美しい森に佇む「宮城県図書館」-自然風景もデザインの一つとした建築様式について考察する-

樋浦 奈美

1.はじめに
宮城県仙台市泉区にある宮城県図書館は、書物などの史料を後世まで残す役割を担い、原広司氏の設計で1998年に開館した。原氏は「自然の中の図書館」(註1)をコンセプトとし、本を借りる目的がなくても訪れたくなるような公共施設を目指し開館した。(註2)現在も家族連れ、勉強をする学生、懐かしい映像作品を視聴するお年寄りなど年齢を問わず様々な人が訪れ憩いの場所となっている。美しい森に佇む唯一無二の図書館、その優れた建築デザインの特色と次世代型図書館としてソフト・ハード面(註3)双方のアップデートの必要性について考察する。

2.基本データ
宮城県図書館公式ホームページ記載の施設の概要によると基本データは以下の通りである。(註4)
名称:宮城県図書館
所在地:宮城県仙台市泉区紫山一丁目1番地1
敷地面積:55278.74平方メートル
構造:SRC地上4階、地下1階
設計:原広司+アトリエ・ファイ建築研究所
開館日:1998年3月21日
図書資料の所蔵点数:1,158,490(2022.3月現在)

3.歴史的背景
宮城県図書館は1881年(明治14年)、7月に宮城書籍館という名称で開館した。その後、1907年(明治40年)4月に宮城県立図書館に改称し、改築や移転、戦争による焼失などを経て、1968年(昭和43)1月に榴ヶ岡へ新築移転をした。その旧館の収蔵図書数が上限に達したことや、新機能も備えた図書館の必要性も重視し、県民の生涯学習の拠点施設として現在の場所に開館した。(註5)

4.事例のどんな点について積極的に評価しているのか

4-1.図書館施設としての評価
図書資料の所蔵点数は宮城県で最大の規模である。一般図書や子供図書室、外国語図書室、大学の研究資料の他に近年では東日本大震災に関わる資料を公開する展示室も設えている。また、障害者や高齢者を対象とした音訳サービス室、音と映像のフロア、多目的ホールや会議室、地域情報発信コーナーなどの各種施設もあり、週末になると2Fにあるホールは勉強場所として提供されている。このように図書館の機能に加えて生涯学習支援施設やカルチャースクールの役割も担っており、他の市町村立図書館とも図書資料の相互貸借やインターネットを用いて情報共有をおこなっている。そして利用者の調査研究のために必要な資料の紹介や情報を探す手伝いをするレファレンスサービスも充実している。2023年度にはレファレンス事例を多数登録、その後の一般閲覧数が評価され国立国会図書館から礼状を頂いている。(註6)

4-2.周辺環境を含めた空間構成の評価
仙台市泉区の緑豊かな立地環境に、全長200mの日本一長いモダンなデザインの図書館は、開館当初から森の中に着陸した宇宙船のようだと話題となった。周囲の自然と調和を図るために森と建物のレベルを合わせるなど工夫を凝らし、美しい森林風景とステンレスとガラスで構成された近代的な建築がお互いに引き立て合う存在となっている。季節ごとに変化する森の姿によって、様々な表情を見せるのも魅力である。図書館の南側には日の光が降り注ぐ小川があり、森林風景が美しい遊歩道「書見の道」が広がっている。屋外地形広場は円形状に広がる階段が椅子の用途も兼ねており、演奏会などのイベントも開くことができる。
1Fエントランス南面の天井まで続く大きな窓からの景観は、季節ごとに変化し絵画を鑑賞しているようである。また、館内は宇宙船を連想させるようなステンレスやガラスなどの無機質な素材で構成されているが、天井・壁面に丸みを付加することで柔らかな雰囲気を演出している。
2Fにある子供図書館は、空間に浮遊しているような印象の独立したデザインとなっている。その姿は宇宙空間を駆け巡る列車のようである。また、1Fから入口へ向かう細長い階段は秘密基地へ入るような期待感を持たせ、子供たちが惹きつけられる演出になっている。(註7)近未来的な列車の中に入ると、南側が一面ガラス張りの窓となっており景色が一変する。陽射しが降り注ぎ、森の中にいるような明るい空間で読書を楽しむことができる。
また、隣接しているカフェ「PANORA」は自然の美しさを存分に鑑賞できる場所である。南面に広がる森林エリアに沿ってガラス張りとなっており、美しい森を眺めながら食事やお茶を楽しむことができる。新緑の柔らかな風景も冬の雪と落葉した木のコントラストも美しいが、梅雨の雨上がり、森の葉が雨粒で輝き木の隙間から光が差し込んでいる景色は格別である。(註8)

