「読書の森」(大阪府松原図書館)を起点にした地域デザイン
はじめに、
本大学に入り数々のレポートに取り組むにあたって、これまでの人生の中で最も頻繁に「図書館」を活用した。図書館に通いながら、単に参考図書を手に入れるだけでなく、地域の人が集う場所として、また、我がまちらしさを感じるどこか懐かしく安心させられる居心地の良い空間であったため、特にこの3年間お世話になった「読書の森」(大阪府松原図書館)をテーマに取り上げ、ここを起点とした地域デザインとこれからについてまとめることとした。
1、「読書の森」基本データと歴史的背景(註1、註2)
大阪府松原市における図書館活動は昭和45年から始まり、現在は市内に6ヶ所の図書館を有している。図書館は建物でなくシステムであるという認識の元に、昭和49年自動車図書館の発足に引き続き、分室・分館の開設などによりシステムの拡充を図り、「どこでも、誰でも」が利用できる図書館サービスに取り組んできた。
その後ライフスタイルの変化に伴い、市民のニーズに合った出会いのある新しいスタイルの図書館が必要とされ、2019年11月に旧松原図書館を休止したのちに、2020年1月に「読書の森」をオープンした。
これは、水面に浮かぶコンクリートの重厚な外観と、自然光を取り入れたこれまでにない独創的な図書館である。
現在は約25万冊を所蔵しており、松原市内に数カ所ある図書館の中でも最も規模が大きい。
貸出点数は2020年からの3年間で増加しており、自習室は一日平均113名の利用があって学生を中心に賑わっている。
子ども向けのフリースペースや、絵本読み聞かせなどイベント活動も活発に行われ、充実した雑誌や新聞コーナーにはシニア世代が常駐し、幅広い地域住民の知の拠点になっている。
2、「読書の森」を積極的に評価する点
■松原市の風景に馴染み、昔からそこにあったかのような当たり前の存在に
設計を手掛けたのは建築設計事務所「MARU。architecture」。彼らへの取材記事によると(註3)、このプロジェクトの最大の特徴は、敷地がため池の一画だったことだ。このような場に建つ建築はどのようなものか、まずはまちのコンテクストから考え始め、市内に散在する古墳やため池の風景が市民の日常となっていることから、ため池を埋め立てるのではなく、池の中に図書館を建てることになった。この図書館の前身(旧松原図書館)は道を挟んで向かい側にあったが、同じ場所での建て替えではなく、あえてその向かい側のため池に注目したことにはこのような裏側があったとは、いち利用者として感動したエピソードの一つである。
コンクリートの厚い壁で覆われた無機質な塊なので、一見すると市営だから予算が無かったのではないか(実際に予算問題もあったそうだが)と思われるかもしれないが、新しいのに古く懐かしく感じる存在として、古墳がまちの景色になっているかのように自然に馴染んでいる。(参考1参考2)
この特徴的な建物は世間からも注目され、数々の賞を受賞している。(註4)
市民が大事に受け継いできた歴史的な景観を重要視されたこの建物への評価は、市民にとっても誇らしく、より一層このまちに愛着が湧くきっかけとなっていることは間違いないと言えよう。
■集いたくなる憩いの空間(註2)
かつての図書館は薄暗く埃臭い空間であったが、ここは建物の中にいるのにそれを感じさせない自然体の心地よさがある。入口付近に設置されたエアアロマや、新聞・雑誌コーナーでは穏やかな自然の音(小鳥の囀りなど)が流れており、窓側のカウンターはため池の水面が目前に広がり自然の反射光を感じることができ、外気と触れ景色を楽しむ屋上テラスなど、いわゆる図書館にいることを感じさせない何とも言えない心地よさで、自然豊かだった古の松原市にタイムスリップしたかのような感覚で知的好奇心が広がり、手に取ったことのない本にも興味が湧いてつい長居してしまう空間である。
■市民参加型のイベント多数(註5)
毎月の乳幼児向けおはなし会をはじめ、子ども向け図書館探検ツアー、中学生のための図書館お仕事体験、テーマ別展示会、紙芝居づくりなどの制作イベント、年明けにはテーマ別福袋配布など子ども対象のイベント企画が多数準備されている。
3、同様の事例との比較において、特筆される点
