
光のリズムが奏でる都市の物語:芝浦港南地区ライトアップが描く新たな都市景観
1.はじめに
本稿は、東京都港区芝浦港南地区における橋りょう等ライトアップ事業(以下「ライトアップ事業」という。)を題材に、その文化資産としての価値評価を行うものである。近年、都市における景観形成や地域活性化への関心の高まりとともに、水辺空間の活用が注目されている(1)。本事業は、地域の貴重な資源である運河とその周辺地域を舞台に、光によって新たな景観を創造し、地域に活力を与える試みとして評価できる。本研究では、同様の取り組みである品川区の「ヒカリの水辺プロジェクト」との比較を通じて、特に観光振興の手法や地域コミュニティとの関わり方に着目し、その特徴と課題を考察する。
2. 基本データと歴史的背景
2.1 芝浦港南地区の概要
芝浦港南地区は港区南東部に位置し、多くの運河と橋が特色を形成している。明治時代に埋め立てられたこの地区は、昭和時代に重工業と倉庫業で栄え(2)、日本の経済成長を支えた。戦後、高層マンションやオフィスビルが並ぶウォーターフロント地区へと進化(3)し、運河には漁船や屋形船が浮かぶ古い景観(資料1)も残っている。
2.1.1 位置と面積
芝浦港南地区は東京都港区の南東部にあり、東京湾に面している(資料2)。JR線を境に港区内の他の地域と隔てられ、北側は芝地区、西側は高輪地区、南側は品川区と接している。総面積は約4.76平方キロメートルで、港区の総面積約20.34平方キロメートルの23.4%を占めており、港区5地区の中で最も広い地区(4)である。
2.1.2地形的特色
芝浦港南地区は埋立てによって形成され、標高10メートル未満の平坦な地形を有する(5)。芝浦運河、高浜運河、京浜運河などが縦横に走り、地域を分割している。これらの運河は景観形成および交通・物流に重要な役割を果たしている(6)。芝浦港南地区はその特異な地形と運河によって特色づけられており、東京の中でも独自の地理的環境を持つ地区である。
2.2 運河と橋りょう
芝浦港南地区には芝浦運河を含む10本の運河が存在しており、これらの運河には新芝橋、御楯橋、渚橋、汐彩橋を含む18の橋が架けられている(7)。これらの橋は、単に地域内の交通を支えるインフラとしての役割を超えて、地域の景観を形成する上で非常に重要な役割を担っている。運河周辺の橋は、都市の景観において美しさを加えると同時に、地元住民や訪問者に豊かな水辺空間を提供し、日常生活に親水的な環境を提供している。これにより、水辺の風景が日常的に楽しめることは、芝浦港南地区の大きな特徴である。
2.3 ライトアップ事業
2019年に開始されたライトアップ事業は、地域コミュニティの活性化と観光の促進を目指している(8)。この事業は、特に橋りょうを中心に公園の樹木を含む広範囲でライトアップを実施しており(資料3)、地区全体の夜間景観が一新された。なお、現在も事業計画は進行中である。橋りょうのライトアップは、地域のランドマークとしての役割を強化しており、使用されるLED照明はエネルギー効率が高く環境にも優しい。これにより、橋は夜ごとに色鮮やかに照らされ、昼間とは異なる魅力を放つ(資料4)。この変化は夜間の散歩やイベントの集客力を向上させ、地域住民や観光客に新たな楽しみを提供している。
3.事例のどんな点について積極的に評価しているのか
3.1 地域資源の活用について
芝浦港南地区では、運河と公園の樹木を活用したライトアップにより、夜間の景観を一変させている。これにより、訪れる人々に新たな水辺と樹木の魅力を体験させ、地域の美しさを再発見させている。樹木のライトアップは運河だけでなく、公園の緑地も彩り、都市空間の自然資源の魅力を再評価する契機となっている。石井によれば、「今まで真っ暗だった建物に光があてられると、多くの人々は感動する」(9)と述べており、ライトアップが持つ情緒的な効果も大きい。このように、ライトアップ事業は地域資源の価値を高める重要な試みである。
3.2 景観形成への貢献
芝浦港南地区の夜間景観向上において、橋りょうと公園の樹木のライトアップが重要な役割を果たしている。ライトアップされた橋りょうは、運河と高層ビル群とのコントラストを強調し、印象的な光景を創出している。さらに、樹木のライトアップが緑のアクセントを加え、より豊かな夜間景観を提供している。これにより、橋りょうを中心とした包括的な景観形成が実現され、地域全体の魅力が増している。
3.3 地域活性化への効果
ライトアップ事業は、地域の活性化と文化的価値の向上に大きく寄与している。港区芝浦港南地区総合支所まちづくり課の吉川氏によれば、「地域イベントとの連携でライトアップカラーを変更する取り組みが行われ、夜間の安全性が向上し、イベントの増加が地域経済に良い影響を与えている」と伝えている(10)。この取り組みにより観光客誘致も進み、地域の歴史と現在を繋ぐ文化資産としての価値が高まっている。運河と橋りょうのライトアップは、地域住民のアイデンティティ形成に寄与し、新たな文化体験を提供している。
