる。

3.他の事例と比較して特筆される点

3-1 科学技術館の事例
科学技術館におけるインターネットに関する展示は、様々な物事がデジタル化されたこと、光ファイバーケーブルとレーザーダイオードで大容量の高速通信ができることなど、ものと情報をつなげる技術に焦点を当てており、インターネットの仕組み自体については取り上げられていなかった(7)。

3-2 NTT技術史料館の事例
NTT技術史料館においては、歴史的に重要な当時の交換機などの実物とパネル展示を中心に、インターネットの技術開発的な歴史を展示しており、インターネットの仕組みについては、ボタンを押すと情報が伝わる経路がLEDの点灯で表されるジオラマと、パネルでの説明があった(1-2)。

3-3 専門書での図解の事例
インターネットの仕組みを図解してうまく解説した例としては、日経NETWORKの特集「図解で学ぶネットワークの基礎講座」(8)があった。そこでは、送られるパケットデータを、宛先住所のついた小包として表し、宅配便のアナロジーでうまく説明していた。

3-4 他事例と比較して「物モ」が特筆される点
以上の事例と比較したとき、「物モ」は、デジタルデータを手に取れる「白と黒のボール」にした点、ルータ内のらせんレールやルータ間の直線レールの上をゴロゴロと転がって、送り先までデータが自律分散的に送り届けられるところを見られるようにした点、また、自分で「符号化」したデータが送り先で「復号化」され、確認できるようにした点、総括すれば、インターネットの概念を物理システム構築物としてデザインした点が、特筆される優れた点であった。「データ」を手でつかみ、並べ、眼と耳と足で追いかける体験は、単にジオラマやマルチメディア的な表現を見るのとは比べ物にならない実感を持って、インターネットの仕組みや概念を楽しく面白く体感させてきたと考える。

4.理想の展示への展望
「物モ」制作者へのインタビューで、5人のオリジネーターたちが悩み抜いてたどり着いたこの展示表現の誕生物語と、20数年間の展示を通して「物モ」が数多くの若いクリエイターたちに「ものづくりやイノベーションに関わるきっかけ」という大きな影響を与えてきたことを知った(資料3)。「物モ」が音を立てて転がっていく物理システム構築物として持ち得た強い伝達力を実感した。

「物モ」から学ぶべきことは、展示表現に際して、最後まで「本質」を追求することだと考える。絵や文字、マルチメディア的表現等でおざなりに「説明」するのでは不十分である。伝えるべき本質そのものを目の前に現出させ、触らせ、体験させる。人が見上げ、見渡すほどの圧倒する大きさであることも有効である。科学館・博物館の展示は、未来をつくっていく年若い来館者の興味を惹き、巻き込み、触覚や聴覚なども含めた五感を捉えて離さず、実際の人生や世界をも変える影響力を持たせる気概をもって制作するのが理想なのではないだろうか。

5.まとめ
「物モ」の展示終了日に、公開の最後の様子を見学した。多くの「物モ」関係者に見守られ、惜しまれながらも閉館時間となった。インターネットの本質を実体化できたがゆえ古びない「物モ」にも、再度展示される新しい場所が見つかることを願うばかりである。そして、今後も「物モ」のように、長いタイムスパンで来館者の未来に大きく影響を与える展示物が生まれることを期待したい。

  • 81191_011_32183133_1_1_添付資料1_page-0001 資料1:インターネット物理モデル(写真撮影、2024年9月15日:筆者)
  • 81191_011_32183133_1_2_添付資料2_page-0001 資料2:日本科学未来館とその3階展示ゾーン、インターネット物理モデル(図作成、写真撮影:筆者)
  • 81191_011_32183133_1_3_添付資料3_page-0001
  • 81191_011_32183133_1_3_添付資料3_page-0002 資料3:東泉一郎氏インタビュー抜粋(2024年12月6日実施 訊き手・要約:筆者)
  • 81191_011_32183133_1_4_添付資料4_page-0001 資料4:インターネット物理モデル各部分の写真(写真撮影、2024年11月23日:筆者)
  • 81191_011_32183133_1_5_添付資料5_page-0001 資料5:インターネット物理モデルのネットワーク接続図(図作成:筆者)
  • 81191_011_32183133_1_6_添付資料6_page-0001 資料6:インターネット物理モデル各部分の写真(写真撮影、2024年11月17日:筆者)

