2000年以上も前に生まれたお灸〜その変遷と魅力について

渡邊 幸子

はじめに

筆者とお灸との出会いは、とあるネットの記事の「更年期にお灸は効く」(註1)という一文であった。当時、体調不良で悩んでいたこともあり、藁をもすがる思いでお灸を試してみたのである。そこからお灸の魅力にのめり込んでいった。

「お灸」と聞いて今の若い人たちは、お年寄りがやるものだという認識を持っているかもしれない。または、親に叱られて"やいと"される、という、まさに「お灸を据える」という言葉のように、熱い恐いイメージがあるかもしれない。

お灸とは、熱による刺激を与えて病気や怪我を治すこと、そしてそれにもぐさを使うこと(註2)である。

長い長い歴史の中で進化しながらも、こんにちまで脈々と受け継がれ残り続けているお灸とは何なのか。お灸のその価値と、お灸の魅力を紹介するとともに、今後の展望を考察し報告する。

1.基本データ お灸とは

1ー(1)お灸の原料

お灸に使われているもぐさ(註3)の原料はヨモギ(註4)である。
ヨモギは、古くから身近な薬草として、傷口にヨモギの葉をもんで汁をつけて止血したり、虫さされやかゆみ止めにも使われてきた。
又、乾燥したヨモギは艾葉(がいよう)と呼ばれ、生薬としてカラダを温め、腹痛、胸やけ、下痢、便秘など、さまざまな症状に効果があるとされてきたのである。

ヨモギの葉の裏には、白くてふわふわした綿毛が生えている。この綿毛を集めてできるのが、お灸に使われる「もぐさ」(写真1)である。もぐさは火をつけても炎があがらず、熱くなりすぎることなく燃焼するため、お灸に適しているのである。

むかしは、滋賀県伊吹山周辺のもぐさの品質が上質であったため、「伊吹のもぐさ」として有名であった。現在では、国産もぐさ原料のヨモギ採取量は新潟県が最多で、富山県、石川県などでも採取されている。(註5)

1ー(2)お灸の据え方

お灸を据える方法は数多くあるが、日本では主に、もぐさを直接皮膚上で燃焼させ灸の痕を残す有痕灸と、灸の痕を残さない無痕灸に大別される。

有痕灸には、良質のもぐさを半米粒ほどの大きさの円錐形にし、直接皮膚上で燃焼させる透熱灸(註6)や、イボやウオノメを灸の熱で焼き切る焦灼灸(註7)などがある。

無痕灸には、皮膚上に生姜・にんにく・味噌・塩などの介在物を置き、その上でもぐさを燃焼させる隔物灸(註8)(写真2)や、棒もぐさを用いる棒灸(註9)(写真3)などがある。(註10)

2.歴史的背景

お灸のような治療法は、はるか昔から行われてきた。古代ギリシャやインドでは、熱した鉄を皮膚に押し当てて治療したり、石を温めて皮膚に当てできものを焼いて毒を出すなど、身体の病苦に対して様々な方法で治療することを覚え、改良されていった。(註11)

お灸は今からおよそ2000年前、北方民族の独特の医療として芽生え、やがてインドに渡り中国で発達したと言われている。
中国北方民族の人たちは、砂漠などの痩せた土地でも自生するヨモギを燃料として使っていた。この生命力の高いヨモギを使って病気の治療をすることを考え付いたのが、お灸の始まりだとされている。

お灸が日本に伝えられたのは、仏教や中国の医学書の伝来と同時期の6世紀頃だと考えられている。701年の大宝律令の「医疾令」(註12)ではお灸と鍼の学習を定められ、平安時代に編纂された「医心方」(註13)にはヨモギの薬効と灸療法の解説がされている。

平安時代の歌人である藤原定家(註14)は、持病の治療にお灸を施術したという記述を残している。また、『徒然草』で有名な吉田兼好(註15)も長寿のためにお灸を据える習慣をすすめる一文を残している。(註16)

そしてお灸が最も花開いた江戸時代、日本独自のお灸が発展し、さまざまな灸法が成立した。この頃にお灸は、ほぼ現在の据え方を確立し、鍼治・あん摩と並ぶ漢方治療法の一つとなったのである。

