高尾599ミュージアム 高尾山の豊かさを伝え、未来に残していくために

石本 まどか

1. はじめに
私が居住する東京都八王子市には、観光スポットとしても人気を誇る高尾山が位置している。そのふもとで2015年に開館したのが、高尾山の魅力や情報を伝える自然史博物館(行政区分上は観光施設)「高尾599ミュージアム」である。本レポートでは、高尾599ミュージアムの活動や地域に果たしている役割について評価するとともに、別の博物館と比較することによって、対象の独自性についても考察していこうと思う。

2. 高尾599ミュージアムについて
2-1.基本データ
名称:高尾599ミュージアム(以下、599ミュージアム)
所在地:東京都八王子市高尾町2435-3
開館日:2015年8月11日
施設:展示室、情報ガイド、市民ギャラリー、キッズスタディスペース、カフェ、ミュージアムショップ、広場
指定管理者:株式会社京王エージェンシー

2-2.歴史的背景
高尾山は標高599mという低山でありながら、およそ1600種類の植物が分布している自然豊かな場所として知られる[註1]。そのふもとで1961年の開館以降長きにわたって来館者を楽しませていたのが、現在の599ミュージアムの位置にあった「東京都高尾自然科学博物館(以下、旧博物館)」である。旧博物館では多摩地域の動物や植物などさまざまな自然史資料が展示されていたが、2004年に東京都の事業評価で最低ランクとなったことで閉館が決定してしまう。
翌年に八王子市が東京都から旧博物館の跡地や収蔵品の移管を受けると、「(仮称)高尾の里整備検討協議会」が発足され、博物館機能を継承した新しい施設の整備が計画されることとなった。展示の内容や施設の構成については当初の予定から大きく変更された部分もあったようだが、2009年に事業の一時延期を受けながらも2011年に再開すると、2015年には599ミュージアムとして無事に開館することができたのである[註2][註3]。599ミュージアムは開館1周年で来館者数が30万人を突破するなど順調なスタートを切り[註4]、今では地域の人々のみならず国内外の観光客にも名前が知られる施設となった。

3. 評価できる点
3-1.高尾山について楽しく学べる展示内容[資料2]
599ミュージアムの一番の特徴としては、まずメインの展示室における独自の展示方法を挙げることができるだろう。四季折々の植物をアクリル樹脂に封入したり、昆虫のリアルな動きまでも再現した標本を並べたりした16の展示台は、大人から子どもまで楽しみながら学習ができる場所になっているといえる。
そのほかにも、ムササビやイノシシなど高尾山に棲んでいる動物の剥製が展示されたスペースでは、プロジェクションマッピングを用いて壁に映像を映し出すことで、五感を使いながら高尾山の豊かさを体感することができる。また、高尾山のルールやマナーについてモニターの映像で説明する情報ガイドでも、オリジナルキャラクター「むっさん」のイラストを使用するなど、ユーモアを交えることで重要な内容をわかりやすく伝えているように、どの展示にも学びを楽しくする工夫が仕掛けられているのである。

3-2.一貫したデザイン性の高さ[資料3]
館内の展示室やカフェ、ミュージアムショップのグッズに至るまで、あらゆる場所で統一されたオリジナルのフォントやピクトグラムを用いていることも、599ミュージアムの価値を押し上げている要因といえる。白と黒を基調としたシンプルながら落ち着きと調和を感じさせてくれるデザインは、2016年に599ミュージアムがグッドデザイン賞を受賞した際の大きな決め手にもなっており[註5]、子どもや外国人でも視覚的にわかりやすさを得られる点で高く評価することができるはずだ。

3-3.観光地と市民の居場所としてのバランス[資料4]
高尾山のふもとに位置する599ミュージアムは、登山前や登山後にも立ち寄りやすいことから観光スポットとしても人気が高いが、同時に市民が気軽に訪れることのできる施設としても興味深い事例なのではないだろうか。多摩産材のテーブルやイスが置かれたカフェは日常的な交流やくつろぎの場として使用することができたり、芝生広場やキッズスタディスペースでは子どもとその家族が安心して過ごすことができたりするなど、いつ誰と足を運んでも楽しめる空間が用意されているのである。
また、展示室の什器を移動可能なものにすることで、イベント時や災害時にスペースを柔軟に活用できるような設計が施されている点も、あらゆる人にひらかれた施設であることを象徴しているだろう。

4. 同様の事例との比較とそこから特筆される点
今回、比較対象として同じ多摩地域の博物館である「府中市郷土の森博物館」を選択した。施設としての規模は大きく異なるものの、地域の歴史や自然を出発点とした展示には共通点も多いと考えられる。ここでは地域に密着した博物館のスタンダードとして府中市郷土の森博物館を取り上げ、それと比較した際の599ミュージアムにおける独自性について考察していきたい。

