アートビオトープ那須 水庭 ー環境と建築の可能性についてー

津布久 直哉

はじめに
今回取り上げる「アートビオトープ那須」にある「水庭(以下、アートビオトープ那須の水庭を「水庭」と略称する)[資料1]」は、世界的建築家・石上純也が設計した、栃木県那須町の山麓の林の中にあるリゾート地に建設されたビオトープである。本稿では、環境と建築の可能性について、一人の建築家が創造した水庭の評価を通じて考察する。

1.水庭の基本データ(1)(2)
名称:ボタニカルガーデン アートビオトープ那須 水庭
所在地:栃木県那須郡那須町高久乙 道上2294-3
主要用途:ボタニカルガーデン
敷地面積:16,670㎡
建主:横沢ファーム
設計・監理者:石上純也建築設計事務所
工期:2014年4月~2018年7月
樹木の本数:318本
樹高:平均14~15m
池の数:160面
池の大きさ:最大で直径約35m
石組(石の椅子)の数:11石(うち、立床石1石)

2.敷地の歴史的背景と特徴(3)(4)(5)
関東の北限であり、東北の南限にあたる那須は、北方系植物と南方系植物とが混在する生態系豊かな地域である。そして、この那須地区は水源が乏しい地区であったが、敷地がある横沢は伏流水と渓流に恵まれた土地であった。本敷地は元々森であり、その後人の手が加わり水田となり、更に牧草地へと変遷した経緯がある。約16,000㎡にも及ぶ広大な敷地が2つ並び、そのうちの1つが今回の水庭がある敷地である。施主の二期リゾートからは当初「会員制貸し農園」として始まったプロジェクトであった(6)[資料2]が、その後、一部は農園機能を残しつつも、現在の水庭へと施主との対話の中で変化していったとされる(7)。二期リゾートから石上氏に設計を依頼した経緯として「ランドスケープデザイナーではなく、建築家が作る提案に期待を寄せ依頼した(8)」としており、ビオトープとしての新規性と共に、この地の歴史的背景である森や水田の系譜を継いだ設計が求められた[資料3]。

3.事例の評価
水庭の具体的な評価は「①空間のデザイン(以下①と略称)」と「②時間のデザイン(以下②と略称)」を軸に行う。この2つは、早川氏が「何かの対象については、空間的座標と時間的座標の2つの次元による位置づけが必要」と説いた内容を参照しており(9)、本題材においても活用する。そしてこの評価の検証には、東京都中野区「江古田の森公園」のビオトープの池を比較対象として用いることとする。これは、川添氏の新たな価値を見出す方法論として引用している弁証法である(10)。今回、この対の環境において同一対象物を比較検証することで、両者の①、②の共通点や相違点、新たな価値を探ることで、水庭の価値について考察する。

3-1.水庭における空間と時間のデザイン
①においては、水庭の敷地に足を踏み入れた瞬間に広がる風景に対し、ポジティブな意味で違和感を覚えた。これは落合氏が「頭では解釈できない何か(11)」として、皮膚感覚で異様な空間を認知すると述べており、また「不自然な自然体が生まれている」と津川氏も述べていることからも(12)、この空間の新規性は高く評価できる。この違和感について内藤廣氏は「こんな風景は自然の中には存在しない。だから、少しでも人が手を緩めると崩壊してしまうフィクションであり、(略)人を引き付ける(13)。」と述べており、「これらの樹種は既存の自然環境では、水と近距離で共存することができない(14)。」と、その特殊性とそれを実現している技術を解説している。樹木と池、それらの間を散策できるよう配された飛び石と、腰を掛けこの風景を眺め楽しむことのできる石組が、絶妙なレイアウトで人工的かつ作為的に再構成され、これらがビオトープとしての機能も満たしつつ生まれた新しい風景であることは高く評価できる[資料4][資料5][資料6]。
②において、この水庭までに長い山間を抜け辿り着く経験としての時間のデザインが有効に作用している。都市部在住であれば日常では感じることがない土の香りと砂利道の足裏の感覚、静かな風の音と鳥の囀り、そして自然の風景が感覚を研ぎ澄まさせ、非日常感と貴重性を増す。更に辿り着いた先に広がるこの不自然な自然の風景が、より非日常体験としての終結として、この地を訪れた価値創造に成功している。また水庭のパンフレットには来訪者の時間に合わせて2つの散策ルートが用意されており(2)、時短のショートコースと水庭内をぐるっと見渡せるロングコースがある。これは来訪者に対して「時間の楽しみ方」が強要されておらず、各々の楽しみ方に合わせたコースでこの風景を楽しめる配慮がされている。また石上氏は「飛び石の配置にも考慮した」としている点からも、一見単調になりがちなこの風景に対し、足元の飛び石の配置で操作された②についても、高く評価できる(1)。
以上、①との相乗効果から②の観点からも高く評価できる。

