宮 信明(准教授:主任)2024年3月卒業時の講評
みなさま
卒業研究レポートの作成、そして提出、本当にお疲れさまでした。大きな課題を終えられて、いまはどのようなお気持ちでしょうか。
ネルソン・マンデラの「It always seems impossible until it’s done.」という有名な言葉があります。ご存知の方もいらっしゃるかも知れません。日本語に翻訳すると、「なにごとも成し遂げるまではいつも不可能に思われる」といったところでしょうか。
おそらく、入学当初は「自分に卒業研究なんて書けるのだろうか」と不安だった方や、卒業研究に着手されてからも「もうやめてしまおうか」と途中で挫折しそうになった方もいらっしゃるでしょう。その「不可能に思われる」ことを、みなさんは成し遂げたのです。まずはそのことを大いに誇っていただければと思います。
さて、今期の卒業研究は254件の提出がありました。ちなみに、昨年度の春期は252件でしたので、芸術教養学科では、今年度も昨年度に引き続いて、非常に多くの卒業生を送り出すことができます。我々教員にとって、こんなにうれしいことはありません。
みなさんのご卒業を寿ぎ謹んでお慶びを申し上げます。
とはいえ、これで終わってしまっては総評になりません。もちろん、それぞれのレポートの点数と講評については、個別にお伝えしてありますので、そちらをご覧いただければよいのですが、ここでは、総評として、私が採点・講評を担当した卒業研究の全体的な特徴や傾向、改善点について、述べていきたいと思います。
今回、私が担当した卒業研究では、以下のような対象が取り上げられていました。
・鶴岡雛菓子
・青森の藍
・西陣織
・近江上布
・よこすか海軍カレー
・撫川うちわ
・シアタージャズダンス
・箱根寄木細工
・宝塚歌劇団
・能面
・豊田市足助町の町並み
・鈴木家住宅
・黄色笹巻き
・松本市高橋家住宅
・江戸前握り寿司
・ミュージカル『レ・ミゼラブル』
・公演「ココカラ先へ」
・神田神保町古書店街
・靖國神社の大村益次郎銅像
・権現道
・日本舞踊の音源のデジタル化
・木版画
・荻外荘
・大鳥神社の鳳凰紋
・ピッコロシアター
・キネマ『男はつらいよ』
・銭湯
・阿倍野長屋
・帆船日本丸
・奥田邸
・伝統的酒造り
・尼崎城
・ラインの館
・神戸ストリートピアノ
・越前焼
・白石和紙
・旧波佐見町立中央小学校講堂兼公会堂
・鴫立庵
・ベトナム北西部の踊りソエタイ
・江戸東京たてもの園
・寿司の歴史
・文京区民オーケストラ
・松山バレエ団
いかがですか。このラインナップ。これを見るだけでも、どれほど多彩なテーマで卒業研究(=評価報告書)が作成されているのか、一目瞭然でしょう。いずれのレポートにおいても、興味深い事例が報告されていました。また、それを論じるための視点もじつに多様で、読み応えのあるものばかりでした。
その上で、シラバスに記載されている評価基準にそって、いくつか気になった点を改善点として示しておきたいと思います。
・文章の表記の正確さと構成の明瞭性
まず、大学のレポートや論文では、学術的な文章の作成(アカデミック・ライティング)が求められます。アカデミック・ライティングでは、自分の考えをできるだけ客観的に提示しなければなりません。そのため、「私」や「思う」「感じる」などの主観的な表現や、「取材させていただいた」や「制作なさっている」といった敬語は、極力使用しないようにするのが一般的です(敬語は関係性を表すため、そこに主観性が読み取れるからです)。また、引用や註、参考文献、添付資料などが、きちんとルールに則って記述されているかも重要な点です。文系であれ理系であれ、アカデミック・ライティングでは「科学的な文章」、つまり客観的根拠にもとづいた論述が求められます。「素晴らしい」「美しい」と心情的に述べるのではなく、なにが「素晴らしい」のか、なぜ「美しい」のかを、客観的かつ具体的に示さなければなりません。
・授業の趣旨および課題内容の理解
特定のデザイン・芸術活動やその成果としての地域の文化資産について考察し、「文化資産評価報告書」を作成するという課題の趣旨を、ほとんどの方がきちんと理解され、レポートを作成されていました。ただ、残念なことに、「報告に際しては必ず次の5点を明記してください」という課題の要求にお答えいただけていないレポートがいくつかありました。あるいは、5点については章立て、立項されているものの、「2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか」が極端に短いものや、「4.今後の展望について」がレポート全体の70%を超えるものなどもありました。一概に否定するわけではないのですが、全体のバランスを考えつつ、それぞれの課題について過不足なく論述していただければ、さらに完成度の高いレポートになったと思います。
