堺打刃物伝統の技術継承と発展への挑戦

中川 悟志

1、はじめに
人類が初めて創り出した包丁の歴史は、アフリカ・タンザニアで発見された約180万年前の打製石器に遡る(註1)。石器包丁は、磨き上げてより鋭利にする技術で発展する。
やがて鉄製包丁を生み出した人類は、様々な形状・素材の包丁を創り出した。
「包丁」の語源は、紀元前300年頃の中国の思想家荘子の「養生主」の一節に由来している[資料1](註2)。日本へは、古墳時代に大陸から様々な技術と共に包丁が伝わった。
古墳から刀子と呼ばれる包丁が多く出土している(註3)。日本に現存する最古の包丁として、正倉院に奈良時代の長さ約40センチの日本刀のような刀子が、保存されている[資料2]。
江戸時代後期になると、平穏で安定した社会情勢の中で、庶民の食文化が発展する。同時に戦さのない社会で、武器需要を失った刀剣や鉄砲の鍛冶職人は、包丁職人へと転換する。包丁職人は、料理人の様々な要望に応えて、豊富な種類の和包丁を生み出した。
特に堺の鍛冶職人は、鉄砲産業をリードした技術力で豊富な種類の和包丁を生み出し、現在も国内外の料理人から切れ味、使いやすさ、見た目の美しさで高い評価を受けている。
本稿では、大阪府堺市の地場産業である堺の包丁産業を取り上げ、未来への継承の必要性について評価して考察する。

2、基本データと歴史的背景
2−1、基本データ
「堺打刃物」は、経済産業大臣より「伝統的工芸品」に指定されている。
指定要件である「原料や技術、技法の継承とその持ち味を維持しながら時代の需要に即した製品作りがされていること」を満たす証である(註4)。
さらに、「堺刃物」と「堺打刃物」が地域ブランドとして地域団体商標に登録されている(註4)。
また「伝統的工芸品」の製造において、高度な技術と技法を継承する技術者である「伝統工芸士」に現在29名が認定され、日々その技術を鍛錬している[資料3]。
「伝統工芸士」や優れた職人による確かな品質により、国内ではプロ用包丁でおおよそ90%のシェアを誇り、国内外の料理人を魅了している。

2−2、歴史的背景
堺のモノ作りの歴史は、古代に遡る。堺は、古代から長く中央政権に隣地し世界各地から多くの人・モノ・金が集まる港街として栄えていた[資料4](註5)。
大陸から伝わった金属加工技術は、河内鋳物師により発展する(註6)。彼らの技術は、世界遺産の百舌鳥古墳群の築造[資料5]や埋納物の製造に貢献し、堺鍛治技術の礎となる。
本格的な刃物産業は、15世紀に刀工を祖とする加賀の鍛治集団が堺へ移住してきたことに始まる。堺の鋳物師と鍛治工の技術は、やがて鉄砲製造で国内トップシェアとなる。
江戸時代にポルトガルから伝わったタバコの国内栽培から、タバコの葉を刻む「タバコ包丁」が必要となった。
社会が安定して鉄砲需要が激減した堺で、初めてタバコ包丁が製造される(註7)。品質が優れていた堺のタバコ包丁は、「堺極」の銘を刻み幕府専売品となる[資料6]。堺ブランドの包丁が、全国にその名を馳せたのだ[資料7]。
江戸時代後期の食文化の高まりに、和包丁の需要も高まる。堺の鍛治職人は、高い技術力で食の街大阪のユーザーの要望に応え、多様な包丁を生み出した(註8)。料理ごとに刺身用の柳刃庖丁、野菜用の薄刃庖丁、魚を捌く出刃庖丁などおよそ40種以上に上る。
以来、約600年に及ぶ「堺打刃物」の歴史が現代まで続いている。

3、評価する点について
江戸時代後期に開発された「堺打刃物」の特徴が、片側のみに刃を付ける片刃構造である(註9)。その代表が、出刃包丁である。
片刃構造は、洋包丁の両刃構造に比べて切れ味が鋭く、切り口も美しいのが特徴である。美しさを追求する日本料理には欠かせないツールである。
「堺打刃物」の製造は、大きく「鍛造」「研ぎ(刃付け)」「柄付け」に分業化されて、各工程を専門の職人が担う(註10)。各工程に精通した職人の技が結晶となり、他の追随を許さない品質を維持している。