3-2.江古田の森公園における空間と時間のデザイン
江古田の森公園は都営大江戸線新江古田駅を下車し、徒歩10分に位置する[資料7]。公園全体の面積は約60,224㎡(16)とし、多目的広場、樹林広場を始め様々な用途を持つ中にビオトープの池もある(16)。江戸時代には鷹狩場として使用された歴史を持ち、古い樹木と共に茶畑や桑畑が広がる地域であったとされる(17)。平成5年に公園用地として区が国から土地を取得。隣接する旧北江古田公園を含めた約6haを一体的に再整備し、平成19年に現在の名称で開園したとされる(18)。
まず①において、訪れた時期は水庭と同時期である。また本公園は様々なプログラムが求められる場であるが、敷地面積は都内とはいえ、水庭と比較すると約3.75倍にも相当する面積を有している。しかし、このビオトープの池を訪れたのが冬季ということと深く関係していることを考慮しても、池の周囲には落ち葉が無法地帯の如く集積しており、池自体は澱み濁りきった様子で、ビオトープの池としては非常に寂しい状況であった[資料8]。池の外周にも池を眺めるベンチ等がない為、この池を楽しむ装置が用意されていなかった点は残念な評価となる[資料8]。転落防止用の柵も仮設工事現場のようなもので囲われており、注意喚起のサインも管理が行き届いているとは思えない放置された有様であったことから、①の評価は厳しいものとなった[資料8]。②においては、徒歩で駅から住宅街を抜け、公園に着き、公園内を散策した後に目的地に到着するという体験を経るが、ここに辿り着くまでの間、特別な②はされていなかった。ここまでの過程の帰結である目的地のこの光景からも、残念な気持ちを覚えた。公園内のルートも多数存在するが、時間のデザインとして目的地到着までの期待感や経験を想定した②は見つけることが出来なかった。

3-3.比較検証
水庭と江古田のビオトープ池を比較し、ビオトープという求められた環境と機能は四季を通じて両者とも果たされている。しかし、水庭の空間デザインは、川添氏が「自然物も人工物も、過去の遺物も新しい創作物も~(略)~相互に絡み合い、豊かな全体性を生み出すことができる(19)」と説いている通り、そこを訪れた人が見るシークエンスな風景のあらゆる体験を「元々あった自然とその場所にあった素材を、どのように新しい環境として再構成するか(20)」というコンセプトのもと具現化し、それを①、②双方ともに成功させている点が高く評価できる。

4.今後の展望
ここまで神聖で特異な空間として水庭が成功し、具現化できた要因には、この水庭を作り上げる為の高度な技術と膨大な時間に支えられている点が大きいとされる。通常用意される予算や設計期間、そして施工技術ではとても成しえない難易度と時間を要しており、それらを許容する施主側の理解が必要な点は今後の課題であるといえる。