・受講生自身の見解の明示
ほとんどのレポートで、いやすべてのレポートで受講生自身の見解がきちんと明示されていました。この点については、さすがにご自身で選ばれたテーマ・対象だけに、思い入れも強く、その主張や見解がはっきりと述べられていて、素晴らしいと思いました。ただ、なぜその見解に至ったのかについて、もう少し具体的に考察していただきたかったレポートも少なくありません。繰り返しになりますが、「価値がある」と感覚的あるいは感情的に述べるのではなく、どこに「価値がある」のかを客観的に考察し、その結果を踏まえて、ご自身の見解を論述していただければと思います。
・着眼点の独自性
卒業研究における「着眼点の独自性」とは、先行研究や資料調査、フィールドワークやインタビュー等の結果を踏まえた上で、自分の考えを展開していくことから生まれるものではないでしょうか。もう少しはっきり言えば、先行研究や資料の調査が不足している、と思われる卒業研究が少なくなかったということです。例えば、ある図書館のことを論じるとしましょう。その場合、対象となる図書館のことを調べるのは当然ですが、そもそもの前提として図書館学や、建築をテーマにするのであれば建築学、教育をテーマにするのであれば教育学など、さまざまな知見を参照しないのはもったいないと思いませんか。もちろん、すべての資料や文献に目を通すことは不可能でしょう。しかし、できるだけ多くの先行研究や資料に触れ、その方法論を身につけるとともに、考察を深め、より独自性のある着眼点を示していただきたかったところです。
以上、色々と口喧しいことばかり申し上げてきました。
卒業研究は、みなさんがこれまで芸術教養学科で学んでこられたことの集大成です。だからこそ、この総評でも個別講評でも、厳しいことをあれこれと書き連ねてしまいました。とはいえ、それぞれのレポートが卒業に値するクオリティに達していたことは間違いありません。ぜひこれからも、芸術教養学科で学修したことをもとに、よりよい学びを続けていっていただければと思います。
それでは、改めまして、ご卒業、誠におめでとうございます!
卒業研究レポートの作成、そして提出、本当にお疲れさまでした。大きな課題を終えられて、いまはどのようなお気持ちでしょうか。
ネルソン・マンデラの「It always seems impossible until it’s done.」という有名な言葉があります。ご存知の方もいらっしゃるかも知れません。日本語に翻訳すると、「なにごとも成し遂げるまではいつも不可能に思われる」といったところでしょうか。
おそらく、入学当初は「自分に卒業研究なんて書けるのだろうか」と不安だった方や、卒業研究に着手されてからも「もうやめてしまおうか」と途中で挫折しそうになった方もいらっしゃるでしょう。その「不可能に思われる」ことを、みなさんは成し遂げたのです。まずはそのことを大いに誇っていただければと思います。
さて、今期の卒業研究は254件の提出がありました。ちなみに、昨年度の春期は252件でしたので、芸術教養学科では、今年度も昨年度に引き続いて、非常に多くの卒業生を送り出すことができます。我々教員にとって、こんなにうれしいことはありません。
みなさんのご卒業を寿ぎ謹んでお慶びを申し上げます。
とはいえ、これで終わってしまっては総評になりません。もちろん、それぞれのレポートの点数と講評については、個別にお伝えしてありますので、そちらをご覧いただければよいのですが、ここでは、総評として、私が採点・講評を担当した卒業研究の全体的な特徴や傾向、改善点について、述べていきたいと思います。
今回、私が担当した卒業研究では、以下のような対象が取り上げられていました。
・鶴岡雛菓子
・青森の藍
・西陣織
・近江上布
・よこすか海軍カレー
・撫川うちわ
・シアタージャズダンス
・箱根寄木細工
・宝塚歌劇団
・能面
・豊田市足助町の町並み
・鈴木家住宅
・黄色笹巻き
・松本市高橋家住宅
・江戸前握り寿司
・ミュージカル『レ・ミゼラブル』
・公演「ココカラ先へ」
・神田神保町古書店街
・靖國神社の大村益次郎銅像
・権現道
・日本舞踊の音源のデジタル化
・木版画
・荻外荘
・大鳥神社の鳳凰紋
・ピッコロシアター
・キネマ『男はつらいよ』
・銭湯
・阿倍野長屋
・帆船日本丸
・奥田邸
・伝統的酒造り
・尼崎城
・ラインの館
・神戸ストリートピアノ
・越前焼