4、他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
分業制による伝統的な製法の「堺打刃物」は、どの工程が欠けても成り立たない。それぞれが協業する業態が伝統である。
その「堺打刃物」の伝統と技術伝承を目指して、分業化された卸業、鍛造業、刃付業、鋏業の4組合と堺伝統工芸士会が枠を超えて、堺刃物商工業共同組合連合会(以下、連合会と称す)を組織している(註11)。
連合会は、年に一度、「堺刃物まつり」を開催している(註12)。職人が店頭に立つ販売会、職人による無料の包丁研ぎ、包丁の知識や研ぎ方が学べるワークショップが開催され、国内外から多くの客が訪れる。
和包丁に関してメンテナンスや使い方の不安を持った客にとって、気軽に作り手から直接アドバイスを受けられる貴重な機会でもある。
また、堺の伝統的特産品の発信地として「堺伝匠館」がある。
2階建の館内は、1階に堺刃物のメーカーや工房の多種多様な包丁が一堂に並びプロも納得の品揃えの「TAKUMI SHOP」、2階には堺の刃物の歴史や製造工程、様々な包丁を紹介する堺刃物ミュージアム「CUT」を設けている[資料8](註13)。
ここでは、販売だけでなく職人による包丁研ぎなど顧客のメンテナンスフォローに抜け目がない。
さらに連合会は、協力して見学や体験の受け入れを行っている(註14)。
連合会と職人が一体となり、使い手と作り手の接点を増やす取り組みで、堺包丁の関心を高め、幅広いファンの獲得に繋がり、販売拡大を生み出し、リピート客の満足度を高め、伝統の継続を実現するという好回転が生まれていることは、特筆すべき点である。

5、今後の展望について
現代の日本では、販売や認知度、後継者育成の課題から伝統産業が衰退の危機を迎えている。その中で「堺刃物」は、「堺伝匠館」や「堺刃物まつり」、職人個人による国内外への発信を通じて販路拡大・認知度の向上に成果を出している。
しかし後継者育成では、課題は残る。10年と言われる修行期間を、現役の職人による育成だけでは、負担とリスクが大きい。さらに、分業化された全工程で後継者が必要である。
現在、連合会は、大阪府立堺工科高等学校定時制課程の「堺学」講座で、学生に包丁作りの指導を行い、若い世代に包丁製作に関心を持ってもらう機会を設けている(註15)。
過去には市と連合会で、刃物職人の基礎を学ぶ職人養成道場を開設した。出身者は、現在も修業を積み技能修得に励んでいる。また市は、後継者育成に関わる経費補助事業を実施している。
このように官民が協力して、伝統産業の保存と継承、発展する為の継者育成の仕組みの開発を図ることが、今後の展望を左右すると考える。

6、まとめ
日本料理の美しさ、美味しさ、健康的なイメージから日本食ブームが世界で進行中である。料理の質と美しさを左右する和包丁は、料理人にとって不可欠な道具である。
特に「堺打刃物」は、高い品質と美しさから国内外で高い評価を得ている。
今回、「堺打刃物」について調査、和田商店での包丁研ぎと柄付け体験[資料9①②](註16)を通して「単なる伝統の技を継承だけで無く、技術革新と日本の美意識と文化を支える」という強い意志を持った方々にお会いできた。
そこには、古代から日本のものづくりの中心地であった誇りも感じられた。
和包丁を取り巻く環境は、厳しいのも現状である。
大量生産の安価な包丁の流通、カット済みの野菜や処理済みの魚がパック販売されている。
現代人は忙しく、料理の時間と費用の節約、メンテナンスフリーが重視される。このような時代の中で、伝匠館やイベントを接点に、高品質な包丁を使うことの喜びと価値を広めることに取り組んでいる。
作るだけでなく使い手に寄り添う精神を大切に、技術革新と美意識の融合を目指す姿勢に敬意を持って評価する。
最後に、効率的で量産された安価なものにとらわれず大切な文化や伝統を日々の暮らしの中で見過ごさず、見落とさない目を養い続けること、そして自分事として啓蒙することが、芸術を学んだ私の今後の課題であると考えた。

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  • E6B7BBE4BB98E8B387E69699E4BFAEE6ADA320240822_page-0005 卒業研究添付資料(1〜9)

参考文献

参考文献
註1 東京大学総合研究博物館HP、 https://www.um.u-tokyo.ac.jp/exhibition/2017sekki_description.html (2024年7月3日閲覧)