4. 国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
ライトアップ事業は、品川区の「ヒカリの水辺プロジェクト」(11)と比較して、実施範囲と目的の広がりで特筆される。両者はいずれも水辺の魅力向上を主眼とするが、港区は橋りょうだけでなく公園の樹木まで照らし、夜間景観と地域コミュニティを包括的に活性化している点が特徴的である。さらに、「光のロード」「光のトンネル」「光のシンボル」など(資料3)多彩な光の演出によって、新たなナイトスポットを生み出し、観光面のみならず住民の生活の質向上にも寄与している。一方、品川区の取り組みは舟運事業を軸とし、目黒川周辺の橋りょうのライトアップに力点を置いている(資料5)。また、地域イベントとして「目黒川みんなのイルミネーション」とタイアップを行い、夜間観光客の誘致を狙う点が大きい。しかし、取り組みの対象は橋の管理上の制約もあって限定的であり、その結果、地域コミュニティとの関わりは港区ほど多面的ではないといえる。総合的に見ると、芝浦港南地区のプロジェクトは公園緑地との融合や光の多彩な演出により、単なる観光促進のみならず住民の利便性や地域の文化的価値を高める点が評価されるのである。
5. 今後の展望
5.1 ライトアップエリアの拡大
現在、ライトアップされている橋りょうは限られている。現在限定されているエリアを超えて、より多くの橋や公共施設を含めることが重要である。これには適切な予算の確保が必要となるが、行政の支援やクラウドファンディング(12)、企業のスポンサーシップなど、様々な資金調達方法を模索することが求められる。また、照明技術の進化(13)を活用して、コスト効率の良い持続可能な照明ソリューションを導入することも考慮すべきだ。
5.2 イベントとの連携
ライトアップ事業と地域イベントの連携を強化することは、地域活性化の効果を一層高めるものである。過去に「芝浦運河まつり」でクルーズ船の運航に合わせてライトアップカラーを変更した例もあり(14)(資料6)、地域からの要望に応じたイベントの企画が今後も拡充される予定である。
5.3 情報発信の強化
ライトアップ事業の情報は、ウェブサイト、ソーシャルメディア、地元メディアを通じて積極的に発信する必要がある。公式サイトにはプロジェクトの目的、進行状況、参加方法、イベントスケジュールを詳細に掲載し、写真や動画を定期的に投稿することが重要である。Facebook、Instagram、Xでのリアルタイム更新やイベントのライブ配信も有効である。さらに、地元メディア(15)との連携により地域住民の関心を引き、訪問者の増加も期待できる。2024年6月18日現在、港区では公式HP以外での情報発信が行われていないため(16)、多様なメディアの活用が求められる。
6. まとめ
ライトアップ事業は地域の文化資産としての価値を示し、都市景観とコミュニティの活性化に寄与している。歴史と現代性を融合し、夜の美しさを際立たせ、地域の文化を象徴する要素として機能している。地元の祭りやイベントと連携し、地域活性化にも貢献している。志村によれば、「人口増加と都市化が進む東京湾岸地域では、広がりを持ったコミュニケーション・インキュベーションが地域づくりで重要である」(17)と述べている。ライトアップ事業は、美観の向上と地域のアイデンティティ形成の場として機能している。今後も技術的進化と地域社会との協働を重ね、東京港区の新たなシンボルとして価値を拡充していくことが期待されるのである。
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表紙
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資料1 芝浦港南地区の景観
写真は筆者撮影(2024年6月1日) -
資料2 東京都港区エリアアップ
港区は東京都の東南部に位置し、東京湾に面した地域である。芝、麻布、赤坂、高輪、芝浦港南の5つの特色あるエリアに分かれており、総人口は261,615人である。そのうち、芝浦・港南地区の人口は58,535人である(2023年1月1日現在)。
(出典より筆者作成) -
資料3 ライトアップ概要
現在、新芝橋、汐彩橋、渚橋、浜路橋、御楯橋、およびプラタナス公園の樹木がライトアップの対象となっている。今後、他の橋りょう等も順次計画されている。
(出典より筆者作成、②写真は筆者撮影(2024年5月15日)) -
資料4-1 芝浦港南地区の橋りょう等景観(昼夜別)
写真は筆者撮影(2024年6月1日〜7日) -
資料4-2 芝浦港南地区の橋りょう等景観(昼夜別)
写真は筆者撮影(2024年6月1日〜7日) -
資料5 [品川区]ヒカリの水辺プロジェクトについて(回答)
聞き取り調査 2024年4月11日 品川区河川下水道課 水辺の係 渡邉氏(メールにて実施)
写真は筆者撮影(2024年10月22日) -
資料6 イベントとの連携とライトアップのカラーバリエーション
