旧志免鉱業所竪坑櫓について

奥村 加代子

1.基本データ
正式名称:旧志免鉱業所竪坑櫓 (以下、竪坑櫓)
所在地:福岡県糟屋郡志免町大字志免
竣工:1943年(昭和18年)5月10日
設計:猪俣昇 (1896-1969) 施工:第四海軍燃料廠
造形式:鉄筋コンクリート造
規模:建築面積270.71㎡ 高さ47.65メートル 長辺15.3m 短辺12.3m
地上9階地下1階建 塔屋付1基
重要文化財指定:2009年12月8日 指定番号:02552
重文指定基準1:(三)歴史的価値の高いもの
所有者名:志免町
歴史的背景:旧志免鉱業所は、福岡市の東側に広がる糟屋炭田のほぼ中心に所在する。
鉱区は志免町、須恵町、宇美町、粕屋町にまたがり面積は約260万坪を占めて
いる。志免町では江戸時代から石炭採掘が行われており、1871年(明治4年)に
薩摩藩が明治新政府の海軍創設にあたって献上、1915年(大正5年)に海軍採炭
所第五坑が開坑。1941年(明治16年)から1943年(明治18年)にかけて海軍用
燃料の採掘施設として建設。

2. 竪坑櫓の評価について
ⅰ歴史的、ⅱ建造物的、ⅲ文化的、ⅳ街づくりの観点より考察、評価する。
ⅰ歴史的評価
旧志免鉱業所は良質な無煙炭を産出することから海軍燃料廠が開発、戦後になると蒸気
機関車用の燃料として国鉄が採掘。日本国内で唯一、一貫して国営だった炭鉱。
巨額の費用、ヨーロッパの石炭採掘技術の導入など、当時の最先端技術を取り入れたこと
は、国営炭鉱であったことが大きく歴史的な価値が高い。
第二次世界大戦終戦後、内務省へ移管後、大蔵省へ移管。その後運営を運輸省へ移管され、
運輸省門司鉄道局志免鉱業所と改称。1949年(昭和24年)6月、日本国有鉄道志免鉱業所
へと移った。1964年(昭和39年)志免鉱業所閉所、1966年(昭和41年)竪坑航口閉鎖に
ともない石炭合理化事業団が所有し、1980年(昭和55年)新エネルギー総合開発機構に
継承、1988年(昭和63年)新エネルギー・産業技術総合開発機構に改称、2003年(平成
15年)独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構に改組。2006年(平成18年)に
志免町に無償譲渡される。所有者移管の歴史についても他に例がない。
第二次世界大戦終戦前に建設された同型の櫓の現存は、ブレニー炭鉱(ベルギー・リエー
ジュ州)と龍鳳炭鉱(中国・撫順市)と志免炭鉱(日本・志免)の三か所といわれており、
産業技術史としても重要な遺産である。また開坑から竪坑路の竣工までの海軍の運営として
軍事遺産としての一面も持つ。

ⅱ建造物的評価
近代の鉄筋コンクリート造構造物では、地上47.65mという日本有数の高さであり近代建築
史上、価値が高い。梁の打ち重ね目は施工方法として特徴的で、施工時の痕跡、施工ムラや
操業時の機械の痕跡は当時の日本人技術者の工夫を読み解くことが出来る。
櫓はハンマーコプフ式(金づち)型で、周辺に関連施設のスペースを効率よく使うために
採用され、バランスを保った建築技術である。
学会の評価として、(社)土木学会は2001年(平成13年)3月30日発行の『日本の近代化土木
遺産―現存する重要な土木構造物2000選』で日本で最も高い櫓として、重要文化財に値
するAランクに選定、(社)日本コンクリ―ト工学協会は2006年(平成18年)5月19日
発行の『日本のコンクリート100年』で唯一残るワインディングタワー型の歴史的コンク
リート構造物として紹介、また産業考古学会は2006年(平成18年)5月28日に日本の900余
りの炭鉱のなかでも4基のみの設営であったワインディングタワー型で現存する戦前建造物
として唯一であるとし、「推薦産業遺産」に認定している。
以上のことから、近代の建造物として価値があり、学術的な遺産文化財といえる。
また機能的で無駄がない造形美をもった近代造形物であり、堅牢さと機能美を持っている。
芸術的な建造物としての美しさについても別の機会に根拠を探りたい。