4-1.府中市郷土の森博物館について
東京都府中市にある府中市郷土の森博物館(以下、郷土の森博物館)は、1968年に開館した府中市立郷土館を前身として、1987年に現在の場所で開館した博物館である。およそ14万平方メートルという広大な敷地の中に、常設展示室やプラネタリウムなどを備えた博物館本館や、季節ごとにさまざまな花を見ることができる公園、貴重な建物を移築するなどした復元展示物が含まれている[資料5]。

4-2.展示の内容や構成における比較
それぞれの施設を比べてみると、メインの展示がカバーしている範囲が最大の違いといえるだろう。郷土の森博物館の常設展示室は、府中市の歴史を中心とした7つのコーナーで構成されており、遺跡の出土品やジオラマなど大規模な展示でストーリーをたどりながら学ぶことができる。一方、599ミュージアムの展示室には順路がなくどこからでも自由に見ることができるほか、高尾山の動植物という非常に狭い範囲に絞った展示がおこなわれている。599ミュージアムも当初は郷土の森博物館に近い構成の博物館とする計画もあったそうだが[註6]、このように一つのテーマを深く掘り下げた博物館は公共施設としてはあまり例のないものであるため、独自性の高さという点で特筆することができるのではないだろうか。

5. 今後の展望
5-1.博物館としての機能
最後に、599ミュージアムの今後について考えてみたい。現在でも来館者を楽しませる個性的な展示が揃っている599ミュージアムだが、どのような調査活動によって展示物が形成されているのかわかりづらい点[註7]など、物足りない部分もいくつか挙げることができる。文化庁のサイト[註8]によると、博物館の仕事には「収集・保管」「調査研究」「展示・教育」といったいくつもの側面があるといい、そのどれが欠けても博物館としては成立しなくなってしまうことがわかるだろう。599ミュージアムにおいても、旧博物館から受け継いだ博物館機能というものを改めて運営の第一に位置づけることで、博物館の価値を広く発信していくことにより一層の力を入れてほしいと考える。

5-2.高尾山とともに
2007年にミシュランガイドで三ツ星を獲得するなど、近年の高尾山は世界的にも人気の高い観光スポットとなったが、その一方でいくつもの問題を抱えていることも事実である。たとえば、山道などでゴミのポイ捨てがされることによる環境への悪影響[註9]や、誰でも登れる山というイメージから発生する登山者の遭難[註10]などを挙げることができる。599ミュージアムでは、自然の美しさだけでなくこのような問題についても正しく共有していくことで、来館者と一緒に考える仕組みづくりが必要になってくるのではないだろうか。

6. おわりに
以上のようなことから、599ミュージアムは地域に欠かすことのできないすぐれた文化資産であると結論づける。今年(2025年)には開館10周年を迎える599ミュージアムが、今後どのような活動をおこないながら発展を遂げていくのか、一市民として楽しみに見守っていきたいと考え、本レポートの締めくくりとしたい。

  • 348165_1 資料1 高尾599ミュージアムの概要(筆者作成)
  • 81191_011_32081069_1_2_資料2 資料2 高尾599ミュージアム_展示内容(筆者作成)
  • 343482_1 資料3 高尾599ミュージアム_デザイン(筆者作成)
  • 343483_1 資料4 高尾599ミュージアム_空間づくり(筆者作成)
  • 81191_011_32081069_1_5_資料5 資料5 府中市郷土の森博物館の概要(筆者作成)
  • 81191_011_32081069_1_6_資料6 資料6 府中市郷土の森博物館_展示室(筆者作成)
  • 81191_011_32081069_1_7_資料7 資料7 二つの施設の比較(筆者作成)

