カンボジアのハーブの恵みを通じた「誰一人取り残さない」デザインが開く可能性

大村 真理子

はじめに
本稿では、カンボジアのハーブティーブランド「Demeter(デメテル)」の企業活動において、特に農村部に住む女性たちとの協働における生産プロセスに着目しながら、Demeterがカンボジアの地で生み出している価値や可能性を考察し、文化資産として評価・報告する。
なお、筆者は2017年から2022年までDemeterの原料生産者である女性たちが住むシェムリアップ州の村に居住し、生計向上支援を実施しており、不定期に聞き取りを行っていた。本稿の執筆にあたっては、新たに聞き取りを行ったものと合わせて、過去の聞き取りも活用する。

1.歴史的背景および基本情報
カンボジアでは、同国の豊富な天然資源の一つであるハーブが生活に根付いており、日々の食事のほか伝統薬草医療(1)の現場でも重宝されるなど、大きな役割を果たしている。
そんなカンボジアで、2015年、1人の日本人女性がDemeterというハーブティーブランドを立ち上げた。小中学校と連携し、校庭でのハーブ栽培を通じた環境/伝統教育を目的とする「学校ハーブ園プログラム」(2)を展開し、授業で栽培されたハーブを原料として買い取るほか(3)、2019年からは農村部に住む経済的に厳しい立場に置かれた女性たちとの協働をスタートさせ、彼女たちが収穫、加工した乾燥ハーブを買取り、数種類のハーブティー(資料1)を販売している。

2.評価
2-1.「あるもの」に光を当てるまなざし
カンボジアは、開発途上国の中でも特に貧しいとされる「後発開発途上国」(4)である。このような国において外部者の多くは、「ないもの」に対して援助を試み、それはインフラ整備など、カンボジアの発展の一助となっているものも多い。
一方でDemeterは、カンボジアに自生する、元々ある環境に適応して育つハーブの恵みに着目し、その存在を「宝物」(5)と表現して事業をスタートさせている。開発途上国の「ないもの」ではなく「あるもの」に光を当て、その価値を「宝物」と位置づけ地域の人々と協働する事業デザインは、その地に暮らす人々に新たな視点をもたらし、それは彼女たちの自信に繋がっている(資料2)。

2-2. 現金収入と女性たちの内面の変化
女性たちから原料を買い取ることは、農村部で金銭的に厳しい生活を送る彼女たちに現金収入をもたらし、それらは教育費や緊急の医療費などとして役立てられている(資料3)。体力のある働き手は隣国などに出稼ぎに出て、女性や高齢者は村に残って農作物の生産を行っているが、大規模な生産はできず、基本的には自家消費と最低限の現金に変わるのみである。慢性的な現金不足に陥っている人々にとって、村での現金収入は貴重だ。これらの援助的側面は大いに評価すべき点であると同時に、ここでは女性たちの内面に起きている変化に注目したい。
ヘンさんは夫を不慮の事故で亡くし、一家の大黒柱と心の支えを同時に失った。何カ月も泣き暮らす中、知人からDemeterの乾燥ハーブの話を聞き、「このままではいられない」と重い腰を上げたという。「Demeterが私にもできることがあると気付かせてくれた。初めて自分だけでお金を稼ぐことができた」という彼女の言葉は、現金収入という分かりやすい恩恵のみならず、Demeterの存在自体が、苦しい状況の中で前を向くきっかけとして大きな役割を果たしたことを感じさせる(資料4)。
ソクさんは、「以前は結婚式の招待状を持ってこられたら、田んぼの中に身を隠していた」という。ご祝儀を出す余裕がなく、そのような行動をとっていたそうだ。そんな彼女も「今は隠れる必要がない。少しだけれどご祝儀も用意することができるから」という(資料4)。
Demeterの存在は、厳しい環境で暮らす村の女性たちに「自分の力で現金収入を得ることができた」というかけがえのない経験をもたらし、またそれは同時に彼女たちの自尊心を育み、内面をも前向きに変化させるエネルギー源になっているといえる。

