「蒲郡クラシックホテル」歴史ある建築の継承について

畑川 貴子

1 はじめに
戦前、1930年代の日本は国際観光政策によって外国人観光客を誘致しようと、各地に国際観光ホテルを建設した。当時の日本の技術と資材を結晶させた建築は、所々に歴史と文化が散りばめられている。
ここでは、現存するホテルの中で「蒲郡クラシックホテル」を事例として取り上げ、歴史・景観を含む空間デザイン・地域との関わりの視点で、歴史ある建築の継承について考察していく。

2 基本データと歴史的背景
2-1 基本データ
・名称:蒲郡クラシックホテル
・所在地:愛知県蒲郡市
・設立:1934年
・設計:久野節・村瀬国之助
・施工:大林組
・その他:近代化産業遺産、登録有形文化財(建造物)、蒲郡市景観重要建築物に指定、日本クラシックホテルの会に加盟

愛知県蒲郡市は南に三河湾を臨む観光地で、海辺から橋を歩いて渡ることができる竹島があり天然記念物に指定されている。また島の中央に八百富神社があることから島全体が神域となっている。
温暖な地域で周囲には3つの温泉街が存在する古くからの保養地であり観光地である。
蒲郡クラシックホテルはこの竹島を含む三河湾の景色を一望できる場所に建てられている。

2-2 主な歴史
蒲郡クラシックホテル(以下、ホテルと略す)は、1930年代の国の政策である国際リゾート地開発計画に対して、当時観光・旅館業を営んでいた名古屋の織物商、瀧信四郎(以下、瀧と略す)と蒲郡町が申請し建てられた。そのため、当時の国策の影響を大きく受けた建築となっている。また、ホテル完成から90年の間に太平洋戦争や、その後のアメリカ軍による接収、経営母体が3回変わるなどの様々な変遷を経て現在に至っている。(資料1)

3 評価している点
事例について、以下3点を評価している。
まず1点目は、ホテル周辺の竹島を含む景観である。
ホテルは海岸沿いの小高い山の上にある。海岸から400mほど先に竹島が浮かび、そこまでは橋で結ばれている。その竹島から橋を軸線にほぼ直線上の位置にホテルがある。(資料3-1•2)
この竹島橋はホテル建設当時に竹島地区整備の一つとして計画され、瀧の寄付によって作られた。
この竹島とホテルの位置関係は、厳島神社の鳥居と社殿の関係性に類似している。
建築家、川添善行は著書の中で「厳島神社の全体性は軸線によって成立しているということができるのです。海も山も、建物も舞台も、いくつもの要素が互いに連動し合い、全てが一体となった世界観ができ上がっています。」(註1) と述べている。
現在の景観は、ホテルと竹島との間に作られた橋が軸線を強調しており、神域である竹島の延長上にホテルが存在する構図となっている。(資料2-1)
2点目は、当時の歴史的な背景を受けて作られた建築の外観と内部の空間デザインである。
まず、外観は日本的な城郭風建築である。また屋根に天守閣を模した展望室が付けられているのが特徴的である。(資料5-Q1 ) この日本的な外観の様式は、当時の国際観光ホテルとして外国人観光客を意識したものであり、威風堂々とした外観を作り出している。(資料3-3)
それに反して内部は当時西洋で流行していたアールデコ様式を取り入れている。
フロントロビーにある暖炉のマントルピース、天井レリーフやシャンデリア、エレベータの階数表示盤など現在も当時のまま使われている。(資料4-1•2•3•4)
外観は和風、内装は洋式という当時の近代和風建築の歴史を物語る貴重な建築である。
3点目は、地域におけるハレの場所としてのシンボル性である。
前述した建築自体の素晴らしさをハード面とすると、ソフト面では歴代の名だたる客層がホテルのイメージを築き上げている。
1957年の天皇皇后両陛下の来館、また多くの文豪たちが作品の中にホテルの前身である常磐館を登場させたことで、この地区の景観が地域のシンボルとしての存在を際立たせている。これは、瀧が当時は無名であった蒲郡に人を呼び込むことを目的に作家たちに呼びかけておこなった、いわゆるブランディング活動であった。
このホテルを訪れた一人、池波正太郎 (1923-1990) は著作『よい匂いのする一夜』の中で「深い松の木立におおわれた丘の上の、瓦屋根・三層建築のホテルは、日本ふうの外観と、中国の殿舎のような風格があって・・・」と述べており、当時のホテルへの自身の高揚感を作品に残している。(註2)
こういったブランディングによって、ホテル自体は地域のシンボル的存在となり、結婚式などのハレの場所として地域住民にも活用されていく。また周辺地域住民を対象としたイベントも開催されており、敷居の高いホテルから文化的な匂いのする社交場へと変化している。このように時代と共に地域との関係性は少しずつ変化しながらも継承されている。