3.事例のどんな点について積極的に評価しようとしているのか

①昔から変わらない療法
2000年以上もあるお灸の歴史において、その治療法がほとんど変わっていないことを評価したい。
前述にも書いたように、お灸とは、もぐさを燃やしてその熱による刺激を与えて病気や怪我を治すこと、である。この基本的な療法は今も昔もほぼ変わらないのである。
原始の人々は、つる草やヨモギ草しか生えないような北方の痩せた土地で、ヨモギを怪我の治療やお灸の材料として使うことを考え出した。そこから何千年も昔と変わらない治療法としてお灸は確立していったのである。レントゲンも無かった時代から、からだの内部の治療として経穴(ツボ)にお灸を据えることを発見し、人間の自然治癒力を高めていった。これこそがお灸の優れた点の一つであると言える。
このように、お灸は昔からの療法がほぼ変わらないかたちで現在まで続いているのである。

②セルフケアに対応したスタイルに進化
お灸の治療法は変わらないが、お灸のスタイルが時代とともに進化してきたことを評価したい。
隔物灸や棒灸などは、人々が使いやすいように改良されてきた。それが実に興味深いのである。
隔物灸は、生姜・にんにく・味噌・塩などの上でモグサを燃焼させるものであるが、今は、便利な台座灸(写真4)という手軽に行える灸法として浸透してきている。台座灸とは、厚紙でできた円盤状の台座の上に、紙で巻いた円柱形状のもぐさが乗っているお灸である。またそのもぐさの中に、しょうがやにんにく、味噌の成分が入っているものも開発されており、簡単にしょうが灸やにんにく灸が出来るのである。

また、もぐさを和紙で硬く棒状に巻いたものの先に火をつけて、患部に近づけて温める棒灸の方法から、棒もぐさをセットして使うホルダーの登場により、家庭でも簡単に使えるようになった。

台座灸も実にデザイン性があり、台座にカラフルな色を使い可愛らしい形状になっている。棒灸のホルダーも温かみのある木製のお洒落なものになっている。

お灸は古いもの昔の人の療法、という価値観を覆すべく、新しい使い方や可愛らしいデザインのお灸もたくさん出現しているのである。

4.他の事例との比較

お灸と並んで漢方治療法で有名なのが、鍼治療である。

鍼は、疾患や症状に適した経穴(ツボ)(註17)に極めて細いステンレス製の針を刺入れ、生体に刺激を加えることで人間の持つ自然治癒力を高め、病気を改善させる治療法である。

鍼治療は大きく3種類に分けられる。
皮膚に刺す鍼、皮膚に刺さない鍼、そして皮膚に貼る鍼である。

皮膚に刺す鍼:毫鍼(ごうしん)とは、現在、最も代表的に使われている鍼である。鍼を刺した部位の筋肉をほぐし、血液循環を改善することが知られている。痛みの疾患に用いられる事が多く、さまざまな経穴(ツボ)に刺激を加えて、 多種多様の効能を発現させる。

皮膚に刺さない鍼:鍉鍼(ていしん)とは、太い鍼を体に接触させたり、押したり、擦ったりして優しい刺激で治療する鍼である。刺激に弱く敏感で繊細な方や小児の治療によく使われている。

皮膚に貼る鍼:円皮鍼(えんぴしん)は、シールの裏に小さな鍼がついていて、経穴(ツボ)に張り付ける鍼である。この小さな鍼でも、凝りや痛みを取ることができ、スポーツ選手のケアなどによく使われている。(註18)

灸や鍼をやるには、国家資格である鍼灸師の免許が必要である。
鍼は自分でやるには難しい。しかしお灸は、台座灸や棒灸などを用いて自宅でも手軽に出来る。そういう意味でもお灸は、身近でかつ簡単手軽に扱える療法であることを評価したい。

5.今後の展望について

医学の進んだ現代において、今でも残り続けている東洋医学。その際たるものが、お灸である。
病気が悪くなってから医者が診て治療する西洋医学とは違い、東洋医学とは、未病という病気になる前に治療する予防医療である。
西洋医学のような、検査して処方薬を出したり、外科的手術を行ったりする治療ではなく、時間はかかるが、副作用の少ない東洋医学は、治療に際して不調になりにくく、同時に体質も改善していく治療法なのである。
患部を温めるという実に簡単かつ的確な療法であり、医学の進んだ現代だからこそ、お灸というなまじっか胡散臭いともとられる、しかし合理的で無駄がない療法はこの先も受け継がれていくと考えるのである。