地域に根ざした歴史的な図書館として、大阪府の「中之島図書館」と比較する。これは大阪図書館という名称で明治37年に開館した大阪で初めての図書館である。建物および図書のための基金は住友第15世吉左衛門友純の寄贈によるものであり(註6註7)、建物の名前に個人名でなく大阪の地名をつけたことは、個人の私欲目的でなく、心から大阪や市民を想ってのことだと言い伝えられているとのこと。建物には様々な西洋の建築様式が取り入れられており、府民に多様な西洋文化に触れてもらいたいという願いも込められているという(註8)。この建物は国の重要文化財にも指定されている。サービス内容は、大阪に関するあらゆる資料提供や古典籍提供をはじめ、ビジネス支援サービスも行なっている。また、筆者も参加したが、一般向けの館内ガイドツアーが準備されており、開館にあたっての歴史的背景や建物の紹介を行っている。
「読書の森」を中之島図書館と比較すると、同じように地域の歴史を反映し市民に親しまれてきた背景はあるが、「読書の森」は元々の街の景観に馴染むように設計され市内コミュニティ活性化の一端を担っている一方で、中之島図書館は市民に世界を見せるために作られたという部分が、「内」と「外」という意味で大きく違う。地域の課題次第で図書館の存在意義が変わってくるが、対象を市民の生活に馴染む場とするのか、新たな知を求める野心家を集める場とするのかで違いはあるものの、地方自治体の図書館運営を潤沢にするためには中之島図書館のような異文化交流を取り入れる視点があると多方面の人を集めることができ地域活性にも繋がりそうで、松原市の発展には役立つのではないか、と考える。
4、今後の展望
ネットが充実し若者の本離れも耳にするが、実は図書館数は年々増えている(註9)。
文部科学省から、「これからの図書館サービス実現のための必要な取組」についていくつかの提言が出されているが(註10)、その中でも「読書の森」に対しては「住民による図書館支援」に注目したい。
子どもを対象としたイベントに対し、読み聞かせなど地域住民の支援活動は行われているが、大人、例えばシニア層や松原市に籍を置く民間企業の巻き込みのさらなる強化ができないだろうか。市役所へのヒアリングより(註11)大人向けのイベント拡充は検討中とのことであるが、図書館活動だけでなく、この建物デザインの原点でもあるため池や古墳のある景観を守るための清掃活動など身近なところからでも良いが、そのためにはまず何よりも「読書の森」の成り立ちや、市民にとっての役割を再定義するところから始めたい。自治体から提供される一方通行では財源にも限りがあるため、自分達の手で地域デザインを行うくらいの意気込みでボランティア有志であったり、民間企業にファシリテーションを依頼しながらも、図書館を起点にしたまちづくりにチャレンジしていきたい。
5、まとめ
「読書の森」を起点に全国の図書館について情報を集めていくうちに、これまで私の中にあった図書館の役割と存在意義が塗り替えられ、これからの地域活動や発展において、自治体と住民、過去と未来、世代間交流、官民、他地域からの人流活性など、さまざまなコネクトにおけるハブ的位置付けになっていく存在だと気付かされた。進化の方向はさまざまであるが、図書館は地域デザインをする上で欠かせない拠点として益々注目されていくだろう。そういう意味では、新しい土地を訪れた際は有名観光地のみを見て回るのではなく、その地の図書館を起点にまちの起源や暮らしぶりを想像し、その地域の文化に想いを馳せる旅の楽しみ方に挑戦してみたい。
モノと情報に溢れた忙しい現代において、図書館が持ち合わせる形のない価値観と時間の流れ方は、これからの人類にとっても地域の発展にとっても欠かせない価値になると願って、このレポートの結びとしたい。
- 参考1)ため池にそびえ建つ「読書の森」 筆者撮影2024年6月30日
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参考2)写真向かって右側が以前図書館があった場所(現在は
珈琲店)、左側が「読書の森」 筆者撮影2024年6月30日
旧・図書館跡にオープンした珈琲店には連日地域の人が集って満席状態。図書館と珈琲店のこの一角は住民の憩いの場となっている。 -
参考3)中之島図書館ガイドツアー中に撮影 正面玄関 筆者撮影2024年7月13日
外観はルネッサンス様式。 -
参考3)−1 中之島図書館ガイドツアー中に撮影 正面玄関入ってすぐの吹き抜け階段 筆者撮影2024年7月13日
内部空間はバロック様式を基本としており、一般的には建築様式を統一するものであるが、中之島図書館の場合は一つの建物に様々な建築様式を取り入れることで市民に多様な西洋文化に親しんで欲しいという住友の願いが込められていたという
参考文献
註1)松原市民図書館 2022年度活動報告