5.まとめ
明らかな非日常体験ができる約16,000㎡ものこの広大で人工的な自然の水庭は、川添氏の説く「全体性(21)」の身体感覚を超越し、その場の体験の言語化を抽象化させることに成功している。そしてそれは何か特別なモニュメントや仕掛けを外部から持ち込んだもので成立している訳でもない。ここに元々あった素材を再構成することで、新しい環境を生み出し、その空間体験はそこにいるにも関わらずまるで自己を見つめ直す「禅の庭(22)」に通ずる体験ができる。この空間性を備えたこの水庭は、日本庭園に通ずる概念を備え、本来求められた空間に対する期待と機能を超え、新しい価値創造が実現された高く評価できる事例であるといえる。

  • 81191_011_32183209_1_1_%e8%b3%87%e6%96%991_page-0001 [資料1]水庭の全景
    2023年1月22日、筆者撮影
  • 81191_011_32183209_1_4_%e8%b3%87%e6%96%994_page-0001 [資料4]
    水庭に生息しているカルガモの群れを撮影
    2023年1月22日、筆者撮影
  • 81191_011_32183209_1_5_%e8%b3%87%e6%96%995_page-0001 [資料5]
    水庭の風景を実現する装置1
    2023年1月22日、筆者撮影
  • 81191_011_32183209_1_6_%e8%b3%87%e6%96%996_page-0001 [資料6]
    水庭の風景を実現する装置2
    2023年1月22日、筆者撮影
  • 81191_011_32183209_1_7_%e8%b3%87%e6%96%997_page-0001 [資料7]
    江古田の森公園までのルート
    (Google Mapより江古田の森公園までの実際のルートを再現)
  • 81191_011_32183209_1_8_%e8%b3%87%e6%96%998_page-0001 [資料8]
    江古田の森公園の実態
    2023年1月28日、筆者撮影

参考文献

【参考文献・註】
註(1):石上純也『新建築 2018年9月号』より「新しい自然を構築すること」、新建築社、2018年、p92-94、p213。
註(2):北山ひとみ『ボタニカルガーデン アートビオトープ那須』パンフレット、アートビオトープ、2018年、p10-13。
註(3):株式会社スイッチ・パブリッシング編、『時を繋ぐ カルチャーリゾートのかたち』、株式会社二期リゾート、2017年、p99。
註(4):北山ひとみ『ボタニカルガーデン アートビオトープ那須』パンフレット、アートビオトープ、2018年、p4。
註(5):落合俊也『住宅建築 2021 年4月号』より「森と人と建築と 第16回 Art and Forest Ⅱ拮抗する皮膚感覚と知性 ミラー・フォレストの暗示するもの」、住宅建築、2021年、p114。
註(6):石上純也『PLOT 08 石上純也』、エーディーエー・エディタ・トーキョー、2018年、p138。
註(7)(8):石上純也『PLOT 08 石上純也』、エーディーエー・エディタ・トーキョー、2018年、p132。
註(9):早川克美『芸術教養シリーズ17、私たちのデザイン1、デザインへのまなざし - 豊かに生きるための思考術』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年、p9。
註(10):川添善行、早川克美『芸術教養シリーズ19、私たちのデザイン3、空間にこめられた意思をたどる』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年、p12-13。
註(11):落合俊也『住宅建築 2021 年4月号』より「森と人と建築と 第16回 Art and Forest Ⅱ拮抗する皮膚感覚と知性 ミラー・フォレストの暗示するもの」、住宅建築、2021年、p110-113。
註(12):石井翔太、津川恵理、服部一晃、林咲良『建築ジャーナル 2021年10月号 No.1321』の特集 石上純也特集より、企業組合建築ジャーナル、2021年、p7の4者対談による津川氏の発言にて。
註(13):北山ひとみ『ボタニカルガーデン アートビオトープ那須』パンフレット、アートビオトープ、2018年、p20の「平成30年度(第69回)芸術選奨 贈賞理由一覧」より抜粋に記載ある、石上氏の答弁。
註(14):石上純也『新建築 2018年9月号』より「新しい自然を構築すること」、新建築社、2018年、p94。
註(16):中野区役所『なかの区報 平成19年(2007年) 4/20号 No.1738』「江古田の森にでかけよう!」より、中野区発行、2007年、p2-5。
註(17):中野区公式サイト「江古田の森公園」、https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/504000/d002703.htmlの「公園の規模・施設」より。
註(18):森の学級 江古田の森の自然観察会『江古田の森の樹木案内』、森の学級江古田の森の自然観察会、2017年、p3。
註(19):川添善行、早川克美『芸術教養シリーズ19、私たちのデザイン3、空間にこめられた意思をたどる』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年、p25。
註(20):石上純也『PLOT 08 石上純也』、エーディーエー・エディタ・トーキョー、2018年、p139。
註(21):川添善行、早川克美『芸術教養シリーズ19、私たちのデザイン3、空間にこめられた意思をたどる』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年、p22-25。
註(22):枡野俊明『禅と禅芸術としての庭』、毎日新聞社、2008年、p188-189。

