平成ブームで終わらない讃岐うどん人気の秘密を探る

河田 顕二

1.はじめに

平成31年4月29日、香川県の地方紙である四国新聞社が読者投票で選ばれた「香川の平成10大ニュース」*1 を発表したが、第1位は「讃岐うどんブーム」であった。比較的温和な香川県でも平成時代には様々な出来事があったが、「讃岐うどんブーム」が第1位に選ばれた理由はポジティブなニュースであっただけではないだろう。
改めて平成時代を振り返ると、確かに30年前には香川県の郷土食に過ぎなかった讃岐うどん[#1]が今や全国区に定着し、海外へも出店して外国人にも食べられている現況は想像を超えた事実である。
思い起こせば昭和63年4月に県民の悲願であった瀬戸大橋が開通した。また翌年の平成元年には新高松空港も開港し、香川県は新時代を迎えた。その後の高松自動車道の全線開通など交通インフラ整備に伴い、四国外の地域との経済交流は活性化していった。
このような時代背景の流れの中で、「讃岐うどんブーム」がどのように醸成され継続したのかを検証したい。

2.ブームの仕掛け

ブームの火付け役となったのは、昭和63年12月号から連載を開始した『月刊タウン情報かがわ』の「讃岐うどん針の穴場探訪記・ゲリラうどん通ごっこ」*2 というレポート記事である。それまでメディアに紹介されていなかった製麺所型うどん店を中心に、“怪しい、楽しい、おもしろい”「讃岐うどん巡りレジャー」を情報発信したことで若者を中心とした探訪者が急増した。
そして平成5年4月に連載記事を編集した単行本『恐るべきさぬきうどん』の発行により全国情報発信が本格的に始まった。当時インターネットや携帯電話は未だ普及しておらず、情報源はタウン情報誌だったのである。今ではスマートフォンなどで写真や地図情報を簡単に手に入れることができるが、それができない不便さこそブームの肝だったのではないかと推測する。
当時タウン情報誌の編集長であった田尾和俊氏(現在は四国学院大学教授)は、「ブームというより讃岐うどん巡りというレジャー、遊びを仕掛けた」*3 と語っている。つまり香川県内に点在する讃岐うどん店を発掘して巡る旅を楽しむことで、香川県全体をうどんのテーマパークにしようとする試みであった。

3.ブームの要因

「讃岐うどんブーム」には様々な要因が絡み合って、プラスの相乗効果を生み出したのではないかと推察する。それはうどんという素材が持つ素朴さに起因するものもあれば、日本人の食習慣の変化や情報化社会の進化なども挙げられよう。

以下ブームの要因に繋がったであろう具体的な史実をカテゴリ毎に分類して列記し、エポックメイキングな出来事や事象がどのように作用してきたかを分析する。

3-1.商業技術的要因

a.製麺機による量産化

県外の観光客から「讃岐うどんは客に出す麺を足で踏んでおり不衛生だ」との指摘を受け、昭和43年香川県は実質的に足踏み禁止の条例を発令した*4。しかしこの決断が製麺技術革新に拍車をかけ画期的なうどん製麺機の開発に成功した。これにより省力化や量産化・高品質化が達成され、冷凍うどんの商品開発にもつながっていった。

b.セルフ方式の導入*5

讃岐うどんは元来製麺所で製造し飲食店で販売する分業であったが、昭和50年代頃から製麺所で直にうどんを提供する形態が出現した。これは出来立ての美味しいうどんを食べるため製麺所でうどん玉のみを受け取り、味付けなど仕上げ工程は自らが行って食する形態である。製麺所は余計なサービスが不要で消費者は安いうどんにありつけた。これに天ぷらやおでんなどのサイドメニューが加わって現在のセルフ方式ヘと発展していった。

3-2.原材料的要因

a.オーストラリア産小麦粉

香川県は元来うどん用の小麦を生産していたが、戦後の農業衰退から生産量が激減していった。うどんに適した小麦粉を調査研究した結果、オーストラリア産の小麦粉ASW(Australia Standard White)*6 の適性を見出した。ASWは生産も価格も安定しており、讃岐うどん用小麦粉の安定供給に貢献している。

b.うどん用小麦の品種改良*7

香川県は県産小麦の生産を死守するため、ASWに優るうどんに適した小麦品種の改良に取り組んできた。海外輸入依存への警戒と讃岐うどんの美味しさへの飽くなき探求が続けられ、遂にASWを超えた品質の「さぬきの夢2000」が完成した。その後も改良が加えられ現在は「さぬきの夢2009」がブランド小麦として使用されている。

3-3.政策的要因

a.高速料金割引制度

平成21年3月、国土交通省は高速道路のETC利用促進を狙いとした料金割引制度を試験導入した。これにより千円で瀬戸大橋を通行できるようになり、四国外からの讃岐うどん巡り客が急増した。本場の讃岐うどんを味わえる機会を得たカスタマーは、リピーターやサポーターとなって新たな来訪者の発掘に貢献してくれた。

b.うどん県プロジェクト

平成23年10月、香川県が『うどん県。それだけじゃない香川県』プロジェクト[#2]をスタートさせた。それまで民間主導で進められてきた「讃岐うどんブーム」に行政が全面支援する形で企画されており、香川県知事の「このたび、香川県をうどん県に改名することにしました」というセンセーショナルな記者会見が話題を呼んだ。

