下村 泰史(教授:学科長)2024年3月卒業時の講評

年月 2024年3月
卒業研究レポートに取り組まれたみなさん。
お疲れ様でした。

ここでレポートを公表する方も、あえてそうしないことを選ばれた方も、同期の学友の作品を見るのは初めてだと思います。
お互いに読み比べ、それぞれが成し得たこと、成し得なかったことについて考えて、これからの課題を見つけ出してほしいと思います。
それは、今回卒業されるみなさんだけでなく、これから卒業研究を志す在学生のみなさんも同じです。この先輩方のレポートをよく読んで、ご自身の糧としていただきたいと思います。

2023年秋より、この「芸術教養学科WEB卒業研究展」サイトはいくつかアップデートを受けました。その一つが、「受賞レポート」タグです。これまでの受賞作品を取り出して読めるようになりました。どういったレポートが高く評価されているのかを考える上で参考になることと思います。
ただ、気をつけていただきたいのは、そのタグがなくても素晴らしい作品はあります。受賞作品はいずれも卒業研究レポート単体としても優れたものですが、それだけでなく履修科目全体の成績や学科専門教育科目の成績も優れていたものが選ばれています。ですから、レポート自体が高評価でも、受賞に至らなかったものもあります。よいレポートを読み慣れてくると、そういったものも見つけ出せるようになると思います。

さて、今年度の卒業研究レポートの話に移りましょう。今年は全体で254件の提出がありました。昨年が252件でしたから、ほぼ同数ということになります。私はその中で、風景や景観を主題としたものを中心に、44件の講評を行いました。タイトルを以下に挙げます(五十音順)。

愛知県春日井市白山町「白山神社」と地域とのつながり
鋳物産業でひとをつなぎ地域と成長する
井の頭恩賜公園のかいぼりについて
浦安のベカ舟と親水空間の再考
お地蔵さんのあるまち京都~小さな石仏とその祠はまちの姿にどのような影響を与えているか~
大崎下島「黄金の島」再生プロジェクトが見せる芸予諸島の未来について
近江八幡『水郷めぐり』ーヨシのある景観ー
神奈川県川崎市「等々力緑地」の魅力とPFI事業による今後の展望
川に景観と人をよび戻す多自然川づくり方式で、「いたち川」はどう変わったかー横浜市栄区「いたち川」
芸術祭で地域イノベーション~亀山トリエンナーレの可能性~
ご神木を残したまま駅を設立する空間デザイン 京阪萱島駅のホームを突き抜ける萱島神社の大クスノキ
坂のまち、尾道〜美しい街並みと景観〜
様似山道~空間の活用とこれから
シモキタのはら広場——都市に出現した野原の価値を考える——
時間の流れが価値へと変わる「牛川の渡し船」-小さな船が担う未来への役割-
土徳の精神風土がつくりあげた「となみ野散居村」
慈照寺銀閣~自然との一体化を目指した空間認識~
水田のない街の『南山田の虫送り』
石碑が語る飢饉への二人の対応とそこから分かる継承される歴史の魅力
セゾン現代美術館庭園 ―〈振動尺〉による空間の永遠性―
立山連峰と富山県民の生活
訪れる人がそれぞれに楽しむ「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」
多摩ニュータウンにおける「里山文化の継承と創造」の事例 -八王子市長池公園―
手賀沼を活用したジャパンバードフェスティバル(通称=JBF)の取り組みとこれからについて
デザインされた峠克服104年の歴史と伝承-旧信越本線 碓氷峠
虹ケ浜・室積海岸にみるデザイン――人の手で繋ぐ海岸の過去・現在・未来――
ニュータウンの住民交流の継承―「街角広場」が残したもの―
日本庭園の概念が集約された空間、大阪万博記念公園日本庭園
NISSHA本館 ―明治期煉瓦造建築の保存と活用-
浜松市の中田島砂丘を日本的感性から捉え直す
半世紀に渡りバラを育み、作出のバラで美を追求する「京成バラ園」
風致協会が守り、演出する〜都内の名勝「洗足池」の四季〜
『北越雪譜』の特質性、受容要因とこれから
「ぼうけんの杜」ー熊本の自然を伝える憩いの場としての屋内庭園ー
「見沼代用水」と「見沼通船堀」
〜陸奥国・磐城(福島県いわき市)から琉球、京都、そして奈良への架け橋〜
名勝 金平成園 ~大石武学流庭園 保存継承の可能性~
目黒天空庭園〜ジャンクション上に造られた公園とエコロジカルネットワークの形成〜
八尾市における新旧特産品の魅力と農家の将来性について
豊かな歴史・文化をもつ飫肥地区
豊かな緑と史跡を「人権の森」として未来へつなげるために
横浜市「本牧山頂公園」25周年のあゆみ ー和田山が歩んだ歴史と森の再生ー
栗林公園~近世と近代の共存~

今回、このほぼ半数の21件がこのサイトで公開されています。うち、対象を見つめる視線の確かさを感じ、特に印象に残ったのは、「デザインされた峠克服104年の歴史と伝承-旧信越本線 碓氷峠」「川に景観と人をよび戻す多自然川づくり方式で、「いたち川」はどう変わったかー横浜市栄区「いたち川」」、「シモキタのはら広場——都市に出現した野原の価値を考える——」、「水田のない街の『南山田の虫送り』」、「多摩ニュータウンにおける「里山文化の継承と創造」の事例 -八王子市長池公園―」、「NISSHA本館 ―明治期煉瓦造建築の保存と活用-」といったレポートでした。このサイトを訪れた方には是非お目通しいただきたいと思います。

ただ、ここで公開されているものが優れているとは必ずしもいえません。今回はむしろ、公開を希望されなかったレポートに優れたものが多く見られました。特に「ご神木を残したまま駅を設立する空間デザイン 京阪萱島駅のホームを突き抜ける萱島神社の大クスノキ」、「栗林公園~近世と近代の共存~」の二点は、大変優れたものであり、タイトルを紹介させていただきます。

さて、この卒業研究という科目では、自身の問題関心によってデザイン・芸術活動を見出し、その評価報告書を作成することが求められています。そしてその中で
・基本データと歴史的背景
・事例のどんな点について積極的に評価しているのか
・国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか
・今後の展望について
・まとめ
といったことを論じることが求められています。
今回、まず「基本データと歴史的背景」が不十分なものが目立ちました。地域固有の景観なり場所を取り上げるのに、その位置図がなかったり、取り扱う区域が示されていなかったりいうものがかなりありました。
また多かったのは、「国内外の他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか」ができていないレポートです。他の事例を挙げただけで、比較が行われていない、あるいは不十分なものもありました。とりあえず比較はしたものの、考察の流れで活かされていないものも多く見られるタイプです。比較検討次第では、積極的評価点や、今後の展望と関連づけることで、レポート全体をぐっと深いものにできます。このあたり、講評文で指摘を受けた方は、是非今後心がけていただきたいと思います。

この卒業研究レポートは、本文自体は3200字程度と、大変コンパクトなものです。しかしそのスペース内で上記の議論をきちんと行うのは、結構大変なことです。註記欄と資料編をいかに活かすかは重要なポイントになります。やはり優れたレポートは、本文だけでなく、こうした註記欄と資料編が充実しています。
逆にいえば、現地の写真を並べただけでは、ほとんど何も伝わりません。自分が何を伝えたいのか、伝えるためには、何を用意したらよいのか。そうした反省的な思考ができるようになることが、大学における教養教育の一つの目標であると思います。
学友とご自身の卒業研究レポートをご覧になって、学び得たのは何だったのかを、よく確かめていただければと思います。