5.国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
-石川県立図書館と宮城県図書館を比較して-
両施設とも空間構成やインテリア志向は異なるが、個性的な建築デザインは異空間に旅しにきたような印象を与え、来館者の高揚感を高める図書館といえる。2022年に開館した石川県立図書館は次世代のコミュニティ機能を設えた最新型の図書館である。そして本の世界に迷い込んでしまったかのような幻想的な吹抜の円形空間に、360°全てが本に囲まれた壮大な設えとなっている。この吹抜の大閲覧空間は、一度に空間を見回せるため目的の本を探すことに長けているといえる。
一方の宮城県図書館の一般書架閲覧室は、縦長の空間を生かして本棚を短冊状に平行配置(註9)している。種別毎に整理されている構成は初めて利用する来館者にも探索しやすい。機能的で明瞭な展示方式は、利用者が一直線に歩きながら目的の本のジャンルに素早く辿り着ける。この動線が宮城県図書館の最も優れた点であるといえる。
このように美しい自然風景もデザインの一つとして生かしながら、本を探す機能に優れた建築様式を備えていることが宮城県図書館の特筆すべき点であるといえる。

6.今後の展望について

6-1.館内の運営スタイルを見直し、居心地の良い空間と思えるような図書館へ
近年、館内にカフェを併設している図書館が増えてきているが、宮城県図書館は図書の閲覧・勉強スペース、休憩スペースといったように各機能が完全に独立した環境となっている。館内にカフェを新設することで、森の景色を眺めながら寛ぐ人、お茶を楽しみながら読書する目的で訪れる人など新たな利用者の増加を見込めるであろう。またホームページのリニューアルを行い、SNSの発信力・伝達力を活用し、月に一度開催している「図書館見学ツアー」に加えて「遊歩道の探検ツアー」など新しい企画も考案したい。2024年6月には県民から募集した委員からなる「宮城県図書館協議会」も発足している。この活動では館長にアイデアの提案や運営に関する問題点の改善を提示することができ、今後の活動に期待したい。

6-2.ユニバーサルデザインの更新を行い、誰もが安心して利用できる図書館へ
ユニバーサルデザインの視点から検証した場合、3階につながる直階段の危険度が高く安全対策が必要である。途中に小さな踊り場があるものの、万が一足を踏み外すと一番下まで落下する可能性も否定できない。(註10)普段から階段の利用率は低く、階段横のエスカレーターも停止している時間帯が長い。そのためエレベーターを利用する来館者が殆どである。図書館側に対策案を含めたリニューアルの予定について質問をしたが、「2024年8月現在、階段等の工事予定はない。」(註11)との回答をいただいた。誰もが安心して利用できる安全対策を切望する。

7.まとめ
図書館は本を通して様々な知識を得ることができる学びの場である。そして時代の移り変わりと共に、多面的な情報を集約した施設へ継続的に更新していくことが求められている。この先も美しい景観に恵まれた宮城県図書館が、来館者の人生を豊かにし居心地の良い空間と思えるような施設であり続けることを期待したい。

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  • 81191_32383316_1_2_E38090WEBE68EB2E8BC89E794A8E380912502E58D92E7A094PB+-N2_page-0001 プランボード2、2025年1月筆者作成
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参考文献

【参考文献】
・五十嵐太郎・李明喜『日本の図書館建築』勉誠出版、2021年
・益子一彦著 『続・図書館空間のデザイン』丸善出版、2018年
・第4期宮城県図書館振興基本計画(中間案) (令和5年度~令和9年度)、宮城県図書館、2022年
・石川県立図書館公式ホームページ、https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/、2023年11月11日閲覧
・芸術教養講義3提出レポート、2023年8月、筆者作成
・芸術教養演習2提出レポート、2023年11月、筆者作成
【註】
註1:五十嵐太郎・李明喜『日本の図書館建築』勉誠出版、2021年、p131
註2:前掲『日本の図書館建築』勉誠出版、2021年、p131
註3:この文章でのソフト面とは人材・技術・情報など無形のものに関すること、ハード面とは施設・設備・機器など有形のものに関すること。goo辞書 https://dictionary.goo.ne.jp/、2025年1月4日閲覧
註4:宮城県図書館公式ホームページ、https://www.library.pref.miyagi.jp/、2024年3月19日閲覧
註5:前掲 宮城県図書館公式ホームページ、2024年3月19日閲覧
註6:前掲 宮城県図書館公式ホームページ、2024年3月19日閲覧
註7:前掲『日本の図書館建築』勉誠出版、2021年、p131
註8:芸術教養講義3提出レポート、2023年8月、筆者作成
註9:前掲『日本の図書館建築』勉誠出版、2021年、p131
註10:芸術教養演習2提出レポート、2023年11月、筆者作成
註11:宮城県図書館バックヤードツアー開催時に質問、2024年8月17日、筆者聞き取り
【写真/図】
出典1:株式会社大林組ホームページ(画像引用:横山写真工房 横山博志様撮影)、2024年8月25日閲覧、https://www.obayashi.co.jp/works/detail/work_138.html
出典2:スターバックス コーヒー スノーピークランドステーション白馬店、 2024年8月25日閲覧、 https://www.snowpeak.co.jp/landstation/hakuba/facility/cafe/
その他の画像は全て筆者撮影
図1:芸術教養演習2で作成した空間図を加工して使用、2024年8月 筆者作成

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