ⅲ文化的評価
志免町は宇美川流域の宇美河内として良質な土地にめぐまれており農村としての暮らしが
中心であったが、粕屋炭田の開発により生活の転換をもたらした。人口増加、商工業の発
展、交通や経済面など、五坑通り商店街と大正町商店街を中心として活気を呈した。
一方で炭鉱事故や労使闘争、企業への払い下げ問題や鉱害復旧事業など時代の隆盛の光と
衰退の影もあり、1964年(昭和39年)閉山後は廃墟と化していた。1980年頃からの廃墟ブー
ムが盛り上がりはじめ、2005年(平成17年)12月創刊『ワンダーJAPAN』の創刊号表紙を
飾るなど、廃墟イメージでのメディア露出が高まった。2005年(平成17年)には志免町議
会に竪坑櫓解体・撤去を求める決議も提出されている。
2006年(平成18年)志免町に譲渡後、志免町総合福祉施設シーメイト(以下シーメイト)
一帯の整備がスタートし、竪坑櫓はシーメイト本館、なかよしパーク(公園)、グランド、
売店等の敷地内となった。2009年(平成21年)国の重要文化財指定により補修工事がすす
み、景観的な資産と変容している。
炭鉱を中心とした時代の変遷と、今後の志免町の旧志免炭鉱所関連の整備、PR、取組みも
文化的価値を付加させる重要性を秘めている。

ⅳ街づくりとしての評価
コンクリ―トの劣化、鉄筋の腐食、倒壊防止、劣化防止を目的とした保存修理工事は、
2018年(平成30年)より開始され、2021年(令和3年)10月に終了。文化財の鉄筋コンク
リート造高層建築物の補修工事は国内に例を見ない先駆的な工事といわれており、今後
の保存補修工事の参考としても貴重である。
直近では2023年(令和5年)7月から2024年(令和6年)3月にかけて、竪坑櫓の史跡地に
残っていた構造物を撤去、緑地整備を実施。2024年(令和6年)2月LED照明設備を設置、
民間で行っていたライトアップを町の事業として引き継いだ。4月からは土・日・祝日(日
没から22時)や竪坑櫓の重要文化財指定日、クリスマス、元日、他行事日のライトアップ
を計画し、町民に親しまれるシンボルとしての役割を演出している。
志免町へ譲渡、重要文化財登録されて以降、遺産建造物である竪坑櫓が町民の身近な存在と
して、民間・行政が一体となった街づくりが進み始めている。

3. 今後の展望
竪坑櫓と同様の現存遺産としてブレニ―炭鉱(ベルギー)の現在と比較する。
ブレニ―炭鉱は、ワロン地方の3つの鉱山とともに2012年ユネスコ世界遺産に登録。
廃墟化する可能性もあったが、早期に県が土地を買い取り、地元の協会に管理を委託した
ことやERDFの資金により、鉱山一帯の施設展示を実施。現在は鉱山のガイド付きツアーも
実施されており、鉱夫の仕事、石炭発掘のプロセスを実体験できる。レジャーエリアや宿泊
施設、観光列車などもあり、家族や学生同士で楽しく炭鉱を学ぶことが出来る。来場者も
年々増加し現在では年間13万人以上となっている。
志免町の竪坑櫓との違いは、施設内の見学可、周辺施設の充実差が大きい。竪坑櫓はフェン
スで囲われ立ち入り禁止であり、周辺の坑口や収蔵物についても動線で辿ることが出来な
い。観光資源豊かで知名度の高い福岡県で、かつ空港、駅、港ともにアクセス良好な立地に
ありながら重要文化財として観光誘致出来ていない。建物自体の安全性の確保には莫大な
費用を要するが、シーメイト内での資料展示室設置や周辺の関連スポットとの遊歩道・ジョ
ギングコースや炭鉱所マップなど町民と観光客が楽しく学べる景観形成を提案したい。