・白石和紙
・旧波佐見町立中央小学校講堂兼公会堂
・鴫立庵
・ベトナム北西部の踊りソエタイ
・江戸東京たてもの園
・寿司の歴史
・文京区民オーケストラ
・松山バレエ団
いかがですか。このラインナップ。これを見るだけでも、どれほど多彩なテーマで卒業研究(=評価報告書)が作成されているのか、一目瞭然でしょう。いずれのレポートにおいても、興味深い事例が報告されていました。また、それを論じるための視点もじつに多様で、読み応えのあるものばかりでした。
その上で、シラバスに記載されている評価基準にそって、いくつか気になった点を改善点として示しておきたいと思います。
・文章の表記の正確さと構成の明瞭性
まず、大学のレポートや論文では、学術的な文章の作成(アカデミック・ライティング)が求められます。アカデミック・ライティングでは、自分の考えをできるだけ客観的に提示しなければなりません。そのため、「私」や「思う」「感じる」などの主観的な表現や、「取材させていただいた」や「制作なさっている」といった敬語は、極力使用しないようにするのが一般的です(敬語は関係性を表すため、そこに主観性が読み取れるからです)。また、引用や註、参考文献、添付資料などが、きちんとルールに則って記述されているかも重要な点です。文系であれ理系であれ、アカデミック・ライティングでは「科学的な文章」、つまり客観的根拠にもとづいた論述が求められます。「素晴らしい」「美しい」と心情的に述べるのではなく、なにが「素晴らしい」のか、なぜ「美しい」のかを、客観的かつ具体的に示さなければなりません。
・授業の趣旨および課題内容の理解
特定のデザイン・芸術活動やその成果としての地域の文化資産について考察し、「文化資産評価報告書」を作成するという課題の趣旨を、ほとんどの方がきちんと理解され、レポートを作成されていました。ただ、残念なことに、「報告に際しては必ず次の5点を明記してください」という課題の要求にお答えいただけていないレポートがいくつかありました。あるいは、5点については章立て、立項されているものの、「2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか」が極端に短いものや、「4.今後の展望について」がレポート全体の70%を超えるものなどもありました。一概に否定するわけではないのですが、全体のバランスを考えつつ、それぞれの課題について過不足なく論述していただければ、さらに完成度の高いレポートになったと思います。
・受講生自身の見解の明示
ほとんどのレポートで、いやすべてのレポートで受講生自身の見解がきちんと明示されていました。この点については、さすがにご自身で選ばれたテーマ・対象だけに、思い入れも強く、その主張や見解がはっきりと述べられていて、素晴らしいと思いました。ただ、なぜその見解に至ったのかについて、もう少し具体的に考察していただきたかったレポートも少なくありません。繰り返しになりますが、「価値がある」と感覚的あるいは感情的に述べるのではなく、どこに「価値がある」のかを客観的に考察し、その結果を踏まえて、ご自身の見解を論述していただければと思います。
・着眼点の独自性
卒業研究における「着眼点の独自性」とは、先行研究や資料調査、フィールドワークやインタビュー等の結果を踏まえた上で、自分の考えを展開していくことから生まれるものではないでしょうか。もう少しはっきり言えば、先行研究や資料の調査が不足している、と思われる卒業研究が少なくなかったということです。例えば、ある図書館のことを論じるとしましょう。その場合、対象となる図書館のことを調べるのは当然ですが、そもそもの前提として図書館学や、建築をテーマにするのであれば建築学、教育をテーマにするのであれば教育学など、さまざまな知見を参照しないのはもったいないと思いませんか。もちろん、すべての資料や文献に目を通すことは不可能でしょう。しかし、できるだけ多くの先行研究や資料に触れ、その方法論を身につけるとともに、考察を深め、より独自性のある着眼点を示していただきたかったところです。
以上、色々と口喧しいことばかり申し上げてきました。
卒業研究は、みなさんがこれまで芸術教養学科で学んでこられたことの集大成です。だからこそ、この総評でも個別講評でも、厳しいことをあれこれと書き連ねてしまいました。とはいえ、それぞれのレポートが卒業に値するクオリティに達していたことは間違いありません。ぜひこれからも、芸術教養学科で学修したことをもとに、よりよい学びを続けていっていただければと思います。
それでは、改めまして、ご卒業、誠におめでとうございます!