6.まとめ

お灸は古臭い治療法ではないのである。お年寄りだけが使うものではないのである。
自宅で自分で始められる手軽な療法になっているお灸こそ、コロナ禍においてのあらゆる不調を和らげる療法になるのではないかと考えるのである。

  • 1 2021年12月10日筆者撮影
    昔ながらのお灸ではあるが、今は使いやすいかたちに変わってきている。可愛らしいデザインや綺麗な色が並んでいて見ていても楽しい。
  • 2 (写真1)もぐさ
    2021年12月4日筆者撮影
    良質なモグサは不純物が少ないので色が白っぽくて綺麗である。
  • 3 (写真2)隔物灸
    2021年12月4日筆者撮影
    しょうが灸は、しょうがを厚さ1センチの輪切りにし電子レンジで人肌に温め、施灸点にしょうがを乗せもぐさを置き火をつける。
    ニンニク灸は、皮と膜をはがし数ミリから1センチ程度に輪切りにしその上にもぐさを乗せ火をつける。しょうが灸よりも皮膚への刺激が強い。
  • 4 (写真3)-1棒灸
    2021年12月4日筆者撮影
    棒もぐさ
  • 5 (写真3)-2棒灸
    2021年12月4日筆者撮影
    棒灸の時に使う棒ホルダー2種類。棒もぐさに火をつけてホルダーに入れて使う。安全にお灸を据えることが出来る。ホルダーも木製でお洒落なデザインのものが登場している。
  • 6 (写真3)-3棒灸
    2021年12月4日筆者撮影
    棒灸を頭頂部の百会のツボに据えているところ。棒灸は頭部など直接お灸が出来ないところに使われることが多い。
  • 7 (写真4)台座灸
    2021年12月10日筆者撮影
    カラフルな台座灸。手軽にセルフケアが出来る新世代のお灸である。お灸の温熱の違いにより台座の色を変えている。
    写真上の左の金色の丸いものは、火を使わないお灸で、上部のシールをはがし直接肌に貼るタイプのお灸である。

参考文献

[註釈]
(註1)
せんねん灸HP お灸ビューティー
https://www.sennenq-beauty.jp/column/vol_05.html 「vol.5更年期からの美顔」の記事より

(註2)
岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年
(医道の日本社) P6

(註3)
もぐさは、5月から7月に刈り取られたヨモギからつくられる。葉だけを天日干ししさらに機械で乾燥させ、粉々に擦り潰し、その粉をふるいにかける工程を繰り返して不要物と綿毛を分離させ、もぐさができる。
**岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年(医道の日本社) P12

(註4)
ヨモギは、キク科ヨモギ属の多年草で、日本全国に自生している。春の若いヨモギの葉は食用としても用いられ、お団子やお餅などに混ぜて食べられる。
ヨーロッパでは古くからハーブの母と呼ばれ日本でも生薬として用いられていた。日本には30種類以上のヨモギ属の植物が生息するが、国産ヨモギのもぐさは、主にヨモギとオオヨモギが原料になっている。
**岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年(医道の日本社) P12

(註5)
岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年
(医道の日本社) P12〜15

(註6)
透熱灸は、鍼灸院で行う最もスタンダードな灸法で、身体にわざと炎症をつくったり強い温熱刺激を与えることで、血流量を増やしたり、自然治癒力を高める治療法である。
**岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年(医道の日本社) P32〜34

(註7)
焦灼灸は、イボ、ウオノメ、タコなどを取る昔ながらの灸法である。細胞組織の焦灼破壊を目的とした灸法で、局所が破壊されるまで数十壮の多量の施灸をし続ける灸法である。
**岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年(医道の日本社) P43〜44

(註8)
隔物灸は、お灸の痕を残さない無痕灸に分類される。隔物灸には様々な種類があるが、代表的なものは、しょうが灸・ニンニク灸・みそ灸・塩灸・クルミ灸・ビワの葉灸などがある。お灸の温熱刺激と介在物の薬理作用を期待したお灸で、日本では江戸時代に民間療法として庶民の間で浸透した。
**岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年(医道の日本社) P28〜31

(註9)
棒灸は、無痕灸に分類され、モグサを和紙で硬く棒状に巻いたものである。棒モグサの先に火をつけ、片手で鉛筆のように持ち、皮膚に近づけたり遠ざけたりして、温熱の場所や刺激時間を自由に変えながら据えるお灸である。
**岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年(医道の日本社) P53〜55