http://www.trc-matsubara.jp/about/docs/katsudouhoukoku2022.pdf
註2)読書の森HP 2024年6月29日アクセス
http://www.trc-matsubara.jp/about/post-8.html
註3)paperC HP 2024年6月29日アクセス
https://paperc.info/editors-picks/4527
註4)読書の森 受賞情報 http://www.trc-matsubara.jp/about/post-8.html 2024年6月29日アクセス
2022年6月 令和3年度全建賞 一般枠【建築部門】(全日本建設技術協会)
2022年4月 2022年日本建築学会作品選奨(日本建築学会)
2021年12月 土木学会デザイン賞2021奨励賞(土木学会景観・デザイン委員会)
2021年10月 日本空間デザイン2021銅賞(日本商空間デザイン協会・日本空間デザイン協会)
2021年8月 日建連表彰BCS賞(日本建設業連合会)
2021年1月 令和2年度おおさか環境にやさしい建築賞(大阪府)
2020年12月 AACA賞2020奨励賞(日本建築美術工芸協会)
2020年10月 2020グッドデザイン賞公共の建築・空間(日本デザイン振興会)
2020年10月 日本サインデザイン賞2020金賞・審査委員賞(日本サインデザイン協会)
2020年3月 JIA優秀建築選2020(日本建築家協会)
註5)読書の森 イベント一覧 2024年6月29日アクセス
http://www.trc-matsubara.jp/event/2024.html
註6)中之島図書館HP 2024年7月13日HPアクセス
https://www.nakanoshima-library.jp
註7)中之島図書館 歴史 2024年7月13日HPアクセス
https://www.library.pref.osaka.jp/site/osaka/tenji-2-lib01.html
註8)中之島図書館ガイドツアー案内 2024年7月13日11時30分〜筆者ツアー参加、案内人による館内説明より抜粋
2024年7月13日HPアクセス
https://www.nakanoshima-library.jp/guide-tour/
註9)文部科学省 社会の変化と図書館の現状より 2024年7月13日HPアクセス
https://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/giron/05080301/001/001.htm
註10)文部科学省 これからの図書館サービス実現のための必要な取組 2024年7月13日HPアクセスhttps://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/giron/05080301/001/007.htm
註11)蔵書の森について松原市役所へメールにて筆者問い合わせ(2024年7月19日に以下、回答入手)
・「読書の森」利用者の年代構成比について
2023年度の利用者においては、10代以下20%、20代5%、
30代10%、40代20%、50代15%、60代以上30%となっております。
・シニア利用者向けのイベント実績や今後の予定について
シニアに限定したイベントの実績及び予定はありませんが、大人向けのイベントは増やしていきたいと考えています。
(以下、参考文献)
・谷一文子著「これからの図書館」平凡社、2019年11月
・嶋田学著「図書館・まち育て・デモクラシー」青弓社、2019年9月
・青柳英治編「ささえあう図書館」勉誠出版、2016年1月
・青柳英治編「市民とつくる図書館」勉誠出版、2021年12月
・従来型公共図書館から公共著書館への脱皮可能性について 佐賀県武雄市の武雄市図書館を例に 2024年7月13日HPアクセスhttps://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/prj/hou/hou072/hou72_04.pdf
・読書の森に関する資料 2024年7月13日アクセス
読書の森 プロジェクトの裏側
https://paperc.info/editors-picks/4527
松原だより 図書館ができた当時の資料
https://www.city.matsubara.lg.jp/fs/1/8/7/3/0/9/_/mihiraki_2001.pdf