2-3.誰もが参加できるハードルの低さ
村の女性たちが担う乾燥ハーブの生産作業には、誰でも参加できるハードルの低さがある。原料はその地に元々あるもので、それは農地の空きスペースに生えているレモングラスなどのハーブである。日々の食卓にも登場するこれらの「使わない分」を収穫し、規定にそって加工し、天日乾燥させて出荷する(資料5)。重いものの運搬や複雑な作業が存在しないため、力のない高齢者も無理なく参加できるほか、女性同士が作業を教え合うなどの協力関係も見られ、人材が自発的に育っていくサイクルも評価すべき点である。
村の女性たちは、牛や鶏などの家畜や子どもや孫の世話、農地の手入れ、水汲み、炊事、手作業での洗濯など、朝から晩まで忙しい。手が空いた時に自分のペースで収穫、加工が可能なDemeterの作業工程のハードルの低さは、何よりも評価し、特筆すべき点である。次項で更に触れる。

3.特筆される点
Demeterの作業には難しい工程や作業時間のしばりがない。女性たちは、家事の合間にハーブを収穫し、作業を行う(資料6)。農村の女性の暮らしをよく理解し、また「カンボジアの自然の恵みを適量分けてもらう」という考えを重視するDemeterには納品ノルマやスケジュールは存在せず、発注があった際に手元にそのハーブがあり、且つ出荷したい人が、作業を受注するシステムだ。
開発途上国発のビジネスでは、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というコンセプトの「MOTHERHOUSE」(6)など、素晴らしい事例が多くある。これらは「職人」を育成し、雇用やチャンスを広げていくスタイルが多い。
一方、Demeterで生産を担っているのは、職人ではなく「普通のおばちゃん」だ。普通のおばちゃんたちが、家事の合間にできる範囲で作業をする。彼女たちは、「職人」になる程に自分の時間を仕事に費やすことができない環境にある、何らかの理由で村に残された女性や高齢者である。
昨今耳にすることも増えた「SDGs」(7)には、「誰一人取り残さない」というスローガンがある。例えばDemeterで原料生産を担っている女性たちは、一般的な雇用の波に乗ることができない「取り残された」人々である。Demeterの事業デザインは、見事にこの層にアプローチし、彼女たちをすくいあげている。フレキシブルでハードルの低い原料生産システムは、大きな「面」を動かすことができる活動だけではどうしてもこぼれてしまいがちな箇所にじんわりと沁みこみ、その隙間を着実に埋めながら、人々の可能性を広げる唯一無二の存在であるといえる。

4.今後の展望
今後もDemeterは、手が届きにくい箇所に沁み込む小さな「点」の活動で、カンボジアの人々の可能性を広げていくだろう。2023年にはクラフトコーラ(8)を新発売しており、これらは運搬の過程で粉状になりハーブティーの原料としては使えなかった乾燥ハーブの残りや、生の状態で使用するライムなどが材料として使われている。収穫後、加工せずに出荷できる生の材料使用が増えれば、生産活動に参加できる人が更に増えるだろう。
また、同じく2023年にはDemeterの茶葉を使用したティーブランド(9)のポップアップストアが東京・青山で開催されるなど、日本での販売も拡大している(資料7)。カンボジア国内にとどまらない販路の拡大は、生産者の可能性を広げることに直結する。日本でのオンライン販売(10)のほか、来場者と直に話してストーリーを伝えることができるポップアップ形式での販売には、大きなチャンスがあるのではないか。
最近は商品パッケージに生産地や生産者のプロフィールが分かるQRコードの掲載がスタートし(資料8)、これにより購入者と生産者の距離がまた一歩縮まるなど、Demeterを通じて生まれる人と自然、人と人の有機的な繋がりは、今後も国を越えて広がっていくことが期待できる。

5.まとめ
Demeterは、古くからカンボジアの人々とともにあるハーブの存在に着目し、誰もが参加しやすい独自の原料生産方法で、現地の人々にポジティブな変化をもたらし続けている。この事業デザインによって生まれる商品は、カンボジア国内外の人々の手に渡り、様々な可能性や繋がりを生み出していく。カンボジアのハーブの恵みとその地に暮らす人々の未来をいっぱいに詰め込んだハーブティーは、これからも力強くしなやかに、新しい世界を切り開いていくだろう。