(註10)
公益社団法人 日本鍼灸師会 鍼灸とは
https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/acupuncture-02/ 「灸施術について」の記事

(註11)
岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年
(医道の日本社) P6

(註12)
『医疾令』、正確には「いしちりょう」と読む。『大宝律令』のなかにある医薬全般にわたる諸規定である。しかしあまりにも理想的すぎ、実際の面では十分に機能しなかったといわれている。
**ブリタニカ国際大百科事典
https://kotobank.jp/word/医疾令

(註13)
『医心方』は、日本に現存する最古の医学書である。永観2年(984)に丹波康頼が、中国の多くの医書を引用して病気の原因や治療法を述べたものである。その中の鍼灸編において、男女・年齢・体質による鍼灸の工夫、灸の点火法などが記述されている。
**e国寶 医心方 http://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&webView=&content_base_id=100173&content_part_id=0&content_pict_id=0

(註14)
藤原定家は、藤原俊成の子で、平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人である。『新古今和歌集 』の編さんをした。若い頃から多くの優れた和歌を詠み、後鳥羽上皇から『新古今和歌集 』の選者の一人に選ばれている。『小倉百人一首』は、定家が選んだといわれている。 
**Wikipedia藤原定家
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E5%AE%9A%E5%AE%B6

(註15)
吉田兼好は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての官人・歌人・随筆家で、本名は卜部兼好。卜部氏の嫡流は兼好より後の時代に吉田家と称するようになり、江戸時代以降は吉田兼好と通称されるようになった。日本三大随筆の一つとされる『徒然草』の作者で、私家集に『兼好法師家集』がある。『徒然草』で、養生の一環として足三里へのお灸が紹介されており、「40歳以上の者は三里に灸をすると、のぼせ(高血圧)を引き下げる」という記述がある。
**国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局はりきゅう基礎実習Ⅱ http://www.rehab.go.jp/TrainingCenter/japanese/TCletter/No23/4_story.html
**Wikipedia吉田兼好https://ja.m.wikipedia.org/wiki/吉田兼好

(註16)
岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年
(医道の日本社) P8

(註17)
経穴(ツボ)
人のからだを巡る「気」と呼ばれるエネルギーの流れる通路のことを経絡といい、全身に12本の特性を持った流れがある。ツボ(経穴)はその経絡上の要所にあり、からだの内部にあらわれるポイントである。現在WHOでは361のツボを認定している。
**公益社団法人大阪府鍼灸師会 つぼ・経絡ってなに?https://www.osaka-hari9.jp/tsubo.html
**せんねん灸教えてお灸https://www.sennenq.co.jp/knowledge/q-ko/

(註18)
鈴鹿医療科学大学附属 鍼灸治療センター
鍼灸の種類
https://www.suzuka-u.ac.jp/facilities/acupuncture-center/itemlist.html 「鍼ってなに?」の記事

〈参考文献〉

岡田明三著『まるごとお灸百科』2017年
(医道の日本社)

宮川浩也著『温灸読本』2014年(医道の日本社)

せんねん灸お灸ルーム著『自分でできる始めてのお灸』2013年(株式会社主婦の友社)

せんねん灸お灸ルーム著『美顔・美ボディ 美容お灸』2012年(株式会社講談社)

オフィス・クリオ著『みんなの「いえ灸」』2016年(メイツ出版株式会社)

〈参考webサイト〉

翁鍼灸院HP 鍼灸治療のお話 お灸の歴史
https://www.ou-hari.com/tyugokusinkyu-kyu2.html
(2021年12月4日最終閲覧)

せんねん灸HP お灸の歴史
https://www.sennenq.co.jp/labo/history.html
(2021年12月4日最終閲覧)

小林老舗HP 歴史
https://kobayashi-rouho.com/history.html
(2021年12月4日最終閲覧)

東京有明医療大学 鍼灸の歴史
https://www.tau.ac.jp/future/acupuncture/history.html
(2021年12月4日最終閲覧)

公益社団法人 日本鍼灸師会 鍼灸とは
https://www.harikyu.or.jp/acupuncture/acupuncture-02/
(2021年12月4日最終閲覧)

鈴鹿医療科学大学附属 鍼灸治療センター
鍼灸の種類 鍼ってなに?
https://www.suzuka-u.ac.jp/facilities/acupuncture-center/itemlist.html
(2021年12月4日最終閲覧)

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