参考文献

◆註

(1-1)NTT技術史料館(東京都武蔵野市緑町3-9-11)、ウェブサイト「インターネットのはじまり」、https://hct.lab.gvm-jp.groupis-ex.ntt/panel/pdf/C-1-1.pdf (2024年11月14日訪問、11月18日閲覧)

(1-2)NTT技術史料館(東京都武蔵野市緑町3-9-11)、インターネットの技術、 https://hct.lab.gvm-jp.groupis-ex.ntt/panel/tech_j.html (2024年11月14日訪問、11月18日閲覧)

(2)江渡浩一郎、杉原聡、島田卓也、東泉一郎、岩政隆一、「ボールの流れでInternetの仕組みを表現した「インターネット物理モデル」の構築について」、情報処理学会第64回全国大会(2002年)、 http://id.nii.ac.jp/1001/00166067/ (2024年12月5日閲覧、PDF取得)

(3)日本科学未来館 公式「インターネット物理モデル」解説、
未来館ウェブサイト: https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/internet/ 
インスタグラム動画: https://www.instagram.com/miraikan/reel/C--EFcto0-E/
(2025年1月15日閲覧)
GKテックウェブサイト: https://www.gk-design.co.jp/tech/ja/projects/2001/08.html
(未来館の「物モ」関連サイトが消去された場合のために。2025年1月15日閲覧)

クレジット(※所属・肩書は展示オープン当時、敬称略)
 監修:村井純(慶應義塾大学環境情報学部)、佐藤雅明(慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科)
 クリエイティブ&デザインディレクション:東泉一郎(Higraph Tokyo)
 設計製作:株式会社GKテック
 什器製作・施工:中村展設株式会社
 オリジナルアイディア&クリエイション:岩政隆一、江渡浩一郎、島田卓也、杉原聡、東泉一郎
 企画・制作:日本科学未来館

(4)日本未来科学館(東京都江東区青海2-3-6)ファクトシート、
https://www.miraikan.jst.go.jp/aboutus/info/ (2024年11月13日閲覧)

(5-1)村井純、『インターネット』、岩波書店、1995年、pp.15-20。

(5-2)村井純、『インターネット』、岩波書店、1995年、pp.42-44。

(6)「ピタゴラ装置」の愛称で呼ばれるようになった仕掛けを紹介し始めたテレビ番組「ピタゴラスイッチ」(監修:佐藤雅彦、内野真澄)は、2002年4月からNHK Eテレで放送が始まった。

(7)科学技術館(東京都千代田区北の丸公園2-1)ウェブサイト「ニュー・エレクトロホール<サイバー・リンク>」、 https://www.jsf.or.jp/exhibit/floor/3rd/d/ (2024年11月15日訪問、11月18日閲覧)

(8)齊藤貴之、『日経NETWORK』 2009年4月号、「図解で学ぶ ネットワークの基礎講座 IPパケットを使った通信」、pp.116-118。

(9)紫牟田伸子著、早川克美編、『私たちのデザイン4 編集学―つなげる思考・発見の技法』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2014年、pp.195-196。

◆参考文献

・毛利衛・林公代、『果てしない宇宙のなかで思う未来のこと』、数研出版、2002年。
・今村信孝隆編、『博物館の歴史・理論・実践1――博物館という問い』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2017年
・今村信孝隆編、『博物館の歴史・理論・実践2――博物館を動かす』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2017年
・今村信孝隆編、『博物館の歴史・理論・実践3――挑戦する博物館』、京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 藝術学舎、2017年
・栗田秀法編、『現代博物館学入門』、ミネルヴァ書房、2019年
・三輪喜良、「観覧者を巻き込む博物館のあり方」、京都芸術大学 博物館概論(学芸員過程)レポート、2021年提出。
・三輪喜良、「十年後の博物館のあるべき姿について」、京都芸術大学 博物館概論(学芸員過程)レポート、2021年提出。
・三輪喜良、「博物館は今、インタラクティブなメディアから、introspective(内省的な)メディアへ」、京都芸術大学 博物館情報・メディア論レポート、2022年提出。
・三輪喜良、「博物館の資料を大切に保存しつつ世界と繋げる学芸員の役割」、京都芸術大学 博物館資料保存論レポート、2022年提出。


◆付記:インタビュー・ヒアリング等に貴重な時間を割いてくださったHigraph Tokyo 東泉一郎氏と、日本科学未来館スタッフの皆様に心から感謝する。そして、「物モ」がアイディアとして生まれ、物理的な展示になり、長い間運営を続けてきたことに何らかの形ででもかかわったすべての関係者の皆様にも敬意と感謝の意を表したい。

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