  • 81191_011_32283429_1_1_資料1(Demeterの商品)_page-0001 資料1:Demeterの商品(筆者作成)
  • 81191_011_32283429_1_2_資料2(生産者インタビュー1)_page-0001 資料2:生産者インタビュー1(筆者作成)
  • 81191_011_32283429_1_3_資料3(生産者インタビュー2)_page-0001 資料3:生産者インタビュー2(筆者作成)
  • 81191_011_32283429_1_4_資料4(生産者インタビュー3)_page-0001 資料4:生産者インタビュー3(筆者作成)
  • 81191_011_32283429_1_5_資料5(作業工程)_page-0001 資料5:作業工程(筆者作成)
  • 81191_011_32283429_1_6_資料6(1日のスケジュール例)_page-0001 資料6:1日のスケジュール例(筆者作成)
  • 資料7(日本でのポップアップ)_page-0001 資料7:日本でのポップアップ(筆者作成)
  • 81191_011_32283429_1_8_資料8(商品パッケージの工夫)_page-0001 資料8:商品パッケージの工夫(筆者作成)

参考文献

【註】
(1)アンコール王朝時代(9~15世紀)から続く、自生する有用植物を原料としたカンボジアの伝統医療の一つ。1970年代のポル・ポト政権下の大虐殺の影響で全国的な医師不足に陥った際には、ハーブなど野草を用いて治療を行う伝統薬草医療師がその不足を補うなど、重要な役割を果たしてきた。
カンボジア伝統医療師協会・高田忠典著『クル・クメール 伝統医療と薬用植物』、カナサン工房、2016年、14~20ページ。

(2)ハーブの栽培を通じて、学校の緑化、美化に取り組み、また子どもたちがハーブを学ぶきっかけをつくる独自のプログラム。
学校ハーブ園プログラム(2024年1月28日閲覧)
https://roselle-stones-khmer.com/japan/%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%83%8f%e3%83%bc%e3%83%96%e5%9c%92%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88/

(3)学校側は乾燥ハーブで得た収入を貯め、扇風機など学校の備品購入に充てている。カンボジアの公立学校では、国からの予算が限られていることから、学校独自で収入を作ることが認められている。
学校ハーブ園プログラム(2024年1月28日閲覧)
https://roselle-stones-khmer.com/japan/%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%83%8f%e3%83%bc%e3%83%96%e5%9c%92%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88/

(4)2022年8月現在。外務省ホームページ「後発開発途上国(LDC:Least Developed Country)」(2024年1月28日閲覧)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/ohrlls/ldc_teigi.html

(5)「カンボジアの宝物を世界に、という思いで始めた事業ですので、みんなに“宝物”を知って欲しいと思っています。」
木村文ほか編著『プノン 2020年2月号』、カナサン工房、2020年、11ページ。

(6)「MOTHERHOUSE」ホームページ(2024年1月28日閲覧)
https://www.motherhouse.co.jp/pages/about

(7)SDGs:(Sustainable Development Goals)。2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。外務省ホームページ(2024年1月28日閲覧)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

(8)独自の調合やレシピで生産するコーラ風味の飲料。

(9)「ON T'ADORE」という日本発のティーブランド。商品にはDemeterの茶葉が使用されている。ON T'ADOREホームページ(2024年1月28日閲覧)
https://shop.ontadore.com/

(10)2021年開始。Demeterハーブティーオンラインストア(2024年1月28日閲覧)
https://shop.cam-bp.com/collections/all

【参考文献】
カンボジア伝統医療師協会・高田忠典著『クル・クメール 伝統医療と薬用植物』、カナサン工房、2016年。
木村文ほか編著『プノン 2020年2月号』、カナサン工房、2020年。
長尾弥生著『みんなの「買う」が世界を変える フェアトレードの時代ー顔と暮らしの見えるこれからの国際貿易を目指して』、コープ出版、2008年。
長坂寿久著『フェアトレードビジネスモデルの新たな展開 SDGs時代に向けて』、明石書店、2023年。
山口絵理子著『Third Way(サードウェイ) 第3の道のつくり方』、ハフポストブックス、2019年。
特定非営利活動法人日本国際ボランティアセンター(JVC)カンボジアでの活動(2024年1月
28日閲覧)
https://www.ngo-jvc.net/activity/cambodia.html

【取材協力】
西口三千恵氏(Demeter創設者、Roselle Stones Khmer代表)
コッ・サン氏(Demeter原料生産者)
パッ・フウン氏(同上)       
ソク・スゥ氏(同上)
シン・ミー氏(同上)
ヘン・スゥン氏(同上)
ソク・ボッパー氏(同上)
浅見優 氏(株式会社セジョンティ)

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