①写真提供:港区芝浦港南地区総合支所まちづくり課 吉川氏
②筆者撮影(2024年6月7日)
参考文献
【注釈一覧】
(1)国土交通省HP「水辺とまちの未来創造メッセージ」 (最終閲覧2024/6/16)
https://www.mlit.go.jp/river/kankyo/main/kankyou/machizukuri/pdf/me1.pdf
(2)ADEAC HP「デジタル版 港区のあゆみ」 (最終閲覧2024/6/16)
https://adeac.jp/minato-city/texthtml/d100010/mp000010-100010/ht102840
(3)芝浦商店会HP「芝浦の歴史 江戸時代から現代まで」 (最終閲覧2024/5/20)
https://shibaura-shoutenkai.com/history/history1/
(4)港区HP「港区基本計画港南地区版計画書 平成27年度〜平成32年度」12p (最終閲覧2024/5/20)
https://adeac.jp/viewitem/minato-city/viewer/viewer/90000180/data/90000180.pdf
(5)ADEAC HP「港区基本計画 芝浦港南地区版計画書」14p (最終閲覧2024/6/20)
https://adeac.jp/viewitem/minato-city/viewer/viewer/90000240/data/90000240.pdf
(6)港区HP「港区基本計画港南地区版計画書 令和3年度~令和8年度 令和5年度改定版
」22p (最終閲覧2024/6/1)
https://www.city.minato.tokyo.jp/kikaku/documents/10_shibaurakonanchikubankeikakusyo_soan.pdf
(7)港区HP「芝浦港南地区の道路橋」(最終閲覧2024/6/1)
https://www.city.minato.tokyo.jp/dourokyouryou/kankyo-machi/doro/kyouryou/index_shibaura.html
(8)港区HP「芝浦港南地区の橋りょう等のライトアップについて」(最終閲覧2024/5/30)
https://www.city.minato.tokyo.jp/shiba-koumachizukuri/light-up.html
(9)石井 幹子編、「光が照らす未来――照明デザインの仕事」、岩波書店、2010年、181p
(10)聞き取り調査 2024年4月22日 港区芝浦港南地区総合支所まちづくり課 吉川万勝氏(メールにて実施)
(11)品川区HP「ヒカリの水辺プロジェクト」(最終閲覧2024/6/2)
https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/kankyo/kankyo-mizube/hpg000024873.html
(12)三菱UFJリサーチ&コンサルティングHP「地方自治体でのクラウドファンディングの利用」(最終閲覧2024/6/16)
https://www.murc.jp/library/column/sn_140708/
(13)パナソニックHP「ライトアップ演出用照明器具」(最終閲覧2024/6/17)
https://www2.panasonic.biz/jp/lighting/control/lightup/
(14)聞き取り調査 2024年4月24日 港区芝浦港南地区総合支所まちづくり課 吉川万勝氏(メールにて実施)
(15)港区HP「芝浦港南地区の地域情報誌」(最終閲覧2024/6/15)
https://www.city.minato.tokyo.jp/shiba-kouchikusei/shibaura/koho/saishin.html
(16)聞き取り調査 2024年6月18日 港区芝浦港南地区総合支所まちづくり課 吉川万勝氏(電話にて実施)
(17)志村 秀明編、「東京湾岸地域づくり学 ―日本橋、月島、豊洲、湾岸地域の解読とデザイン」、鹿島出版会、2018年、194p
【参考文献】
志村 秀明編、「ぐるっと湾岸 再発見:東京湾岸それぞれの物語」、花伝社、2020年
加藤 庸二編、「東京湾諸島」、駒草出版、2016年
港区芝浦港南地区総合支所協働推進課編、「みんなが知らない運河の世界」、港区芝浦港南地区総合支所協働推進課、2023年
中野 恒明編、「水辺の賑わいをとりもどす 世界のウォーターフロントに見る水辺空間革命」、花伝社、2018年
石井 幹子編、「光が照らす未来――照明デザインの仕事」、岩波書店、2010年
深光 富士男編、「くらしを変えてきたあかりの大研究 たき火、ろうそくからLEDまで」、PHP研究所、2010年
山納 洋編、「歩いて読みとく地域デザイン 普通のまちの見方・活かし方」、学芸出版社、2019年
難波 匡甫編、「江戸東京を支えた舟運の路 内川廻しの記憶を探る 水と<まち>の物語」、法政大学出版局、2010年