3-4.社会的要因

a.外食チェーンの全国展開

昭和50年代に入ると様々な業態の外食産業が勃興してきた。ファミリーレストランやファーストフードのハンバーガーや牛丼の専門店などが先行して全国チェーン展開する中で、平成12年にはうどんチェーン店のはなまるうどんと丸亀製麺が創業店舗を出店し、以降店舗を全国展開していった。

b.グルメイベントの隆盛

平成18年に開催された「B-1グランプリ」に代表されるB級グルメイベントが人気を博するようになった。またラーメン・カレー・餃子・唐揚げなど特定ジャンルの食べ物をテーマとして味を競うイベントも流行した。香川県でも平成26年からうどんの消費拡大と食文化定着を狙いとして各地のうどんを集めた「全国年明けうどん大会」*8 が開催されている。

c.マスメディアによる効果

21世紀に入ると、讃岐うどんはライフスタイル雑誌や旅番組など様々なジャンルのマスメディアで数多く取り上げられるようになった。そして平成18年8月映画『UDON』[#3]の公開により県外からの讃岐うどん巡り客が激増し、リピーターによる口コミ効果が更なる集客を呼んだ。

4.食の地域ブランド力

平成20年日経リサーチが実施した食の地域ブランド力調査で讃岐うどんは第1位に輝き、隔年実施の平成22年でもトップを維持した。
全国には様々なジャンルで知名度の高い地域ブランドの品々が存在しており、代表的には次のような特産品がある。

a.農産品  夕張メロン、魚沼産コシヒカリ、下仁田ねぎ、丹波黒大豆、有田みかん
b.水産品  大間まぐろ、広島かき、関さば、浜名湖うなぎ、越前かに、明石たこ
c.精肉   松坂牛、名古屋コーチン、米沢牛、神戸牛、比内地鶏、近江牛、飛騨牛
d.麺類   長崎ちゃんぽん、喜多方ラーメン、信州そば、三輪素麺、名古屋きしめん
e.加工食品 博多辛子明太子、長崎カステラ、京都八ツ橋、宇治茶、草加せんべい

群雄割拠する地域ブランド品の中から「讃岐うどん」が第1位に選ばれた最大の理由は、「讃岐うどん」の名称使用について厳格な制限がないこと[#4]である。これにより外食チェーン店舗に讃岐うどんの表示[#5]が可能となり、店舗の増加に伴い全国的な知名度が向上した。
また日本人の食に対する味覚が均質化してきたため、味付けを変えなくても全国で受け入れられた事も重要なポイントである。

5.地域活性化の要として

香川県では讃岐うどんだけではなく、県木のオリーブを使ったオリーブハマチやオリーブ牛など県産品の消費拡大に努めている。また「瀬戸内海」「食」「アート」による複合的な観光誘致を推進しており、今後も地域ブランドのアイコンである讃岐うどんが果たすべき役割は大きい。

  • DSC_0212 [#1] 讃岐うどんの代表的なレシピである釜揚げうどん[2017年12月17日 筆者撮影]
  • 2_%ef%bc%832%e3%80%8e%e3%81%86%e3%81%a9%e3%82%93%e7%9c%8c%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%82%af%e3%83%88%e3%80%8f%e3%83%9d%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%bc [#2] 『うどん県プロジェクト』ポスター
  • 3_%ef%bc%833%e6%98%a0%e7%94%bb%e3%80%8eudon%e3%80%8f%e3%83%9d%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%bc [#3] 映画『UDON』ポスター
  • 4_%ef%bc%834%e8%ae%83%e5%b2%90%e3%81%86%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%ae%e8%a1%a8%e7%a4%ba%e5%9f%ba%e6%ba%96 [#4] 讃岐うどんの表示基準
  • DSC_0095 [#5] 讃岐うどん(Sanuki Udon)が表示されている店舗[2019年7月26日 筆者撮影]

参考文献

Web参照[全て2019年7月20日最終閲覧]

*1 1位は「うどんブーム」香川の平成10大ニュース(四国新聞 2019/4/29)
   https://news.line.me/issue/oa-shikokunews/51f9091fe2fa
*2 さぬきうどん歴史倉庫 年表1980年代(さぬきうどん未来遺産プロジェクトHP)
   https://www.sanukiudon-mirai.jp/year_chart/?yearRange=19800101#chartTtl
*3 ブームの仕掛け人が語る「うどん巡り」という娯楽の発明(月刊事業構想 2015/3)
   https://www.projectdesign.jp/201503/pn-kagawa/001989.php
*4 讃岐うどんの歴史と伝統【第三章】讃岐うどんの近代史(さぬき麺機㈱HP)
   https://menki.co.jp/column-history/492/#page1
*5 お店のタイプを知ろう 一般店/セルフ/製麺所(うどん県旅ネットHP)
   https://www.my-kagawa.jp/udon/feature/sanukiudon/TOP
*6 極める 小麦と小麦粉のはなし 小麦の種類(木下製粉㈱HP)
   https://www.flour.co.jp/knowledge/wheat/
*7 さぬきの夢を知る さぬきの夢小麦粉(吉原食糧㈱HP)
   https://flour-net.com/column/sanukinoyume/
*8 『全国年明けうどん大会2019 in さぬき』の出展者募集HP
   https://www.toshiakeudon.com/

参考文献

麺通団著『恐るべきさぬきうどん―麺地巡礼の巻 』、新潮社、 2003年
麺通団著『恐るべきさぬきうどん―麺地創造の巻 』、新潮社、 2003年
吉原良一著『【さぬきうどん】の真相を求めて』、旭屋出版、2018年
木下敬三著『さぬきうどんの小麦粉の話』、旭屋出版、2005年
諏訪輝生著『さぬきうどんや奮戦記』、旭屋出版、2008年
吉原良一著『だから「さぬきうどん」は旨い』、旭屋出版、2009年
タウン情報かがわ編『さぬきうどん全店制覇攻略本2018-19年版』、セーラー広告、2018年

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