4. まとめ
竪坑櫓は時代の変化、隆盛そして衰退という正面からは取組みづらく負の遺産とも捉えられ
かねない存在であり、また巨大な建物であるゆえに安全な維持・管理がむずかしく、経費も
莫大にかかる。存在価値、付加価値を未来へつなげていくために、今、すべきことは何か。
竪坑櫓が2006年に志免町の所有物となって18年、志免町の真のシンボルとして、街の発展
とともに存在していくためには、町民の暮らしの中に共にあることが第一である。
志免町の取り組みも情報発信物(「広報しめまち」、「しめ議会だより」、「SHIME City
Promotion」ほか)では表紙・裏表紙など竪坑櫓はかなりの頻度で使用され、行事や事業に
ついては必ず掲載されている。国の重要文化財登録の価値、炭鉱町であった時代をみつめ
て、あらゆる角度から町の大きな資産であることを皆が認識しなければならない。
今後、資料館や博物館、炭鉱施設の体験施設などいろいろな構想が提示されたとして、費用
対効果も当然であるが、日本にそして各国に存在の価値を伝えるための構想となっているの
か、その未来の動線を正しく判断していく必要がある。

参考文献

志免町誌編纂委員会、『志免町誌』、志免町、1989年
土木学会土木史研究委員会編『日本の近代土木遺産(改訂版)-現存する重要な土木構造物2800選』、土木学会出版、2005年
島西智輝、『日本石炭産業の戦後史 市場構造変化と企業行動』、慶應義塾大学出版会、2011年
徳永博文、『日本の石炭産業遺産』、弦書房、2012年
関口勇編、『ワンダーJAPAN vol.01』、三才ブックス、2005年
山田大隆、「小学生のための志免立坑やぐら 硬山の解説」、北海道産業考古学会、2004年
志免町教育委員会、「志免鉱業所竪坑櫓 福岡県糟屋郡志免町所在の炭鉱施設跡調査報告 志免町文化財調査報告書 第17集」、志免町、2008年
志免町教育委員会、「志免鉱業所竪坑櫓」、志免町、2008年
志免町地域整備課地域振興係、「2009志免町都市計画マスタープラン都市計画基本方針」、志免町、2009年
志免町経営企画課、「平成24年度施策評価報告書」、志免町、2013年
徳永博文、「『日本の石炭産業遺産』を書き上げて」、2013年
志免町教育委員会、「重要文化財 旧志免鉱業所竪坑櫓保存活用計画」、志免町、2013年
志免町教育委員会、「わたしたちの志免2022」、志免町、2022年
志免町ホームページ https://www.town.shime.lg.jp 、2024年7月20日閲覧
旧志免鉱業所竪坑櫓特設ホームページ https://shime-tatekouyagura.jp 、2024年7月20日閲覧
文化庁ホームページ 近代の文化遺産の保存と活用 https://www.bunka.go.jp/kindai/index.html 、
2024年7月20日閲覧
日本大学理工学部建築学科作品集サイト、STUDIO WORKS2020 「荒井聖己 要素的復元を設計手法とした近代化産業の再生・活用計画の提案-旧志免鉱業所竪坑櫓の活用を対象として-」 https://www.arch.cst.nihon-u.sc.jp/studioworks/2020/selection/yosotekifukugen/ 、2024年7月20日閲覧
ブレニ―鉱山ホームページ https://www.blegnymine.be  、2024年7月20日閲覧
World Heritage-JOURNEYS-EUROPEホームページ https://visitworldheritage.com/tr/eu  、2024年7月20日閲覧

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