参考文献


[1]植物図鑑|高尾599ミュージアム https://www.takao599museum.jp/treasures/plants/?lang=ja
[2]「高尾の里拠点施設整備あり方検討会報告書」の132〜133ページには、旧博物館の廃止から599ミュージアムの開館までの状況が時系列で書かれている。 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/006/p003200_d/fil/98-138.pdf
[3]開館までの詳しい経緯については、「(仮称)高尾の里拠点施設基本計画(その1〜その4)」を見るとよくわかる。 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/006/p003199.html
[4]濱大育「高尾599ミュージアム開設1年を迎えて」、『まちづくり研究はちおうじ』第12号63ページ、八王子市、2016年 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/shisei/001/001/010/p023379_d/fil/machiken12th.pdf
[5]高尾599ミュージアム グッドデザイン賞受賞ギャラリー2016|GOOD DESIGN AWARD https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7e7bb-803d-11ed-af7e-0242ac130002
[6]「(仮称)高尾の里拠点施設基本計画(その3)」では、府中市郷土の森博物館で見られるようなダイナミックな剥製やジオラマの展示が構想されている。 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/006/p003199_d/fil/takaonosato_plan3.pdf
[7]府中市郷土の森博物館には研究活動を記した刊行物や博物館年報などがあり、ホームページ上でも閲覧することができる(https://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/about/1000050/index.html)が、高尾599ミュージアムにはこのような資料が見られない。
[8]博物館について|文化庁 博物館総合サイト https://museum.bunka.go.jp/museum/
[9]ゴミお持ち帰りのお願い|東京都高尾ビジターセンター https://www.ces-net.jp/takaovc/?p=4475
[10]遭難が日本一多い山は富士山ではなく「高尾山」 標高599メートル「下りの山道」に潜むホントの危険|AERA dot. https://dot.asahi.com/articles/-/237504?page=1
(Webサイトはすべて2025年1月23日最終閲覧)

参考文献・論文
『高尾599ミュージアムネイチャーブック』、TAKAO 599 MUSEUM、2015年
府中市郷土の森博物館編『府中市郷土の森博物館がいどぶっく』、府中市郷土の森博物館、2017年
駒見和夫編『総説 博物館を学ぶ』、同成社、2024年
栗原祐司『教養として知っておきたい博物館の世界』、誠文堂新光社、2021年
矢野興一編著『見る目が変わる博物館の楽しみ方』、ペレ出版、2016年
スタジオパラム著『まるっと高尾山こだわり完全ガイド』、メイツ出版、2017年
濱大育「高尾599ミュージアム開設1年を迎えて」、『まちづくり研究はちおうじ』第12号63〜73ページ、八王子市、2016年 https://www.city.hachioji.tokyo.jp/shisei/001/001/010/p023379_d/fil/machiken12th.pdf(2025年1月23日最終閲覧)

参考Webサイト
高尾599ミュージアム https://www.takao599museum.jp
高尾599ミュージアム|八王子市公式ホームページ https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/006/index.html
(仮称)高尾の里拠点施設基本計画|八王子市公式ホームページ
https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/006/p003199.html
高尾の里拠点施設整備あり方検討会の報告書|八王子市公式ホームページ https://www.city.hachioji.tokyo.jp/kankobunka/006/p003200.html
TAKAO 599 MUSEUM|京王グループ https://www.keio.co.jp/takao/details/599.html
TAKAO 599 MUSEUMの取組み|東京都アクセシブル・ツーリズムポータルサイト https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/tourism/accessible-tourism-tokyo/jp/casestudies/c04.html
高尾599ミュージアム|東畑建築事務所 https://www.tohata.co.jp/works/?mode=show&seq=687
TAKAO 599 MUSEUM|日本デザインセンター https://www.ndc.co.jp/works/hachioji-takao599-2015/
高尾599ミュージアム グッドデザイン賞受賞ギャラリー2016|GOOD DESIGN AWARD https://www.g-mark.org/gallery/winners/9dd7e7bb-803d-11ed-af7e-0242ac130002
高尾登山電鉄株式会社 https://www.takaotozan.co.jp
高尾山マガジン|高尾山の総合情報サイト https://mttakaomagazine.com
高尾山|観光情報サイトいこうよ八王子・高尾山 https://www.hkc.or.jp/takaosan/
株式会社京王エージェンシー https://www.keio-ag.co.jp
府中市郷土の森博物館 https://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/
博物館年報|府中市郷土の森博物館 https://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/about/1000050/1000717/index.html
郷土の森博物館|府中市 https://www.city.fuchu.tokyo.jp/shisetu/komyunite/gekijo/kyodo.html
府中の歴史や文化を守る「府中市郷土の森博物館」を取材!子どもたちが“楽しんで学べる”取り組みについて聞いてみた|Ameba塾探し https://terakoya.ameba.jp/a000001423/
府中市郷土の森博物館、リフレッシュオープン 授乳室の新設など|調布経済新聞 https://chofu.keizai.biz/headline/4332/
公益財団法人府中文化振興財団 https://www.fuchu-cpf.or.jp/index.html
博物館について|文化庁 博物館総合サイト https://museum.bunka.go.jp/museum/
(すべて2025年1月23日最終閲覧)

取材協力
高尾599ミュージアム、府中市郷土の森博物館それぞれの担当者さまとメールでのやり取り(2024年11月〜12月)

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