【参考文献・書籍】
・石上純也『新建築 2018年9月号』より「新しい自然を構築すること」、新建築社、2018年。
・石上純也『新版 建築のあたらしい大きさ』、LIXIL出版、2019年。
・石上純也『PLOT 08 石上純也』、エーディーエー・エディタ・トーキョー、2018年。
・西沢立衛『西沢立衛 対談集』より「石上純也」、彰国社、2009年。
・落合俊也『住宅建築 2021 年4月号』より「森と人と建築と 第16回 Art and Forest Ⅱ拮抗する皮膚感覚と知性 ミラー・フォレストの暗示するもの」、住宅建築、2021年。
・石井翔太、津川恵理、服部一晃、林咲良『建築ジャーナル 2021年10月号 No.1321』の特集 石上純也特集より、企業組合建築ジャーナル、2021年。
・株式会社スイッチ・パブリッシング編、『時を繋ぐ カルチャーリゾートのかたち』、株式会社二期リゾート、2017年。
・北山ひとみ『ボタニカルガーデン アートビオトープ那須』パンフレット、アートビオトープ、2018年。
・二川幸夫『日本の建築家 -22人の建築家の、ここだけの話-』より「石上純也」、エーディーエー・エディタ・トーキョー、2013年
・杉山恵一『ビオトープ考 つくる自然・ふやす生態』、INAX出版、1995年。
・中野区役所『なかの区報 平成19年(2007年) 4/20号 No.1738』「江古田の森にでかけよう!」より、中野区発行、2007年。
・森の学級 江古田の森の自然観察会『江古田の森の樹木案内』、森の学級江古田の森の自然観察会、2017年。
・早川克美『芸術教養シリーズ17、私たちのデザイン1、デザインへのまなざし - 豊かに生きるための思考術』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年。
・中西紹一、早川克美『芸術教養シリーズ18、私たちのデザイン2、時間のデザイン - 経験に埋め込まれた構造を読み解く』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2014年。
・川添善行、早川克美『芸術教養シリーズ19、私たちのデザイン3、空間にこめられた意思をたどる』、京都芸術大学東北芸術工科大学出版局藝術学舎、2020年。
・枡野俊明『禅と禅芸術としての庭』、毎日新聞社、2008年


【Web閲覧】
・アートビオトープ那須 水庭公式サイト、https://www.artbiotop.jp/water_garden/(閲覧日2022年12月23日)
・アートビオトープ那須 公式サイトhttps://www.artbiotop.jp/、(閲覧日2022年1月05日)
・中野区公式サイト「江古田の森公園」、https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/504000/d002703.html、(閲覧日2022年1月23日)
・中野区公式サイト 江古田の森公園パンフレットhttps://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/504000/d002703_d/fil/d13000045_1.pdf、(閲覧日2022年1月23日)
・Water Garden by junya.ishigami+associates、https://www.youtube.com/watch?v=tEY1699_B3c&t=4s、(閲覧日2022年1月10日)
・Junya Ishigami Interview: Creating Nature with Time、https://www.youtube.com/watch?v=eV1zZ8ytZe0(閲覧日2022年1月10日)

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