註2 三省堂 辞書ウェブ編集部HP、https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/kotowaza32 (2024年7月3日閲覧)

註3 文化遺産オンライン、https://bunka.nii.ac.jp/heritages/search?freetext=%25E5%258F%25A4%25E5%25A2%25B3%25E3%2580%2580%25E9%2589%2584%25E3%2580%2580%25E5%2588%2580%25E5%25AD%2590%25E3%2580%2580%25E5%2587%25BA%25E5%259C%259F&title=%25E9%2589%2584%25E5%2588%2580%25E5%25AD%2590&artist=&prefecture_cd=&city_code=&museum=&indexNum=20&sorttype=_ (2024年7月3日閲覧)

註4 堺刃物商工業組合連合会HP、 https://www.sakaihamono.or.jp/syouhyou.html (2024年7月3日閲覧))

註5 (公社)堺観光コンベンション協会公式HP、 https://www.sakai-tcb.or.jp/spot/detail/328 (2024年7月3日閲覧)

註6 堺市図書館HP、https://www.lib-sakai.jp/kyoudo/kyo_digi/monodukurisakai/monodukuri_hotyo.htm (2024年7月3日閲覧)

註7 堺刃物商工業組合連合会HP、https://www.sakaihamono.or.jp/hamono02.html (2024年7月3日閲覧)

註8 堺伝統工芸士会HP、https://uchihamono.jp/gallery/index.html (2024年7月3日閲覧)

註9 堺一文字「包丁のこと」HP、 https://hocho.ichimonji.co.jp/maintenance/how-to-sharpen/how-to-sharpen-wa-hocho/#lwptoc1 (2024年7月3日閲覧)

註10 (公社)堺観光コンベンション協会公式HP、https://www.sakai-tcb.or.jp/feature/detail/18#:~:text=その工程は、大きく「鍛造,3つに分かれます%E3%80%82 (2024年7月3日閲覧)

註11 堺刃物商工業組合連合会HP、https://www.sakaihamono.or.jp (2024年7月3日閲覧)

註12 堺刃物商工業組合連合会HP、https://www.sakaihamono.or.jp/matsuri/index.html(2024年7月3日閲覧)

註13 堺伝匠館HP、https://www.sakaidensan.jp (2024年7月3日閲覧)

註14 堺市内ものづくり見学・体験スポットHP https://sakai-openfactory.jp/experience/page/2/(2024年7月3日閲覧)

註15 堺市立工業高校定時制課程HP、https://www.osaka-c.ed.jp/sakai-t/tei/07tiikirennkei/tiikirennkei.html (2024年7月3日閲覧)

註16 和田商店HP、https://sakai-openfactory.jp/wadsashoten/(2024年7月3日閲覧)

参考文献
【紐とけば堺2024】特別講演「堺のまちと中近世の鉄加工の歴史」摂泉堺郷土史研究所 吉田豊氏 2024年23日 受講

【堺刃物まつり】「包丁大学」堺刃物商工業共同組合連合 山脇良庸氏 2024年4月14日 受講

「包丁研ぎ・包丁柄付け体験」和田商店和田氏 技術指導 2024年7月27日 対面


参考文献
『庖丁 和食文化をささえる伝統の技と心』、信田圭造 、ミルヴァ書房、2017年6月20日

『堺打ち刃物を語る 聞き書きオーラルヒストリー』、諸岡博熊、堺HAMONOミュージアム、2001年7月20日

『堺刃物組合連合会史 創立30周年記念 <堺刃物>』、堺刃物組合連合会編、1980年3月31日

『包丁の基礎知識』、味岡知行監修、堺刃物商工業共同組合連合会

『河内の古道と古墳を学ぶ人のために 』、泉森皎 、世界思想社、2006年8月10日

『巨大古墳 日本人はどのように建造物をつくってきたか 前方後円墳の謎を解く』、森浩一、草思社、2014年

堺刃物商工業組合連合HP、https://www.sakaihamono.or.jp/index.html (2024年7月3日閲覧)

堺伝統工芸士会HP、https://uchihamono.jp/index.html (2024年7月3日閲覧)

包丁のことHP、https://hocho.ichimonji.co.jp(2024年7月3日閲覧)

株式会社實光社HP、https://www.jikko.jp/c/knowledge (2024年7月3日閲覧)

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