4 特筆される点
上記にあげた評価する点について、他のホテルと比較して考察する。
比較するのは、同じ国際観光ホテルとして創設され、現在も同じ「日本クラシックホテルの会」に加盟する静岡市伊東にある「川奈ホテル」である。
川奈は蒲郡と同じく太平洋側の風光明媚な海辺の町で地理的な要素が似ていること、また1930年代の政府の国際観光化の流れで建設されている点が類似している。
視点の一つは、景観の構造である。
当時、川奈はゴルフリゾート地として開発されており、その中心として川奈ホテルは建てられた。
それゆえ蒲郡クラシックホテルと竹島が持つ軸線という構造に対して、川奈が持つホテルを中心とするゴルフ場全体との構造は景観を作る上で全く異なっている。
同じような地理的条件にあっても、竹島地区はこの軸線の存在が景観に強い影響を与えていることがわかる。(資料2-1•2)
次に空間デザインである。
川奈ホテルの外観は、全体がスパニッシュ風である。当時の川奈のイメージは「東洋のモナコ」と称されており、当時日本でもスパニッシュ風の外観を用いることが流行していたことから、その流れを組んだものと思われる。 (註3)
このように地理的な要素が同じであっても、建築ができるまでの前提、経緯が異なることで生み出される空間は大きく異なってくる。
最後に地域との関わりである。
川奈ホテルはゴルフリゾートのためのホテルとして建てられており、周囲をゴルフ場で囲まれていることから、ゴルフコースへの来場または観光に訪れる客の宿泊施設としての用途がほとんどかと思われる。
客室数も川奈ホテルは100室に対して蒲郡クラシックホテルは27室と極めて少ない。そのことが宿泊客だけではない地域住民の来訪に結びついたのではないか。また、当時の瀧の経営は商売ベースから来る発想ではなく、蒲郡の景観を愛しむ個人の想いが起因したのではないか。(註4)
また、国際観光ホテルとして建てられた経緯はあるが、現状観光地化がそこまで進まず、ホテル近くの海岸沿いや竹島園地などは地域住民の憩う場所となっている。(資料3-4)
こういったことがホテルと地域の関わりを強くしている要因ではないかと考える。

5 今後の展望について
現在、ホテルではこの地区に宿泊したかつての文豪たちの作品を読み、食事をする「朗読会」など、ホテルのアイデンティを受け継いだ催しが行われている。(資料5-Q4)
他にも、世代を超えた利用を促す企画も実施されており、今後も利用者の人生のハレの場として記憶されていくであろう。(資料5-Q2)
また、蒲郡市は「ウォーカブル推進都市」として、この竹島地区を歩いて過ごしたくなる地区を目指すとしている。(註5) 今後、竹島地区全体はさらに地域の憩いの場所としての意味が強くなっていくであろう。
様々なホテル側の企業努力と行政の動きもあって、ホテルは竹島地区と共に地域のさらなるシンボル的存在として継承されていくであろう。

6 まとめ
蒲郡クラシックホテルは創設から現在にいたるまで国の政策や社会情勢によって紆余曲折を乗り越えており、その存在自体が歴史を物語る重要な遺産である。このホテルに限らず、古い建築はその当時の財を尽くして建てられたものが多く、再現することが難しく物理的な価値も高い。そのため、それ自体が歴史であり地域の財産でもある。
そして、それを未来に継承するには、世代を超えて地域住民に語られ愛される存在であり続けることが不可欠である。地域全体で価値ある建築を守り続けることは、歴史と文化を継承し、その地域を豊かにすることに繋がると確信している。

  • 81191_32086114_1_1_EFBC88E5B7AEE69BBFE38188EFBC89E8B387E69699+1_page-0001 資料1 蒲郡クラシックホテル略年表
  • 81191_32086114_1_2_EFBC88E5B7AEE69BBFE38188EFBC89E8B387E69699+2_page-0001 資料2 蒲郡クラシックホテル・川奈ホテル周辺画像
  • 81191_011_32086114_1_3_資料 3_page-0001 資料3 蒲郡クラシックホテル外観と周辺
  • 81191_32086114_1_3_EFBC88E5B7AEE69BBFE38188EFBC89E8B387E69699+4_page-0001 資料4 蒲郡クラシックホテル内部
  • 81191_011_32086114_1_5_資料5_page-0001 資料5 蒲郡クラシックホテル取材記録抜粋

参考文献


(註1) 川添善行著・早川克美編『空間にこめられた意思をたどる』、P19
(註2) 池波正太郎著『よい匂いのする一夜 西日本編』、P18
(註3) 砂本文彦著、『近代日本の国際リゾート』 P554-555
(註4) 池波正太郎著『よい匂いのする一夜 西日本編』、P19に「このホテルはね、どこかの繊維問屋が儲けることなんか考えないで経営しているらしい。だから、どこか、のんびりしているだろう。そこが私は好きなんだ。部屋数も少ないし、したがって静かだし・・・」という記述がある。
(註5) 蒲郡市発行『蒲郡市都市計画マスタープラン 2023年→2032年』P13


参考資料
・蒲郡クラシックホテルの歴史を探る会編集『蒲郡クラシックホテルの90年』、2024年
・砂本文彦著、『近代日本の国際リゾート』青弓社、2010年
・宮沢洋著、『はじめてのヘリテージ建築』日経BP、2023年
・松本茂章著、『ヘリテージマネジメント』学芸出版社、2022年
・川添善行著・早川克美編『空間にこめられた意思をたどる』藝術学舎、2014年
・池波正太郎著『よい匂いのする一夜 西日本編』平凡社、1998年
・沢井耐三、黒柳孝夫編『語り継ぐ日本の文化』青簡舎、2007年
・蒲郡市発行『蒲郡市都市計画マスタープラン 2023年→2032年』2023年
・甲斐みのり著、『クラシックホテル案内』KKベストセラーズ、2007年

・蒲郡クラシックホテルHP、https://gamagori-classic-hotel.com/ 2024年7月1日閲覧
・明治村HP 多くの謎に包まれた「蒲郡クラシックホテル」90年の歴史に迫る!
https://www.meijimura.com/meiji-note/post/gamagori-classic-hotel 2024年7月1日閲覧
・池波正太郎公式HP、https://ikenami.info 2024年7月14日閲覧
・海辺の文学記念館HP https://ubkinenkan.com/ 2024年7月8日閲覧
・蒲郡クラシックホテルの歴史を探る会(新聞記事) https://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/419 2024年7月18日閲覧
・日本クラシックホテルの会HP https://jcha.jp/ 2024年7月5日閲覧
・川奈ホテルHP https://www.princehotels.co.jp/kawana/ 2024年7月15日閲覧

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